†我の血族†

如月統哉

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†月下の惨劇†

複数から成る石

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かねてから闇魔界の支配者として君臨しているヴァルディアス。
そのすぐ下に位置する、長兄・ルファイアを筆頭にした、シレン四兄弟。
誰が誰を抑えるのかは、この図式でもはや始めから決まっていたようなものだった。

…事実、雷の魔力を持つカイネルは、その能力からしてルウィンドの相手が適切であると判断され、当のカイネル本人もそう思っていた。

だから四兄弟の次兄は、自分が今、ここで叩いておかなければならないのだ。
他の兄弟三人に、少なからず精神的ダメージを与え、ひいてはその、闇魔界という世界の威圧感が齎すイメージを、多少なりとも削ぐ意味でも。

「…行くぜ、ルウィンド」

低く宣戦布告したカイネルは、その右手に更に魔力を迸らせた。
電気が爆ぜるにも近いその特有の音が、その場にいる三人の聴覚を刺激する。

と同時、カイネルはその右手を、先程のルウィンドの行動を繰り返すかの如く振り下ろした。
瞬間、まさしく天雷がその場に直撃したかのような轟音と、それによって破壊された床から舞い上がる埃や瓦礫が、その場にいた者全ての視界を埋め尽くす。

「…最初からこの調子か」

壊すのも程々にしろよ? という言葉を疑問符つきで飲み込みながらも、シンがルウィンドから距離を取る為に地を蹴る。

その足が再び地を踏みしめる頃には、カイネルは、大破し、凡そ3メートル幅はあろうかと思われる床の大穴を難なく飛び越え、その更に先で、ルウィンドと激しい戦いを繰り広げていた。

その攻撃により、背後の足場が崩れていてもまるで構わず、カイネルは雷による魔力と体術による複合攻撃を、ルウィンドに仕掛ける。
左腕の回復がまだままならないルウィンドは、そんなカイネルの攻勢と足場の悪さから、いったんは守勢に回ったものの、件の大穴から後退する形で床を蹴り離れ、安定した足場を確保した後は、カイネルの右足での、まさしく頭上近くまで上げられ仕掛けられた足技に、同様に右足をぶつけることで、その攻撃の威力を受け止めた。

…共に右足を上げ、クロスする形で、双方の戦意は一瞬、そこにぴたりと留められる。
だが、それも本当に刹那のことで、次に双方が足を引いた時、カイネルは強く地を後ろに蹴ると、右手に握る形で魔力を込め、それを勢いに任せて振り下ろした。

流れるように開かれたその手からは、弧を描いた5つの、三日月さながらの形をした、雷の魔力が放たれる。
常人であれば、掠めただけで感電死は免れない威力の攻撃を、ルウィンドは同じようにして空を掻き、放った魔力によって相殺させた。

…雷の黄と、風の緑がぶつかり合い、それは神々しいまでに眩い光となって、その場を覆う。
その眩しさから受ける目の眩みを、遠方に居たがため、接していた二人よりは多少なりとも免れたらしいシンは、その一瞬の隙をついて、ルウィンドの右手首に、きつく鋼線を絡ませた。

「!」

ルウィンドがとっさに右手首に魔力を集中させ、警戒を固めるも既に遅し。
ぎりっ、と鈍い音を立てて締められた鋼線は、腕よりは遥かに柔らかい手首の皮膚に、易々とめり込む。
その箇所からは、ルウィンドの意志に反して、鮮血が涙のように溢れ、流れ出した。

「…貴様…」

ルウィンドの双眸が残虐の色に染まる。
カイネルはそんなルウィンドの隙を狙って、再び己の右手に魔力を集中させた。

「俺ら六魔将を、見くびるんじゃねえよ」

低く呟いて、カイネルはその高めた雷の魔力を、ルウィンドの鳩尾めがけて放った。
シンの鋼線によって、右手首を拘束されたままのルウィンドは、これを避けることは叶わない。
あっさりとその攻撃の直撃を許すと、歯をきつく食いしばったまま、軽く数メートルは吹っ飛ぶ形で、近くの壁に叩きつけられる。

…いみじくもその壁は、先程からのルウィンド当人と六魔将の二人の衝突が齎す魔力の影響で、それ自体が酷く脆いものとなっていた。
そこにルウィンドが叩きつけられたのだからたまらない。壁はその身を瓦礫の山と化し、その場には再度、煙に近い、凄まじい粉塵が舞い上がる。

「…こんなもので葬れるなら、苦労は要らないんだけどな」

ぼそりとそう毒づいたシンは、何の気なしに鋼線を戻そうと、手首を軽く引いた。
が、突然、ぎょっとしたように体を強張らせ、慌てて自らの魔力である鋼線を、その手に引き戻す。

その様を見たカイネルは、さすがに焦りを覚えてシンに問うた。

「どうした? シ…  !?」

シンの名を呼ぼうとしたカイネルの顔色が変わった。

…シンの、引き寄せられた鋼線の先に絡みついていたもの…
それは、先程まで捕らえ、その動きを封じていたはずの、ルウィンドの右手首だった。

かつて見た、その獣に噛みちぎられたらしい形跡を残していた、かの左腕同様、その右手首は、まるで引きちぎられたかのように、切断面が荒い。
そして、そこから滴り落ちる大量の血は、鋼線を伝うことで、シンの足元に血の雨を降らせてゆく。

「…あいつ…まさか、こんなことまで…!」

シンの顔色が蒼白になる。
ルウィンドが攻撃を食らった時点で、どのような行動を起こしたのかは、この千切れた右手首を見れば、一目瞭然だ。

「ルウィンドの奴…自分の右手を捨てやがったのか…!?」

カイネルが顔色を変えたまま、茫然と呟く。
この事象から窺い知れることは、ただひとつ。
…ルウィンドの左腕は、現時点では欠けている。だがそれは、腕自体を無くした訳ではなく、単にここ、精の黒瞑界の皇子であるカミュの攻撃によって消失しただけなのだ。
だとすれば、その左腕は時と共に再生される。

その状況下で、現在、唯一の攻撃の要となる、右手を犠牲にしたのだとすれば…
今更あの崩れた壁の下になど、彼が存在するはずがない。
いや、下手をすると、それどころか…

「!…シン、他のシレン四兄弟で、一番この近くにいるのは誰だ!?」
「…レイヴァンの人選に基づいて考えるなら、アズウェルとかいう奴は今、城にはいないはずだ。だとすれば──」
「!くそっ… そういうことかよ!」

言うなりカイネルは、ルファイアと戦っていると思われる、ライセの方へととって返した。
その後を、ルウィンドの右手首を、無造作に後ろに放り投げたシンが追う。

背後にいるはずのシンの方を、まるで振り返りもせず、カイネルはただひたすら、必死に目的地へと駆け続けていた。


「あいつ…道理で受け身ばかり取っていた訳だ。まさか陽動前提で俺らとやり合って姿を眩ました挙げ句、兄貴と合流する腹だなんざ、普通はまず考えねぇからな。
自分に残されたもう片方の手すらも、あいつにとっちゃ、目的達成の為の捨て石に過ぎねえってのか…!」


そんなカイネルの自責のような呟きを、シンは後ろから追うことで、その背中伝いに聞いていた。

…そして、自らも考える。

戦闘の相手が、かのシレン四兄弟の次兄・ルウィンドと聞いて、警戒に警戒を固めていたのは確かだ。それもカイネルと自分の二人がかりで。
…だが、今思えば、その当のルウィンドの言動は、始めからおかしいものばかりだった。

全てはカイネルの読み通り。
好戦的で有名なシレン四兄弟の次兄にしては、先程の戦いは、いやに消極的だった。

必要以外の攻撃を仕掛けず、戦いの大半が受け身。
今までの彼らからは決してあり得ない戦い方だ。
…その時点で、今回の裏に仕組まれた、彼らの真の意図に気付くべきだったのだ。

「…場合によっては、自らの身をも屠ることも厭わない。それがシレン四兄弟の、最も警戒すべき点だったんだろうな。
事実、こちらの戦力は現在、奴らのいいように分散されている。俺らが早くルウィンドに追いつかないと、今は1対3で優勢なはずのライセ様側が、一気に形勢不利に傾く…!」
「ああ! 奴を逃がしたのは完全に俺らの不手際だ…
そのとばっちりを、あの三人にツケてたまるかよ!」

カイネルは憤然としながらも、魔力を高めながら三人の元へと向かう。


…腹を立てながらも、その腹の内は自責ばかり。


何故、読めなかった…
そして何故、止められなかった?
一人ではなく、二人で対峙していながら。


“何故、殺せなかった…!”



「……」

怒りの中にもカイネルは、我が身の不甲斐なさに、そっと目を伏せた。

居たたまれなくて、ただ、情けなくて。
六魔将という名が霞んでしまう程に。

これで万一、ルファイアと交戦しているあの三人に、危害が及ぶようなことになれば…!

「冗談じゃねぇぞ…やらせるかよ!」

すっかり怒り沸騰状態のカイネルに、シンも今回ばかりは頑なに頷く。

…すると不意に、そんなシンの横を、枯れ葉を踏みしめるような、かさこそという音を立てて、何か小さいものが追い越していった。
それを思わず目にしたシンが表情を固めるのと、それ自体がカイネルの視界に入るのは、ほぼ同時。

何の気なしにそちらを向いたカイネルの表情は、次には一瞬にして、シン同様に凍りついた。

あろうことか、そのかさこそという音の正体は、指によって元の体へと向かうために這い進んでいる、ルウィンドの右手首だったのだ。

五本の指を忙(セワ)しなく動かして、高速移動しているはずのカイネルとシンに、難なく追いつき追い越したその手首は、更に素早さを増して、体の主・ルウィンドの元へと、戻るように向かっていった。

…この異様な現状を把握したカイネルとシンは、両足こそ動かし続けているものの、ただ茫然とするばかりだ。

「何だ、あれは…?」

シンの頬には冷や汗が伝う。それ程、たった今目にしたものは、シンにとっては信じがたいものだった…のだが。

シンのその一言で、はっと我に返ったカイネルは、怒り沸騰を維持した、怒りてっぺんの憤慨状態で、これ以上ない程に毒づいた。

「あの野郎…やけにあっさり右手を捨てたと思ったら、まぁ随分と結構な回復力じゃねぇか。
ヴァンパイアの住む世界の本家本元とも言われるこの精の黒瞑界で、よくもあれだけホラー紛いのことをしてくれるもんだ。
…シン、俺の性格は分かってんだろ。さっきのと今のと、人をコケにしてくれた代償は、奴にきっちり支払って貰うからな?」

「ああ。カイネルの性格は嫌ってほど分かってるさ。止めても無駄なこともね。
…まあ、今回は俺も一緒にコケにされた訳だし、止める気は更々ないよ。
カイネルの気が済むまでやればいい」

「…そう来なくちゃな」

カイネルは不敵に笑うと、不意に歩を速めて、その視界にルウィンドの右手首を捉えた。
…その手首が向かう先へ歩を進める毎に、感じられる鈍い地響きと、凄まじい轟音。

言うまでもなくそれは、今までの、そしてこれからの戦いの激しさを物語っていた。
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