森のスープレストラン

るりさん

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1.トマトのポタージュスープ

画家の青年

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 ある日の夕方のことだった。店主がトマトスープを仕込んでいると、ある青年がレストランにやってきた。
 見たところ画家で、大きなイーゼルを畳んで背負い、キャンパスと、絵の具や筆の入った鞄を持っていた。
 青年は、冴えない様子で大きくため息をついて席についた。そして、ハッと気づいて、青年のほうにやってくる店主を見た。
「あ、予約をしていませんでした!」
 青年はそう言うと立ち上がった。店主はそれを止めた。店内は全て木でできている。床も、椅子も木だった。だからそれなりにすごい音がした。
 店主は笑って青年を椅子に座らせた。
「荷物をお預かりしますよ」
 そう言ってやると、青年は少しためらいがちに荷物を店主に差し出した。そして、一息つくと、自分の席の壁にある絵を見た。
「お上手なんですね。魅力的だ」
 青年はそう言うと、少し寂しそうに店主を見た。
「畑仕事の片手間に描くんですよ。そんな絵でもお求めになるお客様がいらしてね。ありがたい限りですよ」
 そう返すと、画家の青年は項垂れて、末には頭を抱えてテーブルに突っ伏した。
「どうして僕の絵はこうもダメなんだ!」
 そう言って嘆くので、サービスにと思ってお茶を持ってきた店主は足を止めた。秋の日の落ち方は非常に早い。先ほど青年が入ってきた時はまだ明るかったのに、もう暗くなってしまっている。
「どうしてダメなのだと思うんですか?」
 青年の前にそっとお茶をおくと、青年は首を横に振って答えた。
「ご自分の絵がお嫌いなので?」
 すると、青年は嘆くのをやめ、起き上がって店主を見た。
「嫌いですよ。仕事の片手間に描いた絵が売れて、本業でやっている僕の絵は全く売れない。そんな売れない絵が好きになるものか」
 それを聞いて、店主は青年をなだめるように、優しくその背をさすり、お茶をティーポットからカップに移して行った。黄金色に光る半発酵のお茶がその豊かで華やかな香りをあたりに広げていく。
 その香りに、青年は目が覚めたような表情をして店主を見た。
「絵など所詮、自己満足の世界。自分が満足できて好きになれればどんな絵であれ名作なのだと思いますよ。ただ、売って生活の糧にするとなると話は別ですね」
 店主は、そう言ってニコリと笑い、厨房に下がっていった。そして、しばらくしてひと掬いのスープをスープ皿に盛って持ってくると、青年の目の前に置いた。
 それは真っ赤なトマトのポタージュスープで、中に入っている全ての具材を全て潰して裏漉しした丁寧な作りのものだった。
「何もない海だと思ってください。これが、あなたの絵です」
 店主は、そういうと、失礼、と一言添えて、スプーンでそれをかき回した。
「じつにいろんなものが入っているスープです。ですが、見た目は何もない。でも、こうしたらどうでしょう?」
 店主が、少し不安げにこちらを見る青年に笑いかけて、バジルの葉を一枚、スープの上に浮かべた。
「もう、お分かりになりましたね」
 それを聞いて、画家はハッとした。
「ドラマが、生まれた! 葉っぱは船、いや、孤島か? それだけじゃない。バジルの葉で劇的にスープの味が変わるんだ! そうか、僕に足りなかったのはこれか。動かない情報を詰め込むだけじゃない。せっかく詰め込んだ情報を活かすドラマが必要だったんだ!」
 青年はそう言って、店主に笑いかけてスープを懸命に飲んだ。そして、飲み干してしまうと、店主が用意してくれたキャンパスを店内でイーゼルに立てかけた。
 そこには大きく長い灯台とそこから続く道、灯台の向こうの青い海と空、そして雲が描かれていた。
 青年は、そこに、船と、りんごの木を描き足した。
「りんご恋し、船の旅路よ」
 画家はそう言って、筆を置いた。

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