†我の血族†

如月統哉

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†永劫への道†

変革の兆し

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「…、悪いが、俺はお前の自己満足に付き合う気はない」

瞬間、累世は何かを引き寄せるかの如く、勢い良く己の右手を引いた。

「!」

累世のその手に、深く凝縮され研ぎ澄まされた、膨大な魔力。
レイセは、その魔力の規模を瞬時に察すると、その累世の右手と対となる、幼い左手を引いた。

…累世が祖父・レイヴァン譲りの、強力な蒼の魔力を放つと全く同時、レイセが、父・ヴァルディアス譲りの、殺傷能力に長けた蒼銀の魔力を、何の躊躇いもなくそれにぶつける。

──天地を揺るがす轟音と共に、それは二人の間で相殺された…
と思った次の刹那には、累世とレイセの二人が二人ともが、すかさずその相殺箇所に踏み込んでいた。

…累世が薙ぎ払うように、左手を鋭く横へ走らせる。
するとレイセは、信じられない程に機敏な身体能力で、難なくそれをかわした。

悪びれなくも、屈託なく。
子ども特有の無垢な笑顔を見せながら。

「予想はしていたけど…、とても覚醒したばかりだとは思えないね、ルイセ兄上。
手応えがあって、すごく楽しいよ。出来ればもうずっと、このまま戦っていたいくらい…!」
「言っただろう…お前の自己満足に付き合う気はないとな!」

瞬間、何を思ったか、累世は後ろに向かって強く地を蹴った。
そのまま空中で一回転することで勢いをつけると、立て続けに威力ある魔力弾を、数発放つ。

「!…へぇ…」

感心したように、レイセが笑う。
魔力弾はレイセのすぐ目の前まで迫っている。
──レイセは口元に笑みを浮かべたまま、いとも容易く、魔力による結界を己の周囲に作り出した。
蒼の魔力がそれに直撃するのと、累世が足を地に着けるのとは、全くの同時だった。

結界に弾かれた蒼の魔力が、暴走したように周囲に飛び散る。
これを、カミュやヴァルディアスは、恐らくは霧散させる機能を持っているであろう、それぞれの結界で防ぎ、累世はすぐ目の前に迫った、己の放った魔力弾を、誰もいない方向へと弾き飛ばした。

…行き場を失ったそれは、再びの凄まじい破壊音と共に、近くの空間を無惨にも崩れさせる。

しかしそれには構うこともなく、累世は再び手を引いた。
──そこには、人間界であれだけの拘りを見せた累世の姿は、影すらも見ることは出来なかった。


…累世は感じ取っていた。


魔力は無尽蔵ではない。
いつかは必ず、尽きる時が来る。


──では、そうなった時…
果たしてその時には、自分の満足のいく結果は出ているのだろうか。

…後悔せずには…いられるのだろうか。


今、自分が戦える理由。
それは父親である、カミュのおかげだ。


…この自分を構成するもの全ては、父親であるカミュから受け継いだ。
そして、母親である唯香からは…


「…、お前がもし、人間界に生まれていれば…」
「あんな欲と保身にばかり塗れた世界に?
…冗談じゃないよ」

そう言ってレイセは笑みを嘲りに変える。

「僕はね…、闇が好き。傷つけることも、殺すことも好き。
でも人間界では、それは異端なんだろう?」

レイセの瞳が、極端に冷酷なものへと変貌を遂げる。

「そんなのは、闇に属する者全ての本能なのにね。
人間たちは本当に滑稽だよ…
自分たちが明るい陽の下に居るからといって、その心までもがそうであるとは限らないのに、それに気付かない。
己の醜さを認めようともしない」

「……」

レイセの言い分を聞いていた累世の瞳が、徐々に細められる。
…心のそれに比例した闇の魔力を、無意識にその手に込めながら。

レイセはそんな累世の言動を、指摘することもなく先を続ける。

「…さて、僕と人間たち…、どっちが異端なんだろうね?
兄上も、人間の持つ愚かさは分かっているだろう? …少し前まで、自分を人間と信じて疑わなかったんだから。
でも良かったじゃない、あんな低俗な奴らと同類じゃなくて。
──貴方は父親であるカミュ皇子に、感謝するべきだよ」
「……」

沈黙の中にも、僅かに、累世の歯が軋んだ音が聞こえた。
レイセはそんな兄の反応を、今度はさも興味深げに窺うと、どこか虚ろな瞳でうっとりと累世を見つめる。

「そして、その人間の愚かさを指摘された時の、貴方の激しい苛立ちと、底知れない程の深い怒り。
…その二つがね、凄く心地いいんだ…
僕にとってはね」
「…、そういうお前は、確かに生粋の闇の世界の皇子なんだろう…」

これまでずっと押し黙っていたはずの累世が、ここにきて初めて口を開いた。


「けれど、お前は人間の本質を知らない」


累世の、怒りも呆れも伴わない、ただ淡々とした返答に、レイセの眉根が寄った。

それは怪訝と、不快といった感情が入り混じった、複雑な様相だったが、この言葉に感情を揺らがされた者が、もうひとりいた。



『“お前は人間の本質を知らない──”』



…累世の、それを知り得るが故に放たれる言を、何気なく認識し、己の中で軽くも反復した途端──
突然、カミュの頭の一部が、細くも長い針で、執拗に突かれたかのように痛んだ。

「!ぐっ…」

その、脳の一部を突き抜けるかのように鋭く、激しい痛みに、カミュはヴァルディアスの前でありながらも、己の痛覚を抑えきれず…
きつく、痛む箇所を抱え込んだ。

そのカミュの異変に、唯香はカミュ本人に拒絶された事実すら忘れ、その体を労るように支えながら、傍らで必死に声をあげた。

「カミュ! …カミュ! どうしたの!? 大丈夫!?」


──その懸命な呼びかけは、こうも間近でありながらも、カミュの耳にも、その心にも届くことはない。

今やカミュの敵は、ヴァルディアスやレイセといった闇魔界側の強力な実力者ではなく、己自身の頭痛と化してしまっていた。

…そんなカミュの異変に、累世やヴァルディアスが気付かぬ訳もなく。
父親の低いうめき声を耳にした累世は、はっとしたようにそちらへと目を走らせたが、カミュが頭を抱えて苦しんでいるのを見て、一瞬にしてその顔色を変えた。

「──父さん!?」

カミュの姿を目にした累世が、激しい動揺を見せ、驚愕する。
その一瞬の隙を突いて、レイセは再び兄である累世に、体術による連続攻撃を仕掛けた。

「!くっ…」

累世は、彼にしては珍しくも軽く舌打ちをし、前方にいる弟を睨み、その攻撃をいなし続ける。
その傍らではカミュが、今や、嵐の如く襲い来る波のように変化した、激しくも重い頭痛に耐えきれず、その場に膝をついていた。

「…カミュ!」

唯香が、悲痛に声をあげる。
カミュの異変の些細な原因すらも分からず、自分では何も出来ないらしいと悟った故か、唯香のその蒼の瞳には、それにも負けぬ程に美しい涙が、うっすらと浮かんでいた。
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