バイト先に元カレがいるんだが、どうすりゃいい?

cheeery

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隼人の家

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あれから、何度かバイトに入った。 
隼人とも友達としての距離で接することが出来て悩むようなことも消えた。

「豆の種類はもう完璧!あとは作り方をマスターしたら俺はひとりだちだ!」
「そう簡単に行くといいけど」

「なんだと?絶対すぐマスターしてみせるからな」

冷房の効いた涼しい休憩室で、俺たちは向かい合って笑い合っていた。 

変に意識してギクシャクすることもない。
目が合って気まずく逸らすこともない。
いい距離感だ。

「じゃあ休憩終わったら、広瀬くんにはレジメインで入ってもらいます」
「はい!」

「三上くんは広瀬くんのフォローしてあげてね」

俺がバイトに入る時は決まって隼人がいたが、隼人は普段通りで淡々と業務を教えてくれた。
そのお陰もあってか、俺は平日の人の少ない夜の時間帯にようやく一人でレジを任されるようになっていた。

「いらっしゃいませ!」
「ホットコーヒー、レギュラーサイズで」
「はい、かしこまりました!」

俺は、最初の頃はテンパりまくっていたコーヒー作りも、今は落ち着いてつくれる。
スチームミルクはまだ粗いと怒られるが、だいぶ形にはなってきたと思う。
てきぱきとこなすとなんだか出来たような気がして嬉しくなった。

「広瀬くん、いいかんじだよ!」
「ありがとうございます」

一緒に入った美咲さんにも褒められた!

バイトは楽しいし、ここに決めて良かったって思うんだよな。
ちらりと隼人の方に視線を向ける。

カウンターの向こうで淡々とドリンクを作る隼人の横顔は様になっていた。

かっけぇな……やっぱり。
俺もはやくあのくらい出来るようになる!

その日のシフトは、閉め作業無しの少し早い時間でのあがりだった。

「お先に失礼しまーす」

中にいる人に声をかけて更衣室に向かう。
エプロンを外し、バックヤードに戻ると隼人も俺の後に続いて入ってきた。

「あれ、お前も終わり?」

「うん。今日閉めいっぱいいるからもう上がっていいって」

「そうなのか……」

たわいない話をしながら、俺はスマホをチェックする。
すると篠原からメッセージが来ていた。

【陽、明日まで提出の文学史のレポートどこまで進んだ?今日の12時までだってよ。鬼畜すぎるよな】

れ、レポート!
……忘れてた!
完全に頭から抜け落ちていた。

今から帰って、徹夜すれば……なんとか間に合うかもしれねぇ!
やばい、やばい!
ってか、パソコン持ってきてるよな。

カバンをごそごそと漁る。
その瞬間。

「……つめたっ」

カバンの底を持った手が妙に冷たくて湿っていた。 

えっ……。
嫌な予感がして、恐る恐る中を覗き込む。

「ウソだろ……」

そこには、大惨事が広がっていた。

ちゃんと閉めたはずの水筒の蓋が緩んでいたのか、中身のお茶が全部漏れ出して、カバンの底がタプタプになっていた。
そして、その茶色い海にどっぷりと浸かっているのは……俺のノートパソコン。

「あ、あ、あ……!」 

血の気が引く音がした。 

俺は震える手でパソコンを取り出し、ロッカーにあったタオルで必死に水分を拭き取る。
頼む、無事でいてくれ……!

祈るように電源ボタンを長押しする。
しかし。

「……」

うんともすんとも言わない。 
画面は真っ黒なままで、起動音がする気配もない。

何度押しても、反応はゼロだった。

「お、終わった……」

よりにもよって、今日!?
レポート締め切り2時間前に、こんなタイミングで水没して壊れるなんて……!
絶望で膝から崩れ落ちそうになった、その時。

「……どうした?」

青ざめる俺の隣で、着替えていた隼人が俺の異変に気づいた。
「あ、いや……その」

俺は頭が回らないまま、涙目でつぶやいた。

「明日までのレポートがあるのに……水筒が漏れて、パソコンが、死んだ……」

俺が泣きそうな声で呟くと、隼人は「あー……」と、珍しく少し同情するような声を出し静かに言った。

「……俺のパソコン使う?」
「……え、でも」

「俺のでよければ……貸すよ」
「いいのかよ……!」

救世主……!
今は隼人にすがるしかない。

「……レポート、終わったらすぐ帰るから貸してほしい」

俺が頼み込むと、隼人はカバンを背負って言った。

「じゃあ急いで帰ろうか」

こうして俺は隼人の家に行くことになった。

バイト先から歩いて十分ほど。
俺のアパートより、ちょっとだけ築年数が新しそうなマンションの前に着く。

オートロックを抜け、エレベーターに乗り込んだ。
……なんか、緊張するな。
一人暮らししてるって言ってたよな。

隼人の家ってどんな感じなんだろう……。

「……狭いけど、どうぞ」

そう言いながら隼人は家の鍵を開けた。 

「……おじゃま、します」 

部屋に足を踏み入れると、そこは白とグレーで統一されたおしゃれな空間だった。

ベッドと小さなローテーブル、それにテレビ。
余計なものが一切置いていなくて、同じ大学生の一人暮らしとは思えないくらい整った部屋。
俺の脱ぎ散らかした服が散乱している部屋とは大違いだ。

同じワンルームに住んでんのに、こんなに違うのかよ……。

「……あそこのローテーブル使って。ノートパソコン持ってくるから」
「あ、うん」

俺は、少し緊張しながらもその小さなテーブルの前に正座した。

ほのかに隼人の匂いがする。
落ち着かない気持ちでそわそわしていると、着替えを済ませた隼人がすぐに戻ってきて、銀色の薄いノートパソコンを机に乗せてくれた。

「パスワードはこれだから」
「お、おう……サンキュ。マジ助かる」

俺は手を合わせると、すぐにパソコンを起動させてワードを開いた。
時刻は22時を回っている。

今日の24時まであと2時間弱。

(やるしかねぇ……!)

俺は気まずさも忘れ、必死の形相でキーボードを叩き始めた。

カタカタカタ……。
静まり返った部屋に俺のキーボードの音だけが響く。

隼人はいつの間にか部屋にはおらず、その代わりにシャワーの音が聞こえてきた。
あと少し……。
引用の文献をここに入れて……!

「……よし、書けた……!」

震える指で【送信】ボタンをクリックする。

ロード中のくるくる回るアイコンを祈るように見つめること数秒。
画面に【提出完了】の文字が表示された。

時刻は、11時58分。

「おわったぁぁぁ~~!」

緊張の糸がプツンと切れて、俺はそのまま後ろに倒れ込んだ。

天井の照明が眩しい。
なんとか提出出来たぜ。
安心したら、急にどっと疲れが押し寄せてきた。 

あー……帰りたくねぇ。
このまま寝てしまいたい。

体がカーペットに沈み込んでいくみたいに動かない。
だめだ、隼人にも迷惑かけてるし帰らないと……。

でも隼人を待っている間だけ……。
そっとまぶたを閉じると、俺の意識は、あっという間に闇の中へと落ちていった。

『陽……』

誰かが俺の名前を呼んでいる。

誰、だ……?
夕焼けに染まった教室で、隼人が俺を見て笑っていた。

ああ、隼人か……。

 『陽』

名前を呼ばれる声が優しくて、俺は胸がいっぱいになる。
あの日に戻れたらいいのに。
隼人の側は心地よくて、温かくて、大好きだった。

『陽、好き』

ゆっくりと、隼人の顔が近づいてくる。

「はや、と……」

俺は受け入れるように目をつぶった。
そっと唇が重なる。

温かくて、甘い感覚。

「……ん……」

夢だよな?
そう分かっているのに、唇の感覚は妙にリアルだった。

俺は重たい瞼をゆっくりと持ち上げる。
その瞬間。

「……!」

俺の視界に映ったのは、至近距離にいる隼人の顔だった。
隼人は俺の両脇に手をつき、俺に覆いかぶさるようにして見下ろしている。

(……え?)

唇に残る確かな感触。
ぱちりと目が合う。

唇に確かに熱が残ってる。

「もしかして、キスした……?」

震える声で問いかけると、隼人の肩がビクッと跳ねた。

否定してくれ。
あれは俺が見た夢だと言ってくれ。

そう願う俺の気持ちとは裏腹に、隼人はゆっくりと体を起こし、俺から距離を取った。

「……悪い」

悪いってなんだよ。
ハッキリ言ってくれよ。

あっちにある充電器を取ろうとしただけ、とか……俺の勘違いだとか……言ってくれよ。

「キス……した」
「なん、で……」

俺たちはあの日、友達に戻ったはずだろう?
それなのにどうしてキスなんか……。

隼人は苦しげに顔を歪めると、ベッドの縁に座り込み深く項垂れた。


「ごめん。自分で言ったけど、やっぱり友達には戻れない」

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