デザイン

双華 シンジ

文字の大きさ
1 / 1

デザイン

しおりを挟む
 私は鏡の前で可愛い服を着ている自分が好きだ。いや違う、私ではない服が好きなのだ。鏡の前の自分は辛うじて見ていられるのだ。服という絶世の美女を纏っているお陰で、自分がぼやけるから、だから。
 私は私がどうにも嫌いだ。朝寝ぼけた顔で、鳥の巣のようなボサボサの髪で、洗面台に行く。そこには鏡があるので、必ず自分の砂漠みたいな顔が見えてしまうのだ。その時私は、持ってもいない金属バットで顔面を頭蓋骨ごと叩き潰したくなる。発狂してしまう。それで親に怒号を飛ばされるのが、私のモーニングルーティーンだ。本当に辟易する。承認欲求などという気味の悪いものも、とうに消えた。学校にさえ行かなくなった。独りぼっちの私は、気取った一匹狼みたいで耐えられなかったから。しかし、不登校となり部屋に籠りきりの今でも止めずに続けていることがある。それは、自分磨きだ。いや、この習慣は自分の為ではなく服のために行っていることなので、自分磨きとは呼べないのかもしれない。可愛い服が少しでも映えるように、私が邪魔にならないように、きちんと引き立て役を熟せるように。如才なく、迷いなく、自分を磨くのだ。私は着せ替え人形、私はマネキン、当たり前のことを度々自分に言い聞かせながら。
 さて、今日も鏡の前で美女達を引き立たせるとしよう。クロ-ゼットからワンピースを取り出し、私は姿見の前に立った。自分の体にワンピースを重ね、目線を前にやった。何だ?いつもの光景のはずなのに、何か得体の知れない違和感を覚えた。何だ?何がおかしいのだ?私は違和感に気づいてから数秒の間、その違和感の正体を掴めずにいた。そして目線を微かに上に向けたとき、やっとその正体を理解したのだ。私の顔が、ない。そこに映っていたのは私ではなかった。私と同じ服を着た、のっぺらぼうだったのだ。私は怖くなった。怖くなって、思わず鏡に右拳を叩きつけた。鏡の顔を映していた部分に細かく亀裂が入り、私の顔がグチャグチャになって映る。荒い呼吸のまま、私は小さく安堵した。呼吸を正し、再び割れた鏡に目をやると、先ほどとは異なる恐怖が私を襲った。鏡を割るほど動揺していたにも関らず、決して離すことのなかったその左手に、ヒビの入った美女がいたのだ。人を殺してしまった。美女が傷付いたのだ、私の汚い拳のせいで。どうしよう、どうすればいい?この人の命を助けるにはどうすればいい?私には分からなかった。だったらせめて命には命をもって。綺麗なワンピースが血液で汚れた。
しおりを挟む
感想 0

この作品の感想を投稿する

あなたにおすすめの小説

夫婦交換

山田森湖
恋愛
好奇心から始まった一週間の“夫婦交換”。そこで出会った新鮮なときめき

大丈夫のその先は…

水姫
恋愛
実来はシングルマザーの母が再婚すると聞いた。母が嬉しそうにしているのを見るとこれまで苦労かけた分幸せになって欲しいと思う。 新しくできた父はよりにもよって医者だった。新しくできた兄たちも同様で…。 バレないように、バレないように。 「大丈夫だよ」 すいません。ゆっくりお待ち下さい。m(_ _)m

後宮の男妃

紅林
BL
碧凌帝国には年老いた名君がいた。 もう間もなくその命尽きると噂される宮殿で皇帝の寵愛を一身に受けていると噂される男妃のお話。

私に告白してきたはずの先輩が、私の友人とキスをしてました。黙って退散して食事をしていたら、ハイスペックなイケメン彼氏ができちゃったのですが。

石河 翠
恋愛
飲み会の最中に席を立った主人公。化粧室に向かった彼女は、自分に告白してきた先輩と自分の友人がキスをしている現場を目撃する。 自分への告白は、何だったのか。あまりの出来事に衝撃を受けた彼女は、そのまま行きつけの喫茶店に退散する。 そこでやけ食いをする予定が、美味しいものに満足してご機嫌に。ちょっとしてネタとして先ほどのできごとを話したところ、ずっと片想いをしていた相手に押し倒されて……。 好きなひとは高嶺の花だからと諦めつつそばにいたい主人公と、アピールし過ぎているせいで冗談だと思われている愛が重たいヒーローの恋物語。 この作品は、小説家になろう及びエブリスタでも投稿しております。 扉絵は、写真ACよりチョコラテさまの作品をお借りしております。

今更気付いてももう遅い。

ユウキ
恋愛
ある晴れた日、卒業の季節に集まる面々は、一様に暗く。 今更真相に気付いても、後悔してももう遅い。何もかも、取り戻せないのです。

私のドレスを奪った異母妹に、もう大事なものは奪わせない

文野多咲
恋愛
優月(ゆづき)が自宅屋敷に帰ると、異母妹が優月のウェディングドレスを試着していた。その日縫い上がったばかりで、優月もまだ袖を通していなかった。 使用人たちが「まるで、異母妹のためにあつらえたドレスのよう」と褒め称えており、優月の婚約者まで「異母妹の方が似合う」と褒めている。 優月が異母妹に「どうして勝手に着たの?」と訊けば「ちょっと着てみただけよ」と言う。 婚約者は「異母妹なんだから、ちょっとくらいいじゃないか」と言う。 「ちょっとじゃないわ。私はドレスを盗られたも同じよ!」と言えば、父の後妻は「悪気があったわけじゃないのに、心が狭い」と優月の頬をぶった。 優月は父親に婚約解消を願い出た。婚約者は父親が決めた相手で、優月にはもう彼を信頼できない。 父親に事情を説明すると、「大げさだなあ」と取り合わず、「優月は異母妹に嫉妬しているだけだ、婚約者には異母妹を褒めないように言っておく」と言われる。 嫉妬じゃないのに、どうしてわかってくれないの? 優月は父親をも信頼できなくなる。 婚約者は優月を手に入れるために、優月を襲おうとした。絶体絶命の優月の前に現れたのは、叔父だった。

あるフィギュアスケーターの性事情

蔵屋
恋愛
この小説はフィクションです。 しかし、そのようなことが現実にあったかもしれません。 何故ならどんな人間も、悪魔や邪神や悪神に憑依された偽善者なのですから。 この物語は浅岡結衣(16才)とそのコーチ(25才)の恋の物語。 そのコーチの名前は高木文哉(25才)という。 この物語はフィクションです。 実在の人物、団体等とは、一切関係がありません。

王子を身籠りました

青の雀
恋愛
婚約者である王太子から、毒を盛って殺そうとした冤罪をかけられ収監されるが、その時すでに王太子の子供を身籠っていたセレンティー。 王太子に黙って、出産するも子供の容姿が王家特有の金髪金眼だった。 再び、王太子が毒を盛られ、死にかけた時、我が子と対面するが…というお話。

処理中です...