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第九章 ひまわり亭
強烈なデコピン
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クロヴィスはジャンヌのことが好きだった。
出会った頃はそうでもなかったが、ナリアが現れる少し前、彼女の過去の話を聞いてから気になりだしてきた。それ以来、ジャンヌの一挙手一投足が気になってしまい、気付いたら彼女ばかり見ていた。
「俺がジャンヌのことを好きでいて、それでいいのかって思うんだ。こんな気持ちを抱えていたら、家族が家族でいられなくなる。そう思えてきた」
クロヴィスが悩みを打ち明けると、サニアとセルディアは顔を見合わせて笑った。
「クロヴィス、そんなことで悩んでいたら、それこそご家族に失礼よ」
サニアは、そう言って再び笑い出すのをこらえていた。セルディアがそれを止める。
「クロヴィス、君たち家族はあの時、あの話をしていてとても幸せそうに見えた。君とジャンヌが相思相愛であったとしても、君たちの家族とのかかわり方が変わるわけではない。恋人になったというだけで嫉妬して君たちを追い出すようなら、最初から彼らは家族じゃなかったことになる」
「それは、俺たちが試されている、ということなのか?」
クロヴィスの問いに、サニアはセルディアとともにもう一度顔を見合わせた。しかし、今度は笑っていなかった。
「クロヴィス、あなたは少し物事を深刻に考えすぎかもね。もっとみんなを信じて、この世界を信じてごらんなさいよ。たくさんの良いことがいっぱい見えてくるから」
そういって、サニアはにっこりと笑った。
クロヴィスはその笑顔に謎の説得力を感じて、少し気が楽になった。サニアが、立ち上がって部屋から出ていく。看板の上に掲げていたランプの灯を消すためだ。ついでに、看板自体も宿屋の中にしまい込んだ。
それを不思議そうに見ているクロヴィスに、セルディアが笑いかけてきた。
「ここ二、三日は貸し切りだからね。看板を出すわけにはいかないだろう」
確かに、そうだった。クロヴィスは二人の行動を追っていると、そこに何かがある気がして、ハッとした。
その時、それと同時に、誰かが二階から降りてきた。
エリクとアースだった。
彼らとクロヴィスは同室だった。もう一人の男性であるセベルはナリアと同じ部屋だったので、小さいこの宿屋では男性陣は肩身が狭かった。
「エリクがずいぶんと心配していた」
アースは、そう言うと、照れているエリクの背中を押して、クロヴィスのほうへ向かってきた。二人は近くのテーブルを使って椅子に座った。
「半分くらい、こちらまで聞こえてきたよ、クロヴィス。そんなに大事なこと、どうして僕たちに相談してくれなかったの?」
エリクは心配そうな顔をしてこちらを覗きこんできた。クロヴィスは少し困ってしまった。確かに、相談しなければならないことだったかもしれない。しかし、相談することで自分の気持ちが露呈してしまい、ジャンヌに知られて避けられるようなことになったら? そのことで、彼女が自分を避けてしまって皆に迷惑がかかることがあったら?
「考えすぎだ、クロヴィス」
アースが、明らかに悩んでいるクロヴィスの顔を、エリクと同じように覗き込んできた。そして。少し笑ってクロヴィスに強烈なデコピンを食らわせた。
「痛い! あんた加減ってもんを知らないだろ!」
すると、アースはおかしいな、といいながら自分の指を見た。
「かなりソフトタッチでやったんだが」
「それでも医者か!」
そのやり取りを見て、セルディアが笑った。
「クロヴィス、それでいいんだよ、それで」
笑いながら、サニアが来るのを待って、そのまま厨房に入っていった。そこで笑うのをやめると、何が何だか分からない妻をよそに、お茶を淹れ始めた。
何が何だか分からないのは、クロヴィスも同じだった。今のやり取りの中に、何かの答えがあったのだろうか。
「クロヴィス、僕も今の君が好きだよ」
エリクが、皆を見回して、幸せそうな顔をした。
「ねえクロヴィス、今までいろいろなことがあったけど、そのたびに、僕たち、家族として乗り越えてこられたと思うんだ。いま、僕は、クロヴィスとジャンヌがお互いのことを好きだって、知ったよね。セリーヌは分かっていたみたいだけど。でも、もし、クロヴィスとジャンヌが喧嘩をしても、僕らは家族だと思う。だから、どちらかの味方をしたり、どちらも叱ったりして、二人を応援していくと思うよ。だから、さっきのクロヴィスみたいに、いつものようにしていてくれれば、それでいいよ。悩んだり、困ったりすることもあるかもしれないけど、それでもさっきのクロヴィスがみんな好きだから。ジャンヌもきっと、そんなクロヴィスを好きになったんだと思う」
エリクの話が終わると、サニアが一人、拍手をした。次いで、ハーブティーのいい香りがしてきた。その場にいた全員の分のカップが配られて、皆でハーブティーをいただいた。
クロヴィスは、そのお茶に心を洗われる気がして、つい、お代わりを頼んでしまった。
夜は更け、空に見える星座も変わり始めてきた。
アースとエリクはクロヴィスを連れて部屋に戻ることにした。明日朝また早いサニアとセルディアは、早々に寝る支度をして、台所の電気を落としていった。
出会った頃はそうでもなかったが、ナリアが現れる少し前、彼女の過去の話を聞いてから気になりだしてきた。それ以来、ジャンヌの一挙手一投足が気になってしまい、気付いたら彼女ばかり見ていた。
「俺がジャンヌのことを好きでいて、それでいいのかって思うんだ。こんな気持ちを抱えていたら、家族が家族でいられなくなる。そう思えてきた」
クロヴィスが悩みを打ち明けると、サニアとセルディアは顔を見合わせて笑った。
「クロヴィス、そんなことで悩んでいたら、それこそご家族に失礼よ」
サニアは、そう言って再び笑い出すのをこらえていた。セルディアがそれを止める。
「クロヴィス、君たち家族はあの時、あの話をしていてとても幸せそうに見えた。君とジャンヌが相思相愛であったとしても、君たちの家族とのかかわり方が変わるわけではない。恋人になったというだけで嫉妬して君たちを追い出すようなら、最初から彼らは家族じゃなかったことになる」
「それは、俺たちが試されている、ということなのか?」
クロヴィスの問いに、サニアはセルディアとともにもう一度顔を見合わせた。しかし、今度は笑っていなかった。
「クロヴィス、あなたは少し物事を深刻に考えすぎかもね。もっとみんなを信じて、この世界を信じてごらんなさいよ。たくさんの良いことがいっぱい見えてくるから」
そういって、サニアはにっこりと笑った。
クロヴィスはその笑顔に謎の説得力を感じて、少し気が楽になった。サニアが、立ち上がって部屋から出ていく。看板の上に掲げていたランプの灯を消すためだ。ついでに、看板自体も宿屋の中にしまい込んだ。
それを不思議そうに見ているクロヴィスに、セルディアが笑いかけてきた。
「ここ二、三日は貸し切りだからね。看板を出すわけにはいかないだろう」
確かに、そうだった。クロヴィスは二人の行動を追っていると、そこに何かがある気がして、ハッとした。
その時、それと同時に、誰かが二階から降りてきた。
エリクとアースだった。
彼らとクロヴィスは同室だった。もう一人の男性であるセベルはナリアと同じ部屋だったので、小さいこの宿屋では男性陣は肩身が狭かった。
「エリクがずいぶんと心配していた」
アースは、そう言うと、照れているエリクの背中を押して、クロヴィスのほうへ向かってきた。二人は近くのテーブルを使って椅子に座った。
「半分くらい、こちらまで聞こえてきたよ、クロヴィス。そんなに大事なこと、どうして僕たちに相談してくれなかったの?」
エリクは心配そうな顔をしてこちらを覗きこんできた。クロヴィスは少し困ってしまった。確かに、相談しなければならないことだったかもしれない。しかし、相談することで自分の気持ちが露呈してしまい、ジャンヌに知られて避けられるようなことになったら? そのことで、彼女が自分を避けてしまって皆に迷惑がかかることがあったら?
「考えすぎだ、クロヴィス」
アースが、明らかに悩んでいるクロヴィスの顔を、エリクと同じように覗き込んできた。そして。少し笑ってクロヴィスに強烈なデコピンを食らわせた。
「痛い! あんた加減ってもんを知らないだろ!」
すると、アースはおかしいな、といいながら自分の指を見た。
「かなりソフトタッチでやったんだが」
「それでも医者か!」
そのやり取りを見て、セルディアが笑った。
「クロヴィス、それでいいんだよ、それで」
笑いながら、サニアが来るのを待って、そのまま厨房に入っていった。そこで笑うのをやめると、何が何だか分からない妻をよそに、お茶を淹れ始めた。
何が何だか分からないのは、クロヴィスも同じだった。今のやり取りの中に、何かの答えがあったのだろうか。
「クロヴィス、僕も今の君が好きだよ」
エリクが、皆を見回して、幸せそうな顔をした。
「ねえクロヴィス、今までいろいろなことがあったけど、そのたびに、僕たち、家族として乗り越えてこられたと思うんだ。いま、僕は、クロヴィスとジャンヌがお互いのことを好きだって、知ったよね。セリーヌは分かっていたみたいだけど。でも、もし、クロヴィスとジャンヌが喧嘩をしても、僕らは家族だと思う。だから、どちらかの味方をしたり、どちらも叱ったりして、二人を応援していくと思うよ。だから、さっきのクロヴィスみたいに、いつものようにしていてくれれば、それでいいよ。悩んだり、困ったりすることもあるかもしれないけど、それでもさっきのクロヴィスがみんな好きだから。ジャンヌもきっと、そんなクロヴィスを好きになったんだと思う」
エリクの話が終わると、サニアが一人、拍手をした。次いで、ハーブティーのいい香りがしてきた。その場にいた全員の分のカップが配られて、皆でハーブティーをいただいた。
クロヴィスは、そのお茶に心を洗われる気がして、つい、お代わりを頼んでしまった。
夜は更け、空に見える星座も変わり始めてきた。
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