8 / 45
知らない言葉
六歳になった。
背丈は少し伸び、文字を読む速度も上がった。魔力の制御は相変わらず難しいが、暴走することはなくなり、体の中に「流れ」があることを意識できるようになっている。
俺はまだ子供だけど、確実に「幼児」ではなくなりつつあった。
アルトは月に一度、必ず屋敷を訪れるようになった。
最初は庭だけだった遊びも、今では温室や図書室の一角まで広がっている。もちろん監視はついているが、距離は少しずつ遠くなった。
「れおん、これ」
アルトが差し出したのは、魔力感知用の簡易石だった。
獣人の子供が初等教育で使うものらしい。
「さわると、いろ、でる」
言われた通り触れると、石は淡く光った。
色は――白に近い、薄い金。
一瞬、空気が変わった。
周囲にいた護衛の獣人が、はっきりと息を呑むのが分かった。
「……きれいだね」
そう言ったのはアルトだった。
純粋な感想。
それで、場は一応保たれた。
けれど、その日の夜、公爵は俺を抱いたまま、長い沈黙の後に言った。
「……あまり、人前で魔力を測るな」
叱る声ではない。
心配と、警戒が混じった低い声。
「どうして?」
そう聞くと、公爵は少しだけ目を伏せた。
「世界には、“違う”ことを恐れる者がいる」
その言い方は、どこか経験に裏打ちされていた。
数日後、初めて“外”の子供と会った。
公爵家主催の小さな茶会だ。貴族の子息が数名、形式だけの交流として集められた。
年は俺より一つ二つ上。
獣の種類も様々で、角や翼を持つ者もいた。
最初は、問題なかった。
挨拶をして、菓子を食べて、当たり障りのない会話をする。
でも、誰かが囁いた。
「……あれ、人族?」
その声は小さかったが、確かに聞こえた。
視線が集まる。
興味、警戒、好奇心――そして、ほんの少しの嫌悪。
「耳、ないね」
「尾も……」
「ほんとだ」
言葉自体は、ただの事実だった。
でも、その響きは違った。
胸の奥が、ひゅっと冷える。
何かを間違えたわけじゃないのに、ここにいてはいけないような気がした。
「……れおん」
アルトが小さく名前を呼ぶ。
俺は笑おうとした。
大丈夫だと、思わせたかった。
そのときだった。
「でもさ」
一人の少年が、首を傾げて言った。
「人族って、数減らすべきって聞いた」
場が凍った。
次の瞬間、空気が――重く、鋭く変わる。
「誰が、そんなことを言った」
低く、抑えた声。
公爵だった。
音もなく現れ、少年を見下ろすその姿に、獣人の大人たちが一斉に背筋を伸ばす。
「……王都の、話です」
少年は怯えながら答えた。
「昔、問題を起こしたって……」
それ以上は、言わせなかった。
公爵は静かに、だが確実に怒っていた。
「この屋敷にいるのは、“私の息子”だ」
一語一語が、重い。
「血も、種も、関係ない」
「彼を侮辱することは、この家を侮辱することと同義だ」
誰も反論しなかった。
できなかった。
その後、茶会は早々にお開きになった。
部屋に戻った俺は、ようやく震えに気づいた。
公爵は何も言わず、ただ俺を抱き上げる。
大きな胸に顔を埋めると、鼓動がゆっくり伝わってきた。
「……ごめんなさい」
何に対してか分からないまま、そう言うと、
「謝る必要はない」
即座に返ってきた。
「世界の方が、未熟だ」
その言葉は、慰めではなく、断言だった。
その夜、アルトから短い手紙が届いた。
拙い字で、こう書かれていた。
――れおんは、へんじゃない
――ぼくは、また あそびたい
それを読んで、ようやく涙が出た。
世界は、優しいだけじゃない。
でも、全部が敵でもない。
俺は、この世界で生きていく。
そう、静かに決めた。
背丈は少し伸び、文字を読む速度も上がった。魔力の制御は相変わらず難しいが、暴走することはなくなり、体の中に「流れ」があることを意識できるようになっている。
俺はまだ子供だけど、確実に「幼児」ではなくなりつつあった。
アルトは月に一度、必ず屋敷を訪れるようになった。
最初は庭だけだった遊びも、今では温室や図書室の一角まで広がっている。もちろん監視はついているが、距離は少しずつ遠くなった。
「れおん、これ」
アルトが差し出したのは、魔力感知用の簡易石だった。
獣人の子供が初等教育で使うものらしい。
「さわると、いろ、でる」
言われた通り触れると、石は淡く光った。
色は――白に近い、薄い金。
一瞬、空気が変わった。
周囲にいた護衛の獣人が、はっきりと息を呑むのが分かった。
「……きれいだね」
そう言ったのはアルトだった。
純粋な感想。
それで、場は一応保たれた。
けれど、その日の夜、公爵は俺を抱いたまま、長い沈黙の後に言った。
「……あまり、人前で魔力を測るな」
叱る声ではない。
心配と、警戒が混じった低い声。
「どうして?」
そう聞くと、公爵は少しだけ目を伏せた。
「世界には、“違う”ことを恐れる者がいる」
その言い方は、どこか経験に裏打ちされていた。
数日後、初めて“外”の子供と会った。
公爵家主催の小さな茶会だ。貴族の子息が数名、形式だけの交流として集められた。
年は俺より一つ二つ上。
獣の種類も様々で、角や翼を持つ者もいた。
最初は、問題なかった。
挨拶をして、菓子を食べて、当たり障りのない会話をする。
でも、誰かが囁いた。
「……あれ、人族?」
その声は小さかったが、確かに聞こえた。
視線が集まる。
興味、警戒、好奇心――そして、ほんの少しの嫌悪。
「耳、ないね」
「尾も……」
「ほんとだ」
言葉自体は、ただの事実だった。
でも、その響きは違った。
胸の奥が、ひゅっと冷える。
何かを間違えたわけじゃないのに、ここにいてはいけないような気がした。
「……れおん」
アルトが小さく名前を呼ぶ。
俺は笑おうとした。
大丈夫だと、思わせたかった。
そのときだった。
「でもさ」
一人の少年が、首を傾げて言った。
「人族って、数減らすべきって聞いた」
場が凍った。
次の瞬間、空気が――重く、鋭く変わる。
「誰が、そんなことを言った」
低く、抑えた声。
公爵だった。
音もなく現れ、少年を見下ろすその姿に、獣人の大人たちが一斉に背筋を伸ばす。
「……王都の、話です」
少年は怯えながら答えた。
「昔、問題を起こしたって……」
それ以上は、言わせなかった。
公爵は静かに、だが確実に怒っていた。
「この屋敷にいるのは、“私の息子”だ」
一語一語が、重い。
「血も、種も、関係ない」
「彼を侮辱することは、この家を侮辱することと同義だ」
誰も反論しなかった。
できなかった。
その後、茶会は早々にお開きになった。
部屋に戻った俺は、ようやく震えに気づいた。
公爵は何も言わず、ただ俺を抱き上げる。
大きな胸に顔を埋めると、鼓動がゆっくり伝わってきた。
「……ごめんなさい」
何に対してか分からないまま、そう言うと、
「謝る必要はない」
即座に返ってきた。
「世界の方が、未熟だ」
その言葉は、慰めではなく、断言だった。
その夜、アルトから短い手紙が届いた。
拙い字で、こう書かれていた。
――れおんは、へんじゃない
――ぼくは、また あそびたい
それを読んで、ようやく涙が出た。
世界は、優しいだけじゃない。
でも、全部が敵でもない。
俺は、この世界で生きていく。
そう、静かに決めた。
あなたにおすすめの小説
ひ弱な竜人 ~周りより弱い身体に転生して、たまに面倒くさい事にも出会うけど家族・仲間・植物に囲まれて二度目の人生を楽しんでます~
白黒 キリン
ファンタジー
前世で重度の病人だった少年が、普人と変わらないくらい貧弱な身体に生まれた竜人族の少年ヤーウェルトとして転生する。ひたすらにマイペースに前世で諦めていたささやかな幸せを噛み締め、面倒くさい奴に絡まれたら鋼の精神力と図太い神経と植物の力を借りて圧倒し、面倒事に巻き込まれたら頼れる家族や仲間と植物の力を借りて撃破して、時に周囲を振り回しながら生きていく。
タイトルロゴは美風慶伍 様作で副題無し版です。
小説家になろうでも公開しています。
https://ncode.syosetu.com/n5715cb/
カクヨムでも公開してします。
https://kakuyomu.jp/works/1177354054887026500
●現状あれこれ
・2021/02/21 完結
・2020/12/16 累計1000000ポイント達成
・2020/12/15 300話達成
・2020/10/05 お気に入り700達成
・2020/09/02 累計ポイント900000達成
・2020/04/26 累計ポイント800000達成
・2019/11/16 累計ポイント700000達成
・2019/10/12 200話達成
・2019/08/25 お気に入り登録者数600達成
・2019/06/08 累計ポイント600000達成
・2019/04/20 累計ポイント550000達成
・2019/02/14 累計ポイント500000達成
・2019/02/04 ブックマーク500達成
転生したら最強辺境伯に拾われました
マンスーン
BL
現代日本人・東堂裕太が目を覚ますと、そこは異世界。クズな婚約者に魔力を限界まで搾取され、ボロボロになって森に捨てられる悲惨な青年・ルカに転生していた。
死を覚悟した裕太だったが、そんな彼を拾い上げたのは、帝国最強の武力を誇り「氷の死神」と恐れられる辺境伯・ラーク。
呪われた辺境伯は、異世界転生者を手放さない
波崎 亨璃
BL
ーーー呪われた辺境伯に捕まったのは、俺の方だった。
異世界に迷い込んだ駆真は「呪われた辺境伯」と呼ばれるレオニスの領地に落ちてしまう。
強すぎる魔力のせいで、人を近づけることができないレオニス。
彼に触れれば衰弱し、最悪の場合、命を落とす。
しかしカルマだけはなぜかその影響を一切受けなかった。その事実に気づいたレオニスは次第にカルマを手放さなくなっていく。
「俺に触れられるのは、お前だけだ」
呪いよりも重い執着と孤独から始まる、救済BL。
となります。
引きこもり魔法使いが魔法に失敗したら、ヤンデレ補佐官が釣れた。
零壱
BL
──魔法に失敗したら、脳内お花畑になりました。
問題や事件は何も起こらない。
だが、それがいい。
可愛いは正義、可愛いは癒し。
幼児化する主人公、振り回されるヤンデレ。
お師匠やお師匠の補佐官も巻き込み、時には罪のない?第三者も巻き込み、主人公の世界だけ薔薇色・平和が保たれる。
ラブコメです。
なんも考えず勢いで読んでください。
表題作、2話、3話、5話、6話再掲です。
4話(噂の王子視点)と、師匠×トーリの馴れ初め番外編は同人誌に掲載(シリアスなので)
他サイトにも再掲しています。
伝説のS級おじさん、俺の「匂い」がないと発狂して国を滅ぼすらしいい
マンスーン
BL
ギルドの事務職員・三上薫は、ある日、ギルドロビーで発作を起こしかけていた英雄ガルド・ベルンシュタインから抱きしめられ、首筋を猛烈に吸引。「見つけた……俺の酸素……!」と叫び、離れなくなってしまう。
最強おじさん(変態)×ギルドの事務職員(平凡)
世界観が現代日本、異世界ごちゃ混ぜ設定になっております。
最弱白魔導士(♂)ですが最強魔王の奥様になりました。
はやしかわともえ
BL
のんびり書いていきます。
2023.04.03
閲覧、お気に入り、栞、ありがとうございます。m(_ _)m
お待たせしています。
お待ちくださると幸いです。
2023.04.15
閲覧、栞、お気に入りありがとうございます。
m(_ _)m
更新頻度が遅く、申し訳ないです。
今月中には完結できたらと思っています。
2023.04.17
完結しました。
閲覧、栞、お気に入りありがとうございます!
すずり様にてこの物語の短編を0円配信しています。よろしければご覧下さい。
異世界転生してひっそり薬草売りをしていたのに、チート能力のせいでみんなから溺愛されてます
ひと息
BL
突然の過労死。そして転生。
休む間もなく働き、あっけなく死んでしまった廉(れん)は、気が付くと神を名乗る男と出会う。
転生するなら?そんなの、のんびりした暮らしに決まってる。
そして転生した先では、廉の思い描いたスローライフが待っていた・・・はずだったのに・・・
知らぬ間にチート能力を授けられ、知らぬ間に噂が広まりみんなから溺愛されてしまって・・・!?
【完結】テルの異世界転換紀?!転がり落ちたら世界が変わっていた。
カヨワイさつき
BL
小学生の頃両親が蒸発、その後親戚中をたらいまわしにされ住むところも失った田辺輝(たなべ てる)は毎日切り詰めた生活をしていた。複数のバイトしていたある日、コスプレ?した男と出会った。
異世界ファンタジー、そしてちょっぴりすれ違いの恋愛。
ドワーフ族に助けられ家族として過ごす"テル"。本当の両親は……。
そして、コスプレと思っていた男性は……。