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†終焉の足音†
差し迫る未来
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★☆★☆★
「反撃…か。本当にお前にそれが出来るか…?」
ヴァルディアスは、唯香をゆっくりと抱きすくめると、不敵に笑った。
それに、すっかり魔の支配から解放された累世が、すかさず噛みつく。
「!やめろ…唯香を離せ、ヴァルディアス!」
「随分と強気な発言を繰り返しているようだな。だがルイセよ…
お前の魔力は再び封じ込められた。そうではないか?」
「!…っ」
痛いところを突かれて、累世は歯噛みして視線を反らした。
すると、そんな累世の腕を、包み込むようにヴェイルスが捕らえる。
「!? ヴェイルス…」
累世がヴェイルスの出方を測りかね、対応に困ると、ヴェイルスはそんな累世に、いつの間にか流したらしい涙に濡れた瞳を向けた。
もはや少女と化し、それも母に良く似た外見をその身に持ったヴェイルスに、累世は…意図することもなく、術もなく怯む。
「!…ヴェイルス…」
「──ヴェイルス、お前の役割は分かっているな?
精の黒瞑界の後継を…ルイセ皇子を取り込め」
冷たくも残酷なヴァルディアスの命令が、それにも増して暗い地下牢に響き渡る。
ヴァルディアスはそのまま、唯香を軽々と抱き上げると、そのまま累世に背を向けた。
これから何をされるのか、何となく予測がついた唯香が暴れ、派手に喚き叫んでも、ヴァルディアスは一向に耳を貸す事もなく、ただ、その強力な蒼銀の魔力で、静かに唯香を抑え込んだ。
そして累世の方を再び振り返ることもなく、低く言葉を口にする。
「…ヴェイルスが口にしたあれには、強力な媚薬も含まれている…
もはやお前は逃れられない。諦めて、素直に快楽にでも身を落とすのだな…!」
さも楽しげに嘲笑ったヴァルディアスは、魔力が効いた為か、すっかり大人しくなった唯香を捕らえたまま、刹那、魔力を使ってその姿を消した。
「!ヴァルディアスっ…!」
声を限りに叫んだ…その当の累世の体を求めるかのように、ヴェイルスが累世の体を、強く抱え込む。
そんな状況下で、累世はようやく、母の心配ばかりをしている訳にはいかないことに気が付いた。
…母にばかりではない。
その危険は、間違いなく自分にも及んでいる…!
それに気付いた時、累世は、ヴェイルスを制止するべく、鋭い声を上げていた。
★☆★☆★
唯香を捕らえたままのヴァルディアスは、自らの私室にあたる、途方もなく広い部屋に、その姿を見せていた。
全てが蒼と漆黒の作りで構成されたその部屋の天窓からは、朧気な月の光が、灯りにも近い絶妙な光度で、僅かに差し込んでいる。
ちょうどその真下の、光が差し込む箇所が、俗に言う彼の寝床にあたるらしく、その場には人間界で言うところの、キングベッドにも似た形の…
しかしそれよりは遥かに規模の大きい、整えられた、造形の美しい寝床が用意されていた。
…この状態になって初めて、ヴァルディアスは唯香にかけていた魔力を解いた。
瞬間、それを待ちかねていたかのように、唯香が突然、ヴァルディアスに食ってかかる。
「ヴァルディアス! 貴方…、これは一体何のつもりなの!?」
「この状況下で責めたてるか。まあそれも悪くはないが…」
「質問に答えてっ!」
唯香はすっかり怒り絶頂状態だった。
…そう、累世をあのように扱われ、そちらに意識が偏っているあまり、自らに迫る危険がそれより遥かに過酷なものであることなど、この時の唯香は、塵ほども考えてはいなかった。
「…何のつもり…だと?」
今だ真意を知ろうとしない唯香に、ヴァルディアスは剣呑に目を細める。
「それは息子のことか? それとも…」
「累世のことよ!」
唯香はすっかり興奮したまま、その勢いに乗ってヴァルディアスに詰め寄った。
「どうしてカミュも貴方も、累世をあんなふうに扱うの!?
どうして累世が、あんな目に遭わなければいけないのよ…!?」
言いながら、唯香の蒼い瞳からは、それが溶け出したのではないかと思えるほどの、美しい涙が流れる。
恐らくは知らぬ間に泣いているであろう唯香を見て、ヴァルディアスは再び口を開いた。
「…息子を、あのようには扱って欲しくないと?」
「当然よ!」
「ならば、お前自身はどうだ?」
「…!」
先に即答したはずの唯香が、これには思わず言葉に詰まった。
頭にのぼっていたはずの血が、下にざあっと引いて行くのが分かる。
「…あのように息子を扱われたくないのであれば、母親のお前が体を張ればいい…
違うか?」
「!…、それって…、やっぱり、あたしを…?」
…そう。
ヴァルディアスの思惑には、何となく気付いていた。
気付いてはいても、認めたくなかっただけだ。
それを認めてしまったら…
それは現実に蔓延る、悪夢と化すから。
唯香の華奢な両足が、がくがくと震えた。
…カミュと会ってから、今まで、数えきれない程の恐怖を味わってきたが…
今回のはまさに、桁違いだ。
あの恐怖と絶望は、カミュに与えられたものだからこそ、まだ耐えられたのに。
そんなものを、狂気と失望を加えられた上で、ヴァルディアスに与えられたら…!
「!…い…、いや…、嫌っ!」
唯香は瞬間、ヴァルディアスから逃れる為に、もつれる足で駆け出した。
気持ちの上だけではなく、彼の魔力から考えても、到底逃げられるなどとは思っていない。
それでも、逃げたかった。
…今まで作り上げてきた現実を、そして、これからの未来を壊す者から。
「…全く、世話の焼ける…」
軽く、短く息をついたヴァルディアスは、そのまま魔力を使い、唯香のすぐ側へと移動した。
唯香の手を捕らえ、一瞬のうちに捻りあげる。
「…痛っ!」
唯香が、滲むような痛みに顔をしかめた。
その瞬間を狙って、ヴァルディアスは再び魔力を用い、元の位置へと移動した。
…そのまま、押さえ込むように、唯香を件の寝床へと押し付ける。
唯香の顔が青ざめた。
「!…は、離して!」
もはや無駄なのだと分かっていても、言わずにはいられない。
そう…分かっていても、抵抗せずには…いられない。
こんなことは望んでいないから。
「やめて! こんなこと、意味がない…!
…お願いだから、あたしを…カミュの所に帰して…!」
「…意味は、あるだろう…」
ヴァルディアスが、なぶるように唯香の頬を撫でる。
その、野心とは対照的な優しい手付きに、唯香の額からは冷や汗が流れた。
それはさながら、肉食獣に捕えられた小動物のようで。
そこには確かな、力の格差がある。
逃れられない。
逃げられない。
この手から…、この男から。
…唯香は、諦めたようにヴァルディアスから目を背けた。
意識せず溜った涙が、地に引かれて、線を描いて流れる。
──唯香の体の、全ての力が抜けた。
「反撃…か。本当にお前にそれが出来るか…?」
ヴァルディアスは、唯香をゆっくりと抱きすくめると、不敵に笑った。
それに、すっかり魔の支配から解放された累世が、すかさず噛みつく。
「!やめろ…唯香を離せ、ヴァルディアス!」
「随分と強気な発言を繰り返しているようだな。だがルイセよ…
お前の魔力は再び封じ込められた。そうではないか?」
「!…っ」
痛いところを突かれて、累世は歯噛みして視線を反らした。
すると、そんな累世の腕を、包み込むようにヴェイルスが捕らえる。
「!? ヴェイルス…」
累世がヴェイルスの出方を測りかね、対応に困ると、ヴェイルスはそんな累世に、いつの間にか流したらしい涙に濡れた瞳を向けた。
もはや少女と化し、それも母に良く似た外見をその身に持ったヴェイルスに、累世は…意図することもなく、術もなく怯む。
「!…ヴェイルス…」
「──ヴェイルス、お前の役割は分かっているな?
精の黒瞑界の後継を…ルイセ皇子を取り込め」
冷たくも残酷なヴァルディアスの命令が、それにも増して暗い地下牢に響き渡る。
ヴァルディアスはそのまま、唯香を軽々と抱き上げると、そのまま累世に背を向けた。
これから何をされるのか、何となく予測がついた唯香が暴れ、派手に喚き叫んでも、ヴァルディアスは一向に耳を貸す事もなく、ただ、その強力な蒼銀の魔力で、静かに唯香を抑え込んだ。
そして累世の方を再び振り返ることもなく、低く言葉を口にする。
「…ヴェイルスが口にしたあれには、強力な媚薬も含まれている…
もはやお前は逃れられない。諦めて、素直に快楽にでも身を落とすのだな…!」
さも楽しげに嘲笑ったヴァルディアスは、魔力が効いた為か、すっかり大人しくなった唯香を捕らえたまま、刹那、魔力を使ってその姿を消した。
「!ヴァルディアスっ…!」
声を限りに叫んだ…その当の累世の体を求めるかのように、ヴェイルスが累世の体を、強く抱え込む。
そんな状況下で、累世はようやく、母の心配ばかりをしている訳にはいかないことに気が付いた。
…母にばかりではない。
その危険は、間違いなく自分にも及んでいる…!
それに気付いた時、累世は、ヴェイルスを制止するべく、鋭い声を上げていた。
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唯香を捕らえたままのヴァルディアスは、自らの私室にあたる、途方もなく広い部屋に、その姿を見せていた。
全てが蒼と漆黒の作りで構成されたその部屋の天窓からは、朧気な月の光が、灯りにも近い絶妙な光度で、僅かに差し込んでいる。
ちょうどその真下の、光が差し込む箇所が、俗に言う彼の寝床にあたるらしく、その場には人間界で言うところの、キングベッドにも似た形の…
しかしそれよりは遥かに規模の大きい、整えられた、造形の美しい寝床が用意されていた。
…この状態になって初めて、ヴァルディアスは唯香にかけていた魔力を解いた。
瞬間、それを待ちかねていたかのように、唯香が突然、ヴァルディアスに食ってかかる。
「ヴァルディアス! 貴方…、これは一体何のつもりなの!?」
「この状況下で責めたてるか。まあそれも悪くはないが…」
「質問に答えてっ!」
唯香はすっかり怒り絶頂状態だった。
…そう、累世をあのように扱われ、そちらに意識が偏っているあまり、自らに迫る危険がそれより遥かに過酷なものであることなど、この時の唯香は、塵ほども考えてはいなかった。
「…何のつもり…だと?」
今だ真意を知ろうとしない唯香に、ヴァルディアスは剣呑に目を細める。
「それは息子のことか? それとも…」
「累世のことよ!」
唯香はすっかり興奮したまま、その勢いに乗ってヴァルディアスに詰め寄った。
「どうしてカミュも貴方も、累世をあんなふうに扱うの!?
どうして累世が、あんな目に遭わなければいけないのよ…!?」
言いながら、唯香の蒼い瞳からは、それが溶け出したのではないかと思えるほどの、美しい涙が流れる。
恐らくは知らぬ間に泣いているであろう唯香を見て、ヴァルディアスは再び口を開いた。
「…息子を、あのようには扱って欲しくないと?」
「当然よ!」
「ならば、お前自身はどうだ?」
「…!」
先に即答したはずの唯香が、これには思わず言葉に詰まった。
頭にのぼっていたはずの血が、下にざあっと引いて行くのが分かる。
「…あのように息子を扱われたくないのであれば、母親のお前が体を張ればいい…
違うか?」
「!…、それって…、やっぱり、あたしを…?」
…そう。
ヴァルディアスの思惑には、何となく気付いていた。
気付いてはいても、認めたくなかっただけだ。
それを認めてしまったら…
それは現実に蔓延る、悪夢と化すから。
唯香の華奢な両足が、がくがくと震えた。
…カミュと会ってから、今まで、数えきれない程の恐怖を味わってきたが…
今回のはまさに、桁違いだ。
あの恐怖と絶望は、カミュに与えられたものだからこそ、まだ耐えられたのに。
そんなものを、狂気と失望を加えられた上で、ヴァルディアスに与えられたら…!
「!…い…、いや…、嫌っ!」
唯香は瞬間、ヴァルディアスから逃れる為に、もつれる足で駆け出した。
気持ちの上だけではなく、彼の魔力から考えても、到底逃げられるなどとは思っていない。
それでも、逃げたかった。
…今まで作り上げてきた現実を、そして、これからの未来を壊す者から。
「…全く、世話の焼ける…」
軽く、短く息をついたヴァルディアスは、そのまま魔力を使い、唯香のすぐ側へと移動した。
唯香の手を捕らえ、一瞬のうちに捻りあげる。
「…痛っ!」
唯香が、滲むような痛みに顔をしかめた。
その瞬間を狙って、ヴァルディアスは再び魔力を用い、元の位置へと移動した。
…そのまま、押さえ込むように、唯香を件の寝床へと押し付ける。
唯香の顔が青ざめた。
「!…は、離して!」
もはや無駄なのだと分かっていても、言わずにはいられない。
そう…分かっていても、抵抗せずには…いられない。
こんなことは望んでいないから。
「やめて! こんなこと、意味がない…!
…お願いだから、あたしを…カミュの所に帰して…!」
「…意味は、あるだろう…」
ヴァルディアスが、なぶるように唯香の頬を撫でる。
その、野心とは対照的な優しい手付きに、唯香の額からは冷や汗が流れた。
それはさながら、肉食獣に捕えられた小動物のようで。
そこには確かな、力の格差がある。
逃れられない。
逃げられない。
この手から…、この男から。
…唯香は、諦めたようにヴァルディアスから目を背けた。
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