8 / 65
Ⅲ.放たれた刺客
ユイの魔術
しおりを挟む
「…そうして貴方はまた、離れていくの?
組織からも、私からも…!」
知らぬ間に拳を固くし、歯を軋ませているエルダ。
その前では、ユイが明らかに傍らの娘──
セレンを気遣っている。
「…こんな屋敷など、無くなってしまえばいいわ…!」
エルダは残酷に呟くと、次にはそれよりもなお低くも暗い声で、炎に関する、先程よりも更に強力と思われる魔術を発動させる。
──瞬間、雷が直撃したにも近い轟音が、屋敷の辺りで響いた。
それに合わせて吹き飛ばされる瓦礫。
瞬く暇もない程に、唸りをあげて勢い良く飛んで来る炎。
セレンは反射的に、目をかばって右腕をあげた。
途端にユイの怒声が飛ぶ。
「セレン、目を閉じるな!」
「!えっ…」
不意にユイから名を呼ばれ、セレンはその驚きも含んで目を開いた。
相変わらず右腕で目の辺りは覆われていたが、それをそろりとずらし、ユイの方を見れば、怒りの中にも確実に自分を心配している、そんな彼の様子が窺える。
「…ユイ…、今、あたしの名前…」
「!」
恐らくは反射的に声が出たのだろう。
指摘されたユイは、はっと口元を押さえ、そのまま失語した。
その意味が分からないセレンは、痛む足に鞭打って、ユイのすぐ傍へと添う。
「…ユイ…」
「……」
何故かユイは、惑いと、そしてそれを上回る迷いによって黙り込んでいた。
…もしかするとそれは、彼の過去に関係があるのかも知れない。
セレンは直感で、そう判断した。
だが。
現実が、いつまでもセレンに考えさせる余裕を与えるはずもなかった。
…不意に、屋敷の方で、耳をつんざくような、鈍くも重い音が響いた。
先程の、屋敷からの凄まじい轟音を思い出し、弾かれたようにセレンは自らの生家に目を移す。
そしてそのまま絶句した。
「!…」
…その絶望は、声にはならなかった。
あれほど美しかった壮大な屋敷が、今では全て崩れ落ち、瓦礫の山と化している。
そして放たれた炎が、それを無情にも全て飲み込み、焼きつくしている。
「──あ…!」
もはや、嘆きは言葉にならない。
あの中には父がいる。
母がいる。
それも、変わり果てた屍となって…!
「…あ…あぁあ…!」
その絶望も言葉にはならない。
ただ、蝕むようにじわりじわりと、胸中を病んでいく。
「!──っ…」
ついにセレンは耐えきれなくなって、がくんとその場に両膝をついた。
…足の痛みなど、もはや頭から消えていた。
こんなものは痛くない。
この程度、痛かろうはずもない…!
本当に痛く、打ち砕かれそうなのは──
「…、セレン…」
失語していたユイが、いつの間にかセレンに憐れみの瞳を向け、呟いていた。
それにもセレンは反応せず、ただ呆然と、瓦礫と化した生家を見つめている。
今や両親の墓場と化した、自らの生家を。
恐らくは、自らの目から大量の涙が溢れ、流れていることにも気付いていないのだろう。
とめどなく溢れ出る涙は、親の血を吸ったであろう地面に引かれ、じんわりとその場に、悲しみの痕跡を残す。
「……」
不意に、ユイはその表情を厳しくした。
徐々にその双眸を、心が指し示すままに、殺気に尖らせていく。
「──エルダ…」
…その呟きは、重く、低く。
殺人集団の幹部クラスであるはずのエルダを、確実に怯ませた。
彼のその呟きは、明らかに組織にいた時のものではない。
酷く冷ややかで排他的で、怒っている時のあの口調の粗悪さとは、似ても似つかない程…
“恐ろしい”。
「…、ゆ、ユイ…?」
エルダは動揺し、窺うようにユイの感情を探ろうとする。
一方のユイは、その自らの感情に任せたまま、ある魔術を発動させるべく、わずかに右手を引いた。
「逝乱の闇に、囚われるがいい…!」
「…何ですって!?」
術発動の要ともなる、魔術の詠唱を耳にしたエルダは、そこに含まれる、とある“語句”に、激しく動揺し、同時にひどく狼狽した。
その語句とは他ならぬ──
『闇』。
…強力な魔術を殺傷の手段として用いる、自らが従属する組織…
Break Gunsでは、闇の魔術を使える者は、そこの幹部でもある自らが知り得る限りでも、たったひとりしか存在しない。
「…ゆ、ユイ…、貴方は、まさか…!」
幹部クラスのエルダが怯む。
それを合図にするかのように、ユイが放った闇の魔術・逝乱の闇が、エルダを襲う。
まるで意志を持った龍のような形をした、その魔術。
速さといい見た目に与える恐怖心といい、やはり基準となる属性が闇であるだけに、火風水土の四属性のそれとは桁違いだ。
エルダは反射的に唇を噛み締めると、遅い来る闇の魔術に対抗して、火の魔術を放った。
「煉獄の炎…、これでなければ、あの魔術には到底たち打ちなど…!」
エルダの手から放たれたそれは、真紅の渦を巻いて、ユイが構成した闇の魔術とぶつかり合う。
──瞬間、熱波を含んだ衝撃が、周囲に居た者全てを襲った。
何も手を打たなければ、体ごと吹き飛ばされそうなその勢いに、ユイとエルダは轟音の中で、瞬間、強く歯を食いしばる。
「…えっ!?」
不意に目の前に迫ったものを見て、エルダは刹那、身をすくませた。
何と、エルダが放った魔術・煉獄の炎の渦の合間を縫うようにして──
否、その魔力をも取り込み、力を更に増したらしい逝乱の闇が、エルダを食もうと唸りをあげて襲いかかって来たのだ。
「…っ!」
さすがに肝を潰したらしいエルダは、その稀なる身体能力で、一瞬にして体の自由を取り戻すと、強く地を蹴り、それを横っ飛びに避ける。
その耳元を、辛うじて逝乱の闇が突き抜けてゆく。
「!? …ぶつかる!」
エルダの魔術にすら打ち勝った、その途方もない威力と速さの魔術が、背後にあるものに直撃などしようものなら…
炎の海などというレベルでは到底済ませられるものではない。
セレンの顔が真っ青になった。
…我知らず、縋るように叫ぶ。
「ユイ!」
「分かっている」
ユイは落ち着き払ったまま、引き寄せるかのようにその右手を促した。
「戻れ、逝乱の闇」
ユイが静かに呟くと、あれだけの規模の魔術が、ユイの手に戻るかの如く、あっさりと還元された。
後に残されたエルダは、与えられた恐怖故か、がくがくと本能のままに震える足に自らの体重を支えられず、半ば倒れ込む形でその場に膝をつく。
…息が荒い。
「はあっ、はあ…っ、…っ…!」
恐怖に蝕まれた自らを振りきるべく、手の甲で口元を拭ったエルダ。
それを合図にするかのように、何処に潜んでいたのか、恐らくは組織の者と思われる少年たちが数名、エルダに走り寄る。
「エルダ様、ご無事で!?」
「エルダ様!」
少年たちは口々に、危惧したようにエルダの名を呼ぶ。
それを冷めた瞳で見やったユイは、セレンを伴って身を翻した。
「…エルダ、今は見逃してやる。だが、次に仕掛けてくれば命は無いものと思え」
「…っ!」
完全な敗北を悟り、エルダは思わず、強く土を握り締める。
だが、敵わないのが事実であるためか…
彼女はそれ以上、ユイに攻撃を仕掛けようとはしなかった。
組織からも、私からも…!」
知らぬ間に拳を固くし、歯を軋ませているエルダ。
その前では、ユイが明らかに傍らの娘──
セレンを気遣っている。
「…こんな屋敷など、無くなってしまえばいいわ…!」
エルダは残酷に呟くと、次にはそれよりもなお低くも暗い声で、炎に関する、先程よりも更に強力と思われる魔術を発動させる。
──瞬間、雷が直撃したにも近い轟音が、屋敷の辺りで響いた。
それに合わせて吹き飛ばされる瓦礫。
瞬く暇もない程に、唸りをあげて勢い良く飛んで来る炎。
セレンは反射的に、目をかばって右腕をあげた。
途端にユイの怒声が飛ぶ。
「セレン、目を閉じるな!」
「!えっ…」
不意にユイから名を呼ばれ、セレンはその驚きも含んで目を開いた。
相変わらず右腕で目の辺りは覆われていたが、それをそろりとずらし、ユイの方を見れば、怒りの中にも確実に自分を心配している、そんな彼の様子が窺える。
「…ユイ…、今、あたしの名前…」
「!」
恐らくは反射的に声が出たのだろう。
指摘されたユイは、はっと口元を押さえ、そのまま失語した。
その意味が分からないセレンは、痛む足に鞭打って、ユイのすぐ傍へと添う。
「…ユイ…」
「……」
何故かユイは、惑いと、そしてそれを上回る迷いによって黙り込んでいた。
…もしかするとそれは、彼の過去に関係があるのかも知れない。
セレンは直感で、そう判断した。
だが。
現実が、いつまでもセレンに考えさせる余裕を与えるはずもなかった。
…不意に、屋敷の方で、耳をつんざくような、鈍くも重い音が響いた。
先程の、屋敷からの凄まじい轟音を思い出し、弾かれたようにセレンは自らの生家に目を移す。
そしてそのまま絶句した。
「!…」
…その絶望は、声にはならなかった。
あれほど美しかった壮大な屋敷が、今では全て崩れ落ち、瓦礫の山と化している。
そして放たれた炎が、それを無情にも全て飲み込み、焼きつくしている。
「──あ…!」
もはや、嘆きは言葉にならない。
あの中には父がいる。
母がいる。
それも、変わり果てた屍となって…!
「…あ…あぁあ…!」
その絶望も言葉にはならない。
ただ、蝕むようにじわりじわりと、胸中を病んでいく。
「!──っ…」
ついにセレンは耐えきれなくなって、がくんとその場に両膝をついた。
…足の痛みなど、もはや頭から消えていた。
こんなものは痛くない。
この程度、痛かろうはずもない…!
本当に痛く、打ち砕かれそうなのは──
「…、セレン…」
失語していたユイが、いつの間にかセレンに憐れみの瞳を向け、呟いていた。
それにもセレンは反応せず、ただ呆然と、瓦礫と化した生家を見つめている。
今や両親の墓場と化した、自らの生家を。
恐らくは、自らの目から大量の涙が溢れ、流れていることにも気付いていないのだろう。
とめどなく溢れ出る涙は、親の血を吸ったであろう地面に引かれ、じんわりとその場に、悲しみの痕跡を残す。
「……」
不意に、ユイはその表情を厳しくした。
徐々にその双眸を、心が指し示すままに、殺気に尖らせていく。
「──エルダ…」
…その呟きは、重く、低く。
殺人集団の幹部クラスであるはずのエルダを、確実に怯ませた。
彼のその呟きは、明らかに組織にいた時のものではない。
酷く冷ややかで排他的で、怒っている時のあの口調の粗悪さとは、似ても似つかない程…
“恐ろしい”。
「…、ゆ、ユイ…?」
エルダは動揺し、窺うようにユイの感情を探ろうとする。
一方のユイは、その自らの感情に任せたまま、ある魔術を発動させるべく、わずかに右手を引いた。
「逝乱の闇に、囚われるがいい…!」
「…何ですって!?」
術発動の要ともなる、魔術の詠唱を耳にしたエルダは、そこに含まれる、とある“語句”に、激しく動揺し、同時にひどく狼狽した。
その語句とは他ならぬ──
『闇』。
…強力な魔術を殺傷の手段として用いる、自らが従属する組織…
Break Gunsでは、闇の魔術を使える者は、そこの幹部でもある自らが知り得る限りでも、たったひとりしか存在しない。
「…ゆ、ユイ…、貴方は、まさか…!」
幹部クラスのエルダが怯む。
それを合図にするかのように、ユイが放った闇の魔術・逝乱の闇が、エルダを襲う。
まるで意志を持った龍のような形をした、その魔術。
速さといい見た目に与える恐怖心といい、やはり基準となる属性が闇であるだけに、火風水土の四属性のそれとは桁違いだ。
エルダは反射的に唇を噛み締めると、遅い来る闇の魔術に対抗して、火の魔術を放った。
「煉獄の炎…、これでなければ、あの魔術には到底たち打ちなど…!」
エルダの手から放たれたそれは、真紅の渦を巻いて、ユイが構成した闇の魔術とぶつかり合う。
──瞬間、熱波を含んだ衝撃が、周囲に居た者全てを襲った。
何も手を打たなければ、体ごと吹き飛ばされそうなその勢いに、ユイとエルダは轟音の中で、瞬間、強く歯を食いしばる。
「…えっ!?」
不意に目の前に迫ったものを見て、エルダは刹那、身をすくませた。
何と、エルダが放った魔術・煉獄の炎の渦の合間を縫うようにして──
否、その魔力をも取り込み、力を更に増したらしい逝乱の闇が、エルダを食もうと唸りをあげて襲いかかって来たのだ。
「…っ!」
さすがに肝を潰したらしいエルダは、その稀なる身体能力で、一瞬にして体の自由を取り戻すと、強く地を蹴り、それを横っ飛びに避ける。
その耳元を、辛うじて逝乱の闇が突き抜けてゆく。
「!? …ぶつかる!」
エルダの魔術にすら打ち勝った、その途方もない威力と速さの魔術が、背後にあるものに直撃などしようものなら…
炎の海などというレベルでは到底済ませられるものではない。
セレンの顔が真っ青になった。
…我知らず、縋るように叫ぶ。
「ユイ!」
「分かっている」
ユイは落ち着き払ったまま、引き寄せるかのようにその右手を促した。
「戻れ、逝乱の闇」
ユイが静かに呟くと、あれだけの規模の魔術が、ユイの手に戻るかの如く、あっさりと還元された。
後に残されたエルダは、与えられた恐怖故か、がくがくと本能のままに震える足に自らの体重を支えられず、半ば倒れ込む形でその場に膝をつく。
…息が荒い。
「はあっ、はあ…っ、…っ…!」
恐怖に蝕まれた自らを振りきるべく、手の甲で口元を拭ったエルダ。
それを合図にするかのように、何処に潜んでいたのか、恐らくは組織の者と思われる少年たちが数名、エルダに走り寄る。
「エルダ様、ご無事で!?」
「エルダ様!」
少年たちは口々に、危惧したようにエルダの名を呼ぶ。
それを冷めた瞳で見やったユイは、セレンを伴って身を翻した。
「…エルダ、今は見逃してやる。だが、次に仕掛けてくれば命は無いものと思え」
「…っ!」
完全な敗北を悟り、エルダは思わず、強く土を握り締める。
だが、敵わないのが事実であるためか…
彼女はそれ以上、ユイに攻撃を仕掛けようとはしなかった。
0
あなたにおすすめの小説
どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」
あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。
弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。
弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。
百合ランジェリーカフェにようこそ!
楠富 つかさ
青春
主人公、下条藍はバイトを探すちょっと胸が大きい普通の女子大生。ある日、同じサークルの先輩からバイト先を紹介してもらうのだが、そこは男子禁制のカフェ併設ランジェリーショップで!?
ちょっとハレンチなお仕事カフェライフ、始まります!!
※この物語はフィクションであり実在の人物・団体・法律とは一切関係ありません。
表紙画像はAIイラストです。下着が生成できないのでビキニで代用しています。
熟女愛好家ユウスケの青春(熟女漁り)
MisakiNonagase
恋愛
高校まで勉強一筋で大学デビューをしたユウスケは家庭教師の教え子の母親と不倫交際するが、彼にとって彼女とが初の男女交際。そこでユウスケは自分が熟女好きだと自覚する。それからユウスケは戦略と実戦を重ねて、清潔感と聞き上手を武器にたくさんの熟女と付き合うことになるストーリーです。
17歳男子高生と32歳主婦の境界線
MisakiNonagase
恋愛
32歳主婦のカレンはインスタグラムで20歳大学生の晴人と知り合う。親密な関係となった3度目のデートのときに、晴人が実は17歳の高校2年生だと知る。
カレンと晴人はその後、どうなる?
中1でEカップって巨乳だから熱く甘く生きたいと思う真理(マリー)と小説家を目指す男子、光(みつ)のラブな日常物語
jun( ̄▽ ̄)ノ
大衆娯楽
中1でバスト92cmのブラはEカップというマリーと小説家を目指す男子、光の日常ラブ
★作品はマリーの語り、一人称で進行します。
屈辱と愛情
守 秀斗
恋愛
最近、夫の態度がおかしいと思っている妻の名和志穂。25才。仕事で疲れているのかとそっとしておいたのだが、一か月もベッドで抱いてくれない。思い切って、夫に聞いてみると意外な事を言われてしまうのだが……。
あるフィギュアスケーターの性事情
蔵屋
恋愛
この小説はフィクションです。
しかし、そのようなことが現実にあったかもしれません。
何故ならどんな人間も、悪魔や邪神や悪神に憑依された偽善者なのですから。
この物語は浅岡結衣(16才)とそのコーチ(25才)の恋の物語。
そのコーチの名前は高木文哉(25才)という。
この物語はフィクションです。
実在の人物、団体等とは、一切関係がありません。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる