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†月下の惨劇†
広がりゆく布陣
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★☆★☆★
「…俺は吸血鬼皇帝の実力を信じていない訳じゃない。だが、今この世界には、事実として父さんはいない…
そんな時に、ルファイアのような実力者が、いつ何時、この世界を攻めに来るか分からないだろう?
分かるだろう、ライセ…、この状況で、ここを手薄にする訳にはいかないんだよ」
「俺なら、万一のことがあったとしても、この世界には全く支障がない。
…俺が行くのが一番いいんだ」
…そんな、自己犠牲的な言葉を残して。
祖父・サヴァイスの手によって、その体の奥底に潜む潜在能力を引き出して貰い、それを我がものとすることに成功した累世は、単身、父親であるカミュを追って、ヴァルディアスが待ち受ける闇魔界へと向かって行った。
「累世…」
複雑な表情を浮かべるライセの傍らで、凛が心配そうに呟く。
対するライセも、やっと分かり合えた弟・累世を、すぐに手放さなければならない羽目に陥ったことから、その心境は嫌と言うほどに己と重ねられ…
次には、いたたまれずに唇を噛み、そっと目を伏せた。
少し前までは、その存在すら知らず…
歯牙にもかけなかった弟。
何故これ程までに、胸を占めるのかが分からない。
双子故なのか。
それとも、自分同様、闇の血を色濃く引くはずの累世が、真に人間として起っているからなのか──
…それでも。
守りたいという気持ちは確かにある。
そして、兄だからこそ教えられることも、伝えられることもあるだろう。
「…ライセ」
凛が、ライセの心境を察して気遣う。
それにライセは、はっと我に返った。
「!あ、ああ…済まない、凛」
「ライセ、累世は…大丈夫よね?」
凛が不安げに問いかけてくる。
だが、ライセはそこで即答は出来なかった。
「…、あれだけの魔力をもってしても…
今回ばかりは相手が悪すぎる」
何しろ相手は、あれだけの魔力を誇る父親・カミュでさえが手こずる程の相手だ。
累世には力はあっても、その経験値が絶対的に足りない。
平穏を絵に書いたような場所で。
血塗られた戦いを知ることもなく、この世界とは比べものにならないほど安全な人間界で、今まで生きてきた累世にとっては…
その初戦の相手が、これ以上なく悪すぎるのだ。
「…累世では、荷が重いかも知れないな」
ライセが心配そうに息をつく。
…弟の力を信じていない訳ではない。
だが、ヴァルディアスの強さは未知数だ。
しかし、闇魔界の皇帝・ヴァルディアスと対峙するのは、累世だけではない。
頼りになる父親・カミュも側にいるはずだ。
…それが分かっているのに、どうしてこうも不安が付きまとうのだろう。
もやもやとした不安。
それがもたらす葛藤。
嫌な予感は増すばかりだ。
しかし、累世のことばかりを気にかけてもいられない。
その当の累世が望んだこと…
それは他ならぬ、この世界を守ることなのだから。
闇魔界に父親と弟。
この世界に祖父と自分…そして六魔将。
戦力としては、守護の意味でも、恐らくは確実にこちらが上だ。
闇魔界にはたった二人で戦いを挑むのだ。
どうして、人数的に勝るこちらが、無様な真似を見せられようか?
「…、累世のことは父上にお任せしよう」
「…そうね。貴方のお父様と累世が不在となれば、相手にしてみれば絶好の攻撃の機会ですものね」
「そうだな」
全く自分と同じことを考える凛に、やけにこういった事象に慣れているらしいと感じたライセが目を向ける。
普通の…それも人間の少女なら、このような状況下に置かれれば、とてもこうまで平然としてはいられないはずだ。
どうやらただの少女ではなさそうだ、とライセが心中で踏んだ時、傍らにいたサヴァイスが、音もなくその空間から姿を眩ませた。
「あ…」
ライセは、累世の件での礼を言いそびれ、思わず伸ばしかけた手を下ろした。
すると、それを見計らったかのように凛が問いかけてくる。
「ねえ、ライセ」
「…何だ? 凛」
先程までの“この状況下で”、不安そうな顔のひとつも見せなかったはずの凛が、ここに来て初めて躊躇いながら問いかける。
やはり解せないと思いながらも、ライセは極めて平然を装って、凛へと向き直った。
「…累世がいないのに、私、今…ここにいてもいいの?」
心細さに揺れる赤い瞳が印象深い。
ライセは静かに口を開いた。
「お前の存在については、あの方も何も言わなかっただろう。
お前は累世と母上の客人扱いだ。気にせず此処に居ればいい」
「でも…」
それでも渋る凛に、ライセはもうひとつだけ付け加えた。
「それに、今は下手に動かない方がいい」
「…うん」
ようやく凛が頷くのを確認したライセは、次いで空間の外に目をやった。
…今のところは然したる動きはない。
だが、父親と累世の不在のこの時に、闇魔界がどう動き、誰を刺客として送り込んで来るのか──
現段階では全く想像出来ないだけに、一見すると、まだこちら側には打つ手はまるでないように思える。
…だが。
分からないならそれを想定して動くまでだ。
まずは六魔将の招集。これは何よりも最優先であり、必須だ。
六魔将には個々に異なった能力がある。
ならば未知なる敵の力量を測るには、彼らをぶつけるのが一番手っ取り早く、効率もいい。
闇魔界側が何人で攻めて来るのかは分からないが、少なくとも二人ずつ組ませておけば、大抵の敵には対処できるだろう。
…問題は、その組み合わせだが…
「このような問題…
あの方にとっては、鼻にもかけないほど些細なことなんだろうな」
…あの祖父が、自分でも読めるようなこの件に、気付いていないはずはない。
だが。
気付いているなら何故、動かない?
それとも、動く必要が…
その必要すら無いということなのだろうか?
(馬鹿な、ここはあの方の統治する地…
傍観は通らないのは知れているだろうに、何故、この段階で動かない…?)
…分からない。
彼の考えは分からないが…
確実に分かっているのは、闇魔界の者がこの世界に攻めて来るという事実。
それにもし、祖父が何らかの形で、事前にそれを予測していたのだとしたら、その考えや命令は六魔将には知らされているかも知れない。
「…凛、六魔将に会いに行くぞ」
「六魔将…って、私も一緒で構わないの?
私がついて行ったりしたら、邪魔になってしまうんじゃ…」
「構わないからついて来い。…この空間にお前を置いていくのは簡単だが、敵が現れた時に守りきれる自信はないからな」
「えっ…」
まさかライセがそんなことを言うとは思わず、凛は驚いてライセを見た。
「ま、守ってくれる…の?」
「…? お前のことは累世から頼まれている。当然だろう?」
「…俺は吸血鬼皇帝の実力を信じていない訳じゃない。だが、今この世界には、事実として父さんはいない…
そんな時に、ルファイアのような実力者が、いつ何時、この世界を攻めに来るか分からないだろう?
分かるだろう、ライセ…、この状況で、ここを手薄にする訳にはいかないんだよ」
「俺なら、万一のことがあったとしても、この世界には全く支障がない。
…俺が行くのが一番いいんだ」
…そんな、自己犠牲的な言葉を残して。
祖父・サヴァイスの手によって、その体の奥底に潜む潜在能力を引き出して貰い、それを我がものとすることに成功した累世は、単身、父親であるカミュを追って、ヴァルディアスが待ち受ける闇魔界へと向かって行った。
「累世…」
複雑な表情を浮かべるライセの傍らで、凛が心配そうに呟く。
対するライセも、やっと分かり合えた弟・累世を、すぐに手放さなければならない羽目に陥ったことから、その心境は嫌と言うほどに己と重ねられ…
次には、いたたまれずに唇を噛み、そっと目を伏せた。
少し前までは、その存在すら知らず…
歯牙にもかけなかった弟。
何故これ程までに、胸を占めるのかが分からない。
双子故なのか。
それとも、自分同様、闇の血を色濃く引くはずの累世が、真に人間として起っているからなのか──
…それでも。
守りたいという気持ちは確かにある。
そして、兄だからこそ教えられることも、伝えられることもあるだろう。
「…ライセ」
凛が、ライセの心境を察して気遣う。
それにライセは、はっと我に返った。
「!あ、ああ…済まない、凛」
「ライセ、累世は…大丈夫よね?」
凛が不安げに問いかけてくる。
だが、ライセはそこで即答は出来なかった。
「…、あれだけの魔力をもってしても…
今回ばかりは相手が悪すぎる」
何しろ相手は、あれだけの魔力を誇る父親・カミュでさえが手こずる程の相手だ。
累世には力はあっても、その経験値が絶対的に足りない。
平穏を絵に書いたような場所で。
血塗られた戦いを知ることもなく、この世界とは比べものにならないほど安全な人間界で、今まで生きてきた累世にとっては…
その初戦の相手が、これ以上なく悪すぎるのだ。
「…累世では、荷が重いかも知れないな」
ライセが心配そうに息をつく。
…弟の力を信じていない訳ではない。
だが、ヴァルディアスの強さは未知数だ。
しかし、闇魔界の皇帝・ヴァルディアスと対峙するのは、累世だけではない。
頼りになる父親・カミュも側にいるはずだ。
…それが分かっているのに、どうしてこうも不安が付きまとうのだろう。
もやもやとした不安。
それがもたらす葛藤。
嫌な予感は増すばかりだ。
しかし、累世のことばかりを気にかけてもいられない。
その当の累世が望んだこと…
それは他ならぬ、この世界を守ることなのだから。
闇魔界に父親と弟。
この世界に祖父と自分…そして六魔将。
戦力としては、守護の意味でも、恐らくは確実にこちらが上だ。
闇魔界にはたった二人で戦いを挑むのだ。
どうして、人数的に勝るこちらが、無様な真似を見せられようか?
「…、累世のことは父上にお任せしよう」
「…そうね。貴方のお父様と累世が不在となれば、相手にしてみれば絶好の攻撃の機会ですものね」
「そうだな」
全く自分と同じことを考える凛に、やけにこういった事象に慣れているらしいと感じたライセが目を向ける。
普通の…それも人間の少女なら、このような状況下に置かれれば、とてもこうまで平然としてはいられないはずだ。
どうやらただの少女ではなさそうだ、とライセが心中で踏んだ時、傍らにいたサヴァイスが、音もなくその空間から姿を眩ませた。
「あ…」
ライセは、累世の件での礼を言いそびれ、思わず伸ばしかけた手を下ろした。
すると、それを見計らったかのように凛が問いかけてくる。
「ねえ、ライセ」
「…何だ? 凛」
先程までの“この状況下で”、不安そうな顔のひとつも見せなかったはずの凛が、ここに来て初めて躊躇いながら問いかける。
やはり解せないと思いながらも、ライセは極めて平然を装って、凛へと向き直った。
「…累世がいないのに、私、今…ここにいてもいいの?」
心細さに揺れる赤い瞳が印象深い。
ライセは静かに口を開いた。
「お前の存在については、あの方も何も言わなかっただろう。
お前は累世と母上の客人扱いだ。気にせず此処に居ればいい」
「でも…」
それでも渋る凛に、ライセはもうひとつだけ付け加えた。
「それに、今は下手に動かない方がいい」
「…うん」
ようやく凛が頷くのを確認したライセは、次いで空間の外に目をやった。
…今のところは然したる動きはない。
だが、父親と累世の不在のこの時に、闇魔界がどう動き、誰を刺客として送り込んで来るのか──
現段階では全く想像出来ないだけに、一見すると、まだこちら側には打つ手はまるでないように思える。
…だが。
分からないならそれを想定して動くまでだ。
まずは六魔将の招集。これは何よりも最優先であり、必須だ。
六魔将には個々に異なった能力がある。
ならば未知なる敵の力量を測るには、彼らをぶつけるのが一番手っ取り早く、効率もいい。
闇魔界側が何人で攻めて来るのかは分からないが、少なくとも二人ずつ組ませておけば、大抵の敵には対処できるだろう。
…問題は、その組み合わせだが…
「このような問題…
あの方にとっては、鼻にもかけないほど些細なことなんだろうな」
…あの祖父が、自分でも読めるようなこの件に、気付いていないはずはない。
だが。
気付いているなら何故、動かない?
それとも、動く必要が…
その必要すら無いということなのだろうか?
(馬鹿な、ここはあの方の統治する地…
傍観は通らないのは知れているだろうに、何故、この段階で動かない…?)
…分からない。
彼の考えは分からないが…
確実に分かっているのは、闇魔界の者がこの世界に攻めて来るという事実。
それにもし、祖父が何らかの形で、事前にそれを予測していたのだとしたら、その考えや命令は六魔将には知らされているかも知れない。
「…凛、六魔将に会いに行くぞ」
「六魔将…って、私も一緒で構わないの?
私がついて行ったりしたら、邪魔になってしまうんじゃ…」
「構わないからついて来い。…この空間にお前を置いていくのは簡単だが、敵が現れた時に守りきれる自信はないからな」
「えっ…」
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