†Break Guns†

如月統哉

文字の大きさ
9 / 65
Ⅲ.放たれた刺客

最強なる者

しおりを挟む
「お帰りなさいませ、エルダ様!」


凡そ常人には予測すらもつかない、組織の本拠地。
とある広大な建物の入り口で周囲を見張っていたらしい少年が、エルダを見るなり声をあげた。

だが、その少年と対の位置にいた、いわゆる門番にあたるもうひとりの少年は、つとめて平静を装っているらしいエルダの表情が、何となく青ざめていることに気付く。

「…エルダ様?」

そう問いかけた少年の傍らを、エルダは重い足取りですり抜けた。
そのエルダの後ろからは、恐らくはセレンの屋敷に侵入していた部下らしき少年たちが、門番の二人の少年に、エルダに何が起こったのか…
その事情を説明していた。

…胸に途方もない騒めきと焦りを覚えたエルダは、鉛のように重い足を引きずるようにして、ようやくとある扉の前まで辿り着いた。
すると、その部屋を警護しているらしい、見た目も強そうな紅髪の青年が、闇色の双眸をじろりとエルダに向ける。

「…エルダ=フォン=サミエル。何用だ。
ここが何方がおられる場なのか、知らないはずはないだろう」
「…、知ってます」

わずかに躊躇った後に、エルダははっきりとそう答えた。
それに、紅髪の青年は、わずかにその厳しい口調を緩和させる。

「…総統は今、非常に機嫌が悪い。死にたくなければ立ち入るな」
「!っ、でも…総統に、どうしても会ってお話ししたいことが…!」

紅髪の青年は首を振った。

「忠告はしたはずだ。本当に殺されることになっても、責任は負えんぞ」
「それが、総統が血眼になって探しておられる、ユイのことについてでもですか!?」
「!? 何だと…」

青年が驚愕し、そのまま絶句する。
それと同時に、固く閉じられていたはずのエルダの眼前の扉が、勢い良く内側から開いた。

「!総統…」

紅髪の青年は、総統自らが姿を見せたことに驚き、またも言葉を失った。
一方のエルダも、まさか総統が直々に姿を見せるとは思わなかったため、一時ながら驚愕に目を見開き、唖然となる。

そんな中で、総統はさも苛立ったように、低い…
それでいて、冷酷でよく響く声を洩らした。

「…ロゼ、構わない。エルダを中に入れてやれ」
「…、総統がそう仰るならば」

ロゼと呼ばれた紅髪の青年は、総統に向かって恭しく礼をする。

それを見やると、総統は再び部屋の中へと身を翻した。

エルダはごくりと唾を飲むと、許可を得るかのようにロゼを見つめる。
総統直々の許しも出たこともあって、先程までのロゼの対応が、少しながら柔らかいものへと変化した。


「──入室を許可する、エルダ=フォン=サミエル。
ただし用件は的確に、短時間で済ませろ。いいな」
「了解しました、ロゼ様」


エルダははっきりとそう答えると、総統の待つ室内へと、緊張しながらも静かに足を踏み入れた。




…部屋の内装は素晴らしく豪華な作りで、それひとつで上流貴族の家の財政が傾くであろう程の高貴な調度品が、そこかしこに見受けられた。

その中でも一際目につく、豪勢な作りの机近くにある、見た目にも高価そうな椅子に腰を落ち着けた総統は、暗殺集団と呼ばれる組織の長に相応しく、鋭くも暗い瞳でエルダを見据えた。


…その形のよい唇が、開かれる。


「…ユイに関する報告を聞こう」
「! はいっ」

エルダは大きく頷くと、ヴィルザーク家でユイと会ってから今までの出来事を、包み隠さず総統へと報告した。

…ややあって、ひと通りの報告を聞いた総統の表情は、何故か氷のように冷たいものへと変化していた。


「ユイが、ヴィルザーク家の娘と…
しかも、闇の魔術を使っただと…?」


苛立ち混じりに呟いた総統のその眉根には、怒りと不愉快さによる深い皺が刻まれている。
それに何処か、ぞっとしたものを抱えながらも、エルダは無謀にも、自らが覚えた疑問と葛藤を、総統に問いかけた。

「総統、この組織が編成されてから現在に至るまで、この組織内で闇の魔術を使えた者は、私の知る限りでは、ただひとり…!
これは仮定でしかありませんが、ひょっとするとユイは──」
「控えろ、エルダ=フォン=サミエル!」

堪り兼ねた総統が、鋭く殺気を帯びた目をエルダに向けながら立ち上がった。

「貴様、その事実を片言でも他言してみろ…
その体、八つ裂きにして放り出し、醜い獣の餌にしてくれる!」

獅子が吼えるかの如く激昂した総統に、エルダは恐怖のあまり硬直し、その場に立ちすくんだ。


…真に恐ろしい者は本能がよく分かるらしく、エルダが意思を持って動かそうとしても、その足は根を張ったかのように、ぴくりともその場を動かなかった。

総統は冷たく身を翻すと、傍らにあった小型のワインセラーから、一本の高級ワインとグラスを手に取る。
そのまま近くにあったソファーに深々と身を沈めると、その前にあるテーブルにそれらを置き…
今だ凍りついたまま、立ちすくむエルダに向かって、低く命令した。


「──ケイオスとゼオンを呼べ」


低いが、ぞっとするほど深く、残酷に響き渡る声に、エルダは心臓が握り潰されるような錯覚を覚えたが、やっとのことで頷いた。

「…は…、はい…! かしこまりました、総統…!」

ごくりと唾を飲み込み、ようやく頭を下げて部屋から出る。
その表情は幽霊のように青ざめていて、もはや健康な人間の持つそれとは異なっていた。

…総統の部屋から、やっとの思いで退出したエルダは、扉を背にしたまま、ずるずるとその場に腰を引かれる。
生きた心地がしないというのは、まさしくあの事を言うのだろう。


“殺されると思った…!”
そう認識したエルダの心臓は、変わらず鷲掴みされたままだ。
足は、己の意思に反して、今だ震え続けている。



…ただ、恐ろしくて。



その一連の言動が、幹部クラスには相応しくないと知りながらも、エルダはその場で、恐怖のあまり、自らを強く抱きしめた。


「…こ… …怖…い…!」



総統の、あの尋常でない怒りは何なのだろう。
エルダには分からなかった。


…程なくして、天から、咎めるような低い声が降って来る。


「──忠告はしたはずだ」


「!…」

エルダは恐怖に怯えたまま、その青ざめた顔を上げる。
その目に映ったのは、侮蔑の感情をその目に湛え、不快そうな表情を隠せないままにエルダを見下ろす、ロゼだった。

「簡単に軽口を叩くとそうなる…
以降、肝に銘じておくのだな」
「…、はい…」

エルダはいよいよ絶望的に頷いた。
…そう、この殺人組織をまとめる長…
総統を怒らせるというのは、こういうことだ。



死という名の絶望まで、一瞬にして落とされる。
まるで、救いのない囚人のように。



「それで、総統から何か伝言は…?」
「…“ケイオスとゼオンを呼べ”…と…」

やっとの事でそれだけを口に出来たエルダは、無様だと知りながらも、扉に背をつける形で立ち上がった。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

17歳男子高生と32歳主婦の境界線

MisakiNonagase
恋愛
32歳主婦のカレンはインスタグラムで20歳大学生の晴人と知り合う。親密な関係となった3度目のデートのときに、晴人が実は17歳の高校2年生だと知る。 カレンと晴人はその後、どうなる?

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

熟女愛好家ユウスケの青春(熟女漁り)

MisakiNonagase
恋愛
高校まで勉強一筋で大学デビューをしたユウスケは家庭教師の教え子の母親と不倫交際するが、彼にとって彼女とが初の男女交際。そこでユウスケは自分が熟女好きだと自覚する。それからユウスケは戦略と実戦を重ねて、清潔感と聞き上手を武器にたくさんの熟女と付き合うことになるストーリーです。

借金した女(SМ小説です)

浅野浩二
現代文学
ヤミ金融に借金した女のSМ小説です。

あるフィギュアスケーターの性事情

蔵屋
恋愛
この小説はフィクションです。 しかし、そのようなことが現実にあったかもしれません。 何故ならどんな人間も、悪魔や邪神や悪神に憑依された偽善者なのですから。 この物語は浅岡結衣(16才)とそのコーチ(25才)の恋の物語。 そのコーチの名前は高木文哉(25才)という。 この物語はフィクションです。 実在の人物、団体等とは、一切関係がありません。

屈辱と愛情

守 秀斗
恋愛
最近、夫の態度がおかしいと思っている妻の名和志穂。25才。仕事で疲れているのかとそっとしておいたのだが、一か月もベッドで抱いてくれない。思い切って、夫に聞いてみると意外な事を言われてしまうのだが……。

愛しているなら拘束してほしい

守 秀斗
恋愛
会社員の美夜本理奈子(24才)。ある日、仕事が終わって会社の玄関まで行くと大雨が降っている。びしょ濡れになるのが嫌なので、地下の狭い通路を使って、隣の駅ビルまで行くことにした。すると、途中の部屋でいかがわしい行為をしている二人の男女を見てしまうのだが……。

夫婦交換

山田森湖
恋愛
好奇心から始まった一週間の“夫婦交換”。そこで出会った新鮮なときめき

処理中です...