何でも完璧にこなせる幼馴染が唯一絶対にできないのは、俺を照れさせること

Ab

文字の大きさ
1 / 20

親友との雑談

しおりを挟む

 幼馴染に対する世間一般のイメージってどういうものなんだろう?

 早々に小テストの問題を解き終え余った時間で俺はふとそんなことを考えていた。

 ツンデレ。
 元気いっぱい。
 負けヒロイン。
 小説や漫画だとそんなところかな? もちろん、美少女っていうのは大前提にあるとして。
 しかし、元気なのは良いことだとしても他の要素はどうにも作者の理想を詰め込んだだけの、現実的にあり得ない要素だと俺は思う。
 だってよく考えてみてほしい。十年以上一緒にいるのに未だに素直になれないで言葉を交わさないどころか、相手を罵倒するなんてことあり得るだろうか? 現実で十年も一緒にいたら、普通は誰よりも心が通じ合った仲になるだろう。負けヒロインについても同様で、十年も一緒に過ごした美少女からぽっと出の女に目移りすることなんてまずあり得ない。

 うん、あり得ない。

 試験監督という職務を放棄して読書中の先生の目を盗み、俺は前方に座る幼馴染の後ろ姿を見た。
 一ノ瀬いちのせ香織かおり、それが俺の幼馴染である彼女の名前。椅子の背もたれを隠してしまうほど長い彼女の黒髪の艶やかさを見れば、香織が学内一の美少女だと誰もが信じるだろう。実際、その容姿の良さは長年一緒にいた俺でもまだ感じるほどだし、高校二年に上がってからは告白の数も鰻登り。一度断った相手でさえ再度挑戦しているほどである。

 彼女を一言で表すならば誰もが口を揃えて「完璧」だと言うだろう。
 文武両道なのは言うまでもなく、ピアノを弾かせれば平然と一曲弾いてくれて、家庭科の授業では先生が絶賛するほどの料理を作り、人と話すのが大好きだからこそいつもニコニコ楽しそうに笑っている。
 初見のものでもすぐに順応して二回目にはトップレベルの成績を出せる上、容姿まで非の打ち所がないまさに完璧な美少女。それがみんなにとっての一ノ瀬香織だ。

 香織の最近の悩みは確か……胸の成長が止まらなくて肩が凝るようになってきた、とかだったか。この間一緒に帰った時に言ってた気がする。
 女子の胸には全く詳しくない俺だが、今の彼女のそれはFくらいかな? 今度聞けば教えてくれるだろうけど、さすがにデリカシーなさすぎだろうか。

 俺にとって香織はもはや家族同然の幼馴染であり、その辺の感覚はよくわからない。

 っと、解答用紙に名前を書き忘れてた。
 ちょうど先生が本を閉じたので俺は急いで「及川おいかわ斗真とうま」と名前を記入する。

「そこまで!」

 先生の声を合図に全員がペンを置き、テストの時間が終わる。決して頑張って勉強してきたわけではないが、この瞬間の開放感は好きだった。

 解答用紙を回収した先生が教室から出ていくと途端にクラスは喧騒に包まれた。俺はそれには加わらず一人弁当箱を取り出す。だって、どの問題が難しかったとかわからんし。
 半分以上の分からない問題を飛ばしたからこそ時間が余ったのである。まあそれを抜きにしても今は単にお腹が空いていた。

「よっす斗真! テストどうだった?」

「半分以上わからんかった。お前は?」

「半分以上は分かったな。文武両道がオレのモットーなんでね!」

「さいで」

 話しかけてきたのは親友の斉藤さいとう拓真たくま。本人も言っている通り基本ベースが文武両道で、剣道部の部長を務めながらテストでもそこそこ高い順位をキープしている。俺とは真逆な、香織側の人間だ。
 それでも、と拓真は苦笑した。

「まあ、一ノ瀬さんには敵わないだろうけど」

 諦めに染まった目を遠くの香織に向けている。
 たくさん努力してきた拓真だからこそ感じられる壁があるのだろう。胸だけでなく、香織のあらゆる方面へ伸びる才能はとどまることを知らずに成長を続けている。

「ってかお前その弁当マジで美味そうだな。一ノ瀬さんの手作りとか羨ましい限りだぜ」

「だからこれは香織の手作りじゃないって。香織のお母さんの手作り」

「同じだろそれ!」

「いや、全然違うだろ!」

 最近は毎日このやりとりをしている気がする。
 いつからだっけ。
 高校に入学して割とすぐ拓真には香織と弁当のメニューが同じことを気づかれた記憶があるので、最近ってほどでもないか。
 高校二年生にしてもう時の流れの速さを感じる。

 会話も早々に切り上げて俺たちはお互い弁当を食べ進めた。ご飯を食べるときはなるべく口を開けずに料理の味に神経を注ぐ、なんていう細かい部分で拓真は気が合うやつである。

 舌に染みるちょうどいい甘さの卵焼き、きゅうりの漬物のしょっぱさ、そして唐揚げなどなど。どれも本当に絶品だった。

 朝から揚げ物とか絶対大変だろうに。
 あとで改めて香織のお母さんには感謝を伝えておこうと脳内に刻み込んで、弁当箱を片付ける。

 拓真もちょうど食べ終わったところらしい。

「なあ斗真、ふと思ったんだけどさ、一ノ瀬さんって苦手なこととかないの?」

「苦手なこと?」

「そう。できないことの一つや二つ、流石になんかあるだろ? オレは学校でしか一ノ瀬さんに会わないから完璧な彼女しか見たことないけどさ、幼馴染的には色々知ってるんじゃないのか?」

「うーーん」

 腕を組んで普段の香織を思い出してみる。

 近頃は無くなったが昔はよく俺の家に遊びに来てくれていた。理由はまあ色々あるんだけど、一つ挙げるとするなら家が隣ってことだろうか。
 遊びに来たらいつもご飯を作ってくれて、毎回さっきの弁当に匹敵する美味さだった……なんて言ったらお母さんに失礼かな。でもそれくらい美味しかったのだ。
 そんなわけだから料理は完璧。勉強やスポーツは言わずもがな。思いつくことは大体全部できていた気がする。

「格闘家に力で勝つとか」

「それはそうだろうな。できたら怖い。いやそういうのじゃなくてもっとこう、誰でもできそうなことなのにできないこととかないのか?」

「あの香織だぞ? 誰でもできそうなことは全部できるだろ」

「そっかぁ」

 思い返すと本当に欠点が見つからないのだから困る。
 料理もできる、学業優秀、いつも笑顔で優しくて、容姿も欠点一つない。

「あーでも、虫は苦手だったと思う」

 思い出した俺が言う。
 昔お風呂に虫が出たときには裸のまま俺のところまで走ってきたことがある。

「それはむしろ美点だろ? 可愛いポイントじゃん」

「お前それ言い出したらなんでもありだぞ」

「でも実際可愛いところだろ。男ならみんなドキドキする」

「主語がデカいなぁ」

「いやいや、デカくないって。お前もするだろ?」

「? いや、しないけど」

 そう普通に返した途端、ぴたりと拓真の動きが止まる。必然的に会話も止まるので遠くの声が聞こえてくる。

「あれ? おーい香織? どうした?」

「え? あっ、いや、ごめんごめん。なんでもないよ」

 友達との会話中に考え事でもしていたのか、香織が友達に心配されているようだった。珍しい。

「う、嘘だろ?」

 拓真の震えた声が俺を会話に引き戻す。

「嘘じゃないけど。俺は香織相手にドキドキしたりしない。もとろんした時期もあったけど、昔の話だしなぁ」

「……なんてこった!!」

 この世の終わりが明日にでも迫ったかのような顔で頭を抱える拓真。大丈夫かこいつは。
 俺は香織にはドキドキしないし興奮もしない。それは紛れもなく俺の本心である。

「あのなぁ、幼馴染って多分どこも同じような感じだと思うぞ? お前だって自分の姉に興奮できないだろ?」

「できるわけないだろ! 想像したらちょっと寒気したわ!」

「幼馴染もそういうもんなの」

「で、でもだな斗真。あの一ノ瀬さんだぞ!? 幼馴染でも家族でも、あの容姿と性格の前では男子は愚か女子だってドロドロに……」

「ならんならん。なってたら異性の兄妹がいるアイドル全員やばいことになってる」

「それは……そうだけど!」

 まだ納得がいかないように拓真は歯噛みする。しかし、お昼休みの終了を告げるチャイムが鳴ったので彼は渋々席に戻って行った。

「香織?」

 そんな中、友達との談笑から席に戻らない人が一人。
 本来の席の主である女子が少し困ったように笑顔を浮かべていたが、香織が「あ、ごめん!」と席をどくと照れたように「全然。またどうぞ」と頬を掻いた。そして席に着くや、鼻から荒く息を吸っては吐いての繰り返し。
 あれ絶対ヤバい人だ……。

 一方で香織は「ぐぬぬ……」と呻き声が聞こえてきそうな形に口を歪めながら午後の授業の準備を進めていた。

 生理痛が酷いのだろうか。
 そんなデリカシーの欠片もないことを考えつつ、俺は昼寝のために机に突っ伏した。

しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

美人四天王の妹とシテいるけど、僕は学校を卒業するまでモブに徹する、はずだった

ぐうのすけ
恋愛
【カクヨムでラブコメ週間2位】ありがとうございます! 僕【山田集】は高校3年生のモブとして何事もなく高校を卒業するはずだった。でも、義理の妹である【山田芽以】とシテいる現場をお母さんに目撃され、家族会議が開かれた。家族会議の結果隠蔽し、何事も無く高校を卒業する事が決まる。ある時学校の美人四天王の一角である【夏空日葵】に僕と芽以がベッドでシテいる所を目撃されたところからドタバタが始まる。僕の完璧なモブメッキは剥がれ、ヒマリに観察され、他の美人四天王にもメッキを剥され、何かを嗅ぎつけられていく。僕は、平穏無事に学校を卒業できるのだろうか? 『この物語は、法律・法令に反する行為を容認・推奨するものではありません』

俺を振ったはずの腐れ縁幼馴染が、俺に告白してきました。

true177
恋愛
一年前、伊藤 健介(いとう けんすけ)は幼馴染の多田 悠奈(ただ ゆうな)に振られた。それも、心無い手紙を下駄箱に入れられて。 それ以来悠奈を避けるようになっていた健介だが、二年生に進級した春になって悠奈がいきなり告白を仕掛けてきた。 これはハニートラップか、一年前の出来事を忘れてしまっているのか……。ともかく、健介は断った。 日常が一変したのは、それからである。やたらと悠奈が絡んでくるようになったのだ。 彼女の狙いは、いったい何なのだろうか……。 ※小説家になろう、ハーメルンにも同一作品を投稿しています。 ※内部進行完結済みです。毎日連載です。

父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

四季
恋愛
父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

JKメイドはご主人様のオモチャ 命令ひとつで脱がされて、触られて、好きにされて――

のぞみ
恋愛
「今日から、お前は俺のメイドだ。ベッドの上でもな」 高校二年生の蒼井ひなたは、借金に追われた家族の代わりに、ある大富豪の家で住み込みメイドとして働くことに。 そこは、まるでおとぎ話に出てきそうな大きな洋館。 でも、そこで待っていたのは、同じ高校に通うちょっと有名な男の子――完璧だけど性格が超ドSな御曹司、天城 蓮だった。 昼間は生徒会長、夜は…ご主人様? しかも、彼の命令はちょっと普通じゃない。 「掃除だけじゃダメだろ? ご主人様の癒しも、メイドの大事な仕事だろ?」 手を握られるたび、耳元で囁かれるたび、心臓がバクバクする。 なのに、ひなたの体はどんどん反応してしまって…。 怒ったり照れたりしながらも、次第に蓮に惹かれていくひなた。 だけど、彼にはまだ知られていない秘密があって―― 「…ほんとは、ずっと前から、私…」 ただのメイドなんかじゃ終わりたくない。 恋と欲望が交差する、ちょっぴり危険な主従ラブストーリー。

クラスのマドンナがなぜか俺のメイドになっていた件について

沢田美
恋愛
名家の御曹司として何不自由ない生活を送りながらも、内気で陰気な性格のせいで孤独に生きてきた裕貴真一郎(ゆうき しんいちろう)。 かつてのいじめが原因で、彼は1年間も学校から遠ざかっていた。 しかし、久しぶりに登校したその日――彼は運命の出会いを果たす。 現れたのは、まるで絵から飛び出してきたかのような美少女。 その瞳にはどこかミステリアスな輝きが宿り、真一郎の心をかき乱していく。 「今日から私、あなたのメイドになります!」 なんと彼女は、突然メイドとして彼の家で働くことに!? 謎めいた美少女と陰キャ御曹司の、予測不能な主従ラブコメが幕を開ける! カクヨム、小説家になろうの方でも連載しています!

罰ゲームから始まった、五人のヒロインと僕の隣の物語

ノン・タロー
恋愛
高校2年の夏……友達同士で行った小テストの点を競う勝負に負けた僕、御堂 彼方(みどう かなた)は、罰ゲームとしてクラスで人気のある女子・風原 亜希(かざはら あき)に告白する。 だが亜希は、彼方が特に好みでもなく、それをあっさりと振る。 それで終わるはずだった――なのに。 ひょんな事情で、彼方は亜希と共に"同居”することに。 さらに新しく出来た、甘えん坊な義妹・由奈(ゆな)。 そして教室では静かに恋を仕掛けてくる寡黙なクラス委員長の柊 澪(ひいらぎ みお)、特に接点の無かった早乙女 瀬玲奈(さおとめ せれな)、おまけに生徒会長の如月(きさらぎ)先輩まで現れて、彼方の周囲は急速に騒がしくなっていく。 由奈は「お兄ちゃん!」と懐き、澪は「一緒に帰らない……?」と静かに距離を詰める。 一方の瀬玲奈は友達感覚で、如月先輩は不器用ながらも接してくる。 そんな中、亜希は「別に好きじゃないし」と言いながら、彼方が誰かと仲良くするたびに心がざわついていく。 罰ゲームから始まった関係は、日常の中で少しずつ形を変えていく。 ツンデレな同居人、甘えたがりな義妹、寡黙な同クラ女子、恋愛に不器用な生徒会長、ギャル気質な同クラ女子……。 そして、無自覚に優しい彼方が、彼女たちの心を少しずつほどいていく。 これは、恋と居場所と感情の距離をめぐる、ちょっと不器用で、でも確かな青春の物語。

極上イケメン先生が秘密の溺愛教育に熱心です

朝陽七彩
恋愛
 私は。 「夕鶴、こっちにおいで」  現役の高校生だけど。 「ずっと夕鶴とこうしていたい」  担任の先生と。 「夕鶴を誰にも渡したくない」  付き合っています。  ♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡  神城夕鶴(かみしろ ゆづる)  軽音楽部の絶対的エース  飛鷹隼理(ひだか しゅんり)  アイドル的存在の超イケメン先生  ♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡  彼の名前は飛鷹隼理くん。  隼理くんは。 「夕鶴にこうしていいのは俺だけ」  そう言って……。 「そんなにも可愛い声を出されたら……俺、止められないよ」  そして隼理くんは……。  ……‼  しゅっ……隼理くん……っ。  そんなことをされたら……。  隼理くんと過ごす日々はドキドキとわくわくの連続。  ……だけど……。  え……。  誰……?  誰なの……?  その人はいったい誰なの、隼理くん。  ドキドキとわくわくの連続だった私に突如現れた隼理くんへの疑惑。  その疑惑は次第に大きくなり、私の心の中を不安でいっぱいにさせる。  でも。  でも訊けない。  隼理くんに直接訊くことなんて。  私にはできない。  私は。  私は、これから先、一体どうすればいいの……?

処理中です...