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第3話 ハーレム計画
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「なんでって、さっきも言ったけど、日本じゃ重婚は認められてないし」
思春期男子特有の見境のなさに辟易としながらも、なんとか会話を続ける。
念のために言っておくけれど、俺は妹に対して邪な感情など一切抱いていない。
ただ息子が反抗期なだけだ。
「そんなの、事実婚なら問題ないでしょ」
「いやいや、問題だらけだろ」
「例えば?」
「えっと」
急に問われると咄嗟には出てこない。
五秒ほど考えてから言った。
「ほら、そういうのって不誠実だし」
「浮気や不倫と一緒にしないで!」
小柄で華奢な妹でも、この距離ですごまれるとなかなか迫力があった。
反射的に謝りそうになったけれど、なんとか堪えた。
兄の威厳は大切だ。
「ハーレムはみんなが幸せであることが大前提なの。不誠実でも不潔でも不義理でもなんでもない。純愛が寄り集まったのがハーレムなのっ」
「いや、それは純愛なんて言わないんじゃ。女性側からしても、自分一人を愛してほしいって思うだろうし」
「一人なら、それだけ愛してもらえるの?」
「それは……」
言葉に詰まる。
離婚率の高さや夫婦の不仲。
それにさっき妹が言った浮気や不倫の話もよく耳にする。
一夫一婦だからと言って、愛し合っているとは限らないのだ。
幸せだとは、限らないのだ。
「一人一人をなによりも愛して大切にすればいいんだよ。そしてみんなが満足して幸せなら、それって素敵なことだと思わない?」
誰かを愛するということは、誰かを愛さないということ。
その文言を思い出した。
誰の言葉だっただろうか。
とても深く、そして寂しい言葉だ。
でもそれなら、その愛さないはずの誰かも愛してしまえばいいじゃないか。
そうすれば、みんな幸せでいられるじゃないか。
妹が言いたいのは、そういうことだろう。
子供じみた安易な発想だけど、そう間違ってはいない気がする。
大切なことや正しいことは、大抵シンプルだ。
それでも、やはり承服はできない。
俺の中には凝り固まった常識があって、妹の話はその埒外にあった。
「いや、でもさ」
「なに?」
妹がさらに距離を詰めてくる。
「言いたいことがあるなら言って。お兄ちゃんがぱっと思いつくような反論なんて、全部すぐに否定してあげるから」
口にしかけた言葉がぐっと喉に詰まった。
妹の言う通り、俺がぱっと思いつくような、一般論を基にした反論なんて、すでに検討済みなのだろう。
真剣に考えてみるけれど、適切な言葉がなにも浮かばなかった。
たぶん血液が頭じゃなくて下腹部に集中しているせいだ。
ありきたりで面白みのない反論をするよりかはいくらかましだろうと思い、俺はおどけるように笑って軽口をたたいた。
「そもそもさ、俺みたいになんの取柄も魅力もない男にハーレムなんて作れんの?」
うっ、と顔を引き攣らせて妹は上体を引いた。
「い、痛いところつかないでよ、お兄ちゃん」
「おい、否定はどうした」
痛いのは俺の心だ。
「でも大丈夫、安心して」
妹は俺の右手を両手でそっと包み上目使い。
「私が、そばについてるから」
「なにその健気な言動?」
状況と相手次第では「俺にはこいつしかいない」って確信して三日後くらいにプロポーズしてるぞ。
「私がお兄ちゃんを、ハーレムが作れるくらい魅力的な男にするから」
「……いや、だから俺はハーレムなんて」
妹が泣きそうな顔になる。
うわ、不っ細工だな。
素の顔が無駄に整っているせいで余計にそう感じられた。
俺は長いこと悩んでから、諦めて嘆息する。
そして半ば自棄になりながら言った。
「わかったよ」
一瞬呆けたあとに、妹の顔がぱあっと華やいだ。
「本当にっ?」
俺は頷く。
もちろん、俺にハーレムを作る気なんてさらさらなかった。
というよりも、作れるわけがないと高をくくっていた。
だからこその安請け合いだ。
どうせ完遂できない頼みなのだから、妹の趣味に、あるいは遊びに付き合ってやるんだと割り切ってしまえばいい。
それだけで妹が喜んでくれるなら、そう悪いことではないように思えた。
それにいい加減眠たいのだ。
これ以上話し合いを続ける気力はなかったし(妹の話は聞いているだけで疲れてしまうようなことばかりだった)、仮に全力で反駁しても結局は妹に押し切られてしまうだろうな、という予感がしていた。
俺は妹と同じで、押しに弱く流されやすい性格なのだ。
妹がどういう算段を立てているのか知らないけれど、実行するのは俺なんだからそう大きな問題は起きないだろう。
そもそも妹は俺と違って頭の出来がいいから、問題になるようなことはしでかさないはずだ。たぶん。
妹が歓声をあげようとする気配を感じ取り、俺は慌てて唇に人差し指を当てた。
妹は口を両手で抑えたけれど、それでも隙間から「うふふ」と嬉しそうな声が漏れた。
しばらくベッドの上を転げまわってから俺の前に正座する。
「約束」
妹が真面目腐った顔で小指を突き出してきた。
「へいへい」
指きりなんて何年ぶりだろうか。
妹は歌を歌い終わると、満面の笑みを浮かべた。
こうして、妹の妹による妹のためのハーレム計画は始まった。
思春期男子特有の見境のなさに辟易としながらも、なんとか会話を続ける。
念のために言っておくけれど、俺は妹に対して邪な感情など一切抱いていない。
ただ息子が反抗期なだけだ。
「そんなの、事実婚なら問題ないでしょ」
「いやいや、問題だらけだろ」
「例えば?」
「えっと」
急に問われると咄嗟には出てこない。
五秒ほど考えてから言った。
「ほら、そういうのって不誠実だし」
「浮気や不倫と一緒にしないで!」
小柄で華奢な妹でも、この距離ですごまれるとなかなか迫力があった。
反射的に謝りそうになったけれど、なんとか堪えた。
兄の威厳は大切だ。
「ハーレムはみんなが幸せであることが大前提なの。不誠実でも不潔でも不義理でもなんでもない。純愛が寄り集まったのがハーレムなのっ」
「いや、それは純愛なんて言わないんじゃ。女性側からしても、自分一人を愛してほしいって思うだろうし」
「一人なら、それだけ愛してもらえるの?」
「それは……」
言葉に詰まる。
離婚率の高さや夫婦の不仲。
それにさっき妹が言った浮気や不倫の話もよく耳にする。
一夫一婦だからと言って、愛し合っているとは限らないのだ。
幸せだとは、限らないのだ。
「一人一人をなによりも愛して大切にすればいいんだよ。そしてみんなが満足して幸せなら、それって素敵なことだと思わない?」
誰かを愛するということは、誰かを愛さないということ。
その文言を思い出した。
誰の言葉だっただろうか。
とても深く、そして寂しい言葉だ。
でもそれなら、その愛さないはずの誰かも愛してしまえばいいじゃないか。
そうすれば、みんな幸せでいられるじゃないか。
妹が言いたいのは、そういうことだろう。
子供じみた安易な発想だけど、そう間違ってはいない気がする。
大切なことや正しいことは、大抵シンプルだ。
それでも、やはり承服はできない。
俺の中には凝り固まった常識があって、妹の話はその埒外にあった。
「いや、でもさ」
「なに?」
妹がさらに距離を詰めてくる。
「言いたいことがあるなら言って。お兄ちゃんがぱっと思いつくような反論なんて、全部すぐに否定してあげるから」
口にしかけた言葉がぐっと喉に詰まった。
妹の言う通り、俺がぱっと思いつくような、一般論を基にした反論なんて、すでに検討済みなのだろう。
真剣に考えてみるけれど、適切な言葉がなにも浮かばなかった。
たぶん血液が頭じゃなくて下腹部に集中しているせいだ。
ありきたりで面白みのない反論をするよりかはいくらかましだろうと思い、俺はおどけるように笑って軽口をたたいた。
「そもそもさ、俺みたいになんの取柄も魅力もない男にハーレムなんて作れんの?」
うっ、と顔を引き攣らせて妹は上体を引いた。
「い、痛いところつかないでよ、お兄ちゃん」
「おい、否定はどうした」
痛いのは俺の心だ。
「でも大丈夫、安心して」
妹は俺の右手を両手でそっと包み上目使い。
「私が、そばについてるから」
「なにその健気な言動?」
状況と相手次第では「俺にはこいつしかいない」って確信して三日後くらいにプロポーズしてるぞ。
「私がお兄ちゃんを、ハーレムが作れるくらい魅力的な男にするから」
「……いや、だから俺はハーレムなんて」
妹が泣きそうな顔になる。
うわ、不っ細工だな。
素の顔が無駄に整っているせいで余計にそう感じられた。
俺は長いこと悩んでから、諦めて嘆息する。
そして半ば自棄になりながら言った。
「わかったよ」
一瞬呆けたあとに、妹の顔がぱあっと華やいだ。
「本当にっ?」
俺は頷く。
もちろん、俺にハーレムを作る気なんてさらさらなかった。
というよりも、作れるわけがないと高をくくっていた。
だからこその安請け合いだ。
どうせ完遂できない頼みなのだから、妹の趣味に、あるいは遊びに付き合ってやるんだと割り切ってしまえばいい。
それだけで妹が喜んでくれるなら、そう悪いことではないように思えた。
それにいい加減眠たいのだ。
これ以上話し合いを続ける気力はなかったし(妹の話は聞いているだけで疲れてしまうようなことばかりだった)、仮に全力で反駁しても結局は妹に押し切られてしまうだろうな、という予感がしていた。
俺は妹と同じで、押しに弱く流されやすい性格なのだ。
妹がどういう算段を立てているのか知らないけれど、実行するのは俺なんだからそう大きな問題は起きないだろう。
そもそも妹は俺と違って頭の出来がいいから、問題になるようなことはしでかさないはずだ。たぶん。
妹が歓声をあげようとする気配を感じ取り、俺は慌てて唇に人差し指を当てた。
妹は口を両手で抑えたけれど、それでも隙間から「うふふ」と嬉しそうな声が漏れた。
しばらくベッドの上を転げまわってから俺の前に正座する。
「約束」
妹が真面目腐った顔で小指を突き出してきた。
「へいへい」
指きりなんて何年ぶりだろうか。
妹は歌を歌い終わると、満面の笑みを浮かべた。
こうして、妹の妹による妹のためのハーレム計画は始まった。
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