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†堕落†
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「…笑い話だ。あれが俺の…
あんな奴が…紛れもなく、俺の…弟だと言うんだからな…!」
嘲るように低く喉を鳴らし、己を貶めるかのように笑う。
…その存在を、自らの存在意義を。
神をも疎む、その絶対的な存在理由を──
“己の総てを”嘲笑う。
その血が示すもの。
闇を拠り所とし、それに身を任せて…ただ、感情を揺蕩わせる。
…それが逃げであると知りながらも。
懐音はようやく笑みを潜めた。
その美しい灰の瞳が、本来の透明さを取り戻す頃には、懐音の鼓膜は、朱音の悲痛な叫びによって震えていた。
「…氷皇…!」
「…!?」
それは思わず耳を覆いたくなるような、痛々しい…悲しげな呼びかけで。
懐音は反射的にそちらに向き直った。
それとほぼ同時、二人の状況を一瞬にして捉えた柩が絶句する。
…いつの間にか氷皇の手に握られていたもの。
それは、手のひらに隠れてしまいそうなほど小さい…
それでいて、ひどく切れ味がよさそうな、ひと振りのナイフだった。
氷皇は涙の乾いた瞳を、至極、静かに朱音に向ける。
…恐らくはこれ以上ないと思われる、切なげな感情を露にしながら。
「…誰に見られても、蔑まれても…
俺は、朱音にだけは…絶対にこの姿を見せたくなかった」
「…氷皇! あ… あたし、その姿に確かに一度は驚いたけど…
だけど聞いて! あたしは氷皇を、絶対に嫌いになんてならない!
だって…誰よりもあたしのことを考えて動いてくれた氷皇を、嫌いになんて…なれる訳がないじゃない!
だから…お願い、氷皇! お願いだから、そのナイフを渡して!」
「…この姿を見ても、まだ朱音はそう言ってくれるんだ…
嬉しい。やっぱり朱音は優しいね…」
氷皇は再び涙を溢れさせる。
だがそのナイフを持つ手は、反して首筋に、そっと当てられる。
「! 氷皇…?」
何かを危惧した朱音が、疑問を含めた声をあげると同時、氷皇は寂しげな中にも、精一杯の笑みを浮かべると、
「…俺はもう、人間には戻れない。
さよなら、朱音。俺のことは…忘れてくれていいから」
…瞳に涙を滲ませたまま、すっ、と、そのナイフを引いた。
氷皇の美しい、黒の双眸が閉じられる。
それと前後して、倒れ込むその体。
引力に引かれるままに、溢れかえる血。
徐々に室内は、噎せ返りそうな程の、鈍い…血の匂いに覆われる。
その全てを、完全に認識した途端──
…朱音の頭が真っ白になった。
「…氷皇…?」
呼びかけは虚しく部屋に染み込む。
その足元に倒れている氷皇の手には、血に染まったナイフが握られている。
既に絶命しているのか、その口元に最期の笑みを柔らかく浮かべたまま…
彼は、“ぴくりとも動くことはなかった”。
周囲に散らばった氷皇の、魔と化した証明の、漆黒の羽根。
それ自体が彼自身を弔っているかのように、柔らかな風を受けて、しなやかに揺れる。
それが黒でなかったら
結果がこうでなかったら…
それは崇高な天使の寝床に、限りなく近く──
不可侵な天上の永遠を、見る者の意識へ植え付けるはずなのに。
「…氷…皇…」
朱音の顔から、赤みが…血の気と呼べるもの全てが失せていく。
既に死人のそれに近いほどに白くも青ざめた顔色のまま、朱音は氷皇の体に縋りついた。
…まだ温もりを残したその体は、まるで生きているかのようで…
ただ眠っているだけのように見えて、とても絶命しているようには見えなかった。
「…あ…っ、ああ…!」
目に映るのは、血の赤一色。
目を閉じたまま、動かない氷皇の姿。
動かない。
彼は動かない。話すことも、笑うことも、泣くこともない。
その全てが出来ないのだ…
“もう二度と”。
…当たり前のように話していたその口は、もう開くことはない。
触れることさえ容易かったはずなのに、その体には、もう、あの包み込むような暖かさは、宿ることはない…!
一緒に笑って
一緒に怒って
そして一緒に…泣いたこともあったのに
これからは自分しか…それが出来ない。
同じ歳なのに
自分と同じくらいしか生きていないのに…
大切な、数少ない自分の理解者だったのに。
大好きだったのに。
それなのに。
先に、逝ってしまうのか…!?
“死んで…しまうのか?”
それを認識した途端に、不意にぞっとするような静寂と絶望が朱音を襲い…
「!…嫌だ、氷皇…
…逝かないでよ…、お願いだから…逝ってしまわないで…!
ねえ、氷皇…あたしの声、聞こえてるんでしょ!?」
朱音は氷皇を引き止めるかのごとく、そのだらりと下がった手を握りしめる。
…その手が無情にも、朱音の手から滑り落ちた時。
「!い…嫌あぁあぁあぁぁーっ!!」
朱音は両目から大粒の涙を流して、氷皇を抱きしめて慟哭していた。
あんな奴が…紛れもなく、俺の…弟だと言うんだからな…!」
嘲るように低く喉を鳴らし、己を貶めるかのように笑う。
…その存在を、自らの存在意義を。
神をも疎む、その絶対的な存在理由を──
“己の総てを”嘲笑う。
その血が示すもの。
闇を拠り所とし、それに身を任せて…ただ、感情を揺蕩わせる。
…それが逃げであると知りながらも。
懐音はようやく笑みを潜めた。
その美しい灰の瞳が、本来の透明さを取り戻す頃には、懐音の鼓膜は、朱音の悲痛な叫びによって震えていた。
「…氷皇…!」
「…!?」
それは思わず耳を覆いたくなるような、痛々しい…悲しげな呼びかけで。
懐音は反射的にそちらに向き直った。
それとほぼ同時、二人の状況を一瞬にして捉えた柩が絶句する。
…いつの間にか氷皇の手に握られていたもの。
それは、手のひらに隠れてしまいそうなほど小さい…
それでいて、ひどく切れ味がよさそうな、ひと振りのナイフだった。
氷皇は涙の乾いた瞳を、至極、静かに朱音に向ける。
…恐らくはこれ以上ないと思われる、切なげな感情を露にしながら。
「…誰に見られても、蔑まれても…
俺は、朱音にだけは…絶対にこの姿を見せたくなかった」
「…氷皇! あ… あたし、その姿に確かに一度は驚いたけど…
だけど聞いて! あたしは氷皇を、絶対に嫌いになんてならない!
だって…誰よりもあたしのことを考えて動いてくれた氷皇を、嫌いになんて…なれる訳がないじゃない!
だから…お願い、氷皇! お願いだから、そのナイフを渡して!」
「…この姿を見ても、まだ朱音はそう言ってくれるんだ…
嬉しい。やっぱり朱音は優しいね…」
氷皇は再び涙を溢れさせる。
だがそのナイフを持つ手は、反して首筋に、そっと当てられる。
「! 氷皇…?」
何かを危惧した朱音が、疑問を含めた声をあげると同時、氷皇は寂しげな中にも、精一杯の笑みを浮かべると、
「…俺はもう、人間には戻れない。
さよなら、朱音。俺のことは…忘れてくれていいから」
…瞳に涙を滲ませたまま、すっ、と、そのナイフを引いた。
氷皇の美しい、黒の双眸が閉じられる。
それと前後して、倒れ込むその体。
引力に引かれるままに、溢れかえる血。
徐々に室内は、噎せ返りそうな程の、鈍い…血の匂いに覆われる。
その全てを、完全に認識した途端──
…朱音の頭が真っ白になった。
「…氷皇…?」
呼びかけは虚しく部屋に染み込む。
その足元に倒れている氷皇の手には、血に染まったナイフが握られている。
既に絶命しているのか、その口元に最期の笑みを柔らかく浮かべたまま…
彼は、“ぴくりとも動くことはなかった”。
周囲に散らばった氷皇の、魔と化した証明の、漆黒の羽根。
それ自体が彼自身を弔っているかのように、柔らかな風を受けて、しなやかに揺れる。
それが黒でなかったら
結果がこうでなかったら…
それは崇高な天使の寝床に、限りなく近く──
不可侵な天上の永遠を、見る者の意識へ植え付けるはずなのに。
「…氷…皇…」
朱音の顔から、赤みが…血の気と呼べるもの全てが失せていく。
既に死人のそれに近いほどに白くも青ざめた顔色のまま、朱音は氷皇の体に縋りついた。
…まだ温もりを残したその体は、まるで生きているかのようで…
ただ眠っているだけのように見えて、とても絶命しているようには見えなかった。
「…あ…っ、ああ…!」
目に映るのは、血の赤一色。
目を閉じたまま、動かない氷皇の姿。
動かない。
彼は動かない。話すことも、笑うことも、泣くこともない。
その全てが出来ないのだ…
“もう二度と”。
…当たり前のように話していたその口は、もう開くことはない。
触れることさえ容易かったはずなのに、その体には、もう、あの包み込むような暖かさは、宿ることはない…!
一緒に笑って
一緒に怒って
そして一緒に…泣いたこともあったのに
これからは自分しか…それが出来ない。
同じ歳なのに
自分と同じくらいしか生きていないのに…
大切な、数少ない自分の理解者だったのに。
大好きだったのに。
それなのに。
先に、逝ってしまうのか…!?
“死んで…しまうのか?”
それを認識した途端に、不意にぞっとするような静寂と絶望が朱音を襲い…
「!…嫌だ、氷皇…
…逝かないでよ…、お願いだから…逝ってしまわないで…!
ねえ、氷皇…あたしの声、聞こえてるんでしょ!?」
朱音は氷皇を引き止めるかのごとく、そのだらりと下がった手を握りしめる。
…その手が無情にも、朱音の手から滑り落ちた時。
「!い…嫌あぁあぁあぁぁーっ!!」
朱音は両目から大粒の涙を流して、氷皇を抱きしめて慟哭していた。
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