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友達に戻るのはアリ?
しおりを挟むあの夜から2日が経った。
今日は午後からバイトが控えている。
ってことは、隼人と会わなくてはいないわけで……。
「うあああああ”」
『俺はもう別にお前と友達でもないし、特別な存在でもないから』
あれは確実に言い過ぎた……。
別にあんな言い方しなくても良かっただろう?
それに俺、冷静に考えたら自意識過剰じゃね?
隼人は別に友達として俺に声をかけてくれたというのに、特別な存在じゃないって……。
隼人だって元々そうは思ってねぇだろ!
何度思い出しても恥ずかしくなってしまって、めちゃくちゃバイトに行きたくないんだが!
しかし、バックレなんて当然出来るわけもなく(俺の倫理に反する)
今、とぼとぼとバイト先の前を歩いている。
「はぁ……」
深く息をつきながら、裏口から店に入る。
バックヤードのドアを開けそのまま更衣室に向かうと、ちょうど隼人が着替えているところだった。
「お、おはようゴザイマス……」
ちらりと視線をやりながら声をかける。
すると。
「……はよ」
普通に挨拶が帰ってきた。
……良かった。
気にしてはなさそう?
「今日は在庫の検品の仕方を教えるから」
「あ、うん。分かった」
「検品しながら豆の種類を覚えて」
「はい!」
隼人に教わりながら検品作業をしていく。
「次これ」
「おう」
(……なんだ。意外と普通じゃん)
あんなことを言ったから、もっと気まずくなるかと思ったけど、隼人は淡々と仕事をこなしている。
ま、そうだよな……。
俺たちは昔付き合っていたってだけで、今はただのバイトの先輩と後輩。
そんな相手に何か言われたくらいで、いちいち気にしたりしないか。
まだ開店前のバックヤード。
俺たちは並んで棚の商品を数え始めた。
「あ、ここの豆の袋、数足りなくね?」
「どれ?」
俺が指差した棚の奥を覗き込もうと、隼人が身を乗り出す。
その時。
棚にある同じ袋を取ろうとして、俺と隼人の手が偶然触れ合った。
「……っ!」
ビクッと俺の肩が跳ねる。
「わ、悪い……」
いやいや過剰に反応すんな俺……。
隼人は目を逸らし、スッと素早く手を引っ込めた。
心臓がドキドキとうるさい。
なんだよ……。
これじゃあ意識してるのは俺の方じゃねぇか。
友達でも特別な関係でもないなんて言い放っておいて、こんなに意識して……俺、何してんだよ。
気まずい沈黙が、俺たちの間に重くのしかかる。
それからは、お互い必要最低限のこと以外、一言も口を利かずに作業を続けた。
そして、バイト終わり。
「お疲れ様でした……」
逃げるようにタイムカードを切り、俺は店を出た。
夜の冷たい空気が、火照った頬に当たる。
「はぁ……」
なんかいつも以上に疲れた……。
業務は今日は検品と名前を覚えたり雑用的なものだけだったから疲れるはずがないんだけど、どうしても隼人を意識してしまって心が落ち着かない。
『俺はもう別にお前と友達でもないし、特別な存在でもないから』
「俺の方がダメダメじゃんか……」
俺は歩きながら後ろを振り返る。
来るわけ、ないか……。
(……なに期待してんだよ、俺)
俺は夜道を一人で歩き出す。
「バイト、変えた方がいいんかな……」
そしてそんなことを考えていた。
翌日。
午前中の授業を受けて昼休みの時間がやってきた。
色々な学部の生徒がごった返す学食で、俺は一人で昼食をとっていた。
今日は篠原はバイト先の先輩たちとオールして遊んだらしく授業をサボっている。
なーんか、ひとりぼっちで寂しいな。
そんなことを考えていると、不意にテーブルに影が差した。
「キミは文学部の一年だよね?」
見上げると、一見人当たりの良さそうなシャツの着こなしがやけに上手い上級生の男が立っていた。
「あ、はい。そうですけど」
「俺、経営学部の三年なんだけどさ。今度、いろんな学部のデキる人たち集めて学生起業セミナーやるんだよね。興味ない?」
「え、起業ですか? 」
なんかスゴそう……。
大学から起業について学ぶってすげーな。
その男は俺の向いの席に座ると、活き活きと告げる。
「参加費、今なら学生割で3万だけど、絶対将来の役に立つから!」
「さ、三万!?」
そんなかかるのかよ……!
俺は今、自分で食ってく分だって必死に稼ぐしかねぇのに!
「あ、いや俺……」
「先行投資ってやつだよね。起業とか興味なくても、人脈広がるし絶対に受けた方がいいと思うよ。とりあえず連絡先だけ交換しようよ」
その男は楽し気にスマホを俺に突きつける。
連絡先も交換したくねぇ(泣)
でも、先輩の圧が強くて断りきれない。
またキャンパスで会うかもしれないし……うう。
「あ、ええと……」
「いいから交換、交換。なんのために大学来たの?ちゃんと勉強しないと取り残されちゃうよ」
俺が諦めて自分のスマホに手を伸ばした、その時だった。
「……陽」
ふいに低い声が俺の名前を呼んだ。
この声……。
振り返ると、隼人がそこに立っていた。
「探した。ここにいたの?」
「え? は、隼人……? なんで……」
俺が混乱していると、隼人は俺の腕を掴んだ。
隼人は、俺を勧誘していた上級生を一瞥すると、無表情で言い放った。
「そういうの迷惑なんでやめてもらえますか?自分の進路は自分で決めるんで」
ハッキリと告げると男は戸惑った表情を浮かべた。
「あ、いや……強制してたわけじゃ」
「じゃあ」
「ちょ、おい!?」
隼人は男を完全に無視し、俺の腕を掴んだまま学食を出ていった。
人混みをかき分け中庭を突っ切り、講義棟の裏手まで来たところで隼人はようやく俺の腕を離した。
「ああいうの、大学内でも注意喚起されてるから気を付けた方がいいよ」
「あ、ああ。ありがとな」
助かった……。
隼人がいなかったら、連絡先は交換してたな。
そして押しに弱い俺なら最初だけって参加してる未来が見える……。
「じゃあ、またバイトで」
隼人はそれだけを言うと俺に背中を向けた。
「あっ、隼人……あの」
そこまで言った瞬間、俺の腹がグーっと音を立てた。
隼人が驚いた顔をして振り返る。
「俺の昼飯……」
「えっ」
学食のテーブルの上。
まだ半分以上残っていた俺のカツカレー……。
「う、う“……」
じわ、と目の奥が熱くなった。
取に戻ればいいが、まだあいつらがいるかもしれないし、もう会いたくないしあそこで飯を食いたくない。
でもお腹はペコペコだ。
「うう……」
「……心配するの、それ?」
俺が涙目になっている理由が昼飯だと気づいた瞬間、隼人は、フッと息を漏らした。
そして肩を震わせてる。
「……笑うなよ!貴重だったんだぞ!俺は金欠なんだ!」
「いや……にしても泣くのそこ?」
さっきまでのクールな雰囲気はどこへやら。
隼人は、高校の時みたいに声をあげて笑っていた。
「……陽さ、3限ってなにか授業入ってる?」
「いや?……今日は空きだけど」
「じゃあ、後で残したものは回収するとして……外に食べにいかない?」
「え、でもお前は……?」
「俺、休校になったんだ。昼飯、俺が出すからさ」
「えっ、でも」
助けてもらっておいてそこまでしてもらうわけには……。
「俺も時間持てあましてるから陽が付き合ってくれたら嬉しい」
「……そういうことなら」
俺は思わずそう答えてしまった。
隼人が連れて行ってくれたのは、大学の門から少し路地に入った昔ながらの洋食屋だった。
「……日替わりランチ、まだあるかな」
「お前、こういう店知ってんだな」
「まあ。友達とたまに来るよ。俺も3限は空きが多いから」
「そうだったのか、なんか1個くらい授業被っててもおかしくなさそうだよな」
「ってか陽、授業中見かけたことあるよ」
「なっ……なら声かけろよな」
前までの緊張感がウソみたいだ。
普通に話せる。
二人でテーブル席に向かい合って座る。
俺はハンバーグ定食を食べることに決めた。
「っていうか、カツカレーも食べてて本当に食べれるの?」
「大学生の食欲なめんなよ?金欠じゃ無きゃ、もっとトッピングしたいところだ」
「そうだったんだ」
俺たちはポツポツと話し始めた。
「……つーか隼人はサークルなんか入ってんの?」
「一応、フットサルサークルのインカレに入ってる」
「そうなのか」
バイト先では話せなかった大学の話をしたり、軽くバイトの話をしながら過ごした。
なんだ。
場所もあるのか……大学でなら全然普通に話せる。
高校の時、 付き合う前に文化祭の準備室で二人でダベっていた時みたいだ。
俺はハンバーグを食べながら、ふと心が軽くなるのを感じた。
それから店を出てお礼を告げる。
「ごちそうさま! マジ助かったわ。出世払いして返すわ」
「今日のはいいって」
ふたり並んで大学までの道のりを歩く。
すると、急に隼人が静かになった。
どうしたんだ……?
ちらりと隼人に視線をやると彼が立ち止まる。
「……陽」
そして隼人が静かに口を開いた。
「……友達に戻るのは、できない?」
その言葉に、俺の足が止まる。
「え……」
「……前みたいに、友達に戻るのも無理なのかな。陽と気まずくなるのは寂しい」
隼人の声は、どこか切実で俺の顔色を窺うようだった。
そうだよな……。
俺も思ってた。
さっきみたいに普通に隼人と一緒にいて、前のように友達の距離で話せば楽しいじゃんって。
別に、もともと距離を取る必要なんてなかったんだよな。
高校生の頃の連絡は水に流せばいい。
何もなかったフリして、隼人とは友達に戻ればいい。
大学もバイト先も同じなら分かり合えることもあるし、また前のように仲良くできる。
俺は大きく息を吐き出すと、強張っていた肩の力を抜いた。
「あー……俺もさ、あの時はちょっといいすぎだつーか?バイト始めたばっかで余裕がなかったんだよなあ」
ガシガシと頭をかきながら言う。
「俺たち普通に友達に戻ろうぜ」
俺が笑顔を作って伝えると、隼人はふっと小さく息を吐いた。
「……よかった」
心の底から安堵するみたいな隼人の表情。
隼人は人たらしだと思う。
のういう表情を無意識で向けてくるんだから。
でも、この関係が今の俺たちにはちょうどいい。
「これからも色々教えてくれよ?」
俺は横目で隼人の横顔を見ながら、これで良かったんだと自分に言い聞かせた。
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