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†迫り来る闇†
カミュと兄さん(唯香視点)
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…その頃、体調がだいぶ回復した私は、カミュと手を繋いだまま、自分の家の前に立っていた。
程なく、カミュの方から、さも意外そうな声がかかる。
「…唯香…、本当にここがお前の家なのか?」
「そうだけど?」
私が何気なく答えると、カミュは徐に、私の家を上から下まで眺めた。
「ここに来るまで、幾つかの建物を見てきたが…、この規模は、他のものとは桁違いだな」
「そう?」
「ああ。正直、もう少し手狭だと思っていた。…驚いたな」
「大したことないって。広めの庭があるからそう見えるだけだよ。…いいから中に入ろう? カミュ」
私の促しに、カミュはちらりと私を一瞥し、意外にも、首を横に振った。
「…悪いが、俺はここまでしか付き合えない」
「えっ…?」
「分かっているだろう? お前との約束は、“お前を家まで送ること”… それだけだ」
…始めは冗談だとばかり思っていたのだが、次には、私の手からカミュの手が離れた。
その、特有の温もりが、はっきりと失せていくのが分かる。
ここまで来て、このままではカミュが本当にいなくなってしまうのだと確信した私は、慌てて声をあげた。
「!ま、待って… カミュ、お願い…、まだ行かないで!」
「では、俺はいつまでお前の側に居ればいい? お前が満足するまでか?」
「!…」
「…記憶のない俺が、お前の側になど、居られる訳もないだろう…
あまり我が儘を言うな」
冷たく言い捨てると、カミュは身を翻し、もと来た方へと歩き始めた。
それを見た私は、我知らず手を伸ばしていた。
…先程まで、彼と温もりを共有していた手を。
「カミュ…!」
名を呼んでも、もう、カミュは振り向いてはくれない。
焦った私は、後を追って行きたい衝動にかられ、体調などにはお構いなしに、そのまま走り出そうとした。
…すると。
「!?…」
カミュが、何かの気配に気付いたように足を止め、私の方を向いた。
それに、私は訳も分からないまま、ただ…カミュがその場に留まってくれたことに安堵する。
「カミュ!」
私が嬉しさのあまり、名を呼ぶと、カミュは突き刺すような冷たい瞳を私に向けた。
「…唯香…」
その、氷を含んだような瞳に、思わず私が息を呑むと、その視線は私を通り越し、私のすぐ背後へと向けられた。
「…お前は…」
カミュの口から、咎めるような言葉が洩れる。
それに反応して、私は後ろを振り返った。
すると、そこに居たのは…
「!将臣兄さん…」
…そう、いつの間にか“そこに居た”のは、私の二歳年上の兄・神崎将臣だった。
その将臣兄さんは、全てを知ったような様子で、カミュへと話しかけた。
「唯香が世話になったようだな。その礼もせずに、このまま帰すのも忍びない…
我が家でよければ、立ち寄って行っては貰えないか?」
「……」
カミュは、将臣兄さんを、まるで認識するように見つめている。
対して、兄さんも、初対面であるにも関わらず、カミュに対して、その姿勢を全く崩さない。
それにとうとう根負けしたのか、カミュが軽く息をついた。
「…どうやら強引なのは、お前たちの血筋のようだな」
「!えっ…、じゃあ…カミュ…」
「礼を言われるようなことはしていないが、せっかくの誘いだ…
有難く受けるとしよう」
謎めいた笑みを浮かべて、カミュはその目に潜んだ冷たさを取り払った。
それに、将臣兄さんの方も礼を言う。
「警戒をも解いて頂いたようで、何よりだ…
見たところ体調も悪そうだな。…大したもてなしは出来ないかも知れないが、我が家でよければ、ゆっくりとくつろいで行ってくれ」
「!…」
この何気ない将臣兄さんの一言に、カミュは再び神経を尖らせた。
…兄さんには聞こえないような、低い声で呟く。
「…あいつ…、何故それが判る…!?」
確かに、先程までは病んでいたが、今のカミュは一見、健康体と変わらない。
なのに将臣兄さんは、そんなカミュの体調の悪さを、誰から聞くこともなく、一目で見破った。
「…唯香の兄・将臣か…、油断は禁物だな」
「…カミュ、兄さんは昔からそうなの。何でもお見通しで…決して物事の本質を見誤ったりはしない…」
「ああ。奴を見ていれば分かる。気配といい、あの目といい…、奴は只者ではない」
…だが、何はともあれ、兄さんの口添えで、カミュは私の家に来ることになった。
彼を失ってしまうと考えていた、先程の状態が嘘のようだ。
私は、恐らくは生まれて初めて…、心から喜んだ。
「カミュ、行こう。兄さんに紹介するから」
私はカミュに駆け寄り、彼の手を取った。
今度も、カミュは私の手を振り解かなかった。
…それが何より、嬉しかった。
初めて会ったあなたは、
獣のような目で私を見つめ、警戒していた。
そして、事故とはいえ唇を奪われ、
首筋から血まで吸われたりした。
…考えてみれば、あなたは私に、とんでもないことばかりしている。
…けれど、
いつの間にか、それが心地良くなってしまっていた。
あなたの存在が、
その温もりが…
なくてはならないものになっていた。
…さっき、会ったばかりだというのに。
…カミュ。
私はあなたの側にいたい。
例え、あなたが人間じゃなくても、
血を得なければ生きられない体だとしても、
私は…あなたの側にいたい。
また、我が儘だと言われるかも知れないけれど、
ずっと、
いつまでも、
永遠に…
私は、あなたと共にいたい。
でも、カミュ…
あなたは果たして、それを許してくれるのかな…
程なく、カミュの方から、さも意外そうな声がかかる。
「…唯香…、本当にここがお前の家なのか?」
「そうだけど?」
私が何気なく答えると、カミュは徐に、私の家を上から下まで眺めた。
「ここに来るまで、幾つかの建物を見てきたが…、この規模は、他のものとは桁違いだな」
「そう?」
「ああ。正直、もう少し手狭だと思っていた。…驚いたな」
「大したことないって。広めの庭があるからそう見えるだけだよ。…いいから中に入ろう? カミュ」
私の促しに、カミュはちらりと私を一瞥し、意外にも、首を横に振った。
「…悪いが、俺はここまでしか付き合えない」
「えっ…?」
「分かっているだろう? お前との約束は、“お前を家まで送ること”… それだけだ」
…始めは冗談だとばかり思っていたのだが、次には、私の手からカミュの手が離れた。
その、特有の温もりが、はっきりと失せていくのが分かる。
ここまで来て、このままではカミュが本当にいなくなってしまうのだと確信した私は、慌てて声をあげた。
「!ま、待って… カミュ、お願い…、まだ行かないで!」
「では、俺はいつまでお前の側に居ればいい? お前が満足するまでか?」
「!…」
「…記憶のない俺が、お前の側になど、居られる訳もないだろう…
あまり我が儘を言うな」
冷たく言い捨てると、カミュは身を翻し、もと来た方へと歩き始めた。
それを見た私は、我知らず手を伸ばしていた。
…先程まで、彼と温もりを共有していた手を。
「カミュ…!」
名を呼んでも、もう、カミュは振り向いてはくれない。
焦った私は、後を追って行きたい衝動にかられ、体調などにはお構いなしに、そのまま走り出そうとした。
…すると。
「!?…」
カミュが、何かの気配に気付いたように足を止め、私の方を向いた。
それに、私は訳も分からないまま、ただ…カミュがその場に留まってくれたことに安堵する。
「カミュ!」
私が嬉しさのあまり、名を呼ぶと、カミュは突き刺すような冷たい瞳を私に向けた。
「…唯香…」
その、氷を含んだような瞳に、思わず私が息を呑むと、その視線は私を通り越し、私のすぐ背後へと向けられた。
「…お前は…」
カミュの口から、咎めるような言葉が洩れる。
それに反応して、私は後ろを振り返った。
すると、そこに居たのは…
「!将臣兄さん…」
…そう、いつの間にか“そこに居た”のは、私の二歳年上の兄・神崎将臣だった。
その将臣兄さんは、全てを知ったような様子で、カミュへと話しかけた。
「唯香が世話になったようだな。その礼もせずに、このまま帰すのも忍びない…
我が家でよければ、立ち寄って行っては貰えないか?」
「……」
カミュは、将臣兄さんを、まるで認識するように見つめている。
対して、兄さんも、初対面であるにも関わらず、カミュに対して、その姿勢を全く崩さない。
それにとうとう根負けしたのか、カミュが軽く息をついた。
「…どうやら強引なのは、お前たちの血筋のようだな」
「!えっ…、じゃあ…カミュ…」
「礼を言われるようなことはしていないが、せっかくの誘いだ…
有難く受けるとしよう」
謎めいた笑みを浮かべて、カミュはその目に潜んだ冷たさを取り払った。
それに、将臣兄さんの方も礼を言う。
「警戒をも解いて頂いたようで、何よりだ…
見たところ体調も悪そうだな。…大したもてなしは出来ないかも知れないが、我が家でよければ、ゆっくりとくつろいで行ってくれ」
「!…」
この何気ない将臣兄さんの一言に、カミュは再び神経を尖らせた。
…兄さんには聞こえないような、低い声で呟く。
「…あいつ…、何故それが判る…!?」
確かに、先程までは病んでいたが、今のカミュは一見、健康体と変わらない。
なのに将臣兄さんは、そんなカミュの体調の悪さを、誰から聞くこともなく、一目で見破った。
「…唯香の兄・将臣か…、油断は禁物だな」
「…カミュ、兄さんは昔からそうなの。何でもお見通しで…決して物事の本質を見誤ったりはしない…」
「ああ。奴を見ていれば分かる。気配といい、あの目といい…、奴は只者ではない」
…だが、何はともあれ、兄さんの口添えで、カミュは私の家に来ることになった。
彼を失ってしまうと考えていた、先程の状態が嘘のようだ。
私は、恐らくは生まれて初めて…、心から喜んだ。
「カミュ、行こう。兄さんに紹介するから」
私はカミュに駆け寄り、彼の手を取った。
今度も、カミュは私の手を振り解かなかった。
…それが何より、嬉しかった。
初めて会ったあなたは、
獣のような目で私を見つめ、警戒していた。
そして、事故とはいえ唇を奪われ、
首筋から血まで吸われたりした。
…考えてみれば、あなたは私に、とんでもないことばかりしている。
…けれど、
いつの間にか、それが心地良くなってしまっていた。
あなたの存在が、
その温もりが…
なくてはならないものになっていた。
…さっき、会ったばかりだというのに。
…カミュ。
私はあなたの側にいたい。
例え、あなたが人間じゃなくても、
血を得なければ生きられない体だとしても、
私は…あなたの側にいたい。
また、我が儘だと言われるかも知れないけれど、
ずっと、
いつまでも、
永遠に…
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