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†堕落†
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朱音は憤然と歩いていた。
世間でも噂に高い、上条氷皇と幼馴染みなのは伊達ではなく、朱音には、氷皇の家にあたる上条邸の内部は、まるで自分の家であるかのように、全ての間取りが理解出来ていた。
その記憶が、特別意識せずとも、氷皇の部屋を指し示す。
…氷皇の部屋は、二階の一番東。
つまり、階段を登って左に曲がった突き当たりにある部屋だ。
いつになく足音を立てて歩きながらも、朱音の脳内は、これまでの出来事を反芻しつつも、怒りにまみれていた。
(氷皇が…魔に…って…
何だか、俄かには信じられないし、懐音だってカンペキに得体が知れない、かなり胡散臭い危険人物だけど…
でも…)
根底にあるのは、それが真実であったらまずいということ。
嘘なら嘘で、それで構わない。でも、もしそれが事実であったなら──
…だが、それは恐らく、紛れもない真実なのだろう。
そうでなければ、自称・死神だという柩はともかく、現在に到るまで、あの性格の懐音までもが損得なく動いていることの説明がつかない。
やはり氷皇は魔に魅入られているのだろうか…と、朱音が懸念していると、歩幅的にもあっさりと追いついたらしい懐音の、低い割によく通る声が、背後からかかる。
「そう怒るな。だからお前はガキだってんだ」
「!っ、あのねぇ…」
朱音は反射的に固めたらしい拳を戦かせながら振り返る。
「あたしをいちいち事あるごとに苛立たせてるのは、一体どこの誰なのよ!」
「やかましい。軽口を聞き流すことも出来ないクソガキなんざ、ガキ扱いでもお釣りが来る」
懐音は相変わらずの毒舌で憮然と呟くと、その低い声を更に低くする。
「それより、気をつけろ。…氷皇とかいう奴の傍にいる魔は、どうも只者じゃなさそうだ」
「…そいつがホントに“魔”だとかいう奴なら、それこそ只者じゃないでしょうよ。何を今更…」
それこそ鼻を鳴らさんばかりに事態を軽視する朱音に業を煮やしたのか、ついに懐音が、強く朱音の腕を掴んだ。
「!痛っ…」
後から考えれば、その力は感情のそれに比例していたのだが、感情そのものが苛立ちで張り詰めている朱音には、それが分からない。
「何するのよ!」
怒りに任せて声をあげる朱音に、懐音は氷を帯びた一瞥をくれた。
その瞳の拒絶するような鋭さに、朱音の怒りが、瞬時に急降下する。
「…懐…音?」
「忠告は素直に聞け。まあ、死にたいのなら、そうしてただ、軽んじていればいいがな」
「!?」
朱音の動きがぴたりと止まった。
それに懐音は、いよいよ冷めた瞳を落とす。
「油断をするな。氷皇という奴が今、どうなっているか、その辺りは定かじゃないが…
下手をすれば、いや、今の状態では下手を打たなくとも、お前もそいつの二の舞だ」
「!な…」
朱音が絶句すると、いつの間にか追いついて二人の会話を窺っていたらしい柩が、またかと言わんばかりに双方をたしなめる。
「…懐音、お前の場合は言い回しが悪いんだよ。もう少し相手を労った話し方をすればいいんだ。
そして朱音。俺たちを信用出来ないならそれでも構わない。だが、現実問題として、もし…上条氷皇が本当に魔に魅入られていたとしたら…
それはお前ひとりで、どうにかなる問題なのか?」
「!」
朱音は自らの心中を見透かされた気がして、ぎくりと体を強張らせた。
…どうにかなるも何も、それは先程、自分が考えたことそのものではないか。
しかも柩は、自分が懐音や柩に対して、胡散臭いと…
ひいては不信感を持っていたであろうことも、見抜いている。
…“もし、氷皇が魔に魅入られているのが真実だとしたら”…
自分はまるで畑違い。
対処しようにも、どうしたらよいのか分からない──そもそも、その“魔”自体がどんなものなのかすら、良く分からないのだから。
それに対して、柩の口振りからすると、懐音と柩は、対・魔のスペシャリスト。
自分よりは遥かに巧く立ち回り、そしてその結果が必ずしも最善ではないにしても、物を知らない一介の自分などより、遥かに良い結果を残すだろう。
「…、あたしじゃ…どうにもならないよ…」
朱音は自らの非力さを悔いるように、掴まれた腕に目を落としながら呟く。
そんな状態の朱音を見た懐音は、軽く溜め息をつくと、朱音を掴んでいた手を離した。
「…お前は知らないだろうが、一口に魔と言ってもピンキリあってな。
大抵は階級も実力もないザコ魔なんだが、降魔 や憑魔のように、格…というか、一族の名前を冠し、実力がそれに伴っている奴らも、中には居る」
「!そう…なの?」
「ああ。そしてこの家に入ってから付きまとう、纏わりつくような、この嫌な感覚…
巧妙に魔力をコントロールしているが故に、そいつがどんな者かの見当まではつかないが、この魔力は到底、ザコ魔ではあり得ない。
…明らかに、神魔クラスだ」
「神魔?」
「──全ての魔の頂点に立つ一族だ」
何故か懐音は、ここで言葉を濁し、それ以上は語ろうとはしなかった。
すっかり静まり返ったその場を取り繕うように口を開いたのは、もうすっかりムードメイカーとなることを余儀なくされた、柩だった。
「…ま、まあ、朱音は俺たちの世界には首を突っ込んだばかりなんだ。詳しい話は、後にでもゆっくりすればいい…
今はそんな事よりも、上条氷皇をどうにかする方が先だろう?」
「! そうだ、氷皇っ…!」
朱音が瞬間、弾かれたにも近い形で飛び上がり、もはや人間とは思えない程の早さで階段を駆け上がる。
…後に残された二人は、すぐさま反応し追いかける術を持たず、その言動をただ茫然と眺めるだけだ。
「…何だ? あの根拠のない妙なバイタリティーは」
「さあ、な…」
…より一層の不安と目眩を同時に覚えた柩は、それだけを答えるのがやっとだった。
世間でも噂に高い、上条氷皇と幼馴染みなのは伊達ではなく、朱音には、氷皇の家にあたる上条邸の内部は、まるで自分の家であるかのように、全ての間取りが理解出来ていた。
その記憶が、特別意識せずとも、氷皇の部屋を指し示す。
…氷皇の部屋は、二階の一番東。
つまり、階段を登って左に曲がった突き当たりにある部屋だ。
いつになく足音を立てて歩きながらも、朱音の脳内は、これまでの出来事を反芻しつつも、怒りにまみれていた。
(氷皇が…魔に…って…
何だか、俄かには信じられないし、懐音だってカンペキに得体が知れない、かなり胡散臭い危険人物だけど…
でも…)
根底にあるのは、それが真実であったらまずいということ。
嘘なら嘘で、それで構わない。でも、もしそれが事実であったなら──
…だが、それは恐らく、紛れもない真実なのだろう。
そうでなければ、自称・死神だという柩はともかく、現在に到るまで、あの性格の懐音までもが損得なく動いていることの説明がつかない。
やはり氷皇は魔に魅入られているのだろうか…と、朱音が懸念していると、歩幅的にもあっさりと追いついたらしい懐音の、低い割によく通る声が、背後からかかる。
「そう怒るな。だからお前はガキだってんだ」
「!っ、あのねぇ…」
朱音は反射的に固めたらしい拳を戦かせながら振り返る。
「あたしをいちいち事あるごとに苛立たせてるのは、一体どこの誰なのよ!」
「やかましい。軽口を聞き流すことも出来ないクソガキなんざ、ガキ扱いでもお釣りが来る」
懐音は相変わらずの毒舌で憮然と呟くと、その低い声を更に低くする。
「それより、気をつけろ。…氷皇とかいう奴の傍にいる魔は、どうも只者じゃなさそうだ」
「…そいつがホントに“魔”だとかいう奴なら、それこそ只者じゃないでしょうよ。何を今更…」
それこそ鼻を鳴らさんばかりに事態を軽視する朱音に業を煮やしたのか、ついに懐音が、強く朱音の腕を掴んだ。
「!痛っ…」
後から考えれば、その力は感情のそれに比例していたのだが、感情そのものが苛立ちで張り詰めている朱音には、それが分からない。
「何するのよ!」
怒りに任せて声をあげる朱音に、懐音は氷を帯びた一瞥をくれた。
その瞳の拒絶するような鋭さに、朱音の怒りが、瞬時に急降下する。
「…懐…音?」
「忠告は素直に聞け。まあ、死にたいのなら、そうしてただ、軽んじていればいいがな」
「!?」
朱音の動きがぴたりと止まった。
それに懐音は、いよいよ冷めた瞳を落とす。
「油断をするな。氷皇という奴が今、どうなっているか、その辺りは定かじゃないが…
下手をすれば、いや、今の状態では下手を打たなくとも、お前もそいつの二の舞だ」
「!な…」
朱音が絶句すると、いつの間にか追いついて二人の会話を窺っていたらしい柩が、またかと言わんばかりに双方をたしなめる。
「…懐音、お前の場合は言い回しが悪いんだよ。もう少し相手を労った話し方をすればいいんだ。
そして朱音。俺たちを信用出来ないならそれでも構わない。だが、現実問題として、もし…上条氷皇が本当に魔に魅入られていたとしたら…
それはお前ひとりで、どうにかなる問題なのか?」
「!」
朱音は自らの心中を見透かされた気がして、ぎくりと体を強張らせた。
…どうにかなるも何も、それは先程、自分が考えたことそのものではないか。
しかも柩は、自分が懐音や柩に対して、胡散臭いと…
ひいては不信感を持っていたであろうことも、見抜いている。
…“もし、氷皇が魔に魅入られているのが真実だとしたら”…
自分はまるで畑違い。
対処しようにも、どうしたらよいのか分からない──そもそも、その“魔”自体がどんなものなのかすら、良く分からないのだから。
それに対して、柩の口振りからすると、懐音と柩は、対・魔のスペシャリスト。
自分よりは遥かに巧く立ち回り、そしてその結果が必ずしも最善ではないにしても、物を知らない一介の自分などより、遥かに良い結果を残すだろう。
「…、あたしじゃ…どうにもならないよ…」
朱音は自らの非力さを悔いるように、掴まれた腕に目を落としながら呟く。
そんな状態の朱音を見た懐音は、軽く溜め息をつくと、朱音を掴んでいた手を離した。
「…お前は知らないだろうが、一口に魔と言ってもピンキリあってな。
大抵は階級も実力もないザコ魔なんだが、降魔 や憑魔のように、格…というか、一族の名前を冠し、実力がそれに伴っている奴らも、中には居る」
「!そう…なの?」
「ああ。そしてこの家に入ってから付きまとう、纏わりつくような、この嫌な感覚…
巧妙に魔力をコントロールしているが故に、そいつがどんな者かの見当まではつかないが、この魔力は到底、ザコ魔ではあり得ない。
…明らかに、神魔クラスだ」
「神魔?」
「──全ての魔の頂点に立つ一族だ」
何故か懐音は、ここで言葉を濁し、それ以上は語ろうとはしなかった。
すっかり静まり返ったその場を取り繕うように口を開いたのは、もうすっかりムードメイカーとなることを余儀なくされた、柩だった。
「…ま、まあ、朱音は俺たちの世界には首を突っ込んだばかりなんだ。詳しい話は、後にでもゆっくりすればいい…
今はそんな事よりも、上条氷皇をどうにかする方が先だろう?」
「! そうだ、氷皇っ…!」
朱音が瞬間、弾かれたにも近い形で飛び上がり、もはや人間とは思えない程の早さで階段を駆け上がる。
…後に残された二人は、すぐさま反応し追いかける術を持たず、その言動をただ茫然と眺めるだけだ。
「…何だ? あの根拠のない妙なバイタリティーは」
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