†我の血族†

如月統哉

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†所業の代償†

目覚めの夜

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…唯香がうっすらと目を見開いたのは、次の日の夜だった。

寝起きなせいもあって、始めは霧がかかっているかのようにぼんやりとしていた頭も、周囲の状況を少しずつながらも認識するにつれ、徐々にではあるが、はっきりしてくる。

…それでも唯香は、自らに入ってくる情報には気にも止めず、また、何かを考えるということすらも一切せず、その空虚な瞳で、静かに天井を見つめていた。

昨日の夕刻あたりから、周囲で何があったのか、自分の身に何があったのか…
全く思い出せない。

唯香は、まだ少し微睡んでいる頭を無理やり起こすようにして、ベッドから起き上がろうと、強く手に力を込めた。

…すると。

自分が居なかったはずの箇所に、ほんの微かな温もりが残っているのを、その手のひらが捉えた。

「…え?」

唯香は、思わずその部位を凝視した。
先程まではまるで気付かなかったが、隣に、確かに誰かが寝ていたらしい形跡がある。

「…さっきまでここに…誰かが寝ていた…?」

思わず口にしたそれは、昨日の夕刻からの出来事を、自らがまるで覚えていないだけに不気味なものだった。

次の瞬間、唯香は勢い良く跳ね起きると、足がもつれることも一向に構わずに、すぐさま部屋から飛び出そうとした。
普段着のまま寝せられていたので、服はしっかり皺になってしまっていたが、今の唯香に、それを気に止める余裕はなかった。

ただ、【隣に寝ていた何者か】…
そればかりが酷く気になっていたのだ。

唯香は出入り口にあたる扉に近寄ると、急いでその扉を開けようとした…
が、扉は固く閉ざされていて、開くことはない。
これは、将臣とマリィが外から魔力で封じているせいなのだが、今の唯香がそれを知る由もない。

「!…開かない…!?」

焦りを覚えた唯香は、拳を固めると、手が痛むのも構わずに、その両の手でもって、強く目の前の扉を叩いた。

「…兄さん! 将臣兄さん!」

…兄である将臣の名を呼んでいるうちに、何がきっかけでかは不明だが…
唯香の脳裏には、徐々にではあるが、以前の記憶が少しずつ甦り始めた。

「マリィちゃん…! ねぇ…、誰もいないの!?」

すると、昨日まで、あれほど恐れていたマリィの名を、ごく自然に口にした唯香に驚いたのか、不意にその扉が外から開いた。
途端に顔面に直撃しそうになる扉を、唯香は、いともあっさりと避ける。
唯香が、再び出入り口を確認した時、目に付いた人物は三人…

息を呑むように口元を押さえているマリィと、
普段の状態はどこへやら状態の将臣、
そして、もうひとり…!

そのもうひとり、サリアに唯香が目を向けるより早く、マリィが唯香に、嬉しそうに飛びついてきた。

「ゆいか…、唯香っ! 元気になって良かった! …それに、またマリィの名を呼んでくれるなんて…! マリィのこと、許してくれたの…?」
「…え?」

抱きついて来たマリィを床に降ろしながらも、唯香は怪訝そうにマリィを見た。
…マリィの言っている意味が、まるで分からなかった。

「…許してくれたって…どういうこと? マリィちゃん」
「!…唯香、覚えていないの?」

驚きで、マリィがそのぱっちりとした紫の瞳を丸くする。
それに合わせるように、唯香は頷いた。

「覚えてないというより…、言っている意味が分からないというか…」

混乱し、しきりに頭を捻る妹に、将臣は心のどこかで、元気になったことを安堵しながらも呼びかけた。

「唯香、それについては、俺たちが全て教えてやろう」
「…将臣兄さん?」
「知りたいんだろう?」
「うん」

将臣の問いに、唯香は素直に頷いた。すると将臣は、己の目についた、妹のその服装の凄まじさ…
もとい、杜撰さを指摘する。

「服装がそれだけ乱れていると、話す気も失せそうだからな。まずは、お前が着替えてからだ」
「…え?」

言われて、唯香は自分の格好に目を落とした。
身につけていたのが普段着だったために、スカートから何から、全てが皺だらけでヨレヨレだ。
これでは兄でなくとも、着替えろと言う文句紛いの言葉のひとつも言いたくもなるだろう。

「…酷いね…」

その剰りの崩れ具合に、唯香はぼそりと呟いた。その呟きを、将臣がきっぱりと両断する。

「今更気付くな。…俺たちは隣の部屋にいる。着替えたらすぐに来い」

言い捨てると、将臣は隣の部屋へと姿を消した。その後を追って、サリアもその場から離れる。
…後に残ったマリィは、唯香の上から下までをとっくりと眺めると、何故か深い溜め息をついた。

それに敏感に気付いた唯香が、焦りながらも、すかさず近くにあった着替えを手に取った。

「!ごめん…、そんなに酷い!?」

唯香の問いに、マリィはしばらく、それにかけるべき巧い言葉を探していたが…
やがて無言のまま、こくりと頷く。
これにはさすがに唯香の頬に、我知らず、一筋の冷や汗が伝った。

「…あ…、あの兄さんが言うわけだわ…」

…今までのやり取りでは到底考えられないことだが、本来の将臣は、滅多なことでは唯香を注意したり、諭したりしない。
それどころか、宥めることすらしない。

だが、それは奔放の意味ではなく、普段から、あくまで【自身】が…
本人が気を付けるようにと仕向けているからだ。

そんな、甘やかすことなど一切ない、兄・将臣から見れば、自分は相当に杜撰な人間に見えることだろう。
まだ幼いマリィの目からもそう見えるのだとすれば、尚更だ。

唯香は何となく、気分的にもどんよりとしたものを感じながら、半ば呻くようにマリィに呟いた。

「…マリィちゃん、悪いけど、これに着替えたらすぐに行くから、先に行っててくれる?」
「うん!」

マリィは、唯香から声をかけられたことが余程嬉しいのか、大きく、はっきりと頷くと、ぱたぱたと部屋から飛び出していった。

…後に残された唯香は、それを見て微笑みながらも、その一方で、ふと考える。

「…そういえば…」

先程から、カミュの姿が見えない。
…自分が最後にカミュを見たのは、いつだっただろうか?

「…えーと…、カミュが一度、自分の住んでいた世界に戻って、そして…」

…その後は?

そこまで考えた時、何故か唯香の首元が疼いた。
この時、以前にその身体に与えられた苦しみが、わずかながらも記憶の甦起に影響を及ぼす。

「!…そうだ…」

唯香の手から、着替えの服が滑り落ちた。
それには唯香はまるで構わず、ただ、茫然と前方を見ていた。


…そうだ。

自分はカミュに…首を締められて、更に唇をも塞がれ…
殺されかけたのだ。


…あの時のカミュの様子は、尋常なものではなかった。
いつもの彼には似つかわしくない冷酷さ、人を見下す冷たい瞳…
その様は全てにおいて、以前とは明らかに異なっていた。

…しかし。
ここまで考えて、唯香にはひとつ気付いたことがあった。

カミュは記憶を失っていた。
だとすれば、あの時のカミュの様子がおかしかったという、こちらの見解は間違いで、実はあれこそが本来の【カミュ】なのではないだろうか?

…そこまで考えて、唯香は心底ぞっとせずにはいられなかった。

彼に何をされたかは、身体がよく覚えている。
頭ではそれを認めたくなくとも、その痕跡は疼きとなって、今も、この体に強く残されている。

「…あれが…、あの人が…本来のカミュ…!?」

…元々がああなのか?
何がきっかけでかは分からないが、カミュは自らの記憶を取り戻し、本来の自分自身に戻ったのだろうか…

だとすれば…!

「!…ここに今、カミュはいない…
まさか、自分のいた世界に帰って…、ここにはもう、戻ってこないつもり…!?」

…その、残酷なまでに突きつけられた真実に気付いた時…

唯香は、足下に落ちた服などには一切構わず、焦りも露に部屋から飛び出していた。
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