精油の薫る喫茶店 〜優しい人たち〜

KeisukeNak

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第八話 サイプレスとシダー

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 古い車の低いエンジン音が微かに店内に聞こえ、マスターはチラと時計に目をやった。
 今からきっかり1分と38秒後に扉が開くからだ。
 カウンターに置かれたコースターの上にグラスを置いた時、扉が開いた。

「おぉ」
 軽く片手を上げて現れた老紳士は、ハットをとり、流れる様にカウンター席についた。
 いつもの様に、持ち込んだ経済新聞に目を通し、注文した紅茶をすする。
「ごちそうさま」
 店内にとどまるのは15分と30秒。
 1分と40秒後に車は去っていく。
 これが、月末最終日のルーティーンだ。

 老紳士は終戦後、帰還してから材木商を営み、財を成した人としてその界隈では知られている。
 穏やかな人柄は慕われているが、商売の道には流石に厳しいと評判だ。
 時間に正確なのも、戦争経験と相まってその道を極めた為だろうとマスターは思っている。

 夏の暑さも和らぐ頃の月末最終日、店内にエンジン音が聞こえた。
 カウンターにコースターを置き、グラスを置き、水を注いだが、扉が開かない。
 マスターが訝しげに首を傾げたところで見知らぬ男性が扉を開いた。
 その横に老紳士が杖をつきつつ現れた。
 少し不自由な手でハットをとり、カウンター席につく。
 経済新聞をゆっくりとカウンターに置き、ゆっくりとめくる。

「脳梗塞のおかげで、やっと時間を気にしなくなったよ。」
 2杯目の紅茶を注ぎに来たマスターに老紳士は微笑みながら言った。

「今日の香りは?」
「サイプレスとシダーを混ぜてみました。どちらもヒノキ科ですので」
 再び経済新聞に目を落としながら軽く頷いた老紳士は、ふと顔を上げ、
「本物のヒノキではないね。いつも嗅いでいたから、本物はすぐわかるよ」
 いたずらっ子の様に微笑み、老紳士はゆったりと新聞をたたみ席を立った。
「次は本物のヒノキをご準備いたします」
 背中にマスターの声を聞きながら老紳士は軽く片手を上げ、開けられた扉を出た。

 数分の後、いつもよりゆっくりと動く車のエンジン音が店内に微かに聞こえた。
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