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†忘却†
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何よりも先に、礼儀としての問題があるのは確かなのだが…
それ以上に、ろくな詫びも済ませずに、このままおめおめと帰ろうものなら、間違いなくあの超絶俺様ヘビースモーカー…
もとい、懐音に散々つつかれた挙げ句に勝ち誇られるのは、目に見えている。
それを察した朱音の頬を冷や汗が伝った。
しかしそれを緋桜や青年に気取られまいと、表向きは礼節を尽くす女子高生の立場を、徹底して保ち続ける。
すると青年は、そんな朱音と緋桜に向かって、軽く肩を竦めてみせた。
『こんな所で立ち話も何だし…
何より、せっかくのお客様だ。良かったら上がっていかない?』
「え?」
この申し出に、朱音は思わず緋桜と顔を見合わせた。
…緋桜の警戒にも近い鋭さは、まだ完全には解かれていないようだったが、それでも先程よりは、その鋭さは幾分かマシになっている。
すると、その矢先。
青年の居る場所から更に奥にあたる位置から、今度はよく通る、少女の声が響いた。
『…不快でありませんでしたら、是非…』
『“ジュリ”!』
青年が振り返り、声高も露わに驚く。
奥から姿を見せたのは、青年に負けず劣らずの美肌を持つ、華奢な、ひとりの少女だった。
「うわ、綺麗…!」
朱音が率直な感想を漏らし、息を呑む。
その傍らでは緋桜も、動きを止めて少女を凝視していた。
…程なく、少女が再び口を開いた。
『私もアンリも、来客は嬉しいですから』
「…そう、それじゃ遠慮なく」
言いながら朱音は、いきなりさっさと靴を脱ぎ始めた。
これにぎょっとした緋桜は、慌てて朱音の言動を窘めようとする。
その緋桜に朱音が囁いた。
「図々しいとか思ってる?
うん、自分でも分かってる。その通りよ。
でも…緋桜、あの子の目、見た?
何だか…こう、寂しいみたいな、縋るみたいな──」
「え…?」
言われて、緋桜は少女…ジュリの方を向いた。
ジュリはこちらを瞬きもせずに、黙ってじっと見つめている。
だがその瞳には確かに、朱音の言う感情が浮かび、読み取れる…!
それはまるで、追い縋る、無垢な子供の瞳そのもの。
緋桜は軽く息をついた。
「…そうだね、じゃあ…
せっかくだし、お言葉に甘えようか」
「話が分かるじゃない。さすがあたしの幼なじみ!」
靴を脱ぎ終えた朱音が、ご機嫌で緋桜の肩を軽く叩く。
しかし緋桜はそれでも、ここできっちりと釘を刺しておくことだけは忘れなかった。
「だけど、あまり長居はしないからね。
懐音さんに余計な詮索をされた挙げ句、いびりプレイを食らうのだけは御免だから」
「分かってる。それはあたしだって願い下げよ」
「…本当に分かってるならいいけど」
緋桜は朱音に、疑い深く細くなった目を向けながらも、次には自らも靴を脱ぎ始めた。
「お邪魔します」
『ああ、あまり片付いてはいないかも知れないが、遠慮なくどうぞ』
ジュリに、“アンリ”と呼ばれた青年は、先頭に立つ形で朱音と緋桜を促した。
二人がその後を、それなりに緊張気味について行くと、その後ろから更に、二人が通り過ぎるのを待つ形で、ジュリが追う。
…そうして二人が通されたのは、見た目も立派な作りの客室だった。
恐らくは高名な技師が作ったと思われる時計や調度品が、これ以上はないと思われるほど、部屋にしっくりと置かれている。
見る者を和ませ、さも自然にそこに家具がある、絶妙の配置。
それは緋桜の心のどこかでくすぶっていた警戒を、徐々にではあるが消失させていった。
『自分の家だと思って、遠慮せず、ゆっくり寛いで欲しい。
…ジュリ、お茶の用意を』
『はい、アンリ』
ジュリは頷くと、いったん部屋を退いた。
その様子を戸惑った表情で見ている朱音と緋桜を、アンリはにこりと笑んで促した。
『お客人、さっきも言ったが、何も遠慮は要らない。
立ち話も何だし、座ってみてはどうかな』
「!あ、じゃあ…失礼します」
緋桜が頭を下げて、促されたソファーに腰掛ける。
朱音がそれに続いたのを見た青年は、徐にその向かいに腰を下ろした。
『…あなた、朱音さんとか言ったね』
「はい?」
いきなり自分に話が振られるとは思わなかった朱音は、反射的に素っ頓狂な声を上げてアンリを見やった。
「な…、何か?」
『良ければ、こちらの方を紹介してくれないかな』
言いながらアンリが視線を走らせたのは、緋桜の方。
それに朱音は、ああ、と言葉を繋いだ。
「すいません、すっかり忘れていて」
「…全く」
それでこそだけどね、と呟いた緋桜を無視して、朱音は完璧な愛想笑いを浮かべた。
「えーとですね、彼の名は緋桜です」
『“緋桜”…ね。何故、彼は名前だけなの?』
「え?」
一瞬、意味の分からなかった朱音が問い返す。
反して、相手の意図に瞬間的に気付いた緋桜が立ち上がった。
そんな緋桜の様子を見上げながら、青年は更なる呟きを入れる。
『ニュースでやっているのを見たよ。
この子、数ヶ月前に行方不明になった、上条財閥の…上条氷皇君にそっくりだね。
外見の色は違うみたいだけど…名前も“ひおう”で同じだし』
「!…」
これを聞いた朱音の表情は驚きで占められる。
しかしやがて、自らの失態より先に、この物言いから相手の胡散臭さに気付いたのか、次には、やや声のトーンを低めにして問い返した。
「失礼は百も承知ですけど…
だとしたら、何です?」
『…その反応を見る限りでは、やはりこの子は上条氷皇その人…
つまり、列記とした本人なんだね』
アンリは再度、緋桜に目を向けた。
緋桜は、そんなアンリを測るように見つめていたが、やがて溜め息と共に、再びソファーに腰を下ろした。
「…アンリさん、ひとつ訊いていいですか?」
『別に…私に対して、敬語は要らないよ』
簡潔に答えつつも言葉を濁すアンリに、緋桜は自らの思う所を深く確信したのか──
無造作に頭を掻きながらも、しかし一方でその言葉は、真実を射抜くかの如く、アンリの心を捕らえた。
「じゃあ訊くけど、アンリさんって…元々そういうキャラじゃないよね。
俺たちを挑発しろだなんて…誰に頼まれたの?」
それ以上に、ろくな詫びも済ませずに、このままおめおめと帰ろうものなら、間違いなくあの超絶俺様ヘビースモーカー…
もとい、懐音に散々つつかれた挙げ句に勝ち誇られるのは、目に見えている。
それを察した朱音の頬を冷や汗が伝った。
しかしそれを緋桜や青年に気取られまいと、表向きは礼節を尽くす女子高生の立場を、徹底して保ち続ける。
すると青年は、そんな朱音と緋桜に向かって、軽く肩を竦めてみせた。
『こんな所で立ち話も何だし…
何より、せっかくのお客様だ。良かったら上がっていかない?』
「え?」
この申し出に、朱音は思わず緋桜と顔を見合わせた。
…緋桜の警戒にも近い鋭さは、まだ完全には解かれていないようだったが、それでも先程よりは、その鋭さは幾分かマシになっている。
すると、その矢先。
青年の居る場所から更に奥にあたる位置から、今度はよく通る、少女の声が響いた。
『…不快でありませんでしたら、是非…』
『“ジュリ”!』
青年が振り返り、声高も露わに驚く。
奥から姿を見せたのは、青年に負けず劣らずの美肌を持つ、華奢な、ひとりの少女だった。
「うわ、綺麗…!」
朱音が率直な感想を漏らし、息を呑む。
その傍らでは緋桜も、動きを止めて少女を凝視していた。
…程なく、少女が再び口を開いた。
『私もアンリも、来客は嬉しいですから』
「…そう、それじゃ遠慮なく」
言いながら朱音は、いきなりさっさと靴を脱ぎ始めた。
これにぎょっとした緋桜は、慌てて朱音の言動を窘めようとする。
その緋桜に朱音が囁いた。
「図々しいとか思ってる?
うん、自分でも分かってる。その通りよ。
でも…緋桜、あの子の目、見た?
何だか…こう、寂しいみたいな、縋るみたいな──」
「え…?」
言われて、緋桜は少女…ジュリの方を向いた。
ジュリはこちらを瞬きもせずに、黙ってじっと見つめている。
だがその瞳には確かに、朱音の言う感情が浮かび、読み取れる…!
それはまるで、追い縋る、無垢な子供の瞳そのもの。
緋桜は軽く息をついた。
「…そうだね、じゃあ…
せっかくだし、お言葉に甘えようか」
「話が分かるじゃない。さすがあたしの幼なじみ!」
靴を脱ぎ終えた朱音が、ご機嫌で緋桜の肩を軽く叩く。
しかし緋桜はそれでも、ここできっちりと釘を刺しておくことだけは忘れなかった。
「だけど、あまり長居はしないからね。
懐音さんに余計な詮索をされた挙げ句、いびりプレイを食らうのだけは御免だから」
「分かってる。それはあたしだって願い下げよ」
「…本当に分かってるならいいけど」
緋桜は朱音に、疑い深く細くなった目を向けながらも、次には自らも靴を脱ぎ始めた。
「お邪魔します」
『ああ、あまり片付いてはいないかも知れないが、遠慮なくどうぞ』
ジュリに、“アンリ”と呼ばれた青年は、先頭に立つ形で朱音と緋桜を促した。
二人がその後を、それなりに緊張気味について行くと、その後ろから更に、二人が通り過ぎるのを待つ形で、ジュリが追う。
…そうして二人が通されたのは、見た目も立派な作りの客室だった。
恐らくは高名な技師が作ったと思われる時計や調度品が、これ以上はないと思われるほど、部屋にしっくりと置かれている。
見る者を和ませ、さも自然にそこに家具がある、絶妙の配置。
それは緋桜の心のどこかでくすぶっていた警戒を、徐々にではあるが消失させていった。
『自分の家だと思って、遠慮せず、ゆっくり寛いで欲しい。
…ジュリ、お茶の用意を』
『はい、アンリ』
ジュリは頷くと、いったん部屋を退いた。
その様子を戸惑った表情で見ている朱音と緋桜を、アンリはにこりと笑んで促した。
『お客人、さっきも言ったが、何も遠慮は要らない。
立ち話も何だし、座ってみてはどうかな』
「!あ、じゃあ…失礼します」
緋桜が頭を下げて、促されたソファーに腰掛ける。
朱音がそれに続いたのを見た青年は、徐にその向かいに腰を下ろした。
『…あなた、朱音さんとか言ったね』
「はい?」
いきなり自分に話が振られるとは思わなかった朱音は、反射的に素っ頓狂な声を上げてアンリを見やった。
「な…、何か?」
『良ければ、こちらの方を紹介してくれないかな』
言いながらアンリが視線を走らせたのは、緋桜の方。
それに朱音は、ああ、と言葉を繋いだ。
「すいません、すっかり忘れていて」
「…全く」
それでこそだけどね、と呟いた緋桜を無視して、朱音は完璧な愛想笑いを浮かべた。
「えーとですね、彼の名は緋桜です」
『“緋桜”…ね。何故、彼は名前だけなの?』
「え?」
一瞬、意味の分からなかった朱音が問い返す。
反して、相手の意図に瞬間的に気付いた緋桜が立ち上がった。
そんな緋桜の様子を見上げながら、青年は更なる呟きを入れる。
『ニュースでやっているのを見たよ。
この子、数ヶ月前に行方不明になった、上条財閥の…上条氷皇君にそっくりだね。
外見の色は違うみたいだけど…名前も“ひおう”で同じだし』
「!…」
これを聞いた朱音の表情は驚きで占められる。
しかしやがて、自らの失態より先に、この物言いから相手の胡散臭さに気付いたのか、次には、やや声のトーンを低めにして問い返した。
「失礼は百も承知ですけど…
だとしたら、何です?」
『…その反応を見る限りでは、やはりこの子は上条氷皇その人…
つまり、列記とした本人なんだね』
アンリは再度、緋桜に目を向けた。
緋桜は、そんなアンリを測るように見つめていたが、やがて溜め息と共に、再びソファーに腰を下ろした。
「…アンリさん、ひとつ訊いていいですか?」
『別に…私に対して、敬語は要らないよ』
簡潔に答えつつも言葉を濁すアンリに、緋桜は自らの思う所を深く確信したのか──
無造作に頭を掻きながらも、しかし一方でその言葉は、真実を射抜くかの如く、アンリの心を捕らえた。
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