蒼穹のケラヴノス

にゃるしまろ

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プロローグ

窃盗犯シエロ・ヴォン・クラジュ

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side  シエロ


俺の朝は早い、正直一週間くらいなら寝なくても大丈夫なんだが一応2~3時間は寝るようにしている。
あ、昼寝は別腹だぞ?ちなみに外限定、期間限定だ。

だから俺は朝は早起きして仕事をすることにしてるのだ。

まずは魔道具に魔力を込める。
魔道具は魔力タンクに魔力を貯めておくと、魔力のない人が使っても問題なく作用する。
母さんは人族なのでヴァンパイア族より魔力量は少ない。(正確にはハーフヴァンパイア族だけど)
だから魔力量の多い俺が、母さんが楽になるように魔力を込めているのだ。
魔冷機、魔温機、魔力型湯沸かし器、魔導コンロ、魔力念話装置など順番に回る…………

ふう…やっぱり疲れるな。
エルフ族位内包魔力が多ければこんなに疲れたりしないんだろうけどな。

ちなみに、毎朝俺が魔力を込める手伝いをしているとデイジーに告げたところ、自分もやると言い出したデイジーは、自分の家の魔道車の魔力タンクを1人でパンパンにした挙句、許容量以上に込めすぎて壊してしまうという事故を起こしたことがある。

まあそんな芸当ができるのは、エルフ族の中でも歩く超特大魔力タンクデイジーくらいなもんらしいけどな。

魔力貯めが終われば、残りの魔力でパパッと庭の花に水を撒いてしまう。
それが終われば細工の仕事だ。
お客さんから頼まれた仕事をこの時間にやって、できた商品をお店に持って行って、また新たな依頼品をもらうのだ。
昔から手先が器用で、細かい作業は気分が紛れる。
母さんはこの作業を嬉々としてやっている俺を見て、変態だの気狂いだの言っていたが、とんでもなく失礼だと思う。

新しい職場に行くとなると、この仕事も終わりなのかな?いや………割りのいいバイトは見つかったけど、細工は続けたいな。

そんなことを考えながら二時間ぐらい仕事をしていると、外が明るんできた。

『ああ、今日は買い出しに行かなきゃだったな。』

俺はそう行って市場に向かって走り始めた。
風が気持ちいい。
デイジー……プレゼント喜んでくれるかな?



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side  シエロ


くっ、結局4時間くらいかかってしまった。
朝の割引を狙う主婦たちの怖さを、身をもって知った朝だった。
買い出しの袋を両手に苦戦しながらドアを開けると、母さんが誰かと魔力念話装置で念話している。
って、タンクのメーター少なくなってるんだけどぉぉ?
ねぇその魔道具が一番魔力食うのに……長念話やめてよぉ~
母さんは俺が帰ってきたのもわからないくらい話し込んでるみたいだ。
母さんの会話が断片的に聞こえてくる。


『……ジー…………んき………きっ…………える………より…れか………へんだ……もうけど…っかりね』


誰と喋ってるんだろうか?デイジーかな?


『だれ?』


話しかけるとようやく俺に気づいたみたいだ。


『デイジーちゃん、シエロが帰ってきたわよ?代わりましょうか?……そう……わかったわ』

『ああ、代わってよ。』

『デイジーちゃんは朝からあなたの大きな声は聞きたくないらしいわ』

『はぁぁ?ったく誰が大食らいだから朝からこんなにたくさん買い出ししたと思ってるんだよ!』

『あんたが昨日買い忘れたからでしょ!それに女の子に失礼なこと言わないの!』

『ちえっ、やっぱりちょっと貸して』


俺はそう言って母さんから受話器を奪い取ると、大きく息を吸い込んだ。


『"誕生日おめでとうっ!"』


と、それだけ言って母さんに返した。
くっくっくっ、かなり大声で叫んでやったからな、人のことでかい声だけのノータリンとか言うからだ。(注:そこまで言ってない…)


『ちょっと!鼓膜が破れたらどうするのっ!ごめんなさいねデイジーちゃん、うちの馬鹿息子が失礼なことして』


俺は無視して買ったものを魔冷機の中に入れて行く。


『ええ、そうね。またね』


そう言って母さんは受話器を置いた。
俺はさっきの件で小言を言われるかと思ったのだが、母さんから帰ってきた言葉は、"朝ごはん用意してたのに結局昼ごはんになっちゃったわね"という言葉とお手本のような作り笑いだった………



~~~~~~~2時間後~~~~~~~~



『あらシエロ?どこに行くの?』

『昼寝しにいつもの木の所行こうかなって。6時には帰るよ。』

『帰ってこなくて良いわ、今日はデイジーちゃんを迎えに行ってあげて、6時に待ってるらしいから。』

『え?なんで?今まで1人で来てたじゃないか。』

『あら、女の子をエスコートしてこそ一人前の男なのよ?それともまだシエロには早かったかしら?まだ5ちゃいでちゅものねー、むじゅかちいでちゅよねー』


くっ、なんなんだ、デイジーも母さんも今日は当たりが強い気がする。
ってか一歳の時もそんな喋り方してなかっただろ!

もういいや……外に出る準備しよう。

えーっと持ち物を確認しよう。
まずは忘れちゃならないプレゼントと……ってそれぐらいしか必要なものがなかった。
んー、なんかさみしいから全財産持って行こう!
デイジーが買い食いするかもしれないしね、食いしん坊だしね。
やっぱり屋台ごと買えるくらいは持っておかないとな!
まぁデイジーも流石にそんなに食べないけど。
ってことで140万タラントと……もう持って行くものはないよな?
よし、昼寝してからデイジーの家に6時だな。

そう自分で確認して俺は街の中心の大樹へと走るのであった。


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side  シエロ


目を覚ますと空はもうほとんど暗くなっていた。
うん今日もよく寝た。
この季節はとっても気持ちがいいんだ。
よし、帰ろう。

そうして俺は家に向かって歩き出した。
一歩一歩踏みしめて歩く、そして何故かとめどなく流れてくる冷や汗。
そして立ち止まる。


『やばぁぁいっ!今何時だ?』


たった今思い出した。
もし遅れでもしたら多分精霊魔法2発の刑だな。


『すいませんおじさん、今何時くらいかわかりますか?』

『ん?今か……そうだな、さっき18時の鐘がなったから今は18時半位じゃないか?』

『おじさんありがとう!』


はい、2発確定。
30分以上送れたとなるとそれ以上の刑に処されるかもしれない。
ここからのデイジー宅への到着までの時間と、俺のたんこぶと生傷の数は比例していると言っても過言ではないだろう。

だけど困ったなぁ。
この時間は道路を行商人たちが行き交っていて、うまく走れないのだ。
おそらく、今からデイジーの家に向かうとなると、きっと19時を超えるだろう。
もしそうなればたんこぶはおろか、命があるかも怪しくなってくる。
命の危機だと判断した俺は狭い裏路地に入り、壁を蹴って民家の屋根によじ登った。
そうして俺は右手にはめていた腕輪を撫でる。


『こんなに早く使うことになるとは思わなかったな。頼むからうまくいってくれよ』

そう言って俺は背中から翼を出した。
手のひらを見ると肌色のままだ。



『おー、本当に一部だけ元に戻るんだな。ってこうしちゃられないんだった!』


まだ完全に暗くはなってないのでそこそこの高さで飛ばなければならない。
って夜目が効かなくて全然見えない。
仕方ない目も戻すか…

そう思って目の変身を解いた瞬間、俺の背中から翼が消えた。
そして俺の体は地面に向かって凄い勢いで落ちて行く。


『ウワァァァァァァァァッッ!』


しまった一箇所しか解除できなかったんだった。
俺は、地面でシエロケチャップになってしまう前に全ての人化を解き、空中で体制を立て直ししにかかった。
体はもう完全にヴァンパイアだが、勢いがつきすぎてうまく翼を広げることができない。
それでもなんとか翼を広げてバランスを取ると、また飛び直すことができた。

ふぅ~~危なかった。
ったく、なんてもの渡すんだあの店長!
おかげで死ぬとこだった。(自分のせい)

そんな危機を乗り越えて、五分ほど羽ばたくと眼下に立派なお屋敷が見えてきた。
何度見ても気後れしてしまうでかさだ。

門のところに警備の人を雇っていて、あそこで入退門の管理をしている。
けど、ちょっと時間がもったいないからこのまま庭に入ろう。
デイジーは噴水のところに座ってる。
ってかなんで庭の中に噴水があるんだよ!って見る度に思うよ……

なんか下向いてるみたいだし脅かしてやろうか…
とりあえず俺は噴水近くの植え込みに着地し、忘れないように人化してからデイジーにバレないようにそっと近付いて行く……
そして脅かしてやろうとしたのだが、どうもデイジーの様子がおかしい。


『っふすん…ぅぅひっっく…ぅひぃっ…』


ん?泣いてるのか?
もしかしたら今日のパーティーが中止だと思ったのだろうか?
デイジーも長命種だし、なんだかんだ俺くらいしか友達居ないからな。
寂しかったんだろうか?
普段のツンツンしてるのもいいけど、こういうデイジーも結構かわいいな…
まぁ可哀想だから脅かすのはやめとくか…


『デイジー、またせてごめん。お腹すいたの?僕の家来る前に何か食べて行く?』

『ぅぅひぐっ…もぅぅあんたはぁぁ、今までっっぐ、何してたのよぉぉ!』


そういってデイジーは右手を振り上げた。
ヤバイ、絶対なんかとんでくる!
そう思った俺は目を瞑り、両手を前に突き出して衝撃に備える…


トンッ……


覚悟してた衝撃とは、比べ物にならないぐらい穏やかな衝撃が胸にあたり、そのあと前に突き出した両手の中に、確かな温もりが潜り込んできた。
俺はその温もりを抱きしめ………え?
そっと目を開けると、そこにはおれの胸ですすり泣くデイジーの姿があった。

ど、どうすればいいんだこれ…
なんか勢いで抱きしめちゃったんだけど…
ってか女の子ってなんでこんないい匂いするんだろう。


『シエロォォ、もう会えないかと思ったぁ。』

『大袈裟だなぁ。ちょっと遅れただけじゃないか。』

『ねぇ、ずっと友達でいてくれる?』

『ん?いいよ』

『じゃあ、私が何かとんでもない間違いをおこしたら…』


ん?デイジーの父さんに怒られて泣いてるのかな?


『その時は頭を軽く小突いて、そのあと一緒に誤ってあげるさ』

『うん、じゃあ私がすっごく辛くて立ち上がれなくなったら…』

『その時は、側に居て支えてあげるよ。友達だからね』


なんかよくわからないけどとっても悲しいことがあったみたいだな。
デイジーがこんなに弱ることなんか今までほとんどなかったのに…

俺はデイジーの頭に撫でながら、母さんがよく俺に歌ってくれた唄を歌った。
妖精と村人の唄だ。
小さな頃俺は、この唄を聞く度にとっても心が穏やかになっていたのを思い出す。

歌い終わるとデイジーの涙は止まって笑っていた。


『やっと笑ってくれてよかった』

『シエロの唄を聴くといつも元気が出るわね。きっと何か才能があるのよ!』

『今日のデイジーはいつにも増して大袈裟だなぁ』

『ちょっとそれどういう意味よ!』

『はははは!』


やっといつもの感じに戻ったな。
やっぱりデイジーは笑ってる時が一番可愛い。

俺はポケットから髪飾りを出してデイジーの左側の頭につけてやった。


『デイジー、遅くなったけどお誕生日おめでとう!』

『へ、ありがとう。嬉しい!これなんてお花?』

『菊っていう花だよ。前に母さんが、『菊の花の別名はデイジーっていうんだよ』って言ってたからそれにしたんだ』

『そうなんだぁ。なんかちょっと照れるね!どう?似合う?』

 
そう言いながらデイジーはくるくる回って首を傾げてくる。
かわいい、なんだこの生き物は!


『そうだね、デイジーはなんとなく騒がしいから、それがあると大人っぽく見え…ぐはぁ!』


デイジーの拳が俺の腹に刺さる…


『やり直し!』

『で、デイジーはそのままでもとっても綺麗だけど、髪色が明るいからその白い髪飾りがあるとよく映えるね!美人が増した感じがするよ…よく似合ってる。』


そう告げると満足したのか、満面の笑みになる。
さっきのボディブローのせいで今は顔と顔が近い。
なんとなくデイジーの目を見ると、デイジーもこっちを見つめてくる。

こ、これはちゅーするタイミングなのでは?
なんとなくいい雰囲気だった気がするし、行けっシエロ!お前はできる男だ!

俺が肩に手を置こうとした時、


『あのね、シエロ!』


俺の手は空で不自然な動きをしてから、頭をかく。
くっ、遅かったか…

デイジーは俺の怪しい挙動に一瞬首を傾げたが、特に気にもとめず続きを発した。


『私、シエロにずっと言いたかったことがあるの…』


『え…、な、何?』


こ、これは告白なのでは!
どうしようずっと友達でとか言ってたけどいいのかな?
いいのかな?


『おい、何やってるんだ!約束の時間は過ぎてるぞ!』


その時、後ろから声がした。
振り返るとデイジーのお父さんがそこにいた。

あっぶな!誰だよちゅーしろとか言ったやつ、弓で射殺されるところだった。


『待ってパパ!まだ話したいことがあるの!』

『19時まで1時間だけやると言っただろう…。約束は守りなさい。それと…』


デイジーの父さんはそう言って手を挙げると、素早く従者が側に寄ってきた。


『おい、どうしてこのガキが中にいるんだ。門で通さないそうにしておけと言っただろう。』

『も、申し訳ありません!ちゃんと伝えて置いたはずなのですが…』


ん?どういうことだ?俺を入れないようにしてた? 


『パパ!約束が違うわ!1時間だけなら会ってもいいって言っていたのに!』

『私は庭でなら1時間合うのを許してやろうと言ったんだ。庭に来る前のことは約束に入ってない。』

『そんな…あんまりだわ!』

『まぁ、門番は仕事をしたのだろう…大方、空からでも入って来たんだろう?』

 
デイジーの父さんはそう言うと俺を蹴り上げてきた。


『グァァァ!』

『ふはははは!お前みたいな魔族でも亜人族でもない半端者が、うちの娘に近づくなんておこがましいぞ!!』


今まで特に身分もない俺にもそれなりに接してくれた人が、今俺を蹴り上げた人と同一人物だということを理解出来なかった。
それに……なんで俺がヴァンパイアだと言うことを……


『なんでそんなこと知ってるんだって顔してるな。そんなの簡単さ、生まれる前からお前の両親のことを知ってたからだ。』

『な、なんでこんなことを……』

『なんでって、そんなの簡単だろう?お前に魔族の汚らわしい血が流れているからだ!そんな奴と自分の子供を付き合わせてたのは、昔、お前の父親に借りがあったからだ。うちの兄弟の中でも遊んでばかりのダメ娘なら、魔族の相手をさせてやってもいいかと思って付き合わせてやっていたが、それも今日で終わりだ。思ったより使い道があるみたいだからな…』

『シエロ……ごべんね…』


デイジーは泣きじゃくって顔がグチャグチャになっている。
ふ、せっかくの美人が台無しだぞ…


『おい警備員!連れてけ不法侵入者だ。』


騒ぎを聞きつけてやってきた警備員が俺を両脇から持ち上げる。
その時、ポケットから金を入れてた麻袋が落ちた。


『おい、なんだそれは』

『はっ、中は金のようです。なんとっ!150万近くあります!この金どうなさいますか公爵様?』

『まさか、盗みまでしていたとはな!さすが汚れた血だなぁ!』

『違う!その金は僕のだ!働いて貯めたんだ!』

『そんなことはどうだっていいんだよぉぉぉ!今ある事実は、俺の家の庭に許可を出した覚えのない魔族が、大金を持っていたということだけなんだよ!おい、警備員早く連れてけと言っているだろう!』


その言葉に慌てて僕を連れて行こうとする警備員達。
金を返せとか、約束してたから不法侵入ではないとか、もっと言えば、これから捕まって監獄に行くかもしれないことすらもどうでもよかった。

なんだかよく音も聞こえなくなっていた。
デイジーが泣き喚いてる気がするけれど、それすらよくわからないほどに頭が回ってない…

ああ、ただ……
3年半という偽りの作られた些細な幸せに感謝を述べてなかった。


『デイジーこんな俺に今まで付き合ってくれてありがとう。とっても幸せだった…』
 

ああ、目を開けるのも疲れてきた…
俺が分かっているのは、目の前で現実感のない何かが起こったことと、頬がやけに冷たいことだった。

そして俺は、意識も手放した。







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