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第1章:生徒会選挙
しおりを挟む強くならなくちゃダメだ。
ひとりでなんでも完璧にこなして、誰からも頼られるような存在。
生徒たちの代表として立つために、俺は血のにじむような努力をしてきた。
だから……。
「俺が先輩のこと、めちゃくちゃに甘やかしてあげますよ」
そんな言葉に惑わされたりしない――。
俺の名前は吉永唯人。
この学園の生徒会長を務める高校3年生だ。
鏡に映る自分を確認する。
目にかからない長さできっちりと揃えられた黒髪。
第一ボタンまで閉めたシャツに、緩みのないネクタイ。
どこからどう見ても品行方正な優等生だ。
……よし。
「会長、ここのチェックをお願いします」
「ああ、分かった」
廊下を歩けば生徒たちから声がかかる。
「唯人先輩、またこの間のこと相談に乗ってくださいよ」
「もちろんだよ」
「さすが唯人先輩だよな。忙しそうだけどみんなの相談乗ってくれてさ」
「本当、生徒会長のお手本って感じだよ」
誰もが憧れる存在である生徒会長。
そんな人間であり続けるために、俺は胸を張って生きてきた。
「会長、先生から学校行事の件で呼び出しです」
「ありがとう、すぐに行く」
そして事実、この1年間は生徒会長としての責務を全う出来たと思う。
そして5月。
またこの時期がやってきた。
「生徒会からお知らせがあります。次期生徒会選挙は6月10日に行われることになりました」
生徒会長選挙。
この学園の生徒会長として相応しい人間を決める日。
当然俺は、また生徒会長に立候補するつもりだ。
この学園の生徒会役員の選出は 学年関係無しに全校生徒の投票によって決められる。
俺は2年の頃に立候補し、圧倒的な票数でその座を勝ち取った。
そして今日までの1年間。
生徒会長として学園の規律を守り、みんなの期待に応え続けてきた。
今年もまた立候補して生徒会長の座を勝ち取る。
不安なんてない。
俺は俺のやることをするだけだ。
「唯人先輩」
「……宇佐美」
「先生のところに行くんですよね? 俺も同行します」
背後から声をかけてきたのは、ひとつ下の後輩である宇佐美直人だった。
「いい。呼ばれたのは俺だけだ」
「二人で聞いておいた方が効率的でしょう?」
「そうかもしれないが……」
ちらりと彼を見る。
不安はない。
さっきそう自分に言い聞かせたけれど、本当はウソだ。
「それにこれ、生徒会室に忘れてましたよ。今日使う資料ですよね?」
「あっ、すまない……」
俺はこの男を、大きな脅威だと感じている。
「唯人先輩って肝心なところが抜けてますよね」
「ち、違う……!いま取りに戻ろうと思っていただけだ」
「……本当に?」
茶色がかった髪の隙間から、ギラリと光る目が俺を射抜く。
――ゾクッ。
まただ。この表情。
俺は彼のこの目が怖かった。
隙を見せたら喉元に食らいついてきそうな眼差し。
「大事なことのメモは俺がしておきますから、先輩は話に集中していて大丈夫ですよ」
「ああ……頼む」
彼は1年生という異例の速さで副会長の座を勝ち取った男だ。
そして今日までの1年間 俺の補佐として完璧に仕事をこなしてきた。
『先輩、終わりました』
仕事のスピードは速く正確で。
『ここ、効率が悪いので修正しておきました』
提案してくる改善案も的確だ。
『生徒会にご協力お願いします!』
生徒たちへの挨拶回りでも、愛想よく笑顔を振りまいている。
『宇佐美くんってカッコいいよね』
『気さくだけど、頼りになるし』
彼を慕う者は本当に多い。
『次の選挙、宇佐美くんが会長に立候補するのかな?』
『そしたら絶対投票する!』
『俺も俺も!』
今は俺を立てて、一歩引いた立場で仕事をしてくれているけれど いずれ……。
『今日から生徒会長になりました宇佐美直人です』
彼は俺を抜き去ってトップに立つんじゃないか。
そう思わずにはいられなかった。
俺にはない愛嬌と才能を持っている彼。
そんな彼のそばにいると、焦燥感ばかりが募っていく。
「先輩? 唯人先輩! ぼーっとしてますけど大丈夫ですか?」
「っ、悪い……」
先生の話が終わり、生徒会室に戻った俺たち。
宇佐美の声でハッと我に返ると、二人きりの部屋で彼がポツリと話し始めた。
「来月、生徒会選挙ありますよね」
「えっ、ああ……」
ちょうど考えていたことを言われて心臓が跳ねる。
持っている書類を無駄に揃えて動揺を隠した。
「先輩はもちろん立候補するんですよね?」
そりゃそうだ。
生徒会長になれなけばなんの意味もない。
学校を背負って立つ。
それでこそ、吉永家の顔だ。
「当然だろう。誰にも負けるつもりはない」
「そうですよね」
彼がそう言った後。
「……良かった」
宇佐美は小さくつぶやいた。
良かった?どういう意味だ?
違和感を覚えて振り返ると、俺のすぐ後ろに宇佐美は立っていた。
近い。
宇佐美はじっと俺を見下ろしている。
それも、獲物を狙うような熱っぽい瞳で。
「先輩」
宇佐美がゆっくりと俺との距離を詰める。
――ビクッ。
「なんだ」
強気でそう言ったものの、とっさにに本能が警鐘を鳴らす。
ああ、そうか。分かった。
宇佐美は俺を生徒会長の座から降ろそうとしてるんだ。
「く、くるな!」
本当はずっと怖かった。
彼の底知れない気迫も、持っている才能も勢いも全部。
思わず一歩下がると。
「……っ!」
──グラッ。
何かのコードに足を引っ掛けてしまう。
倒れる! 身体が後ろに傾いていく瞬間。
「……っと、」
ガッチリとした宇佐美の腕が俺の腰を抱き寄せた。
――ドキン。
体格が全然違う……。
俺の細い腰なんて、片腕で簡単に抱え込まれてしまう。
「危ないですよ、先輩」
顔を上げればすぐ目の前に彼の端正な顔がある。
「……っ!」
そしてゆっくりと彼の顔が近づいてくる。
――食われる。
飢えた野獣のような顔。
気を抜くと一瞬で狩りつくされそうな感覚。
そして彼は言った。
「俺も負けませんから」
ああ、やっぱり。
この感覚は間違いじゃなかった。
彼は俺を 生徒会長の座から引きずり下ろそうとしている――。
「吉永唯人をよろしくお願いします」
6月上旬。
生徒会選挙が1カ月後に迫り、候補者たちはアピール活動を始めていた。
俺も登校時間に合わせて呼びかけをしている。
けれど 集まってくるのは隣にいる彼を目当てにした生徒ばかりだ。
「宇佐美くん、応援してるね!」
「ありがとうございます」
「絶対に宇佐美くんに票入れるから、校則もっと緩くしてよ~」
「え~どうしよっかなあ。でも善処しますよ」
彼は相手によって巧みに態度を使い分ける。
それが多くの人を惹きつけていることは分かっていた。
先輩や後輩、男女関係なく周りに人が集まるのは彼の人当たりの良さとカリスマ性ゆえだ。
でもそんな計算高さが、俺は苦手だった。
現に今も自分への投票の呼びかけをすればいいのに わざわざ俺の後ろについて補佐を行っている。
宇佐美は今は大人しくしているが きっと、自分が天下を取ったら好き勝手するつもりだろう。
そんなことさせない。
どうにかして立場を守らないと……。
「はぁ……」
深いため息をつく。
ダメだ。
今すごく焦ってる。
どっしり構えていなくちゃいけないのに、もし生徒会長になれなかったらということばかり考えてしまう。
俺が考えるべきことはもっとたくさんあるのに。
「会長、今年も会長に入れますからね」
「ありがとう」
引きつりそうな頬で笑顔を作る。
大丈夫。
俺なら絶対に大丈夫だ
これまでの実績がある。
「予鈴が鳴ったので呼びかけは終わりにしましょう」
授業開始時刻15分前。
撤収して生徒会室に戻り、片付けをしていると……。
そこには宇佐美しかいなかった。
「あれ、他のメンバーは?」
「ああ、荷物を持っていくからいいよって先に行かせました」
「……そうか、ありがとう」
ここ最近、選挙活動と生徒会の仕事でみんなが疲れが溜まっているようにみえる。
それでもみんな協力してくれているから、早く帰してやりたいとは思っていたのだが…… 気が利くんだよな、宇佐美は。
そういうところも、俺より一歩早く気づいて行動が出来る。
『絶対に宇佐美くんに票入れるから』
宇佐美が生徒会長になったら、きっと……俺の居場所は簡単に無くなってしまうだろう。
ぶんぶんと首を振る。
そんなのダメだ。
俺にはここにしか自分の価値を見出せないのだから。
「はあ……」
「どうしたんですか先輩。 やっぱり選挙が近いから緊張してます?」
バッ、と俺の顔を覗き込んでくる宇佐美。
余裕のない顔を見られたくなくて、俺はとっさに顔を背けた。
焦っているなんて知られたくない。
さっきだって、宇佐美は自分の呼びかけなんてすることもなく、ただ俺の後ろについていただけだ。
まるで俺なんか敵ではないと言われているようで悔しい。
このままじゃ駄目なのに。
どんどん余裕がなくなっていく。
「そりゃ緊張しますよね」
まるで他人事な言い方。
俺はグッと唇を噛みしめると、宇佐美を睨みつけた。
「宇佐美、髪の色。 もう少し暗くした方がいいんじゃないか」
その焦りは苛立ちへと変わる。
「いくら校則の範囲内とはいえ、生徒会のメンバーがそんな風だと……」
「なにイライラしてるんですか?」
「っ、」
スッと懐に入り込んできた声。
俺の言葉に被せるように言ってくる。
「イライラって……」
「校則はきちんと守っていますよ。 範囲内なんだからオッケーでしょ? 先輩は少し頭が堅すぎるんですよ」
「……堅すぎるってなんだ!」
俺の苛立ちはすでにピークに達していた。
日頃のプレッシャーと焦燥。
それは感情をコントロール出来ないくらいに膨れ上がっていた。
「そうでしょ?ルールを守っているのにイチャモンを付けられたらみんな息が詰まりますよ」
「う、うるさい!」
俺は声を荒らげて彼に感情をぶつけると、そのまま逃げるように生徒会室を出ていった。
「はぁ……はぁっ」
完全に八つ当たりだ。
絶対にやってはいけないことだった。
俺は完璧じゃないといけないのに、声を荒げるなんて……。
宇佐美が生徒会長の座を狙っていると分かってから、宇佐美と一緒にいると余裕がなくなる。
『先輩』
俺はこの呼び方がずっと嫌だった。
宇佐美が俺を「会長」と呼んだことは一度も無い。
そう呼ばないのは、宇佐美が俺を認めていないからだ。
「なに焦ってんだよ、俺……」
相手はただの後輩なのに。
廊下をトボトボと歩いていると、窓の外から声が聞こえてくる。
「ねぇ~今度の生徒会誰に入れる?」
「今の会長のままでもいいかなって思ってるけど……宇佐美くんが立候補したら宇佐美くんでしょ!」
「やっぱり!? 私もそうする~」
「俺も宇佐美だな。話わかるし」
後輩なのに勝てる気がしない。
このままじゃ俺はきっと彼に負けてしまう。
何か対策を練らなくちゃ……。
ドクン、ドクンと嫌な音を立てる鼓動が早くて落ち着かない。
「もっと、もっと俺じゃないと駄目だって思わせなきゃ……」
父さんの冷ややかな視線が脳裏をよぎる。
『一番になれない人間に価値などない』
完全に追い詰められた俺は、その時の俺はどんな顔をしていただろう。
きっと酷く醜くて、歪んだ顔だったに違いない。
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