真珠を噛む竜

るりさん

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第十七章 風に舞う葉

懐かしい出会い

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第十七章 風に舞う葉


 北のレイクサイドタウンにある、一番大きな酒場、そこでエリクたちは宴会を催していた。
 エリクにとって初めてのビールは、リゼットたちがいうほど苦くなかった。むしろ芳醇な麦の香りがまるでパンのようで、すぐにお腹に溜まったので、ジャガイモを揚げて作ったチップスや羊の肉があまりお腹に入ってこなかった。
 宴もたけなわの頃、エリクは、クロヴィスに外へ行くと告げて店を出て、太陽の登り切った町の中を散歩することにした。
 しばらく町の美しい煉瓦の壁や民家にある庭を見て回ると、遠くに一人の女性を見た。どこかで見たシルエットだと思って首を傾げて考えていると、ある女性が思い浮かんだ。
 エリクは急いでその女性を追った。長く黒い髪に整ったスタイル、エリクより高い背丈。
 女性はエリクの目の前に現れては消えていく。まっすぐ進めば右に曲がり、右に曲がれば他の辻を左に曲がる。
 そうやって迷路のような町の中を駆け回って、たどり着いた場所は、四軒の家の低い壁に囲まれて造られた、町の小さい広場だった。
 広場の中央には大きな広葉樹があった。その広葉樹の下に、彼女はいた。木の幹に手を触れて、エリクをまっすぐに見据えるその瞳は青い。
「ティエラ!」
 エリクは、その女性の名前を呼んだ。すると、ティエラは少し寂しそうにエリクに笑いかけた。
「エリク、あなたに会わせたい人がいるの」
 ティエラは、息を切らせたエリクのところへやってきて、その手を取った。
 まただ、またドキドキする。心臓が高鳴って耳から出てきてしまいそうだ。顔が一気に熱を持ち、赤くなっているのがわかる。
 エリクが緊張していると、ティエラはその手を引いて木の後ろにエリクを導いた。すると、そこにはもう一人、女性が立っていた。
 黒く長い髪を背中まで伸ばし、途中で結んでいる、翠色の瞳の女性。ティエラよりも年上で、落ち着いた雰囲気のその女性は見たこともない服を纏っていた。えりは前合わせで右の襟が前に出ていて、それをお腹から腰まで覆う頑丈な布でとめ、その頑丈な布をさらに飾りのついた紐で縛り上げている。まるでワンピースのようなその服は上と下が同じ色をしていて、繋がっているように見えた。
 エリクは、その見た目にも驚いたが、女性そのものにも驚愕の声を上げた。
「母さん」
 エリクは、そういってその場に固まってしまった。
 エリクが母と呼んだその人は、踵まであるその服の裾を少し上げて、足に履いている靴下のようなものとサンダルのようなものをエリクの前に出して、静かに歩いてきた。
 そして、素早くエリクの懐に飛び込むと、エリクを優しく抱きしめた。
「エリク!」
 母は、そういって涙を流した。エリクは何が何だかわからなかったが、なんだか嬉しくなってきて、つい、母の背中に手を回して抱き返してしまった。
「母さんが、どうして? あの街には、もういなくていいの?」
 聞くと、母はエリクから離れて、その顔に手をやって撫でながら、こう言った。
「ティエラさんのことはもう知っているね、エリク。彼女が私を出してくれたのよ。もう、あの牢屋で私を守る人はいなくなってしまったから」
「牢屋で、守る?」
 何のことなのかわからない。そういった態度のエリクが質問すると、母は、少しすまなそうに笑った。
「あの町の領主はあなたのお父さんだったの。彼は、自分の能力を抑えることができなくなってしまった真珠を噛む竜である私を交易商人から守るために、牢屋に入れて守っていたの。あの場所で真珠を産み続けていた私の世話を任せる、信頼できる人間を選ぶのには苦心していた。でも、あの人が最近になって病気で死んでしまった。どうしたらいいかわからなかった私の所に来たのがティエラさん」
 そういって母は、ティエラを見た。彼女は少しだけ照れながら母を見て、ついでエリクに笑顔を向けた。
「あなたやあなたのご家族はもう、お母さんを守れるだけの力をつけてきたのだもの。大丈夫。私はここでお別れするから、お母さんをぜひクロヴィスさんたちのところに連れて行ってあげて。真珠を噛む竜の力をコントロールする術は、私が教えておいたから」
 エリクはそれを聞いてびっくりした。ティエラは一体どんなことまでできるのだろう。もはや何でもできてしまうのではないか、そうも思えてくる。
「でもティエラ、君はどうして来ないんだい?」
 尋ねると、ティエラはいつもの、少し寂しそうな笑みをエリクに向けた。
「エリクは私の正体くらい、見抜いているんでしょう?」
 そういって、今度はニコリと笑って右腕を天に掲げた。すると、一陣の風が吹いて、エリクとエリクの母は耐えられなくなって目を閉じた。風が収まって目を開けると、そこには誰もいなかった。
 エリクは、その場に落ちた広葉樹の青い葉を拾った。
「ティエラは、ティエラだよ」
 そう言って、母を見た。不思議そうな顔でこちらを見ている。
 ティエラは、他の何かではない。たとえエリクの知る人がティエラの正体だったとしても、実は自分の肉親だったという結果だったとしても。それでもエリクの初恋の女性である、あの艶めいたティエラとの思い出は偽物ではないし、その時感じたことも嘘ではない。
「私の知るティエラさんは、すごく強い女性だったわ」
 母は、そう言ってエリクを見た。エリクは、それは間違いではないと思いながら、それでも自分の感じたことをあえて母に告げようと思った。
「僕は、あの可憐なティエラを守るよ、母さん」
 エリクは、そう言って母の手を取った。母は、その逞しい手を握り返して、嬉しそうに笑い、そして、こう言った。
「あなたならできるわ、エリク」
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