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†永劫への道†
遺志の導き
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「──ヴェイルス!」
…気が付けば、累世は彼を求めるように手を伸ばし、覚醒していた。
焦りで荒くなった息を、深く…ゆっくりと吐く。
その傍らには驚きに目を見開いている唯香がいる。
唯香は、反応の無かった累世が動き、声まで発したことで、一度はひどく驚いたものの…
それによって累世が生還し、その場に存在を留めているのを確認すると、途端に瞳から大量の涙を溢れさせて、累世へと抱きついた。
「累世…、累世! 良かった…!」
その後は嬉しさのあまり、言葉に詰まって声にならない。
そんな唯香を後目に、カミュは声こそかけなかったものの、口元に僅かな笑みを湛えると、そっと安堵の息をついた。
…そんな父親と母親の反応に、累世は戸惑いを隠せなかった。
レイセに貫かれた右胸の傷は、まだ深く残り痛むものの、それ以外にはさしたる問題もなく動く体を起こし、唖然としたように唯香を見上げ、問う。
「唯香…、俺は…」
「…累世…、カミュにお礼を言ってね」
「…え?」
仮死状態であった累世は、先程までの事実を知らないが故に意味が分からず、問い返す。
すると唯香は、一瞬だけカミュに目を走らせると、すぐにまた累世に視線を戻して続けた。
「累世が死にかかっていた時、カミュが、自分の限界ぎりぎりまで、その血と魔力を分け与えてくれたのよ」
「えっ…?」
累世は、驚きと嬉しさを合わせたような、何とも言えない表情を浮かべると、父親であるカミュの方を見やった。
「貴方が逝ってしまいそうだった時──」
…唯香の話が、耳に滑り込む。
「カミュはすごく取り乱して…
自分の生命が危ぶまれることも構わずに、息子である貴方を引き留めようとしたの」
「…父…さんが…」
累世はカミュの背中を見た。
…かつて、突き放されて遠かったと思っていたその孤高な冷たい背中が、今はこんなにも近く、頼もしく…
暖かく思える。
累世は目を閉じ、笑みを浮かべた。
「…有難う、父さん…」
面と向かっての感謝など、父親の性格からすれば受けるかどうかは分からない。
だが、レイセに攻撃を加えられ、死にかけた自分を、父親は…
その弱さを、甘さを咎めることもなく、己の身を犠牲にしてまで救ってくれた…!
その気持ちには応えなければならない。
父親に救われたこの命を…無駄にするわけにはいかない。
累世は唯香の手を、そっと振りほどくと、ゆっくりと立ち上がった。
大量の血を一度は失ったらしいその体は、それでもカミュの魔力が多少なりとも体調不良を補っているらしく、体を動かす上での不自由さは、ほとんど感じられない。
…だが。
逆に考えれば、大量失血をした自分がこれだけ動けるのだから、今、カミュの体にかかる負担は、生半可なものではないはずだ。
唯香の言うように、限界ぎりぎりまでその血と魔力を自分に分け与えたのだとしたら…
父親の方が、死んでもおかしくはない。
だが、カミュは決してそれを口にしない。
それを盾に、咎めることも、責めることも、弱音も泣き言も吐きはしない。
──絶対的な、そして純粋な…強さ。
誇り。
それが、何も言わずともこんなにもはっきりと、感じられる…!
「…父さん」
累世は、父親の側まで歩を進めた。
…母親の居る、後ろは振り返らずに。
「レイセとは、俺が戦う。
いや…あいつとは、俺が戦わなければならないんだ」
「…戦えるのか?」
傍から聞けば本当に何気ないように、カミュは問う。
しかし、父親の、直接見せることのない優しさと心遣いを知った累世は、嬉しさのあまり弛みかけた口元を、何とか抑えながら頷いた。
「ああ。父さんのおかげで、傷からの血は止まったし…
体調も戻って来たからな」
「…そうか」
カミュはそれだけを言い、目を伏せる。
…どこか、満足そうに。
それを見た累世は、今度は遠慮なく笑みを浮かべ、そしてやがてその笑みをひそめた。
──カミュをかばうように前に立ち、鋭い瞳でレイセを見つめる。
その視線が心地よいのか、レイセは夢見心地にうっとりと兄を見、答えた。
「いいね、その憎しみ…
兄上はやっぱり、僕が嫌いなんだ…」
「ああ。…傷つけることも、殺すことすらも一切躊躇わないお前はな」
ヴェイルスに諭された累世は、余すところなく弟・レイセの欠点を指摘する。
「…分からないなら、分かるまで躾続けてやるさ…
俺は、お前の兄なんだからな」
「!累世…」
背後で唯香が驚きの声を洩らす。
それを聞き付けたらしいレイセは、今のまでにないほどに、はっきりとその瞳に憎悪を浮かべた。
「この僕を、躾ようというの…?
さっきまで、僕の攻撃を受けて瀕死だったはずの兄上に、それが出来る?」
「…ああ」
累世は右拳をきつく固めた。
心情を大きく反映したらしいその“固さ”に、持ち得る魔力は全ての権限を、主である累世に委ねる。
瞬間、累世の魔力が、爆発的に高まった。
その圧倒的な力がもたらす風圧に、近くにいたカミュの銀髪が大きく煽られる。
「──累世…!」
鋭くもどこか禍々しい蒼の魔力に覆われた累世は、もはや人間界にいた時の、脆くも儚い『人間』ではなく…
戦うことも、死すらも恐れない、『精の黒瞑界の皇子』の顔をしていた。
…これに自然、レイセの瞳は、数段上の警戒に彩られる。
レイセはくすりと軽く笑うと、戦いを受けるかのように…
二、三歩ほど足を前に進めた。
「そうか…そんなに僕の手で殺されたいんだね、兄上。
…いいよ、相手をしてあげるよ」
→TO BE CONTINUED…
NEXT:†月下の惨劇†
…気が付けば、累世は彼を求めるように手を伸ばし、覚醒していた。
焦りで荒くなった息を、深く…ゆっくりと吐く。
その傍らには驚きに目を見開いている唯香がいる。
唯香は、反応の無かった累世が動き、声まで発したことで、一度はひどく驚いたものの…
それによって累世が生還し、その場に存在を留めているのを確認すると、途端に瞳から大量の涙を溢れさせて、累世へと抱きついた。
「累世…、累世! 良かった…!」
その後は嬉しさのあまり、言葉に詰まって声にならない。
そんな唯香を後目に、カミュは声こそかけなかったものの、口元に僅かな笑みを湛えると、そっと安堵の息をついた。
…そんな父親と母親の反応に、累世は戸惑いを隠せなかった。
レイセに貫かれた右胸の傷は、まだ深く残り痛むものの、それ以外にはさしたる問題もなく動く体を起こし、唖然としたように唯香を見上げ、問う。
「唯香…、俺は…」
「…累世…、カミュにお礼を言ってね」
「…え?」
仮死状態であった累世は、先程までの事実を知らないが故に意味が分からず、問い返す。
すると唯香は、一瞬だけカミュに目を走らせると、すぐにまた累世に視線を戻して続けた。
「累世が死にかかっていた時、カミュが、自分の限界ぎりぎりまで、その血と魔力を分け与えてくれたのよ」
「えっ…?」
累世は、驚きと嬉しさを合わせたような、何とも言えない表情を浮かべると、父親であるカミュの方を見やった。
「貴方が逝ってしまいそうだった時──」
…唯香の話が、耳に滑り込む。
「カミュはすごく取り乱して…
自分の生命が危ぶまれることも構わずに、息子である貴方を引き留めようとしたの」
「…父…さんが…」
累世はカミュの背中を見た。
…かつて、突き放されて遠かったと思っていたその孤高な冷たい背中が、今はこんなにも近く、頼もしく…
暖かく思える。
累世は目を閉じ、笑みを浮かべた。
「…有難う、父さん…」
面と向かっての感謝など、父親の性格からすれば受けるかどうかは分からない。
だが、レイセに攻撃を加えられ、死にかけた自分を、父親は…
その弱さを、甘さを咎めることもなく、己の身を犠牲にしてまで救ってくれた…!
その気持ちには応えなければならない。
父親に救われたこの命を…無駄にするわけにはいかない。
累世は唯香の手を、そっと振りほどくと、ゆっくりと立ち上がった。
大量の血を一度は失ったらしいその体は、それでもカミュの魔力が多少なりとも体調不良を補っているらしく、体を動かす上での不自由さは、ほとんど感じられない。
…だが。
逆に考えれば、大量失血をした自分がこれだけ動けるのだから、今、カミュの体にかかる負担は、生半可なものではないはずだ。
唯香の言うように、限界ぎりぎりまでその血と魔力を自分に分け与えたのだとしたら…
父親の方が、死んでもおかしくはない。
だが、カミュは決してそれを口にしない。
それを盾に、咎めることも、責めることも、弱音も泣き言も吐きはしない。
──絶対的な、そして純粋な…強さ。
誇り。
それが、何も言わずともこんなにもはっきりと、感じられる…!
「…父さん」
累世は、父親の側まで歩を進めた。
…母親の居る、後ろは振り返らずに。
「レイセとは、俺が戦う。
いや…あいつとは、俺が戦わなければならないんだ」
「…戦えるのか?」
傍から聞けば本当に何気ないように、カミュは問う。
しかし、父親の、直接見せることのない優しさと心遣いを知った累世は、嬉しさのあまり弛みかけた口元を、何とか抑えながら頷いた。
「ああ。父さんのおかげで、傷からの血は止まったし…
体調も戻って来たからな」
「…そうか」
カミュはそれだけを言い、目を伏せる。
…どこか、満足そうに。
それを見た累世は、今度は遠慮なく笑みを浮かべ、そしてやがてその笑みをひそめた。
──カミュをかばうように前に立ち、鋭い瞳でレイセを見つめる。
その視線が心地よいのか、レイセは夢見心地にうっとりと兄を見、答えた。
「いいね、その憎しみ…
兄上はやっぱり、僕が嫌いなんだ…」
「ああ。…傷つけることも、殺すことすらも一切躊躇わないお前はな」
ヴェイルスに諭された累世は、余すところなく弟・レイセの欠点を指摘する。
「…分からないなら、分かるまで躾続けてやるさ…
俺は、お前の兄なんだからな」
「!累世…」
背後で唯香が驚きの声を洩らす。
それを聞き付けたらしいレイセは、今のまでにないほどに、はっきりとその瞳に憎悪を浮かべた。
「この僕を、躾ようというの…?
さっきまで、僕の攻撃を受けて瀕死だったはずの兄上に、それが出来る?」
「…ああ」
累世は右拳をきつく固めた。
心情を大きく反映したらしいその“固さ”に、持ち得る魔力は全ての権限を、主である累世に委ねる。
瞬間、累世の魔力が、爆発的に高まった。
その圧倒的な力がもたらす風圧に、近くにいたカミュの銀髪が大きく煽られる。
「──累世…!」
鋭くもどこか禍々しい蒼の魔力に覆われた累世は、もはや人間界にいた時の、脆くも儚い『人間』ではなく…
戦うことも、死すらも恐れない、『精の黒瞑界の皇子』の顔をしていた。
…これに自然、レイセの瞳は、数段上の警戒に彩られる。
レイセはくすりと軽く笑うと、戦いを受けるかのように…
二、三歩ほど足を前に進めた。
「そうか…そんなに僕の手で殺されたいんだね、兄上。
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→TO BE CONTINUED…
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