乙女ゲームは始まらない〜闇魔法使いの私はヒロインを降ります〜

えんな

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デンゼルという男

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屋敷に戻った翌日、帝都の治安部隊の本部に残した副官のゼインが報告に訪れた。

「ご命令通り、第一皇子の安否については現在のところ箝口令を敷き一切を伏せております。ラドニアンら配下の者も明日には急ぎ帝都に帰還する予定です」

屋敷の執務室で椅子に座って耳を傾ける。

例の調査デンゼルについてですが、殿下の従者となる以前の5年間は小神殿ナバルに居たようですが、やはり奴は皇族親衛隊に所属していた経歴はありません」
「では、どうやってナバルの護衛騎士になった?」
「それが、どうやら護衛騎士では無かったようなのです」

俺は片眉を吊り上げて説明を要求した。

「小神殿では名目上、騎士の扱いだったのですが、当時の小神殿神官長の側近としていたようです」
「どう言う事だ?神官長の護衛だった訳では無いと言うことか?」
「殿下はご存知ですか?当時のナバル神官長エイダンの事件を」

話は聞いた事がある。
彼は神殿に押し入った賊に殺害されたと。
神殿の金を使っての賭け事に興じ、その末に賊と諍いを起こし恨みを買って殺されたと噂された。

当時、俺は大神殿の神官長バラーと共に帝国各地を遊学していた。
小神殿ウォドラの訪問を皮切りに帝国内の神殿を周り、最後にナバルを訪れた。
出迎えた当時の神官長エイダンはバラーよりも歳若かだった。
違和感を覚えたのは、神官としてはあまり信仰心があるように思えなかった点だ。

「彼がお忍びでアドラの繁華街で見かけられていた事から公費を使っていたとされましたが、事実は少し違うようなのです」
「どう言う事だ?」
「公費は手付かずでしたが、エイダン個人の資産は増えていたのです」
「それこそ賭け事で私服を肥やしていたのではないのか?」
「彼が当時アドラで頻繁に接触していたのは、魔術国家ガジュールの者だったようです」

隣国セルバンを越えて大陸の最北端に位置する、雪に閉ざされた小国ガジュール。
どの国とも正式な国交を結んではいない謎多き国だ。

「懐が温まると言うことは、何か情報を与えていたと言うことか?」
「彼の国はご存知のように魔術に秀でた国。忍ばせている間諜の報告では、魔術と魔獣の掛け合わせで新たな生命体を造る特殊部門が設立されているようです」
「その掛け合わせに、連中が喜びそうな何かを帝国側から提供していたと?」 
「それが何かまでは分かっていませんが・・・」

帝国にあってガジュールに無いもの・・・。
やはり小神殿ナバルと快楽都市アドラには碌な関係が無い。

「その話とデンゼルに何の関係がある?」
「エイダンの側近として常にデンゼルも帯同していたようで、当時連中が密会として使っていた宿屋の女将が奴を覚えていました」

デンゼルと出会ったのは俺が15歳の時だ。
奴は30歳前で、平民から叙爵されて騎士になったと聞いた。
俺の従者になる5年前にエイダンの側近をしていたのなら、それ以前は何処に居たのだ?
エイダンの側近になった経緯は?

「デンゼルの生い立ちは把握しているか?」

ゼインは眉間に皺を寄せた。

「奴の出生地は皇帝直轄領ダーニャで、孤児院を16歳で出た後は特待生として士官学校に入っておりました」

孤児であっても優秀な人材であれば士官まで昇る道がある。
何ら問題となる要素は無い。
だが、ゼインの表情は冴えない。

「何か問題があるのか?」
「ただ、私の妻の母親が、当時奴を皇宮でよく見かけたと言うのです」

ゼインの義母は第二皇妃の侍女だった。
皇城では無く皇帝の居住区である皇宮?

「この国で黒髪の男児と言えば、当時は秘匿されていたジークバルト殿下以外おりませんでしたからね」

この国で皇族以外、黒髪を持つ者は珍しい。
聞けば聞くほど、自身の詰めの甘さに溜息が出る。
奴は皇帝と繋がっていたのか。
最初から俺の監視役として付けられていたという事だ。
ルナが屋敷に来て以来、俺の不在の度に騒動が起こった理由がこれか。

『ご主人さま!あいつ、ノコノコ戻って来たよ!』

苛立った声を上げて、クロが念話で知らせて来た。

「ゼイン、控えの扉から出て地下牢を開けておけ」

俺の言葉を理解できたのか、ゼインは声を出さずに一礼すると音を立てずに部屋を出た。

直後、扉をノックする音が聞こえ、執事のフレンツがデンゼルの帰還を告げて来た。

「失礼します」

正面の扉から現れたデンゼルは、いつもと変わらぬ表情で頭を下げた。

「只今戻りました。ご心配をお掛けし申し訳ございません」

身体を起こし俺に向ける眼は、やはりいつもと変わらない。
そう、いつも裏切っていたのだから変わる訳が無い。

「崖から落ちた後の状況を説明しろ」
「崖下の河原で意識を失っておりましたが、気が付くと視界は霧が晴れており崖上に上がる土階段が見え、殿下と離れた場所まで戻る事が出来ました」
「あの高さから落ちて怪我一つ無かったのか?」
「葉の茂った木々が衝撃を緩めてくれました」

これまでも、こうして平然と虚偽の報告をして来たのだろう。

「その後は此処までどうやって来た?」
「アドラの都市までは自らの足で戻り、街で馬を借りて此処まで急ぎ戻りました」

帰路までの日数が短すぎる。

「服を着替えて来たのか?」
「殿下の前に汚れた我が身を晒すのは憚られましたので」

デンゼルを射抜くように見据える。
これが最後だ。

「他に、俺に伝えるべき事は無いか?」

奴は表情の一つも変える事なく淡々と言った。

「ございません」

この5年間の全てがこの一言に尽きるのだろう。

「そうか」
『こいつからルナの匂いがする!』

俺の一言に頭を下げて退室しようとした奴の背中を見ると同時に、クロの叫び声が頭に響いた。

「ニクス」

俺の声に応えて風の大精霊ニクスの起こした竜巻がデンゼルを拘束し床に引き倒した。
四肢の自由を奪われ目を見開くデンゼルの頭に、俺の影から現れた黒豹ギルアドが前脚を乗せて咆哮を上げる。

『ご主人さま、奴からルナの匂いがする!』

此奴が、ルナを攫ったのか!?
ギルアドの言葉に歯を食いしばる。

『ルナは何処だ?』

五感が鋭くなり、自身の声がドラゴンの声と重なる。

「・・・っ、存じません」

ギルアドの威嚇と同時に、首と四肢に巻き付くニクスの竜巻が締め付けを強くする。

『服だ!ご主人さま!』

そう叫ぶと、ギルアドは奴の上着を引き千切り、俺の元に咥えて見せた。
裾に仄かに香るルナの甘い香りがする。
千切れた上着の裾に、細い髪留めが刺さっていた。
裾から抜き取り翳してみる。
装飾されていたであろう髪留めには、金色の欠片が付いていた。

あの時、ルナの髪に飾られていた物か?

そっと額に当てて思念を探る。

俺が触れ、そしてルナも同じように触れて宿った力を感じる。
囚われの身で、唯一の手掛かりだと、此奴が暗躍していると必死に伝えて来たのだ。

身体中から魔力が漏れ出てくる。
周りの空気が冷え雷が音を立て始める。
俺は髪留めを握りしめた。

「ルナは何処だ?」
「存じま・・・っ」

俺が指示する前に、ニクスが奴の戒めを強めた。

「部屋を下衆の血で汚すのは不快だ。ギルアド、連れて行け」

ギルアドは青い眼に怒りを滾らせて、デンゼルの瞼に爪を立てた。

「俺が行くまで生かしておけ。息をしていればそれでいい」

俺の言葉にギルアドは爪を立てた前脚に体重を載せた。
奴の呻き声と共に青白い楕円の魔法陣が展開され、ギルアドと共に奴は消えた。
地下牢で待機しているゼインが後は引き受けるだろう。

ルナは皇帝に囚われている。
妖魔術師を放ったのも奴の仕業か。
目的は闇魔法使いを殺す事か?
では何故、第一皇子を殺した?
自身の後継まで殺す、その意図は何だ?

何れにせよ、奴の元に行かねばならない。
掌を開いて髪留めに口付ける。
ルナの無事を願って。
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