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†堕落†
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明らかに外れ籖を引いたというのに、懐音は然したる動揺を見せることもなく、素直に頷くと、歩き始めた男の後を追うように、上条邸内に足を踏み入れる。
その背後では、性格上、明らかにケチをつけるだろうと予測していた当の懐音の反応が、あまりにも大人しかったことから、朱音と柩が唖然と顔を見合わせていた。
だが、いつまでもそうしていても埒があかないのは分かっているので、二人ともそれを解くと、慌てて二人の後を追う。
…その二人が上条邸内に足を踏み入れてから、数歩ばかり歩いた頃。
「!ぐ…っ」
不意に前方から、くぐもった声が洩れた。
柩がぎょっとして懐音の方を見ると、先程まで自分たちを誘導するべく、先を歩いていた例の優男が、ぐったりと懐音にもたれかかっている。
しかし懐音は平然としたまま、片腕で男を支え、その状態を見下ろしていた。
朱音が驚いて声をあげる。
「え、なに…懐音、その人どうしたの!?」
「煩い、騒ぐな馬鹿女。…見て分かるだろう、ちょっと後頭部に一撃を加えて昏倒させただけだ」
「!こ…昏倒ってあんた!」
騒ぐなと言われても、それ自体、一歩間違えれば犯罪であることを充分に知っている朱音は、さすがに声を抑えられない。
その朱音が呆然としたまま眺めていると、懐音は柩の手を借り、何処から出したのかすら分からないハンカチやロープなど、ありあわせのもので、その男に猿轡をかませると、両手両足を拘束し、そのまま近くにあった使われていない部屋の一室に、ごろりと転がして放置した。
…気を失ったままの男を、懐音はいつになく冷めた瞳で見やる。
「いったん中に入ってしまえば、こういう奴は邪魔なだけだからな」
「…あんた、目的のためなら手段を選ばないのね」
隣で朱音が悟ったように呟く。
それに、懐音は更に額に怒りマークを貼り付けた。
「煩いと言ったはずだ。…それよりも、これまでの奴らの応対で分かっただろう、上条氷皇は明らかにこの邸内にいる。だが、本人がモニター等の媒介を通してすら姿を見せないというのは…単に忙しいというだけのことではなさそうだ」
「もしかしたら、手遅れかも…な」
懐音の言葉を受けるようにして、柩が呟く。
それを朱音は、持ち前の勝ち気で打ち消した。
「手遅れって…冗談じゃないわよ! 何のためにここまで、こんな図体のでかい男二人を引きずって来たと思ってるの!?」
「…それからして履き違えていることに、いい加減気付けこのクソアマ」
懐音の、皮肉に限りなく近い諭しは、すっかり興奮している朱音の耳には届かない。
ついに朱音は、地を踏みしめる足音も逞しく、先に立って歩き始めた。
それを見やった懐音と柩が、どうしようもなく盛大な溜め息をつく。
「…柩、どうよああいう女」
「言動が分かりやすい分、普通よりも数段厄介だと言えるだろうな…
というか訊かなくても分かるだろう、あの様子を見れば」
これに懐音は、忌々しいといった表情も露に、思い切り眉根に皺を寄せる。
「ああ分かる。嫌ってほどな。
しかし、あんなのにこれからも延々振り回されるのかと思うと、どうもな…」
「そうだな。俺もさすがにここまでだとは思わなかった。
何より、懐音…お前をこれだけ翻弄出来る人間が居るとはな」
「…それを言うな」
はあ、と二人で疲労の溜め息をつき、顔を上げて先を見据える。
…まだ、長いと思われる道のりを。
その背後では、性格上、明らかにケチをつけるだろうと予測していた当の懐音の反応が、あまりにも大人しかったことから、朱音と柩が唖然と顔を見合わせていた。
だが、いつまでもそうしていても埒があかないのは分かっているので、二人ともそれを解くと、慌てて二人の後を追う。
…その二人が上条邸内に足を踏み入れてから、数歩ばかり歩いた頃。
「!ぐ…っ」
不意に前方から、くぐもった声が洩れた。
柩がぎょっとして懐音の方を見ると、先程まで自分たちを誘導するべく、先を歩いていた例の優男が、ぐったりと懐音にもたれかかっている。
しかし懐音は平然としたまま、片腕で男を支え、その状態を見下ろしていた。
朱音が驚いて声をあげる。
「え、なに…懐音、その人どうしたの!?」
「煩い、騒ぐな馬鹿女。…見て分かるだろう、ちょっと後頭部に一撃を加えて昏倒させただけだ」
「!こ…昏倒ってあんた!」
騒ぐなと言われても、それ自体、一歩間違えれば犯罪であることを充分に知っている朱音は、さすがに声を抑えられない。
その朱音が呆然としたまま眺めていると、懐音は柩の手を借り、何処から出したのかすら分からないハンカチやロープなど、ありあわせのもので、その男に猿轡をかませると、両手両足を拘束し、そのまま近くにあった使われていない部屋の一室に、ごろりと転がして放置した。
…気を失ったままの男を、懐音はいつになく冷めた瞳で見やる。
「いったん中に入ってしまえば、こういう奴は邪魔なだけだからな」
「…あんた、目的のためなら手段を選ばないのね」
隣で朱音が悟ったように呟く。
それに、懐音は更に額に怒りマークを貼り付けた。
「煩いと言ったはずだ。…それよりも、これまでの奴らの応対で分かっただろう、上条氷皇は明らかにこの邸内にいる。だが、本人がモニター等の媒介を通してすら姿を見せないというのは…単に忙しいというだけのことではなさそうだ」
「もしかしたら、手遅れかも…な」
懐音の言葉を受けるようにして、柩が呟く。
それを朱音は、持ち前の勝ち気で打ち消した。
「手遅れって…冗談じゃないわよ! 何のためにここまで、こんな図体のでかい男二人を引きずって来たと思ってるの!?」
「…それからして履き違えていることに、いい加減気付けこのクソアマ」
懐音の、皮肉に限りなく近い諭しは、すっかり興奮している朱音の耳には届かない。
ついに朱音は、地を踏みしめる足音も逞しく、先に立って歩き始めた。
それを見やった懐音と柩が、どうしようもなく盛大な溜め息をつく。
「…柩、どうよああいう女」
「言動が分かりやすい分、普通よりも数段厄介だと言えるだろうな…
というか訊かなくても分かるだろう、あの様子を見れば」
これに懐音は、忌々しいといった表情も露に、思い切り眉根に皺を寄せる。
「ああ分かる。嫌ってほどな。
しかし、あんなのにこれからも延々振り回されるのかと思うと、どうもな…」
「そうだな。俺もさすがにここまでだとは思わなかった。
何より、懐音…お前をこれだけ翻弄出来る人間が居るとはな」
「…それを言うな」
はあ、と二人で疲労の溜め息をつき、顔を上げて先を見据える。
…まだ、長いと思われる道のりを。
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