†我の血族†

如月統哉

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†月下の惨劇†

待機期間

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★☆★☆★


──その頃。


闇魔界において、皇帝・ヴァルディアスに次いだ実力を誇り、その言動を補佐するために暗躍する、シレン四兄弟の長兄でもあり…
精の黒瞑界に仇なす強敵でもあるルファイアの襲撃に乗じて、おびただしい数の闇魔界の者が、ここ精の黒瞑界を強襲し、破壊し続けている事実を受けて、皇族を守護し、民を守る立場にある六魔将──
レイヴァン、フェンネル、サリア、カイネル、シン、ユリアスの六名は、この世界の皇帝であるサヴァイスのいる空間の、その隣の空間に控え、待機していた。

…その性格故と言うべきか、六名の中でも一番歳若いシンが、この状況下でも動かない他五名に対して、焦りと苛立ちを含んだ声をあげる。

「…なあ、ここでこうしている間にも、誰かが殺されているんだ。
なのに、皆を守る立場にいるはずの俺たちが、いつまでもこんな所で待機していていいのか?」

テーブル近くの、ソファーを模したような形の椅子に座っていたシンは、不満をそれに変えるかのように、苛々と指を組んだ。
だが、それをした所で、この問題が解決するはずもない。

シンが感情の捌け口を見い出せず、無意識にその動作を続けるのを見て、見かねたフェンネルが口を開いた。

「…少しは落ち着け、シン。そんなことは我々にも分かっている…
だが、そうせよとのサヴァイス様からの命令は出ていない」
「それは分かってる!」

シンは組んだ指を解くと、自らの心の奥底にくすぶっている不安を、爆発させるように叫んだ。

「けど、こうして命令を待っている間にも、誰かが殺されていく…
それをただ、指をくわえて見ているのは御免なんだ!
戦う力があるのに、命令がないと戦えないだなんて、そんな話が──」
「…フェンネルは落ち着けと言ったはずだよ、シン」

テーブルに軽く頬杖をつきながら、ユリアスが呟く。

「皆がここに居るのは、ただ命令を受ける為だけに待機しているだけじゃない。
…シン、お前は六魔将の本当の意義を分かってる?」
「え…?」

なだめるように、柔らかく声を落とされて、シンの興奮が僅かに冷める。
それを見計らって、ユリアスは先を続けた。

「六魔将の役割は皇族と民の守護。ひいては精の黒瞑界をも守護することだ」
「何を今更…」

シンは呟く。
そんなことは嫌というほど分かっている。
六魔将に属する際も、そして今までずっと、再三に渡って言われ続けてきたこと──


“六魔将よ、ただ皇家の為にあれ
その身は己の為に非ず──”


「繰り返されなくても、分かっているさ…!」
「いいや。お前はまだ良く分かっていないよ」

ユリアスが首を振って否定する。
瞬間、シンはその年齢故か、再び怒りを露にして叫んだ。

「──じゃあ、六魔将って一体何なんだ!?
名前ばかりの、ただの飾りの集団なのか!?
守りたい者を、守りたい時に守れなくて、何が六魔将だ!
…俺は行く、それが例え謀反と取られようともな!」

きっぱりとそう言い捨てて立ち上がり、シンは親指で自らを指して反旗を翻す。
そのまま腕を振り下ろし、外へ続く扉へと足を向けたシンに、極めて冷静に、レイヴァンが告げた。

「頭を冷やせ、シン。お前の気持ちは良く分かる」
「!…っ、だったらどうして動かない!?
命令を待つばかりが能じゃないだろう!」

気ばかりが逸り、焦りばかりが胸を占める。

「我々は動けないのではなく、動かない…
その意味が、シン…お前に分かるか?」

レイヴァンが重く問いかける。
それに、シンは何故か、怒りが徐々に冷めていくのを感じていた。

「もしかして…命令もないのに、そうして…それを望んでいるのか?
サヴァイス様が…それを望まれていないから?
だから、皆…動かないのか…?」
「…そうだ」

レイヴァンは瞬きと共に、それを甘んじて享受する。
途端、シンは顔を青ざめさせながら、低く声を洩らした。
…わなわなと震える手を、拳へと変える。

「自分の家族が殺されるかも知れないのに…
それでも、動かないのか…!?」
「…六魔将たる者、優先するべきは皇家。
身内ではない」

フェンネルも腕を組み、体勢的に下から見上げながら、シンを諭しにかかる。
それにシンは、否定するように首を激しく左右に振った。

「皇家が…皇族が大切なのは…
重要だということは、俺にだって分かってる!
だが、だからって身内を見捨ててもいいということにはならないだろう!?」
「確かにそうだ…が、その辺りを充分に割り切り、理解していないから、お前はユリアスに指摘された。
それが分からないか?」

「!…っ」

フェンネルの言葉は的を射ていて、シンは一瞬、言葉に詰まった。
そのやり取りを、シンの感情が落ち着くまで傍観していた、六魔将の残りの二人…
カイネルとサリアは、そんな重苦しい空気を飛ばすかのように、揃って軽く息をついた。

同じようにして腰を落ち着けていたカイネルが、つと立ち上がる。

「シン、お前の気持ちは、皆分かってるんだよ…
でもな、分かるだろ? 俺たちが取り乱したり、身内を助けに奔走したりすれば、それこそ闇魔界の連中の思う壺だ。
だから俺たちは、あえてここにこうして留まって、サヴァイス様からの命令を待っているんだ」
「……」

シンは無言のまま、目を伏せる。
それに、サリアは立ち上がると、ぽん、とシンの頭に手を置いた。

「シンの気持ちは良く分かるわ。
私だって、六魔将の一員でなければ、今すぐにでも家族の元へ飛んで行きたいくらいだもの。
…でも、現実として私たちは六魔将。そして家族もそれを知っている。
だからこそ、任務を放棄して身内だけを…なんて真似は出来ないのよ。
私たちを誇りに思ってくれる、家族のことを考えるなら、尚更ね…!」

「!誇りに…」

シンは知らぬうちに声を洩らしていた。
ここに居る皆が皆、家族を守りたいのは同じ…
だが、それを優先させてしまえば、ひいてはこの世界の“機能(システム)”そのものが成り立たなくなる。
そうなれば家族が路頭に迷うのは目に見えているだろうし、助かる者も助からない。


…皇族を失うというのはそういうことだ。
皇族は、この世界と共に生き、この世界を象徴するもの。
家族同様、失えない。
それは己の居場所を無くすことにも繋がるから。


…シンは固く作り上げていた拳を解いた。

「済まない、皆…俺が悪かった」
「そうヘコまないの。シンの気持ちは分かるって言ったでしょ?
レイヴァンもフェンネルもユリアスも、口調こそあんな感じで厳しいと思うかも知れないけど、その事をシンに分かって貰おうと思っただけなのよ。
分かってあげてね」

サリアがやんわりと諭し、微笑む。
シンがそれを理解して深く頷くも、サリアの隣では、カイネルが半眼になってサリアを見ていた。

…勿論、その視線に気付かないサリアではない。

「…何よカイネル」
「あ? いや、せっかくたまに俺がいいこと言ったってのに、何でそこで俺の名前が出ないのかと思ってな」

鉄面皮ともいうべき無表情さで、そしてただ目を据わらせたまま、しれっと呟くカイネルに、瞬間的に怒りを覚えたサリアの腕が、予測通りと言うべきか、ふるふるわなわなと震える。

「せっかく珍しくいい話をしてたって言うのに…
全部ぶち壊しよ、この馬鹿っ!」

不本意とは思いながらも、成り行きに任せてカイネルのデリカシーの無さまで指摘したサリアは、瞬時に強く拳を固めると、肘を引いた。
その、破壊できないものが皆無と言っても過言ではないであろう、女性には到底あり得ないような鋼鉄の肘の威力には、もはや容赦という言葉は皆無に等しい。

瞬間、それはカイネルの肝臓付近に、情け容赦なく直撃する。
案の定というべきか、カイネルは、サリアが前提込みで放った肘鉄を、まともに息を吸う間もなく食らい、呻き声すら出すことも叶わず、ただひたすらに部位を押さえて悶絶した。

「…! …! …!!」

もはや痛みのあまり声は出ず、当然、言葉にもならない。
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