乙女ゲームは始まらない〜闇魔法使いの私はヒロインを降ります〜

えんな

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失意の腹黒王子

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降りしきる雨の中、事態の収拾にラドニアンら部下たちを残し一人屋敷に戻った。
アドラの幻惑の森では、愚か者の第一皇子が殺され、その手先として働いていたライマーも古屋裏で無残な姿を晒していた。
そして、一番知りたいルナの安否は分からずにいる。

屋敷の庭に降り立ち人の姿に戻ると、強く雨が打ち付けるにも関わらず執事のフレンツが傘を持って待っていた。

「殿下、お帰りなさいませ」

傘を広げ掲げてくる。

「変わりなかったか?」
「ございません。・・・お嬢さまは?」
「・・・」

俺の無言の言葉に、フレンツも黙って屋敷まで追いて歩く。

「湯の準備を致しましょう」

雨に濡れた身体を案じてフレンツが言うが、好転しない事態に湯に浸かる気力さえ出ない。

「いい。何かあれば呼ぶ」

俺の短い言葉をよく理解しているフレンツは、何も言わずに腰を折り下がって行った。

いつもの屋敷だと言うのに、酷く静かだ。
静まり返った廊下を歩き自室に戻る途中、ルナの部屋に差し掛かり足を止めた。
ノブを回し扉を開ける。
数日前までは陽だまりのように明るい部屋だった。
今、主の居ない室内は温かさを失い、虚無が広がっている。

ルナがよく寝転がっていたベッドに腰を下ろす。
シーツも枕も整えられ、ルナが居ない現実を痛感させられる。

ふと、胸ポケットに入れた白い欠片を思い出し、上着のポケットから取り出した。
小屋の床に落ちていた何かの破片。
暗い部屋の中でも竜族の鋭い感覚で見える、僅かに付着した血液痕。
ギルアドはルナの血だと言った。
怪我をしているのか?

どんなに苦言をしても無茶を止めないルナ。
愛しい、愛しい娘。
こうしている間にも、危害を加えられているかと思うと胸を掻き毟りたくなる。
連れ去った者に対する激しい怒りと、この忌まわしい運命に巻き込んだ自分自身への苛立ちと後悔。
・・・だが、その運命を知っていて尚、ルナを手放すことが出来ない。

ルナ・・・。

ルナが触れたであろう白い欠片を握り締め眼を閉じる。
すると握った掌が温かくなり、バシッという爆ぜる音と共に白く光り出した。
驚き掌を広げると、欠片が熱を持ち輝き出していた。

これは・・・?

『・・・ジークさん?』

光の中から会いたい娘の声が聞こえてきた。

「ルナ?!」

掌の光にその姿を探すが、あの笑顔を見る事が出来ない。

『ジークさんこそ体調は変わりませんか?竜毒さんに襲われてませんか?』

無事を確認すれば、当然のことのように俺の心配をしてきた。
その気遣いが愛おしい。

『それが、良く分からないんです。どうも魔法が発動できない魔障壁?に囚われてるみたいで』

居場所を問うが分からないという。
囚われている場所は隠されているようではっきりしないが、魔術障壁のある何処か地下なのだろう。

「必ず助け出す。だから、ルナ、危ない事はするな」
『色々したいのですが、魔法は使えないし拳も蹴りもダメでした。外に出る何か良い方法はありますかね?』

どこまでもはねっかえりで婚約者の助けを待つような女では無い。
溜息を吐くと同時に笑いが漏れる。

『私、過去に渡って竜毒さん2号を捕まえてきました!』

何やら理解できない事を言い始めるルナに、思わず思考が停止する。

『ジークさんにくっついている竜毒さんを引っ剥がしてみせます!虫とか蜘蛛に突っ込んで、ジークさんを虐めていた分の憂さを晴らしますから!』

何処に居ても、どんな境遇でも、通常運転のルナに笑みが零れる。
巡り会えた俺の運命ルナは宝だ。
それが分かると、互いに触れることが出来ないこんな状況にも関わらず、俺は幸せなのだと腹から笑いたくなった。

『ジークさん、お願いがあります。約束して貰えますか?』

急にルナの声色が変わった。
改まった様子に少し緊張する。

『私がここから出られたら、沢山ご飯を食べさせてください』

真剣な声に思わず吹き出してしまう。
そんな簡単な事、いくらでも叶えてやるから早く戻って来い。

『それと、もう一つ、約束して下さい。絶対に怨嗟竜にならないって』

その言葉に気が引き締まる。

『私、過去に渡った時に、折角手にした竜牙剣を無くしちゃったんです。なので、誰かが剣を拾って怨嗟竜になったジークさんを刺したりしたら困るので。あ、因みに馬鹿皇子が持ってたのは偽物っぽかったので、粉々にしてやりました』

・・・ああ、バラ―、これが俺の求める女だ。
命を差し出すだけの簡単な存在ガーディアンなんかじゃない。
古からの理など、知った事ではない。
全てを新しく切り拓いていく、強く美しい女なのだ。
竜族やら人族やらと凝り固まった愚か者どもの鼻を明かしてやる。
これほど愉快に思う事があるだろうか?

俺の笑い声に光の向こうで戸惑った様子も愛らしい。

「ああ、約束する。そんなバケモノにはならない。夫がそんなモノになったら、夫婦生活に支障がでる」
『おっ、夫っ??ふ、ふうふっ生活っ?!』

つい揶揄いたくなって少し意地悪な事を言うと、上ずった声で焦ったように返してくる。
真っ赤になって膨れているだろう顔が見えない事が口惜しい。

『早くジークさんの元に戻りたいです』

ルナの言葉に心が温かくなると同時に愛しさが募ってくる。

「ルナ、お前を・・・」

言葉を全て言い終えないうちに、掌の光は急速に萎んでいった。
温かさの消えた欠片を見ると目の前で自然と亀裂が入り、粉々に砕けて砂のように室内に舞って消えていった。

何もなくなった掌をもう一度握り締める。

・・・ルナ、お前を抱きしめたい。今、直ぐに。
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