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†白夜の渦†
拒絶の末に
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「サヴァイス様の御命令だ。…俺はルイセ様を、サヴァイス様の元へお連れしなければならない。この場でルイセ様を引き渡して貰うことになるが…構わないか?」
「…それは…」
当然だろう、と言いかけたフェンネルの言葉を遮って、累世がいきなり、傷に障るような怒声をあげた。
「ふざけるな!」
累世は、その言葉自体を強く振り切るように、一度だけ顔を逸らすと、すぐにまたシンへと声を荒げた。
「お前は分かっているかどうか知らないが、俺は兄に会いに来ただけだ!
なのにこのうえ、他の血縁者に会うなどと…冗談じゃない!」
「ふん…、あの方を恐れているのか?」
ライセが口角を持ち上げる。しかし、そんな皮肉めいた侮蔑も、今の怒り沸騰状態の累世には通用しない。
「そう思うのなら、勝手にそう判断していればいい。…俺はもう、こんな世界には関わりたくないんだ!」
やり場のない怒りを、自らの肩の傷に、あえて爪を立てることで紛らわせた累世は、その肩から止まりかけた血が再び流れることも構わずに、強く吐き捨てた。
「どうしても俺を連れて行きたいというのなら、俺を殺して…屍でも持っていけばいい!」
「!な…」
累世の迫力に圧された、シンとフェンネルの両名が、揃って絶句する。
累世のその並々ならぬ怒りに、両名は、この状態の累世を無理やり連れて行くような真似をすれば、彼はそのまま自殺しかねない、という判断を暗に下していた。
…手を焼くだとか、手がつけられないというのは、まさしくこのことを指すのだろう。
シンとフェンネルは、すっかり累世への対応に困り、どちらともなく顔を見合わせた。
その様を見かねて、ライセが再び口を挟んだ。
「死にたい奴は、勝手に死なせておけ…
お前たち六魔将は、あの方の命令を最優先に実行しなければならないのだろう?
…シン…、命令の中に、こいつの生存は含まれていたか?」
「!いえ、それは…」
シンが忠実に答える。
その答えを受けたライセは、相変わらずの冷たい視線を、累世に向けた。
「…聞いただろう。お前如きがいなくとも、皇家には何の支障もない。
むしろ、お前のように魔力すら満足に扱えない者がいること自体が恥だ」
「!…」
累世は、鮮血にまみれた自らの右手を、肩に滲ませたまま、唇を噛みしめた。
…恥…
そうなのか?
ただ生きているだけで
好きでそうなった訳ではないのに
それでも…恥なのか?
この血が
あいつの血を引いているから
この姿が
あいつを映しているから
あいつが…存在するから
全て父親が原因で
今、自分はこんなことを言われているのか…!?
「…くっ…!」
累世は、感情のままに自らの傷ついた肩を、自らの右手で抉った。
…痛みが走るが、本当に痛んでいたのは、肩ではなかった。
ぽたり…、と、肩からの血の他に、透明な雫が落ちた。
それに気付いた累世は…
…いつの間にか、自分が泣いていたことに気がついた。
「!…ルイセ…様…」
瞬間、雷に打たれたかのように、シンとフェンネルが立ち竦む。
累世は抜け殻のような空虚な表情をし、無意識のままに肩から血を流していた。
その血を
忌々しい血を
汚らわしい血を…
…感情、事実…、そして現実と共に、全て流し尽くしてしまいたかった。
…自分が、いなくなってしまえばいいとすら思える
父親に拒まれ、兄に疎まれる…
こんな顔
こんな血
こんな体…
全て、必要ない
消えて無くなってしまえばいい
自分など、生きていても…誰にも存在など認められはしないから
自分に残されたのは、果てなくも深い絶望…
それのみだから
生きること
それ自体には、もはやひとかけらの希望すらも望めなくて
生きていても、自らの…ほんのひと握りの価値すら見いだせなくて
ただ、心が乾き…
自我と共に欠けていくだけ
…ああ…
もういい…
…“いっそこのまま死ねたら
どれだけ幸せだろう”…
…唯香。
悪いな。
俺は…ここまでかも知れない。
それでも、叶うなら…
頼むから泣かないで欲しい。
俺は、それを望んではいないから。
…それだけは、望まないから…
累世は、事情を知らない者が見れば、気が触れたのではないかと思えるほど、酷く虚ろな表情を見せていた。
その瞳は、何も映してはいなかった。
…否、映し出そうともしていなかった。
「ライセ様」
急に、シンが咎めるような口調でライセの名を呼ぶ。
すると、シンの不快の原因を、まるで解していなかったライセは、軽くそちらに目を走らせた。
「…何だ」
「言わずとも分かっているはずです。…やりすぎですよ」
「……」
無言のまま、シンを一瞥したライセは、まるで全ての興味が失せたように視線を逸らし、ゆっくりと身を翻した。
そのまま、再び振り返ることもなく、魔力を発動させ、姿を消す。
しかし、フェンネルとシンは、ライセのその様子には慣れているのか、後を追うこともなく、累世の方へ目を向けた。
…虚ろな瞳のまま…
ただ、涙だけを流す累世に。
「…どうする、フェンネル」
困り果てたシンが、全ての判断をフェンネルに委ねた。
…幾ら皇帝の命令だとはいえ、果たしてこんな状態の“皇子”を連れて行ってよいものか、判断がつきかねたからだ。
するとフェンネルは、意外にも、すぐに答えた。
「シン、お前はルイセ様の意志や状態に関わらず、すぐにでもサヴァイス様の元へ、ルイセ様をお連れするべきだ。
お前の葛藤は分からないでもないが、それがサヴァイス様からの御命令だろう?」
「!…そうだな」
…今、この現状では酷なような気がしないでもないが、主である皇帝の命令は絶対だ。
シンは、一時、躊躇うように目を閉じたが、すぐにそれを開いて、累世の手をとった。
そのまま、フェンネルと共に、もはや生きる屍と化した、累世の体を支える。
「ルイセ様のことは任せたぞ、シン」
「ああ」
シンは頑なに、しかし深く頷くと、累世を主であるサヴァイスの元へと届けるべく、姿を消した。
…ひとり、その場に残ったフェンネルは、そんなシンの葛藤の原因を理解していた。
…シンは、ああ見えて、自らが認めない者にはひどく排他的だ。
そんなシンが、初対面のはずの皇子に、躊躇いを見せるのは…
他でもない。
「…自らが兄と慕うカミュ様の、双子の御子…
皇子たちが対立する様を目の当たりにするのは、シン…お前にはさぞかし酷だろうな…」
「…それは…」
当然だろう、と言いかけたフェンネルの言葉を遮って、累世がいきなり、傷に障るような怒声をあげた。
「ふざけるな!」
累世は、その言葉自体を強く振り切るように、一度だけ顔を逸らすと、すぐにまたシンへと声を荒げた。
「お前は分かっているかどうか知らないが、俺は兄に会いに来ただけだ!
なのにこのうえ、他の血縁者に会うなどと…冗談じゃない!」
「ふん…、あの方を恐れているのか?」
ライセが口角を持ち上げる。しかし、そんな皮肉めいた侮蔑も、今の怒り沸騰状態の累世には通用しない。
「そう思うのなら、勝手にそう判断していればいい。…俺はもう、こんな世界には関わりたくないんだ!」
やり場のない怒りを、自らの肩の傷に、あえて爪を立てることで紛らわせた累世は、その肩から止まりかけた血が再び流れることも構わずに、強く吐き捨てた。
「どうしても俺を連れて行きたいというのなら、俺を殺して…屍でも持っていけばいい!」
「!な…」
累世の迫力に圧された、シンとフェンネルの両名が、揃って絶句する。
累世のその並々ならぬ怒りに、両名は、この状態の累世を無理やり連れて行くような真似をすれば、彼はそのまま自殺しかねない、という判断を暗に下していた。
…手を焼くだとか、手がつけられないというのは、まさしくこのことを指すのだろう。
シンとフェンネルは、すっかり累世への対応に困り、どちらともなく顔を見合わせた。
その様を見かねて、ライセが再び口を挟んだ。
「死にたい奴は、勝手に死なせておけ…
お前たち六魔将は、あの方の命令を最優先に実行しなければならないのだろう?
…シン…、命令の中に、こいつの生存は含まれていたか?」
「!いえ、それは…」
シンが忠実に答える。
その答えを受けたライセは、相変わらずの冷たい視線を、累世に向けた。
「…聞いただろう。お前如きがいなくとも、皇家には何の支障もない。
むしろ、お前のように魔力すら満足に扱えない者がいること自体が恥だ」
「!…」
累世は、鮮血にまみれた自らの右手を、肩に滲ませたまま、唇を噛みしめた。
…恥…
そうなのか?
ただ生きているだけで
好きでそうなった訳ではないのに
それでも…恥なのか?
この血が
あいつの血を引いているから
この姿が
あいつを映しているから
あいつが…存在するから
全て父親が原因で
今、自分はこんなことを言われているのか…!?
「…くっ…!」
累世は、感情のままに自らの傷ついた肩を、自らの右手で抉った。
…痛みが走るが、本当に痛んでいたのは、肩ではなかった。
ぽたり…、と、肩からの血の他に、透明な雫が落ちた。
それに気付いた累世は…
…いつの間にか、自分が泣いていたことに気がついた。
「!…ルイセ…様…」
瞬間、雷に打たれたかのように、シンとフェンネルが立ち竦む。
累世は抜け殻のような空虚な表情をし、無意識のままに肩から血を流していた。
その血を
忌々しい血を
汚らわしい血を…
…感情、事実…、そして現実と共に、全て流し尽くしてしまいたかった。
…自分が、いなくなってしまえばいいとすら思える
父親に拒まれ、兄に疎まれる…
こんな顔
こんな血
こんな体…
全て、必要ない
消えて無くなってしまえばいい
自分など、生きていても…誰にも存在など認められはしないから
自分に残されたのは、果てなくも深い絶望…
それのみだから
生きること
それ自体には、もはやひとかけらの希望すらも望めなくて
生きていても、自らの…ほんのひと握りの価値すら見いだせなくて
ただ、心が乾き…
自我と共に欠けていくだけ
…ああ…
もういい…
…“いっそこのまま死ねたら
どれだけ幸せだろう”…
…唯香。
悪いな。
俺は…ここまでかも知れない。
それでも、叶うなら…
頼むから泣かないで欲しい。
俺は、それを望んではいないから。
…それだけは、望まないから…
累世は、事情を知らない者が見れば、気が触れたのではないかと思えるほど、酷く虚ろな表情を見せていた。
その瞳は、何も映してはいなかった。
…否、映し出そうともしていなかった。
「ライセ様」
急に、シンが咎めるような口調でライセの名を呼ぶ。
すると、シンの不快の原因を、まるで解していなかったライセは、軽くそちらに目を走らせた。
「…何だ」
「言わずとも分かっているはずです。…やりすぎですよ」
「……」
無言のまま、シンを一瞥したライセは、まるで全ての興味が失せたように視線を逸らし、ゆっくりと身を翻した。
そのまま、再び振り返ることもなく、魔力を発動させ、姿を消す。
しかし、フェンネルとシンは、ライセのその様子には慣れているのか、後を追うこともなく、累世の方へ目を向けた。
…虚ろな瞳のまま…
ただ、涙だけを流す累世に。
「…どうする、フェンネル」
困り果てたシンが、全ての判断をフェンネルに委ねた。
…幾ら皇帝の命令だとはいえ、果たしてこんな状態の“皇子”を連れて行ってよいものか、判断がつきかねたからだ。
するとフェンネルは、意外にも、すぐに答えた。
「シン、お前はルイセ様の意志や状態に関わらず、すぐにでもサヴァイス様の元へ、ルイセ様をお連れするべきだ。
お前の葛藤は分からないでもないが、それがサヴァイス様からの御命令だろう?」
「!…そうだな」
…今、この現状では酷なような気がしないでもないが、主である皇帝の命令は絶対だ。
シンは、一時、躊躇うように目を閉じたが、すぐにそれを開いて、累世の手をとった。
そのまま、フェンネルと共に、もはや生きる屍と化した、累世の体を支える。
「ルイセ様のことは任せたぞ、シン」
「ああ」
シンは頑なに、しかし深く頷くと、累世を主であるサヴァイスの元へと届けるべく、姿を消した。
…ひとり、その場に残ったフェンネルは、そんなシンの葛藤の原因を理解していた。
…シンは、ああ見えて、自らが認めない者にはひどく排他的だ。
そんなシンが、初対面のはずの皇子に、躊躇いを見せるのは…
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