真珠を噛む竜

るりさん

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第十章 月下美人

喧嘩

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 次の日は、誰も眠ることなく迎えられた。
 皆は背伸びをすると、イェリンの薬草を探すために準備を始めた。しかし、リゼットだけが乗り気でなかった。彼女は先ほどの不機嫌をまだ引きずっていて、クロヴィスやジャンヌが話しかけるとツンとして掛け合わなかった。
「こりゃ、相当機嫌を損ねたわね、あたしたち」
 ジャンヌはそう言うと、肩をすくめて苦笑いをした。すると、突然リゼットが大きな声でこう言った。
「何がおかしいのよ! 人を否定して恥までかかせておいて! これじゃ私、みじめなだけじゃない!」
 そう言って、怒りながらリゼットはそっぽを向いて、用意していた荷物を放り出してしまった。
「おい、こういうことに私情を挟むなよ。イェリンの薬草を探すこととお前の問題は違うだろ」
 クロヴィスがそう言うと、リゼットはまるで無視をして取り合わなかった。
「リゼットがあんな怒り方をするなんて」
 エリクは、そう言うとリゼットの肩に手を当てた。すると、そのエリクの手でさえリゼットは振り払ってしまった。
「リゼット」
 エリクが悲しそうにリゼットの名前を呼ぶと、今度はセリーヌが出てきてエリクの手を取った。
「私たちは全員、リゼットの怒りに触れることをしてしまったんだと思います。エリクは直接関係ないかもしれませんが、彼女からすれば私たち四人はすべて同じ。ナリアさんとアースさんの前で恥をかかされた、それがこの家族全員のせいだと思っているんです」
 セリーヌがそう言ってエリクを下がらせ、むっすりとしているリゼットのそばから離れようとしたとき、リゼットがすくっと立ち上がって大きな声で、こう言った。
「あなたたちだってそうなんじゃないの? どうせ同じ穴の狢よ。人を傷つけて、恥かかせて」
 すると、今まで黙っていたジャンヌが真っ赤な顔をしてリゼットに食って掛かった。
「もとはといえばあんたが原因を作ったんでしょ! 自業自得なのよ。それをひとのせいにするって、なんか違うんじゃない?」
 ジャンヌの怒りに、一人冷静だったセリーヌがジャンヌを押さえようとその肩に触れた。
「ジャンヌ、リゼットを私たちが傷つけたのは確かなんですよ。ここは私たちが謝るべきです」
「なんですって?」
 ジャンヌは、怒ってセリーヌの手を振り払った。
「あんたも同じことしてんじゃん。さっきリゼットを批判したのはあんたも同じじゃん」
「だから、謝ろうって言うんですよ」
 この場の空気がおかしくなってきている。エリクは外からそれを見ていて、おどおどとしだした。アースとナリアは何かを話し合っていて、ジャンヌたちのほうには無関心に見えた。
 その時、セリーヌの悲鳴が皆の中をつんざいた。彼女は地面にしりもちをついて、リゼットとジャンヌの間に挟まれていた。
「きれいごとばかり言ってんじゃないよ。あんたもリゼットの仲間なんでしょ。仲良くそこに座ったら?」
 ジャンヌは、セリーヌを突き飛ばしたその手で彼女を殴ろうとした。しかし、その手をクロヴィスが止めた。
「セリーヌに謝れ、やりすぎだ、ジャンヌ」
 すると、セリーヌは立ち上がりながら、少し怒りを込めた顔でジャンヌとクロヴィスを見た。
「クロヴィスもジャンヌも、どうしてそんなにみんなの和を崩したがるの? リゼットに一言謝ればいいだけじゃない」
 しかし、その言葉にはリゼットも怒りの声を上げた。
「一番たちが悪いのはあんたよ、セリーヌ。きれいごとばっかり言って、他人行儀で。いつになったらその丁寧語、直るの? そんな人間の言うことが信用できるって言うの? 私はもう信用しない。誰も信じない。もう、ここでお別れよ」
 セリーヌは、それを聞いて頭に来たのか、肩を震わせてリゼットに大声を出した。
「こっちもあなたなんか願い下げよ!」
 それを聞いて、皆は一瞬冷静さを取り戻した。
 皆、どこか気が立っていた。徹夜をしたせいでテンションがおかしくなっていた。
 それに真っ先に気が付いたのはエリクだった。このおかしな空間を客観的に見ていたエリクは、すぐさまにリゼットを止めに入った。
「待ってよ、リゼット。こんなことで皆がバラバラになるのは嫌だよ。ねえ、誰にどんな原因があったかとか、誰が誰に謝ればいいとか、そんなことはどうでもいいよ。こういうのは関わった全員に責任があるよ。みんなが、皆を傷つけあっちゃだめだ。イェリンだって近くで怖い思いをしているんだ。それにだれ一人気が付いていなかったよ」
 エリクにそう言われて、リゼットは恐る恐るイェリンのいたほうを見た。彼女はナリアに庇われて、月下美人の鉢を抱いて泣いていた。
「彼女は、自分自身を責めているのです」
 ナリアがそう言うと、喧嘩にかかわっていた全員が真っ赤な顔をして俯いた。
 そして、しばらくすると、リゼットが皆をちらりちらりと見ながら、小さな声で謝罪をした。
「私が不機嫌になったおかげに、イェリンを泣かせたのなら、謝るわ。エリクとナリア様とアース様には。でも、ジャンヌたちは許さない」
「だれも、あんたに許してもらおうなんて思っちゃいないよ。そもそもあたしたちはあんたに悪いことなんてしてない。注意はしたけど恥まではかかせていないんだよ。それを一人で恥かいたとか騒いで、いい迷惑なんだよね」
 ジャンヌはそう言うと、リゼットを鼻で笑った。しかし、それを許さなかったのはリゼットではなくクロヴィスだった。
「あれでもリゼットは相当譲ったんだぞ。お前とリゼットの仲ならそれくらい分かるはずだ。今のはリゼットに謝れ、ジャンヌ」
 すると、リゼットがクロヴィスに対してこう言った。
「庇ってくれなくてもいいのよ。ジャンヌみたいなバカが私のことを理解できるなんて、本気で思ったの? あなた、毒女に骨抜きにされて頭までおかしくなったんでしょ」
 ジャンヌやリゼットたちの喧嘩は激しさを増していった。エリクは何度もそれを止めようと試みたが、はじき返されてしまってうまくいかなかった。
 困ったエリクがナリアとアースを見ると、二人はエリクを誘うように手を振ってくれた。
「みんながおかしくなっているんです」
 そう言って嘆くエリクの頭を、ナリアの優しい手が包み込んだ。
「エリク、長い目で見ればこれはよい傾向なのかもしれません。互いのことをより深く知るための方法として、ケンカは有効な手段の一つなのです。そのおかげで今、セリーヌは自分の丁寧語を突かれ、クロヴィスとジャンヌは互い以外に見えていないことを知りました。リゼットもまた、自分がとてもプライドの高い人間だということを認識したでしょう。そしてエリク、あなたも」
 ナリアのセリフに、エリクは彼女が言いたいことをなんとなく悟った。アースを見ると、それが正しいことであるかのように頷いてくれた。
「エリク、お前の思った通りに行動してみればいい」
 アースはそう言うと、ナリアからそっと離れたエリクの肩を叩いた。
 エリクはその手のひらに勇気をもらって、大声で喧嘩をしている皆のもとに入っていった。そして、大きな声でこう言った。
「みんな、朝ご飯だよ!」

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