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Ⅴ.背徳の墓標
訪れたアベル
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「俺のことを知った上で、それでもセレンを連れ歩けと?
お前は食えないだけでなく、随分と酔狂な男のようだな」
「だが、私が守るのと貴方が側にいるのとでは、また訳が違う」
「……」
ユイは無言のままに眉を顰めた。
「…ユイ、貴方は組織の副総統だ。
それに加えてもうひとりの幹部である、ヴァルス=ブラウン=レイも連れている。
それを知る幹部クラスなら、“以降”、おいそれと出だしはしてこないだろう。
…まあ、あのアベルという男は例外かも知れないが」
「…!?」
レアンの発した名に、ユイの瞳がわずかに揺らいだ。
「…アベル…だと?
まさか…アベル=サイケデリックか?」
「組織には、弟殺しの二つ名で通っているようだがね」
レアンが、さも当然のことのように答える。
「ケイオスとゼオンと言ったかな、例の幹部クラスの2人は。
…彼らも貴方たちとの一戦の直後、奴にそのまま粛正されたようだが」
「…アベル… あの気狂いが動いたか…」
ユイの呟きがいつになく慎重になる。
そんなユイを一瞥したレアンは、軽く息をつくと、先を続けた。
「…さて…ユイ、忠告はここまでにして、本題だ。
彼の残した、例の封書の件だが──」
「勿論、破棄するんだろうな」
ユイはレアンの言葉を、きつい言葉で遮った。
それにレアンは、うっすら肩を竦ませる。
「それがセレンを連れ歩く交換条件になるならば…だ」
「ふん…やはりそう来たか」
ユイは半ば吐き捨てるように呟くと、ほんの一時、目を閉じ、やがてその目を見開いた。
「…まあいいだろう。その辺りの覚悟は、本人からも直接確認を取っているからな」
「決まりだな」
ユイの人柄を信用したのか、レアンは再び例の魔術を使い、封書をその手に呼び戻す。
…普通の者であれば、この程度の口約束で、暗殺組織の副総統に封書を渡すなど、愚の骨頂極まりないと嘲笑うだろう。
だがレアンには、確信があった。
そもそも彼がセレンを殺すつもりなら、まず最初に出会った、まだ足のつかない時点で事を興しているはずだ。
よしんば気まぐれに生かしているのだとしても、それならそれでわざわざ連れ歩くなどという、あからさまに組織の目に付く行動を取るはずがない。
わざわざ己に負担をかけ、なおかつ、組織の者に自らを晒す必要など、今の彼には塵ほどもないはずなのだから。
「さあ、これが書類だ。受け取るといい」
「…?」
ここで何故かユイは、果てしなく警戒にも近い形で、訝しげに眉を顰めた。
その違和感の正体を、何となくながらも心のどこかで感づきながら、それでも問題の書類を手にしようと、ユイが静かに手を伸ばした、その時。
「──成る程な。確かに幹部候補クラスが揃ってこのザマじゃ、俺が出張らざるを得ない」
低くもよく通る、皮肉を含んだ冷たい声が、一瞬にしてその場の空気を払拭した。
その声に嫌というほど聞き覚えのあるユイが、鋭くそちらを見やると、そこにはいつの間にか、当のアベル本人が、嘲るような狂気の笑みを浮かべて立っていた。
その、その場に存在するだけで滲み出る、彼特有の冷淡な凶悪さに、刹那、ユイの瞳が、氷を含んだように冷たく、硬く引き締まる。
「…アベル…」
「彼が【弟殺し】の二つ名を持つ、アベル=サイケデリックか。
兄がアベル、弟がカインとは…かの書を逆手に取ったが如く、皮肉な名だな」
組織の全ての情報を把握しているらしいレアンが、ユイとアベルの間に割って入る形で呟く。
そんなレアンを、アベルは冷めたながらも、興味深そうに一瞥した。
「さすがにレアン公爵。物を知っている」
お前は食えないだけでなく、随分と酔狂な男のようだな」
「だが、私が守るのと貴方が側にいるのとでは、また訳が違う」
「……」
ユイは無言のままに眉を顰めた。
「…ユイ、貴方は組織の副総統だ。
それに加えてもうひとりの幹部である、ヴァルス=ブラウン=レイも連れている。
それを知る幹部クラスなら、“以降”、おいそれと出だしはしてこないだろう。
…まあ、あのアベルという男は例外かも知れないが」
「…!?」
レアンの発した名に、ユイの瞳がわずかに揺らいだ。
「…アベル…だと?
まさか…アベル=サイケデリックか?」
「組織には、弟殺しの二つ名で通っているようだがね」
レアンが、さも当然のことのように答える。
「ケイオスとゼオンと言ったかな、例の幹部クラスの2人は。
…彼らも貴方たちとの一戦の直後、奴にそのまま粛正されたようだが」
「…アベル… あの気狂いが動いたか…」
ユイの呟きがいつになく慎重になる。
そんなユイを一瞥したレアンは、軽く息をつくと、先を続けた。
「…さて…ユイ、忠告はここまでにして、本題だ。
彼の残した、例の封書の件だが──」
「勿論、破棄するんだろうな」
ユイはレアンの言葉を、きつい言葉で遮った。
それにレアンは、うっすら肩を竦ませる。
「それがセレンを連れ歩く交換条件になるならば…だ」
「ふん…やはりそう来たか」
ユイは半ば吐き捨てるように呟くと、ほんの一時、目を閉じ、やがてその目を見開いた。
「…まあいいだろう。その辺りの覚悟は、本人からも直接確認を取っているからな」
「決まりだな」
ユイの人柄を信用したのか、レアンは再び例の魔術を使い、封書をその手に呼び戻す。
…普通の者であれば、この程度の口約束で、暗殺組織の副総統に封書を渡すなど、愚の骨頂極まりないと嘲笑うだろう。
だがレアンには、確信があった。
そもそも彼がセレンを殺すつもりなら、まず最初に出会った、まだ足のつかない時点で事を興しているはずだ。
よしんば気まぐれに生かしているのだとしても、それならそれでわざわざ連れ歩くなどという、あからさまに組織の目に付く行動を取るはずがない。
わざわざ己に負担をかけ、なおかつ、組織の者に自らを晒す必要など、今の彼には塵ほどもないはずなのだから。
「さあ、これが書類だ。受け取るといい」
「…?」
ここで何故かユイは、果てしなく警戒にも近い形で、訝しげに眉を顰めた。
その違和感の正体を、何となくながらも心のどこかで感づきながら、それでも問題の書類を手にしようと、ユイが静かに手を伸ばした、その時。
「──成る程な。確かに幹部候補クラスが揃ってこのザマじゃ、俺が出張らざるを得ない」
低くもよく通る、皮肉を含んだ冷たい声が、一瞬にしてその場の空気を払拭した。
その声に嫌というほど聞き覚えのあるユイが、鋭くそちらを見やると、そこにはいつの間にか、当のアベル本人が、嘲るような狂気の笑みを浮かべて立っていた。
その、その場に存在するだけで滲み出る、彼特有の冷淡な凶悪さに、刹那、ユイの瞳が、氷を含んだように冷たく、硬く引き締まる。
「…アベル…」
「彼が【弟殺し】の二つ名を持つ、アベル=サイケデリックか。
兄がアベル、弟がカインとは…かの書を逆手に取ったが如く、皮肉な名だな」
組織の全ての情報を把握しているらしいレアンが、ユイとアベルの間に割って入る形で呟く。
そんなレアンを、アベルは冷めたながらも、興味深そうに一瞥した。
「さすがにレアン公爵。物を知っている」
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