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第三章 粉挽き小屋
従順な強がり
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粉挽き小屋は、街からそう離れていない広い農地の中にあった。街からよく見える大きな風車が目印で、その風車の下にある小屋の中には、大きな臼があった。
その臼のある小屋の中に、町子はいた。両手を後ろ手にロープで縛られ、目隠しをされていた。うるさく騒ぐことがなかったので、猿轡をかまされることはなかった。
何度目だろう、トイレに行きたいと外の見張りに告げると、何人かがついてきて粉挽き小屋の隣にあるルフィナの家に連れて行かれた。見張りがいる中でトイレを済ませると、小屋に帰る。
しかし何度目かのトイレからの帰りに、誰かの声が町子を呼んだ。目隠しをされているからわからないが、おそらくセインかクチャナあたりだろう。輝ではなかった。
町子は一旦立ち止まって、小さい声で見張りの男にこう告げた。
「帰る気はないから。小屋に戻っていいよ」
男は少し戸惑ったが、町子の言う通りにして、彼女を連れて小屋に戻った。
町子は、臼が小麦を挽く音を確認すると、床に座った。両手首を絞めるロープが痛かったが、それに耐えてでも、あの場所には帰りたくなかった。
輝は運がいい。一旦は自分の運命や置かれた状況が気に入らなくても、周りの誰かがなんとか助けてくれていた。おじさんに救われ、セインやクチャナに認められた。しかし、町子は違った。
町子だって、好きで見るものの力に目覚めた訳ではない。周囲に期待され、使命感を押し付けられて、なんとなく受け入れてここまできてしまっただけだ。なのに、誰も町子のケアをしようとしない。それは町子が受け入れてしまったから、自分自身を納得させられないまま、それでも周りの期待にきちんと応えてきてしまったから。そして、それを理解してくれる人は誰もいない。あの輝でさえ、自分がどうにかなってしまったら他人事のように町子を一人にしてしまう。
せめて、おじさんが今、ここにいてくれたらいいのに。
そう考えて、町子は自分がずいぶん惨めな人間に思えてきてしまった。曲げた膝を体に引き寄せて、膝と膝の間に顔を埋める。
すると、どこからか風が入ってきて、町子の肌をかすめていった。誰かが町子のところへやってくる足音がする。輝だろうか、と、町子はそう思って、考えるのをやめた。どうして、輝に期待などしてしまうのだろう。なんだか恥ずかしくなった。
その誰かは、町子の腕のロープを外した。外にいる見張りは何をしているのだろう。町子を助けにくる人間の侵入をこうも簡単に許すなんて。
町子が不思議に思っていると、その誰かは、ついに町子の目隠しをとった。すると、そこに現れたのは、深いコバルトブルーの瞳、漆黒の髪、よく整った顔つきの長身の男性だった。
「おじさん」
町子は、目の前に現れたおじさんの顔を見て、涙が溢れてきた。気がついたらおじさんに抱きついて泣いていた。
「お前は従順すぎる。今まで何もしてやれず、すまない」
おじさんは、そう言って町子の身体をぎゅっと抱いた。その力が心地よくて、町子はすぐ落ち着きを取り戻した。すると、自然とおじさんは町子から離れた。
「少し休みたいよ、おじさん」
町子がそう言うと、おじさんは町子を立ち上がらせた。
「その言葉、輝たちの目の前で堂々と言えるか?」
町子は、首を横に振った。
「自信がないよ。私、ただの強がりだもん」
「そうか」
おじさんは、そう言って少し寂しそうに笑った。輝たちが表で交渉をしている声が聞こえる。ルフィナは返すつもりがない、だが町子も返せとか、そういった内容だった。ワガママもいいところだ、町子はそう思った。
「ワガママなのはルフィナの父親も変わらない」
おじさんは、町子の考えていることがわかったのか、表の交渉の台詞を聞きながら、町子の背を押して小屋の裏口に向けた。
「小屋の出口にシリウスがいる。あいつならお前を英国に送れるだろう」
そう言って、おじさんは町子を裏口から出した。
「おじさん、ありがとう」
町子は、そう言って裏口から出ていった。一人、小屋の中に取り残されたおじさんは、今度は大きくため息をついて、こう言った。
「カルメーロ、お前に聞きたいことがある」
すると、粉挽き小屋の臼の向こう、見つからないはずの粉袋の後ろから、一人の太った中年の男が姿を現した。小綺麗な男で、ブランド物のスーツを着込んでいたが、粉まみれになっていて台無しだった。
カルメーロと呼ばれたその男は、おじさんのもとにやってきて、こう言った。
「あんた、ただもんじゃないな。何者だ?」
おじさんは、カルメーロを一瞥した。
「お前が知る必要はない」
おじさんは、そう言って冷たい瞳をカルメーロに向けた。すると、誰も何もしていないのに、カルメーロは突然首を押さえて苦しみ出した。
「必要なことだけ話せ。お前にそれ以外の選択肢はない」
その臼のある小屋の中に、町子はいた。両手を後ろ手にロープで縛られ、目隠しをされていた。うるさく騒ぐことがなかったので、猿轡をかまされることはなかった。
何度目だろう、トイレに行きたいと外の見張りに告げると、何人かがついてきて粉挽き小屋の隣にあるルフィナの家に連れて行かれた。見張りがいる中でトイレを済ませると、小屋に帰る。
しかし何度目かのトイレからの帰りに、誰かの声が町子を呼んだ。目隠しをされているからわからないが、おそらくセインかクチャナあたりだろう。輝ではなかった。
町子は一旦立ち止まって、小さい声で見張りの男にこう告げた。
「帰る気はないから。小屋に戻っていいよ」
男は少し戸惑ったが、町子の言う通りにして、彼女を連れて小屋に戻った。
町子は、臼が小麦を挽く音を確認すると、床に座った。両手首を絞めるロープが痛かったが、それに耐えてでも、あの場所には帰りたくなかった。
輝は運がいい。一旦は自分の運命や置かれた状況が気に入らなくても、周りの誰かがなんとか助けてくれていた。おじさんに救われ、セインやクチャナに認められた。しかし、町子は違った。
町子だって、好きで見るものの力に目覚めた訳ではない。周囲に期待され、使命感を押し付けられて、なんとなく受け入れてここまできてしまっただけだ。なのに、誰も町子のケアをしようとしない。それは町子が受け入れてしまったから、自分自身を納得させられないまま、それでも周りの期待にきちんと応えてきてしまったから。そして、それを理解してくれる人は誰もいない。あの輝でさえ、自分がどうにかなってしまったら他人事のように町子を一人にしてしまう。
せめて、おじさんが今、ここにいてくれたらいいのに。
そう考えて、町子は自分がずいぶん惨めな人間に思えてきてしまった。曲げた膝を体に引き寄せて、膝と膝の間に顔を埋める。
すると、どこからか風が入ってきて、町子の肌をかすめていった。誰かが町子のところへやってくる足音がする。輝だろうか、と、町子はそう思って、考えるのをやめた。どうして、輝に期待などしてしまうのだろう。なんだか恥ずかしくなった。
その誰かは、町子の腕のロープを外した。外にいる見張りは何をしているのだろう。町子を助けにくる人間の侵入をこうも簡単に許すなんて。
町子が不思議に思っていると、その誰かは、ついに町子の目隠しをとった。すると、そこに現れたのは、深いコバルトブルーの瞳、漆黒の髪、よく整った顔つきの長身の男性だった。
「おじさん」
町子は、目の前に現れたおじさんの顔を見て、涙が溢れてきた。気がついたらおじさんに抱きついて泣いていた。
「お前は従順すぎる。今まで何もしてやれず、すまない」
おじさんは、そう言って町子の身体をぎゅっと抱いた。その力が心地よくて、町子はすぐ落ち着きを取り戻した。すると、自然とおじさんは町子から離れた。
「少し休みたいよ、おじさん」
町子がそう言うと、おじさんは町子を立ち上がらせた。
「その言葉、輝たちの目の前で堂々と言えるか?」
町子は、首を横に振った。
「自信がないよ。私、ただの強がりだもん」
「そうか」
おじさんは、そう言って少し寂しそうに笑った。輝たちが表で交渉をしている声が聞こえる。ルフィナは返すつもりがない、だが町子も返せとか、そういった内容だった。ワガママもいいところだ、町子はそう思った。
「ワガママなのはルフィナの父親も変わらない」
おじさんは、町子の考えていることがわかったのか、表の交渉の台詞を聞きながら、町子の背を押して小屋の裏口に向けた。
「小屋の出口にシリウスがいる。あいつならお前を英国に送れるだろう」
そう言って、おじさんは町子を裏口から出した。
「おじさん、ありがとう」
町子は、そう言って裏口から出ていった。一人、小屋の中に取り残されたおじさんは、今度は大きくため息をついて、こう言った。
「カルメーロ、お前に聞きたいことがある」
すると、粉挽き小屋の臼の向こう、見つからないはずの粉袋の後ろから、一人の太った中年の男が姿を現した。小綺麗な男で、ブランド物のスーツを着込んでいたが、粉まみれになっていて台無しだった。
カルメーロと呼ばれたその男は、おじさんのもとにやってきて、こう言った。
「あんた、ただもんじゃないな。何者だ?」
おじさんは、カルメーロを一瞥した。
「お前が知る必要はない」
おじさんは、そう言って冷たい瞳をカルメーロに向けた。すると、誰も何もしていないのに、カルメーロは突然首を押さえて苦しみ出した。
「必要なことだけ話せ。お前にそれ以外の選択肢はない」
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