†我の血族†

如月統哉

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†染まる泡沫†

違う世界の父と子

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「…それが肯定でも否定でも、それ自体、俺とお前の間に、何の関係がある?」
「え?」

不意に突き放されたような、落ち着いた中にも冷たさが含まれる言に、アズウェルの眉は自然、顰められた。

「…いきなり何? レイヴァン」

その口調には当然の如く、咎めが入る。
アズウェルからしてみれば、自らが愛着を示した者…
気を許した者に、いきなり真っ向から拒絶されたようなものなのだ。
結果、この反応も無理もないが、レイヴァンはそこで、アズウェルにつけ込む隙を与えなかった。

「…確かに参考までに話は聞き、意見も述べたが、お前と馴れ合う気は元より無い。
お前は自らの欲望── そう、俺やサヴァイス様と戦うことのみを目的に、この世界に攻撃を仕掛けてきたようだが…
分からないか? お前の思惑はどうあれ、その当のお前自身が、この精の黒瞑界を侵したその時点から、我々は…どこまでも敵対する立場でしかない」
「!っ…、何で!?」

その深い意味は分からずとも、少なくともレイヴァンにまともに拒まれたことは理解したアズウェルは、傍目にも容易に分かる程に狼狽えた。

「ただ、貴方と戦いたい…
それだけじゃいけなかったの!?」
「戦いたいだけなら、何も小細工なしに、単純に真正面から攻めて来ればいい…」

…自らを構成する“何か”を少しずつ崩壊させながら、レイヴァンが呟いた。
その呟きは、まさしくぞっとする程に感情が含まれていない。

「それとも、このような愚策を弄すること自体が、闇魔界の者の常套手段なのか?」
「!な…っ」

アズウェルの感情が一瞬にして苛立ちに高ぶった。
…分かっている。自らが話に聞いていたレイヴァンは、戦いにおいて、このように相手を煽り、焚き付けるような男ではない。

では、何故自分は今、挑発されているのか。
ただ“戦うこと”、その純粋な目的のみをさらけ出し、明白にしたというのに。

「もう何も話すことはないな…元々我々に会話などは無意味だ。
アズウェル、お前はこの世界の敵であり、侵入者。
それだけで俺が六魔将の名において、殺す理由としては充分だ」

言うなりレイヴァンは、研ぎ澄まされた冷たい刃のような、はっきりとした殺意をその目に見せると、急激にその魔力を高め始めた。

「!レイヴァン…」

びりっ、と、空気圧による自らの肌の引きつりと震えを同時に覚えたアズウェルは、その一方で、奇妙な驚きと共に興奮していた。

向けられるのは、血も凍るような殺意。
感情を極限まで抑え、結果、それのみで殺すことも可能な、百戦錬磨の者が持つ、特有の雰囲気──


それでもアズウェルの体は、これ以上ない喜びにうち震えていた。
まさしく目に見えて強いと分かっている者と戦える、雄としての恍惚感。
そして憧れていた者が今は、その理由はどうあれ、自分だけを捉えているという、独占欲。


レイヴァンの一挙一動に、明らかにアズウェルは酔いしれ、噛みしめ、そして浸っていた。

「…そう来なきゃね…」

その口元から洩れ出でる狂気。
既にその双眸は硬質化したかのように人形じみていて、生物としての動きや感情が、まるで把握出来ないものへと変化していた。


「ああ──楽しいよレイヴァン。
やっぱり、この世界に来て良かった…
貴方の側に居れば、俺は喜という感情を知り、得ることが出来る。
そう、“貴方の側に居れば”…
俺はより確実に、今よりも更に強くなることが出来るんだ…!」


アズウェルは仮初めの笑みを浮かべると、レイヴァンに倣って、自らの魔力を徐々に高め始めた。
その魔力の上昇に比例して、レイヴァンの瞳に宿る殺気は、より鋭さとその冷たさを増してゆく。

緊迫し、張り詰める空気。
力ある者の視線と視線だけが絡みつく。
…そこにあるのは紛れもない、静寂。

しばらくそれによっての膠着が続く。
が、次の瞬間、レイヴァンは、勢い良く地を蹴ることで動きを見せた。
それをアズウェルは受ける形で、素早く後方の空に体を浮かせる。

──刹那、二人の姿が消えたかと思うと…
双方の膨大な魔力がぶつかり合い、周囲に衝撃波さながらの強風が広がった。

そんな中、アズウェルの領域に自ら踏み込んだ形となったレイヴァンは、間髪入れずに次の攻撃を仕掛けた。
アズウェルの懐を狙い、その手に稀有な威力の魔力を集中させる。

しかしアズウェルはそれをさせじと、すぐさま体術による攻撃を仕掛けた。
それをレイヴァンは表情も変えず、何の苦もなく捌き続ける。
そして手にしていた魔力を解放すれば、アズウェルもまた、それを同様に魔力で相殺させる。

二人の体は宙に浮いたままで、それらの攻防は双方にとって何でもないことのように、しばらくの間、続けられた。


…ややあって、アズウェルから意図的に距離を取ったレイヴァンが、彼にしては珍しく、それまでの戦闘に対する忌々しさと苦悩を、その表情に露わにした。

(…さすがにあのシレン四兄弟の末弟だ。
外見とは裏腹の、この計り知れない魔力…
属性と照らし合わせても、間違いなく他の六魔将の手には余るな)

短時間とはいえ、手合わせをしたが故に分かるそのアズウェルの強大な力は、それそのものの飛躍と共に、レイヴァンの葛藤をも同時に肥大化させてゆく。


…半端に力を持った者であれば、この時点で間違いなく、未知なる相手の攻撃力に対して、本能で臆し、恐怖しているだろう。
そしてその精神の怯えの対象は、その魔力ばかりに限らない。
何しろ相手は、あどけない少年の皮を被った、“狂気そのもの”なのだから。


「…、厄介な相手だ…」

六魔将随一の魔力を誇るはずのレイヴァンが、その心境を反映したかのように眉を顰め、溜め息混じりながらも、アズウェルの実力を認めた。
…レイヴァンの目から見たアズウェルの力は、それ程までに大きく、不気味で、なおかつ底知れぬものだったのだ。

しかし、それと共にレイヴァンは、アズウェルと対峙してから今まで、心に留まり引っかかっていた、己の感情の全てを吐き出した。

…魔力を温存することに意味は無い。
ここで…この場でアズウェルを食い止められなければ、彼は…!

「…ねえレイヴァン、見たところ、貴方はまだ相当な魔力を温存しているようだね」

レイヴァンの心中を見透かしたかのように、アズウェルが凍れる笑みを落とした。
対して、レイヴァンは訝しげに目を尖らせる。

言うまでもなくアズウェルが、レイヴァンの更なる力を、事実を含んだ挑発によって引きだそうとしているのは明白だった。

「話すことはないと言ったはずだが、どうやら撤回せざるを得ないようだな。
…よもやシレン四兄弟の末弟が、こうまで饒舌であったとは知らなかったからな」

これほどの強大な力を見せた相手の挑発を、それを上回る皮肉で返せるのは、張れる実力を持つレイヴァンだからこそだ。
一方、それを聞いたアズウェルは、先程までの戦闘の緊迫感はどこへやら、さも楽しげに微笑んだ。

「いいじゃない。どうせ貴方に課せられた役割は、俺を止めることなんだろう?
だったら、貴方にとっては気の進まない会話かも知れないけど、こうやって話している間は、俺もこの世界には手を出さないんだし…
そう考えれば、これだって、それなりには良策だと思わない?」

「…、お前が何故、こうまで鼻もちならないのか…
その理由がよく分かった気がするな」
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