乙女ゲームは始まらない〜闇魔法使いの私はヒロインを降ります〜

えんな

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怨嗟竜 vs 黒竜さん

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妖しく光る赤黒い双眸をこちらに向け、黒緑の巨大竜はゆっくり近付いて来た。
息遣いの荒い口元は涎を滴らせ、赤黒い瞳は怒りを孕み、その姿は常軌を逸した怪物に見えた。

『・・・怨嗟竜だ』

ジークさんの言葉に身震いする。
これが怨嗟竜。
黒竜さんよりも大きく、まるで岩山が蠢いているようだ。
身体全体から立ち込める黒い靄は、黒竜さんのものと違い、離れているこちらにも漂って来る程の異臭と熱気を放っている。
竜眼で見た時よりも凶々しく、そこに居るだけで威圧されているのか息が苦しい。
緊張のあまり自分の手足が冷たくなり、知らず知らずのうちに黒竜さんの掌に触れる自分の手に力が篭っていた。

『ギルアド』

ジークさんがクロを呼ぶ。
黒竜さんの肩に黒豹となったクロが姿を現した。

『ルナと共に屋外に逃げるんだ』
「ジークさん!」
『離れていろ』
「でもっ!」

掌から黒竜のジークさんを見上げる。
確かに、私がここに居ては彼が満足に戦えない。
でも、少しでもジークさんの近くに居なければならないような、この焦燥感は何なのだろう?
また、離れ離れになる事に対する不安なのか?
こんな時に、自分の感情がコントロール出来ないなんて。
これじゃあ、ただの子供だ。

『ルナ』

宥めるような優しい声でジークさんが私を呼んだ。

『大丈夫だ。ちゃんとルナの元に戻る。約束したからな、願いを叶えて貰うと』

黄金の瞳が穏やかに笑った気がした。
私は急に苦しくなって、顔を歪めながら黒竜さんに向かって両手を広げた。
私の気持ちに応えるように、黒竜さんは私の両手に大きな鼻を寄せてくれた。

「ジークさん、絶対ですよ?私だって、まだちゃんとお願い聞いてもらってないんだから・・・」

黒竜さんの鼻にぎゅっと抱き着いた。
ジークさんの元に戻れたら、たらふくご飯を頂くのだ。

『ルナ、行くよ』

クロは黒竜さんの腕を伝って私の居る掌まで降りてくると、その頭を私の顔に擦り付けた。
私は頷きクロの背中に跨って黒竜さんを見上げながら言った。

「ジークさんが危なくなったら私が助けます!でも、無理はしないで!」

黒竜さんは一瞬きょとんとした表情となったが、次の瞬間、目尻を下げて私を見た。

『お姫サマに助けられる皇子サマか。皇子の端くれとしては格好がつかんな』

こんな時に皇子の矜持なんてどうでもいいのに。
それでも、困り顔の黒竜さんが少し可愛く見えて笑みが零れる。
クロは私を乗せて黒竜さんの掌から一気に跳躍すると、瓦礫が積もる舞台から降り広場の出口を目指した。

『クロ!お願い!毒ちゃんの居るテラス席に行って!』

少しでもジークさんの側に居たくて、クロに念話で呼びかける。

『ご主人さまは外に逃げろって言ったよ。言う通りにしないと、僕、怒られちゃうよ?』
『大丈夫!私が言う事を聞かないのは、今に始まった事じゃないってジークさんも分かってるから』

クロは一旦立ち止まり、少し思案してから溜息を吐いて背中の私を振り返った。

『まあ、ルナらしいよね。仕方無いなあ。でも、危なくなったら噛みついてでも外に連れて行くからね!』

クロちゃん、そこは噛みつくのではなく引きずって行くの間違いでは・・・汗?

黒竜さんの背後にあった出口から方向転換し、クロは暗闇に紛れて階段状の広場を駆け抜けた。
あと少しでテラス席に辿り着くというところで、再び地鳴りが湧き起こり、広場の壁や天井が崩落してきた。
クロの背中にしがみ付きながら振り返ると、黒緑の竜が狭い広場いっぱいに翼を広げてゆっくりと浮き上がり首を仰け反らせていた。
次の瞬間、緑竜は緑の豪炎を口から吐き出しながら黒竜さんに向かって飛んできた。

『ジークさん、頑張って!』

心の中で叫ぶ。
緑竜の炎を避けながら黒竜さんは羽ばたき、飛び込んできた緑竜の首目掛けて黒炎を吹き付けた。
それを見越していたかのように、緑竜は片方の翼を傘の様に膨らませ首を守るように翳し黒竜さんの炎を防いだ。
黒竜さんは上空から急降下し緑竜の背後に回ろうとしたが、今度は勢いよく広がった翼で弾き飛ばされてしまった。

「ジークさん!」

広場の壁に背中から激突したジークさんは直ぐに体勢を整え、緑竜に向かい飛び立った。
矢の様な速さで真っ直ぐ緑竜に向かいながら再び黒炎を吐く黒竜さんに、緑竜も緑の炎を吐いて迎え撃ってきた。
緑竜の炎と黒炎がぶつかり黒竜さんの飛ぶ勢いが弱まった。
黒竜さんが大きく翼を広げ空中で停止飛行を続けるかと思われた瞬間、黒い無数の魔法陣が一気に宙に描き出され緑竜を取り囲んだ。

?!
こんな事が出来るの?!

それぞれの魔法陣は金色に強く輝き膨張し、遂には四方で爆発し始めた。
空間一面が真っ白になり、轟音と共に爆風が地下広場を襲った。
巨大な爆発の光と強風で、その中心に囲われていた緑竜が見えない。

凄い・・・!
一瞬であんなに沢山の綺麗な魔法陣を創り出すなんて!
さすがヒーロー!
黒竜さん、いや、ジークさん、カッコよすぎるっ!!

地下広場の壁や天井が音を立てて崩落し、土煙で周りが見えなくなってきた。

『ルナ、ここは危ないから一旦外に出るよ?』
「でも、瓦礫がクロに当たっちゃう」

私が光魔法で防御できれば良いのだが、まだ身体に痺れが残っている。
充分な魔力を集められないかも知れない・・・。

『我と共に来い』

振り返ると、銀狼の毒ちゃんが直ぐ目の前のテラス席からこちらを見ていた。

『お前は敵だろ!誰がお前なんかと』
「クロ、大丈夫よ。敵じゃないわ。毒ちゃんは私を助けてくれた優しい竜毒さんなのよ」

私はクロの背中を撫でながら言った。

『お前が潰されても我は構わぬぞ』
「毒ちゃんも酷い事言わないの!」

売り言葉に買い言葉。
天井から瓦礫が降りしきる中、黒と銀の魔獣が睨み合う。
魔獣同士って仲悪いものなの?

『ギルアド!急げ!!』

ジークさんの叫ぶ声が聞こえたと同時に緑竜の咆哮が響き渡った。
自身の上に積もった瓦礫を衝撃波のような圧で粉々に吹き飛ばし、再び緑竜が姿を現した。
あれだけの魔法陣の爆撃にあったのに、傷を負っていないの?

此処にいては生き埋めになるか、緑竜の攻撃で潰されてしまうか、何にしても逃げ場が無い。

『我の魔力で防御を張る。早く乗れ』
「ありがとう毒ちゃん」

クロは不満そうな顔だが、大好きなジークさんの命令は絶対なのか渋々と銀狼の前まで飛んだ。
クロと毒ちゃんは距離が近くなり、互いの顔を睨みつけながら低く唸り出した。

「二人とも!今は喧嘩している場合じゃ無いの!お願いだから協力して!」
『ルナがそう言うなら、仕方が無い。乗ってやるよ』

そう言ってクロは黒猫の姿に戻り、私の肩に飛び乗った。

『別に我はお前など乗せなくとも・・・』
「毒ちゃん!!早くしないと、本当に潰されちゃうわ」

私は銀狼のふさふさの前脚にしがみ付いて毒ちゃんを急かした。

『分かった』

毒ちゃんは巨体を屈め、前脚を折って私が背中に登り易いようにしてくれた。

「ありがとう毒ちゃん。生きていてくれて、本当に嬉しい」

背中に跨りもふもふの銀毛に顔を埋めた。
こんな時でなかったら、このもふもふを全身で堪能できるのに。

『しっかり掴まっていろ』

銀狼さんの背中に身を屈めると、毛の海に埋もれて温かく何とも心地良い。
事が済んだら、毎日ちゃんとブラッシングしてあげよう。
私がご機嫌でもふもふしていると、肩の上のクロが私の耳を齧ってきた。

にゃ?!
痛いんですけど、クロちゃん、汗?

『ルナ、何でそんなに嬉しそうなのさ?』
「え?そうかな?」

クロがジト目で睨んでくる。

『・・・僕だって毛並みは良いんだから』

もしかして、もふもふに嫉妬しているのかな?
こんな状況なのに、膨れているクロが可愛くてクロの頭に頬を擦り寄せた。

『クロは優しくて強くて頼りになって、大好きよ』
『僕もルナが大好きだよ』

念話でクロに語りかける。

『・・・お前ら、何やってるんだ?』

毒ちゃんは、背中でお互いスリスリしているクロと私に怪訝な目を向けた。
頭を振って溜息を吐くと、毒ちゃんは上を見上げて銀の翼を広げた。

『行くぞ』

テラス席の柵を蹴り強風が吹き荒れる中、上を目指して毒ちゃんが翼を翻す。
天井から崩れ落ちる石材は、毒ちゃんの張った守りの壁で見事に弾かれ私たちには擦りもしない。

「毒ちゃん凄いね!魔力が戻ったのね!」
『違う。これは・・・』

毒ちゃんが答えようとした時、下からギューンという空気を圧縮する様な不気味な収縮音が響いて来た。
驚いて振り返ると、今度は緑竜が両手の中に真っ黒な球体を出現させバチバチと雷を纏わせていた。

何、これっ?!
見た事あるわけじゃないけれど、前世で言うブラックホールみたいなもの?

黒い球体はどんどん大きさを増して巨大化してきた。
これはマズイのでは・・・?!

『ルナ!!』

ジークさんの叫ぶ声が聞こえ、黒竜さんが物凄い速さで飛んでくるのが見えたと思ったその時。

『消えろ』

?!
この声は・・・!

強烈な白光に世界が包まれ、一瞬の静寂の後、爆風が起こり私たちは吹き飛ばされた。
銀狼さんの長い毛に必死でしがみ付きながら眼を瞑る。
強風の中、錐揉みし上を向いているのか下を向いているのかさえ分からない。
けれども風も音も突然消え、温かい空間をふわふわ漂っているような浮遊感を覚えた。



恐る恐る眼を開けると、黒竜さんの掌の中、毒ちゃんの張った防御の壁の更に外側を金色の光が輪のように踊っているのが見えた。

『ジークさん!!』

念話で叫びながら顔を上げると、黒竜さんは猛スピードで地下広場の天井を突き破り、星が瞬く夜空に飛び出した。
自分がそれまで居た下を覗き見ると、皇城の最奥、後宮があった辺りの一角が完全に吹き飛び、地下は抉られ奈落の様に大きな穴がぽっかり口を開けていた。

『外に避難しろと言った筈だ!!』

ジークさんが怒鳴った。
夜空で羽ばたきながら下に顔を向けた黒竜さんと眼があった。
金眼に凄まれたが、その眼は怒っているというより憂いているようだった。
見ると、黒竜さんの身体のあちこちは鱗が抉られ赤い血が流れていた。

「ご、ごめんなさ・・・」

視界が涙で滲んできた。
逃げ遅れた私たちを、金色の防御を張って守ってくれた。
そのせいで、私のせいで、ジークさんが怪我をしている。
足手纏いになるヒロインが、大嫌いなのにっ!!

「ジークさん、お願い!降ろして!大丈夫だから!」

泣いたらダメだ。
直ぐ泣き出すヒロインも大っ嫌いだ。
そんな安っぽいヒロインになってたまるか!

私は口をへの字にして、これ以上涙が出ないよう両眼に力を入れた。
私を見下ろす大きな金眼が温かく見えた。
けれども、突然黒竜さんの瞳孔が針の様に細くなったと同時に、抉られた地下の大穴から地鳴りと共に雷を帯びた黒い球体が飛び出してきた。
黒竜さんは一度羽ばたくと黒い球体を躱し、皇城の大庭園に急降下した。
黒い球体は帝都の街中に落ち、夜空に轟音と爆炎が昇った。
遠くで悲鳴と警報音が鳴り響く。
帝都の皆さんにも被害が出てしまった。

『奴が来る。離れているんだ』

屈んで掌の私たちを地上に降ろすと、ジークさんは立ち上がり崩れた皇城に顔を向けた。

「あれは皇帝なの?!」

私は見上げながらジークさんに大声で尋ねた。
あの時、緑竜が黒い球体で周りを吹き飛ばした時、一言聞こえた声は皇帝のものだった。
首無し妖魔術師が取り込んだ皇帝の身体から、怨嗟竜が創られたのか?
そんな事があるの?

『そのようだな』
「なら、竜牙剣が、私が必要になりますよね?!」

庭園に立つ私にもう一度視線を向け、ジークさんは暫し沈黙した。
危ないから避難しろとか、お前は逃げろだとか、きっとジークさんは言うんだろうな。
私なんて庇う必要ないのに。
だって、私はジークさんの守護者ガーディアンなんだから。

『・・・俺の望みはルナを失いたくない、それだけだ』

その一言に、心臓が一度大きく跳ねた。
私を捉える黄金色の瞳が凪いでいる。
好きとか言われた訳では無いのに心を撃ち抜かれた様な気がして、全身が熱くなった。

『私もです。ジークさんを失いたくないです・・・』

ニッコリ笑おうとしたのに、口も眼も言う事を聞かない。
凄く歪な、情けない顔になっていたと思う。
それでも、ジークさんへの想いが伝わったなら、それでいい。

『クロ、それに銀の魔獣よ、ルナを頼んだ』

再び大地を震わす咆哮が夜空に轟いた。
爆発音がして地下から飛び出した巨大な影で、夜空の月の光が遮られた。
星の光さえ届かなくなった闇夜に、赤黒い光が二つ、凶々しく浮かんでいた。
黒く妖しい靄を纏い、大きな翼をはためかせた怨嗟竜が不気味な笑い声を響かせた。

『これが世界を破壊する力か・・・。素晴らしい。これ程の力とは思わなかった』

陶酔した様な声で皇帝が続ける。

『所詮、お前では最強の竜となるには役不足だったという事か』

竜を、竜の血を嫌っていた筈なのに、今は竜の力に心酔しているのか。
理性も何も無い。
ただ、狂っている。

『さあ、全てを終わらせてやろう』

そう言うと、怨嗟竜となった皇帝の周りに黒い風がたなびき始め、奴は嵐で見る様な雷雲をその頭上に呼び寄せた。
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