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†終焉の足音†
冠する者たち
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「…協力…?」
恭一と夏紀の瞳が、獣のように尖る。
「未練を…断ち切るだって? その言い方だと、まるで累世が…」
「ええ、察しの通りですよ。ルイセ様はもはや、人間界に戻ることはまかりなりません」
「馬鹿を言うな!」
瞬時に怒りを露にした恭一は、目の前の青年がろくに正体も知れぬ者であることなど、すっかり忘れて、そのままの勢いで噛みついた。
「お前も累世の父親と同じだ! いきなり現れて、何を勝手なことを…!
第一、それは累世の意思なのか!? そうじゃないだろう!」
「ルイセ様の意思は関係ありませんよ。あの方のご意志です」
「!…っ、あの方ってのが誰かは知らないが、それが累世の意思でない以上、俺たちが協力する義務はないはずだろう!」
きっぱりと言い放って、恭一は肩で息をする。
凛はこの雰囲気に呑まれ、夏紀は恭一を気にかけながらも、ユリアスの出方を窺っている。
そんな中で、ユリアスは恭一をその緋の目で測るように見ると、低く笑った。
「…こちらが大人しく話を持ちかけているうちが華だったのですがね…
そうまで反抗すると言うのなら、こちらにも考えがありますよ」
「脅すつもりか? そんなもの──」
そう訝しげに言いかけ、反論しようとした夏紀のすぐ側にあった高そうな花瓶に突然、前触れもなく、ぴしりと亀裂が入った。
次の瞬間、それは鈍い音を立てて、跡形もなく粉々に砕け散る。
「!な…!?」
事態が掴めず、愕然とする恭一の横で、何故か凛が自分の耳を押さえている。
それを見てとったユリアスは、感心したように息をついた。
「ほう…あなたは気付いたようですね」
「! …凛、どういうことだ!?」
状況からいって、ユリアスが何らかの攻撃を仕掛けて花瓶を割ったことは間違いない。
しかし、その攻撃は目には見えなかったものの、確実に眼前の花瓶を破壊している。
文字通り、攻撃が目に見えない恐怖から、知らぬ間に恭一の背中には、えもいわれぬ怖気が走った。
すると、凛が青ざめた表情もそのままに、辿々しく呟いた。
「…“声”…」
「声…?」
意図が掴めず、夏紀がただ反復する。
それに、凛は頷いた。
「…今の攻撃は、超音波にも近い周波の、特殊な“声”によるもの…
だから目には見えなかったのよ」
「ご明察です。しかしそれが解るということは、あなたも…只の人間ではないようですね」
意味ありげに含み笑うユリアスの隣で、凛が臍を噛む。
そんなやり取りを唖然としたまま見ていた夏紀は、はっと気付いたようにユリアスに食ってかかった。
「嚇されようが何しようが、そんな対応で話が分かるものか!
…第一、俺たちは累世の父親とは直に話していないし、唯香さんには帰された…
そんな根本的に話が分からない状況下で、俺たちが協力するもしないもないだろう!」
「…ふ…成る程、伊達にルイセ様の友はやっておらぬようだ…
随分と手厳しい」
くすくすと、さも楽しげに笑ったユリアスは、次いでその緋眼に、悪戯っぽい光を湛えた。
「いいでしょう。では、協力を求めるためにも、あなた方には少しの猶予を与えましょう。
何か訊きたい事があればどうぞ。可能な限り答えますよ」
「…最初からそうしてくれりゃ手っ取り早いんだよ」
負け惜しみにも近い悪態をついて、恭一は自らの心中を多少なりとも落ち着けるべく、深呼吸をした。
「…じゃあ…まず、今更だが、累世の父親のことについて教えてくれ」
「…、カミュ様のことですか」
「ああ。俺たちが知っているのは、累世の父親が、ひとつの世界の皇子で…
名前が【カミュ】っていう事くらいだ」
「そこまで知っていながら、他に何が知りたいのですか?」
ユリアスの指摘は容赦がない。
恭一はそれに臆しそうになりながらも、累世のことが気掛かりな一心で、やっとのことで口を開いていた。
「解釈の違いだ。“そこまで”じゃねえんだよ…、“それしか”知らないんだ。
その、【ひとつの世界の皇子】ってどういうことだ?」
「…ルイセ様の御父上である、カミュ様は…
正式名をカミュ=ブラインといい、精の黒瞑界の…、つまり、こちらの世界で分かりやすくいうところの、吸血鬼一族の皇子ですよ」
「!吸血鬼っ…!?」
三人が三様に顔を見合わせる。
あまりにも意外な話を立て続けに聞いたためか、皆の顔色は蝋のように青白かった。
「!じゃ、じゃあ…累世は…」
「そのカミュ様の御子ですから、ルイセ様も当然、その血を引いておられます」
「…る…、累世が…、あいつが、吸血鬼…!?」
「厳密には少し違いますね」
ユリアスはそれで当然と言わんばかりに笑みを消す。
「カミュ様ご自身がヴァンパイア・ハーフですから、ルイセ様は、兄上のライセ様と共に、ヴァンパイア・クォーターにあたる訳です」
「…な…!?」
──累世の、“兄”!?
“ライセ”…!?
「どういうことだ!? 累世には…兄貴がいるのか!?」
「…その反応を見る限りでは、本当に何も知らなかったのですね」
「だからそう言っているだろう!」
恭一が、苛々と返事をする。
予想を遥かに越えた、非現実的な事実が次々に露見することで、恭一は軽い混乱状態に陥っていた。
そして、それは夏紀も同様だった。
だが、ただひとり、凛だけは──
「…そう言われてみると、累世はここを離れる前に、お兄様がいるようなことを口にしていたわ」
極めて冷静に、呟く。
「累世の言っていたことは…本当だったのね」
「…ルイセ様は、あなたには話して行かれたのですか。
ええ、ルイセ様には兄君がおられます。双子の兄の…ライセ=ブライン様がね」
「双子…!?」
これを聞いた恭一と夏紀の反応は、先程までの比ではなかった。
「そうです。そして今回、ルイセ様を我らが世界に引き戻したのは、我が君主・サヴァイス様のご意志によるもの…」
「!君主って…」
「ルイセ様の祖父にして、カミュ様の父上にあらせられる…
吸血鬼皇帝の字を持つ、サヴァイス=ブライン様ですよ」
「!…」
…まさか、そこまで話のスケールが大きいとは考えまい。
事が累世の身に及んでさえいなければ、いつもなら軽い冗談だろうと笑って済ませるところだ。
だが、割れた花瓶が、ユリアスの真摯な瞳が物語る。
これは決して夢幻ではないのだと。
「…お前は、俺たちに…何を協力しろと…」
からからに渇いた喉の奥から、うめくように声を絞り出す。
…どうしていいか分からなかった。
ただ、ひどく…頭が混乱していた。
こんな状態では、正常な判断など出来はしない。
出来るわけがない。
だからただ…尋ねるしか出来ない。
…望んだ答えが返って来なかったとしても。
「先程、話した通りですよ」
静かに話すユリアスの口調が、やけに遠くに聞こえる。
恭一と夏紀の瞳が、獣のように尖る。
「未練を…断ち切るだって? その言い方だと、まるで累世が…」
「ええ、察しの通りですよ。ルイセ様はもはや、人間界に戻ることはまかりなりません」
「馬鹿を言うな!」
瞬時に怒りを露にした恭一は、目の前の青年がろくに正体も知れぬ者であることなど、すっかり忘れて、そのままの勢いで噛みついた。
「お前も累世の父親と同じだ! いきなり現れて、何を勝手なことを…!
第一、それは累世の意思なのか!? そうじゃないだろう!」
「ルイセ様の意思は関係ありませんよ。あの方のご意志です」
「!…っ、あの方ってのが誰かは知らないが、それが累世の意思でない以上、俺たちが協力する義務はないはずだろう!」
きっぱりと言い放って、恭一は肩で息をする。
凛はこの雰囲気に呑まれ、夏紀は恭一を気にかけながらも、ユリアスの出方を窺っている。
そんな中で、ユリアスは恭一をその緋の目で測るように見ると、低く笑った。
「…こちらが大人しく話を持ちかけているうちが華だったのですがね…
そうまで反抗すると言うのなら、こちらにも考えがありますよ」
「脅すつもりか? そんなもの──」
そう訝しげに言いかけ、反論しようとした夏紀のすぐ側にあった高そうな花瓶に突然、前触れもなく、ぴしりと亀裂が入った。
次の瞬間、それは鈍い音を立てて、跡形もなく粉々に砕け散る。
「!な…!?」
事態が掴めず、愕然とする恭一の横で、何故か凛が自分の耳を押さえている。
それを見てとったユリアスは、感心したように息をついた。
「ほう…あなたは気付いたようですね」
「! …凛、どういうことだ!?」
状況からいって、ユリアスが何らかの攻撃を仕掛けて花瓶を割ったことは間違いない。
しかし、その攻撃は目には見えなかったものの、確実に眼前の花瓶を破壊している。
文字通り、攻撃が目に見えない恐怖から、知らぬ間に恭一の背中には、えもいわれぬ怖気が走った。
すると、凛が青ざめた表情もそのままに、辿々しく呟いた。
「…“声”…」
「声…?」
意図が掴めず、夏紀がただ反復する。
それに、凛は頷いた。
「…今の攻撃は、超音波にも近い周波の、特殊な“声”によるもの…
だから目には見えなかったのよ」
「ご明察です。しかしそれが解るということは、あなたも…只の人間ではないようですね」
意味ありげに含み笑うユリアスの隣で、凛が臍を噛む。
そんなやり取りを唖然としたまま見ていた夏紀は、はっと気付いたようにユリアスに食ってかかった。
「嚇されようが何しようが、そんな対応で話が分かるものか!
…第一、俺たちは累世の父親とは直に話していないし、唯香さんには帰された…
そんな根本的に話が分からない状況下で、俺たちが協力するもしないもないだろう!」
「…ふ…成る程、伊達にルイセ様の友はやっておらぬようだ…
随分と手厳しい」
くすくすと、さも楽しげに笑ったユリアスは、次いでその緋眼に、悪戯っぽい光を湛えた。
「いいでしょう。では、協力を求めるためにも、あなた方には少しの猶予を与えましょう。
何か訊きたい事があればどうぞ。可能な限り答えますよ」
「…最初からそうしてくれりゃ手っ取り早いんだよ」
負け惜しみにも近い悪態をついて、恭一は自らの心中を多少なりとも落ち着けるべく、深呼吸をした。
「…じゃあ…まず、今更だが、累世の父親のことについて教えてくれ」
「…、カミュ様のことですか」
「ああ。俺たちが知っているのは、累世の父親が、ひとつの世界の皇子で…
名前が【カミュ】っていう事くらいだ」
「そこまで知っていながら、他に何が知りたいのですか?」
ユリアスの指摘は容赦がない。
恭一はそれに臆しそうになりながらも、累世のことが気掛かりな一心で、やっとのことで口を開いていた。
「解釈の違いだ。“そこまで”じゃねえんだよ…、“それしか”知らないんだ。
その、【ひとつの世界の皇子】ってどういうことだ?」
「…ルイセ様の御父上である、カミュ様は…
正式名をカミュ=ブラインといい、精の黒瞑界の…、つまり、こちらの世界で分かりやすくいうところの、吸血鬼一族の皇子ですよ」
「!吸血鬼っ…!?」
三人が三様に顔を見合わせる。
あまりにも意外な話を立て続けに聞いたためか、皆の顔色は蝋のように青白かった。
「!じゃ、じゃあ…累世は…」
「そのカミュ様の御子ですから、ルイセ様も当然、その血を引いておられます」
「…る…、累世が…、あいつが、吸血鬼…!?」
「厳密には少し違いますね」
ユリアスはそれで当然と言わんばかりに笑みを消す。
「カミュ様ご自身がヴァンパイア・ハーフですから、ルイセ様は、兄上のライセ様と共に、ヴァンパイア・クォーターにあたる訳です」
「…な…!?」
──累世の、“兄”!?
“ライセ”…!?
「どういうことだ!? 累世には…兄貴がいるのか!?」
「…その反応を見る限りでは、本当に何も知らなかったのですね」
「だからそう言っているだろう!」
恭一が、苛々と返事をする。
予想を遥かに越えた、非現実的な事実が次々に露見することで、恭一は軽い混乱状態に陥っていた。
そして、それは夏紀も同様だった。
だが、ただひとり、凛だけは──
「…そう言われてみると、累世はここを離れる前に、お兄様がいるようなことを口にしていたわ」
極めて冷静に、呟く。
「累世の言っていたことは…本当だったのね」
「…ルイセ様は、あなたには話して行かれたのですか。
ええ、ルイセ様には兄君がおられます。双子の兄の…ライセ=ブライン様がね」
「双子…!?」
これを聞いた恭一と夏紀の反応は、先程までの比ではなかった。
「そうです。そして今回、ルイセ様を我らが世界に引き戻したのは、我が君主・サヴァイス様のご意志によるもの…」
「!君主って…」
「ルイセ様の祖父にして、カミュ様の父上にあらせられる…
吸血鬼皇帝の字を持つ、サヴァイス=ブライン様ですよ」
「!…」
…まさか、そこまで話のスケールが大きいとは考えまい。
事が累世の身に及んでさえいなければ、いつもなら軽い冗談だろうと笑って済ませるところだ。
だが、割れた花瓶が、ユリアスの真摯な瞳が物語る。
これは決して夢幻ではないのだと。
「…お前は、俺たちに…何を協力しろと…」
からからに渇いた喉の奥から、うめくように声を絞り出す。
…どうしていいか分からなかった。
ただ、ひどく…頭が混乱していた。
こんな状態では、正常な判断など出来はしない。
出来るわけがない。
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