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教室という戦場
王立学院の朝は早い。
鐘の音が校舎に響く前から、生徒たちはそれぞれの寮を出て動き始める。貴族の子供たちは皆、育ちの良さを競うように静かで、しかし確実に互いを観察していた。
俺とアルトは並んで教室へ向かった。
「ねむい?」
「ちょっと」
そんな他愛ない会話が、妙にありがたい。
教室に入ると、すでに何人かが席についていた。視線が一斉に集まる。昨日より露骨だ。
――慣れろ。
自分に言い聞かせて、席に座る。
最初の授業は基礎魔法理論だった。
教師は老獣人で、長い髭と鋭い目をしている。開口一番、こう言った。
「この学院では、血統も家格も、成績の前では意味を持たん」
その言葉に、何人かが眉をひそめた。
俺は少しだけ安心した。
だが、続きがあった。
「ただし」
教師は黒板に魔法陣を描く。
「魔力の“質”は、生まれに左右される」
教室が、ぴんと張り詰める。
「人族は例外だ」
その瞬間、空気が凍った。
教師は俺を見ていない。あくまで理論として語っている。だが、教室中の視線が俺に刺さる。
「人族は魔力の総量が少ない。だが、制御精度は極めて高い」
「扱いを誤らなければ、強力な補助・構築に向く」
評価なのか、分類なのか。
分からない。
でも、少なくとも“無価値”ではないと示された。
その事実に、胸の奥で小さく息をついた。
休憩時間、さっそく声をかけられた。
「お前、魔法、どこまでできる?」
角を持つ少年だった。昨日、俺を見ていた一人だ。
「まだ、基礎だけ」
正直に答える。
「ふーん」
彼は興味が薄れたように肩をすくめた。
その背後で、別の声が聞こえる。
「できないんだろ」
小さく、でもはっきり。
振り返ると、金色の耳を持つ少年がこちらを見ていた。制服の刺繍が少し豪華だ。名門の家だと分かる。
「人族は、戦闘魔法に向かない」
断定口調。
「学院にいる意味、ある?」
教室が静まる。
アルトが立ち上がりかけた。
でも、俺は先に口を開いた。
「ある」
自分でも驚くほど、声は落ち着いていた。
「ここは、戦う場所だけじゃない」
少年は鼻で笑う。
「きれいごとだ」
「そうかも」
否定しない。
「でも、決めるのは、君じゃない」
一瞬、相手の目が見開かれた。
言い返されると思っていなかったのだろう。
教師が戻ってきて、その場は流れた。
アルトは小声で言った。
「だいじょうぶ?」
「うん」
嘘じゃなかった。
胸は少し痛んだけど、折れてはいない。
放課後、呼び止められた。
「レオン・フォン・ハインリヒ」
その呼び方で、誰だか分かった。
王子だった。
金の髪、整った顔立ち。年は俺より二つ上。取り巻きは距離を取っている。
「話がしたい」
拒否権は、実質ない。
中庭の人目の少ない場所へ案内される。
「君が、人族の子だね」
確認。
「そうです」
王子は、しばらく俺を観察してから言った。
「面白い」
その一言に、警戒心が跳ね上がる。
「恐れていないのか?」
「……少しは」
正直に答える。
王子は笑った。
「正直だ」
「いい」
評価するような口調。
「学院は、退屈だからね」
「君には、期待している」
その“期待”が何を意味するのか、分からない。
ただ一つ分かるのは――目をつけられた、という事実。
その夜、公爵へ報告が行った。
王子との接触。
教室での小競り合い。
公爵は、静かに聞いていた。
「……よく、耐えた」
それだけ言って、俺の頭を撫でる。
「覚えておけ」
「力とは、声を荒げることではない」
「立ち続けることだ」
学院での一日は、こうして終わった。
小さな傷。
小さな前進。
それを積み重ねて、俺はここに立っている。
鐘の音が校舎に響く前から、生徒たちはそれぞれの寮を出て動き始める。貴族の子供たちは皆、育ちの良さを競うように静かで、しかし確実に互いを観察していた。
俺とアルトは並んで教室へ向かった。
「ねむい?」
「ちょっと」
そんな他愛ない会話が、妙にありがたい。
教室に入ると、すでに何人かが席についていた。視線が一斉に集まる。昨日より露骨だ。
――慣れろ。
自分に言い聞かせて、席に座る。
最初の授業は基礎魔法理論だった。
教師は老獣人で、長い髭と鋭い目をしている。開口一番、こう言った。
「この学院では、血統も家格も、成績の前では意味を持たん」
その言葉に、何人かが眉をひそめた。
俺は少しだけ安心した。
だが、続きがあった。
「ただし」
教師は黒板に魔法陣を描く。
「魔力の“質”は、生まれに左右される」
教室が、ぴんと張り詰める。
「人族は例外だ」
その瞬間、空気が凍った。
教師は俺を見ていない。あくまで理論として語っている。だが、教室中の視線が俺に刺さる。
「人族は魔力の総量が少ない。だが、制御精度は極めて高い」
「扱いを誤らなければ、強力な補助・構築に向く」
評価なのか、分類なのか。
分からない。
でも、少なくとも“無価値”ではないと示された。
その事実に、胸の奥で小さく息をついた。
休憩時間、さっそく声をかけられた。
「お前、魔法、どこまでできる?」
角を持つ少年だった。昨日、俺を見ていた一人だ。
「まだ、基礎だけ」
正直に答える。
「ふーん」
彼は興味が薄れたように肩をすくめた。
その背後で、別の声が聞こえる。
「できないんだろ」
小さく、でもはっきり。
振り返ると、金色の耳を持つ少年がこちらを見ていた。制服の刺繍が少し豪華だ。名門の家だと分かる。
「人族は、戦闘魔法に向かない」
断定口調。
「学院にいる意味、ある?」
教室が静まる。
アルトが立ち上がりかけた。
でも、俺は先に口を開いた。
「ある」
自分でも驚くほど、声は落ち着いていた。
「ここは、戦う場所だけじゃない」
少年は鼻で笑う。
「きれいごとだ」
「そうかも」
否定しない。
「でも、決めるのは、君じゃない」
一瞬、相手の目が見開かれた。
言い返されると思っていなかったのだろう。
教師が戻ってきて、その場は流れた。
アルトは小声で言った。
「だいじょうぶ?」
「うん」
嘘じゃなかった。
胸は少し痛んだけど、折れてはいない。
放課後、呼び止められた。
「レオン・フォン・ハインリヒ」
その呼び方で、誰だか分かった。
王子だった。
金の髪、整った顔立ち。年は俺より二つ上。取り巻きは距離を取っている。
「話がしたい」
拒否権は、実質ない。
中庭の人目の少ない場所へ案内される。
「君が、人族の子だね」
確認。
「そうです」
王子は、しばらく俺を観察してから言った。
「面白い」
その一言に、警戒心が跳ね上がる。
「恐れていないのか?」
「……少しは」
正直に答える。
王子は笑った。
「正直だ」
「いい」
評価するような口調。
「学院は、退屈だからね」
「君には、期待している」
その“期待”が何を意味するのか、分からない。
ただ一つ分かるのは――目をつけられた、という事実。
その夜、公爵へ報告が行った。
王子との接触。
教室での小競り合い。
公爵は、静かに聞いていた。
「……よく、耐えた」
それだけ言って、俺の頭を撫でる。
「覚えておけ」
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小さな前進。
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