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†永劫への道†
消えない澱み
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でも、この父親が居なかったら──
罠を仕掛けた張本人を前にして、自分はきっと、この場に立っては居られなかっただろう。
「…累世…」
事情を察した唯香も、心配そうに累世に声をかける。
それに累世は、気丈にも肩をすくめて見せた。
「…大丈夫。大丈夫だよ唯香…
心配しなくても、俺は」
「…強がらなくていいよ」
言葉の途中で、唯香は、優しく累世を抱きしめた。
それによって唯香の蒼色の髪が揺れ、ふわりといい香りを運ぶ。
その温もりと、匂いに包まれた累世の瞳には、本人も知らぬうちに涙が滲んでいた。
…しかし、感慨に耽る暇もなく、レイセの低くも鋭い声が飛ぶ。
「…愚かだね、ルイセ兄上…」
「…!?」
累世の眉がひそめられる。
「…何だと…!?」
「愚かだって言ったんだよ。──あんな紛い物に情が移るなんてね」
レイセは唯香の瞳で残酷に笑う。
それを目の当たりにしただけでも、累世は不快感でおかしくなりそうだった。
…それでも。
「…どこのガキが、偉そうにそんな口を利くんだ?」
「!ガキ…だって?」
レイセの顔が怒りで紅潮する。
累世はそれに、まともに反抗の目を向け、唯香を自らかばうように、そっと後ろへと下がらせた。
「さっきから知ったようなことばかり言ってくれるが、あいつの事を何も知らないくせに、お前があいつを紛い物だなんて言えるのか?
…俺からすれば、お前の方がよほど紛い物に見えるがな」
「!? …な…に?」
レイセの表情が強張る。それに累世は、畳み掛けるように先を続けた。
「お前は力があるだけで、分別のついていない、ただのガキだ」
「!っ」
レイセが瞬時に眼に苛立ちを込める。
──鋭く細められた目を、それを上回るほどに鋭い殺気が支配する。
しかし累世は、恐れることもなくレイセを見据えた。
…紛れもなく己の弟であるから。
疑いなく自分の弟であるが故に。
累世はそのまま、滲んだ涙を無造作に手の甲で拭った。
凛とした、同じ蒼の瞳を、弟に向ける。
「自覚がないだろう? お前の考えの捻れ具合は、かつてのライセ以上だ。
ライセは…あいつは、こちらの考えを示して話せば、最後には必ず分かってくれた。…自分の価値観を覆してでも、俺の気持ちを酌み取って、理解してくれたんだ。
だがお前に限っては…到底話して分かる相手だとは思えない」
「!…」
「お前は俺たち兄弟とは、確実に違う“異端者”だ」
…そう、まさしく闇に魅入られているような。
同じ闇の血を持ちながらも、これ程までに…“違う”。
…それ故の、異端。
「お前は…俺たちとは違う」
「…違わないよ。僕だって母上の子だ」
「それでも、お前は俺たちとは違うんだ!」
やりきれなさを前面に、それでいてその感情を振りきるように叫んだ累世は、その魔力に一層の輝きを見せた。
そんな兄の拒絶を見たレイセは、子どもにはあり得ない程に、忌々しげに目を細める。
「ふぅん…、ルイセ兄上は、どうしても僕が気に入らないようだね。
それは僕が、母上の息子だから?
それとも…人間の情がないから?
酷いね、それだけのことで兄上は僕を拒むんだ…!」
「…まだそんな戯言を言うのか、お前は」
累世は珍しく、厳しく追撃をかける。
冷めたその瞳は、氷などよりもなお冷たく、夜空に浮かぶ月よりも更に鋭い。
「本来なら、お前と俺が戦う必要は何処にもない。
でもお前は…野放しにしておくには余りにも危険すぎる。
…だから」
累世は更に、言葉を強めた。
「俺がお前を止めてやる」
「…、本気? 兄上」
「勿論だ。…父さんの手を煩わせることもない。
お前の相手は、俺がしてやる」
「──そう…」
くすりと、レイセは口元に笑みを浮かべた。
その様は、実の兄と会話できるのが心底嬉しく、楽しいようでいて、その実…
魔力という絶対的に極上、かつ、他に類を見ないであろう程に稀な温床に、深く巣くうように根を伸ばしたその感情の根底には──酷くどす黒い嫉妬が渦を巻いているようだった。
…そう、それは罪を知らぬ子どもが、昆虫の足などを一本ずつもぎ取る時の感情に酷似している。
なまじ力があるだけに、“質が悪い”。
「…兄上と戦えるなんて嬉しいよ、本当にね。
でも母上は渡せないし、今からカミュ皇子も殺さなきゃいけないんだ。
だから、兄上の相手には、あまり時間はかけられない。…もし死んだとしても恨まないでね?」
ふふ、と無邪気に笑ったレイセは、その右手に突然、恐ろしい程の容量の魔力を集中させた。
それは到底、子どもの持つものではない。
過度という言葉がぴったりな、まさしく過ぎたる力だった。
するとその瞬間、不意にレイセの前に姿を見せた累世が、その手をいきなりきつく捻りあげた。
前置きもなく、不意打ちで来たその強い痛みに、レイセは驚き、そして反射的に顔をしかめた。
「!痛っ…」
「まだ分からないのか? …魔力を振りかざすな」
言いながら累世は、掴んだ手に、更に力を込める。
そのまま手首ごと潰されそうな鈍い痛みに耐えきれなくなったレイセが、ついに恥も外聞もなく、悲鳴じみた声をあげた。
「!…うっ、あ、痛い痛い痛いぃっ…!」
「痛いだろう? だがな、攻撃される方はもっと痛い。…こんなものでは、その比にすらならないんだ。
お前が魔力で人を押さえ付けようとするのなら、俺はそれ以上の力でお前を止めるまでだ…!」
「!…」
痛みに目をきつく閉じたレイセは、そのまま累世の手を強く振りきった。
その目が痛みの下から開かれた時、レイセの瞳には、はっきりとした不安と恐れが浮かんでいた。
「…どう…して? 兄上…
僕のしていることを…どうして、兄上は…否定するの…!?」
「…?」
今度は累世が目を細める番だった。
…怪訝そうな表情をしているであろうことが、自分でも分かる。
先程から気にはなっていたが、レイセの言っていることは、どうもおかしい。
様子にしても、先程までの禍々しい、魔の化身のようなあの状態から一変し、今度は捨てられた小動物のような、縋り頼るような視線をこちらへ向けている。
一言で言うなら…『不安定』。
それが最もしっくり来る。
しかし、そんな迷いを見せ、知らぬうちにレイセから足を遠ざける息子を、カミュは冷笑と共に否定した。
罠を仕掛けた張本人を前にして、自分はきっと、この場に立っては居られなかっただろう。
「…累世…」
事情を察した唯香も、心配そうに累世に声をかける。
それに累世は、気丈にも肩をすくめて見せた。
「…大丈夫。大丈夫だよ唯香…
心配しなくても、俺は」
「…強がらなくていいよ」
言葉の途中で、唯香は、優しく累世を抱きしめた。
それによって唯香の蒼色の髪が揺れ、ふわりといい香りを運ぶ。
その温もりと、匂いに包まれた累世の瞳には、本人も知らぬうちに涙が滲んでいた。
…しかし、感慨に耽る暇もなく、レイセの低くも鋭い声が飛ぶ。
「…愚かだね、ルイセ兄上…」
「…!?」
累世の眉がひそめられる。
「…何だと…!?」
「愚かだって言ったんだよ。──あんな紛い物に情が移るなんてね」
レイセは唯香の瞳で残酷に笑う。
それを目の当たりにしただけでも、累世は不快感でおかしくなりそうだった。
…それでも。
「…どこのガキが、偉そうにそんな口を利くんだ?」
「!ガキ…だって?」
レイセの顔が怒りで紅潮する。
累世はそれに、まともに反抗の目を向け、唯香を自らかばうように、そっと後ろへと下がらせた。
「さっきから知ったようなことばかり言ってくれるが、あいつの事を何も知らないくせに、お前があいつを紛い物だなんて言えるのか?
…俺からすれば、お前の方がよほど紛い物に見えるがな」
「!? …な…に?」
レイセの表情が強張る。それに累世は、畳み掛けるように先を続けた。
「お前は力があるだけで、分別のついていない、ただのガキだ」
「!っ」
レイセが瞬時に眼に苛立ちを込める。
──鋭く細められた目を、それを上回るほどに鋭い殺気が支配する。
しかし累世は、恐れることもなくレイセを見据えた。
…紛れもなく己の弟であるから。
疑いなく自分の弟であるが故に。
累世はそのまま、滲んだ涙を無造作に手の甲で拭った。
凛とした、同じ蒼の瞳を、弟に向ける。
「自覚がないだろう? お前の考えの捻れ具合は、かつてのライセ以上だ。
ライセは…あいつは、こちらの考えを示して話せば、最後には必ず分かってくれた。…自分の価値観を覆してでも、俺の気持ちを酌み取って、理解してくれたんだ。
だがお前に限っては…到底話して分かる相手だとは思えない」
「!…」
「お前は俺たち兄弟とは、確実に違う“異端者”だ」
…そう、まさしく闇に魅入られているような。
同じ闇の血を持ちながらも、これ程までに…“違う”。
…それ故の、異端。
「お前は…俺たちとは違う」
「…違わないよ。僕だって母上の子だ」
「それでも、お前は俺たちとは違うんだ!」
やりきれなさを前面に、それでいてその感情を振りきるように叫んだ累世は、その魔力に一層の輝きを見せた。
そんな兄の拒絶を見たレイセは、子どもにはあり得ない程に、忌々しげに目を細める。
「ふぅん…、ルイセ兄上は、どうしても僕が気に入らないようだね。
それは僕が、母上の息子だから?
それとも…人間の情がないから?
酷いね、それだけのことで兄上は僕を拒むんだ…!」
「…まだそんな戯言を言うのか、お前は」
累世は珍しく、厳しく追撃をかける。
冷めたその瞳は、氷などよりもなお冷たく、夜空に浮かぶ月よりも更に鋭い。
「本来なら、お前と俺が戦う必要は何処にもない。
でもお前は…野放しにしておくには余りにも危険すぎる。
…だから」
累世は更に、言葉を強めた。
「俺がお前を止めてやる」
「…、本気? 兄上」
「勿論だ。…父さんの手を煩わせることもない。
お前の相手は、俺がしてやる」
「──そう…」
くすりと、レイセは口元に笑みを浮かべた。
その様は、実の兄と会話できるのが心底嬉しく、楽しいようでいて、その実…
魔力という絶対的に極上、かつ、他に類を見ないであろう程に稀な温床に、深く巣くうように根を伸ばしたその感情の根底には──酷くどす黒い嫉妬が渦を巻いているようだった。
…そう、それは罪を知らぬ子どもが、昆虫の足などを一本ずつもぎ取る時の感情に酷似している。
なまじ力があるだけに、“質が悪い”。
「…兄上と戦えるなんて嬉しいよ、本当にね。
でも母上は渡せないし、今からカミュ皇子も殺さなきゃいけないんだ。
だから、兄上の相手には、あまり時間はかけられない。…もし死んだとしても恨まないでね?」
ふふ、と無邪気に笑ったレイセは、その右手に突然、恐ろしい程の容量の魔力を集中させた。
それは到底、子どもの持つものではない。
過度という言葉がぴったりな、まさしく過ぎたる力だった。
するとその瞬間、不意にレイセの前に姿を見せた累世が、その手をいきなりきつく捻りあげた。
前置きもなく、不意打ちで来たその強い痛みに、レイセは驚き、そして反射的に顔をしかめた。
「!痛っ…」
「まだ分からないのか? …魔力を振りかざすな」
言いながら累世は、掴んだ手に、更に力を込める。
そのまま手首ごと潰されそうな鈍い痛みに耐えきれなくなったレイセが、ついに恥も外聞もなく、悲鳴じみた声をあげた。
「!…うっ、あ、痛い痛い痛いぃっ…!」
「痛いだろう? だがな、攻撃される方はもっと痛い。…こんなものでは、その比にすらならないんだ。
お前が魔力で人を押さえ付けようとするのなら、俺はそれ以上の力でお前を止めるまでだ…!」
「!…」
痛みに目をきつく閉じたレイセは、そのまま累世の手を強く振りきった。
その目が痛みの下から開かれた時、レイセの瞳には、はっきりとした不安と恐れが浮かんでいた。
「…どう…して? 兄上…
僕のしていることを…どうして、兄上は…否定するの…!?」
「…?」
今度は累世が目を細める番だった。
…怪訝そうな表情をしているであろうことが、自分でも分かる。
先程から気にはなっていたが、レイセの言っていることは、どうもおかしい。
様子にしても、先程までの禍々しい、魔の化身のようなあの状態から一変し、今度は捨てられた小動物のような、縋り頼るような視線をこちらへ向けている。
一言で言うなら…『不安定』。
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