†我の血族†

如月統哉

文字の大きさ
8 / 214
†迫り来る闇†

二人目の接触者(視点変更)

しおりを挟む
「全く…無茶をするな」

疲労と酒で潰れた妹を後目に、将臣は呆れたように立ち上がった。
そのまま、椅子に座ったままの唯香の体を抱き上げると、手近なソファーに、そっと寝かせる。

「なかなかいい兄ぶりだな」

感心したようにカミュが笑う。それに、将臣は苦笑せざるを得なかった。

「あなたこそ、この跳ねっ返りの我が儘を聞かねばならず、さぞや大変だっただろう」
「…まあな」

それだけは否定できないので、カミュは、彼には珍しく、あっさりと肯定した。
すると、将臣はその笑みを潜め、もと座っていた椅子へと移動した。
その様子を油断なく目で追っているカミュに、将臣は徐に口を開いた。

「だが、身内贔屓になるかも知れないが…唯香のあれは、単なる我が儘ではない。
そのことに、あなたは気付いているか?」
「…、これはあくまでも推測だが…、唯香の、人に対する異常なまでのこだわりは、親の死と何か関係しているのではないか?」

カミュの返答に、将臣は満足したように、再び椅子に腰を下ろした。

「そこまで分かっているなら、話は早い」
「お前は親の死を、ただ事故だと言っただけだったが…
本当にそうなのか?」

カミュの目の奥が、鋭く光る。

「さすがに鋭いな。そう、俺たちの両親は、表向きは事故死とされている。そして、唯香もそれを疑ってはいない」
「……」
「だが、あれは事故などではない。それをあえて“事故”で処理しているのは、警察などでも、あの事態の真相を掴めなかったからだ」
「…それは、もしかすると…」

カミュは、瞳に鋭い光を湛えたまま、何かを考えるように頬杖をついた。

「ああ。…恐らくは人外の者の仕業だろう。普通の人間には、ミイラにするわけでもなく、体中の血を抜き取るなどという芸当は出来ないからな」
「!血を…?」

さすがにカミュは驚き、頬杖をつくのをやめた。
その反応を見た将臣が、さらに後押しするように続ける。

「あなたも血を求めるらしいが、俺たちの両親を殺したのは、恐らく…あなたではない。
だが、あなたの同胞のうちの誰かが、罪を犯した可能性はある」
「!」
「あなたは記憶がないのだと言ったな。ならば、戻ってからでも構わないので、犯人の心当たりを教えて貰いたい」
「……」

カミュが黙り込むと、将臣は、慎重に言葉を付け加えた。

「それが、俺がここにあなたを引き止める理由だ」
「分かった」

カミュは渋面ながらも、はっきりと頷いた。

「残念ながら、今の俺には心当たりは全くない。…だが、俺の記憶が甦り、その犯人が俺の知っている者であれば、その者を必ずお前の前に突き出してやる。それは約束しよう」
「話が早くて助かるな。…協力を感謝する」

将臣は、カミュに向かって軽く会釈をしてみせた。
それに、カミュは意図的に瞬きをすることで応えると、続いて本題に入った。

「将臣、お前は先程の俺の話で、フェンネルとは接触が可能であることには気付いただろう?」
「…まさか、その者を呼び出して話を聞こうとでも?」

将臣が肩を竦める。

「…フェンネルの話は、それを確かめる術がなく、また、それを裏付ける証拠もない以上、奴の話したこと全てが真実であるとは言い切れない。それは事実だ。…だが、今のところは、奴から話を聞く以外に、先へ進む道はない」
「…、いや、もうひとつ可能性はあるだろう」
「もうひとつ…とは?」

カミュが首を傾げると、将臣は一息入れ、自分の考えを話し始めた。

「あなたがこの世界にいることは、黙っていても知れ渡ってしまうだろう。だとすれば、フェンネル以外の者が、向こうから接触して来るかも知れない」
「…そういう考えもあるな」

カミュは考え込んだ。…確かに、将臣のいう通りだ。
自分が皇子であるならば、接触してくる者は、至極限られてくる。

フェンネルのように、敵意はないが自分を連れ戻そうとする者、そして、それとは逆に、この世界にいる自分に、身分を知ってか知らずか敵意を見せる者…
ひいては、将臣と唯香、二人の両親を殺した犯人さえも釣れるかも知れない。

…将臣の言いたかったことは、恐らくそれだろう。
親を殺した犯人が人外の者であるなら、同じく人外の者であり、ひとつの世界の皇子であるらしい自分がここに滞在するのは、犯人をおびき寄せるという意味でも、まさにうってつけだ。
つまり、この身分は、他でもない…
【餌】なのだ。

「だが、そうだとすれば、ただ待っているのも時間の無駄だな。向こうから接触させる方法があればいいんだが」
「接触させる方法か。なかなか難しいな。相手に罠だと警戒させてしまうようでは、それ自体が意味を為さないからな」
「…違いない」

カミュが溜め息混じりに呟いたその時…


ひくりと、彼の鼻が何かを嗅ぎつけた。
その表情は、みるみるうちに強張り、瞳が引き締まるように鋭くなる。
そんなカミュの豹変を見た将臣は、半ばぎょっとしながらも、慎重に会話を進めた。

「どうかしたのか?」
「…、血の匂いがする」
「…血…?」

その整った眉を潜めて、将臣は尋ねた。
くん、と、自分でも匂いを嗅いでみるが、これといって特別な匂いはしない。
…ましてや、血の匂いなど。

「別に、何も変わった匂いはしないが…」
「!…待て、将臣」

カミュは、近くにあった窓へと、その紫の瞳を向けた。
警戒という棘を浮かべたそれは、まるで獣のように油断がない。

「血の匂いが、こちらに近付いてくる。…お前はここにいろ。もし相手が人外の者であるなら、用件があるのは、恐らく俺ひとりだろう」
「…大丈夫なのか?」

将臣が、不安な感情を露にする。

「大丈夫だという保証はないが…、何らかの情報を引き出すためには、多少のリスクは覚悟しなければな」

そこまで告げると、カミュは椅子から立ち上がった。
ゆっくりと窓に近付き、それを大きく開け放つ。
ひんやりとした夜風が部屋に入り込んで来た時には、カミュの姿はそこから消えていた。
…後には、それを確認しながらも、気遣うように妹に目を走らせる、将臣が残った。





…一方、庭に出たカミュは、周囲の様子に気を巡らせ、同時に、嗅覚を頼りに、血の匂いをさせる者の気配を探った。

先程までは、まだ『近付いてくる』レベルの距離だったはずが、そいつは、いつの間にか…『すぐ傍まで来ている』。

「この移動の速さからしても…人間であろうはずがない」

思わず独りごちたカミュは、次には自分で言ったことに対して、苦笑せざるを得なかった。

…それが分かり、反射的にでもそう考えてしまう自分は、やはり【ヒト】ではないのだろう。
記憶を無くしていても、こういった考えを、瞬間的にでもしてしまう以上は──

「“人間ではない存在”…か」

ふと、思ったことが口をついて出る。
その瞬間、その声は上空から降ってきた。

「…自分のことを良く分かっているようだね? 皇子」

鼻にかかったような、聞き苦しい男の声に、カミュは瞬時に笑みを潜め、声のした方の上空を睨んだ。
するとそこには、月を背にした、黒いスーツ姿の金髪の若い男が、当然のように空中に浮いていた。
その外見もさることながら、左胸のポケットに刺した一輪の真紅の薔薇が、より一層、気障ったらしさを演出している。

この、得体の知れない招かれざる客に、カミュは思わず警戒する事も忘れ、呆れたように息をついた。

「…確かに…今の段階では、向こうからの接触は有難い。有難いはずなんだが…、よりにもよって、こんな奴しか来ないとはな」

このカミュの呟きを、男は聞き咎めた。

「ほう…、随分とご挨拶だね、皇子。
今の貴方には、皇子であった頃の記憶がないらしい… とすれば、あの強力な魔力も、今は封印された状態だ…
そんなざまで、俺に勝てるとでも思っているのか?」

この男の言葉で、カミュは男がここに、何をしに来たのかを理解した。

「ふん…、記憶がないことを幸いに、俺の首でも取るつもりなんだろうが…
貴様如きに取らせてやるほど、この首は安くはない」

カミュがはっきりと切り返すと、その男は何を思ったか、不意に歓喜の声をあげた。

「く…、くくくくっ…、ははははっ!
さすがだ…、記憶を無くしていても、さすがにあの方の後継というだけのことはある!」
「“あの方”…?」

カミュは訝しげに眉を潜める。その様子を、さも楽しげに眺めた男は、焦らすように口を開いた。
その目は、どこか狂気に彩られている。

「!…ああ、記憶のない皇子には解りませんね。…貴方のお父上の、吸血鬼皇帝──
サヴァイス=ブライン様のことですよ!」
「!」

全く予想もしていなかったことを聞いて、カミュの体が硬直した。
それに、舐めるような目を向けた男は、本来の立場なら、相手にされるはずもない、高貴な者との会話を、明らかに楽しんでいた。

「貴方の父上は、四千年といわれる時を生きる、純粋かつ崇高な血を持った御方…
そして我々・闇の者の、絶対的な統治者です」
「…それが、俺の父親だと?」

しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

夫婦交換

山田森湖
恋愛
好奇心から始まった一週間の“夫婦交換”。そこで出会った新鮮なときめき

【完結】異世界に転移しましたら、四人の夫に溺愛されることになりました(笑)

かのん
恋愛
 気が付けば、喧騒など全く聞こえない、鳥のさえずりが穏やかに聞こえる森にいました。  わぁ、こんな静かなところ初めて~なんて、のんびりしていたら、目の前に麗しの美形達が現れて・・・  これは、女性が少ない世界に転移した二十九歳独身女性が、あれよあれよという間に精霊の愛し子として囲われ、いつのまにか四人の男性と結婚し、あれよあれよという間に溺愛される物語。 あっさりめのお話です。それでもよろしければどうぞ! 本日だけ、二話更新。毎日朝10時に更新します。 完結しておりますので、安心してお読みください。

あるフィギュアスケーターの性事情

蔵屋
恋愛
この小説はフィクションです。 しかし、そのようなことが現実にあったかもしれません。 何故ならどんな人間も、悪魔や邪神や悪神に憑依された偽善者なのですから。 この物語は浅岡結衣(16才)とそのコーチ(25才)の恋の物語。 そのコーチの名前は高木文哉(25才)という。 この物語はフィクションです。 実在の人物、団体等とは、一切関係がありません。

極上イケメン先生が秘密の溺愛教育に熱心です

朝陽七彩
恋愛
 私は。 「夕鶴、こっちにおいで」  現役の高校生だけど。 「ずっと夕鶴とこうしていたい」  担任の先生と。 「夕鶴を誰にも渡したくない」  付き合っています。  ♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡  神城夕鶴(かみしろ ゆづる)  軽音楽部の絶対的エース  飛鷹隼理(ひだか しゅんり)  アイドル的存在の超イケメン先生  ♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡  彼の名前は飛鷹隼理くん。  隼理くんは。 「夕鶴にこうしていいのは俺だけ」  そう言って……。 「そんなにも可愛い声を出されたら……俺、止められないよ」  そして隼理くんは……。  ……‼  しゅっ……隼理くん……っ。  そんなことをされたら……。  隼理くんと過ごす日々はドキドキとわくわくの連続。  ……だけど……。  え……。  誰……?  誰なの……?  その人はいったい誰なの、隼理くん。  ドキドキとわくわくの連続だった私に突如現れた隼理くんへの疑惑。  その疑惑は次第に大きくなり、私の心の中を不安でいっぱいにさせる。  でも。  でも訊けない。  隼理くんに直接訊くことなんて。  私にはできない。  私は。  私は、これから先、一体どうすればいいの……?

今夜は帰さない~憧れの騎士団長と濃厚な一夜を

澤谷弥(さわたに わたる)
恋愛
ラウニは騎士団で働く事務官である。 そんな彼女が仕事で第五騎士団団長であるオリベルの執務室を訪ねると、彼の姿はなかった。 だが隣の部屋からは、彼が苦しそうに呻いている声が聞こえてきた。 そんな彼を助けようと隣室へと続く扉を開けたラウニが目にしたのは――。

父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

四季
恋愛
父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

人狼な幼妻は夫が変態で困り果てている

井中かわず
恋愛
古い魔法契約によって強制的に結ばれたマリアとシュヤンの14歳年の離れた夫婦。それでも、シュヤンはマリアを愛していた。 それはもう深く愛していた。 変質的、偏執的、なんとも形容しがたいほどの狂気の愛情を注ぐシュヤン。異常さを感じながらも、なんだかんだでシュヤンが好きなマリア。 これもひとつの夫婦愛の形…なのかもしれない。 全3章、1日1章更新、完結済 ※特に物語と言う物語はありません ※オチもありません ※ただひたすら時系列に沿って変態したりイチャイチャしたりする話が続きます。 ※主人公の1人(夫)が気持ち悪いです。

処理中です...