バイト先に元カレがいるんだが、どうすりゃいい?

cheeery

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忘れられない淡い思い出

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俺と隼人が付き合い出したのは、高校二年の秋のこと。
文化祭がもうすぐやってくるシーズンで、うちのクラスは巨大モザイクアートを出すことに決まっていた。

準備は大変であるものの、当日は遊べるからという理由で決まった出し物。
とはいえ制作側にまわるのは大変そうだということで、誰も実行委員に立候補する人がいなかった。

「ならじゃんけんで決めるぞー」

先生とじゃんけんして負けたやつがなることに決まり……。
そしてそう、グーを出した俺はまんまと負けてしまった。

ううう……。
文化祭実行委員はめんどくさいと聞く。

俺だって文化祭を気楽に楽しみたかったのに~。

「……じゃあ、原画のデザイン担当。誰か絵が得意なやついないか?」

みんな同じ気持ちだろうし、これもじゃんけんで決めることになりそうだな。
なんて思っていた時。

「やります」

先生の言葉に手を挙げた人物がいた。
それが三上 隼人だった。
三上は、黙っていても勝手に人が集まってくるようなやつだった。
別に愛想がいいわけじゃないのにあいつの周りにはいつも自然と人の輪ができていた。

「え~三上くんがやるなら、実行委員立候補すればよかったあ」

「確かに、隼人がやるなら俺たちも手伝うのに」

そんなクラスの中心にいる三上とはほとんど話したことがなかった。

せめて話しやすい人だったらよかったのに……気まずい。
手伝う気があるならそっちでやってくれ(泣)

こうして、デザイン担当の隼人と実行委員の俺の二人きりの居残り作業が始まった。

最初は、めちゃくちゃ会話が弾まなかった。

教室の後ろに広げられた巨大な模造紙に、三上が黙々と鉛筆で下書きを進めていく。

シーンと静まり返った教室の中で、鉛筆を走らせる音だけが響く。
やべぇ……何話したらいいか分かんねぇ。
三上も何考えてるか分からねぇし、これは話しかけない方がいい?
ぐるぐるとそんなことを考えながら俺は必死に会話を探した。

「……三上ってさ、部活とか入ってないの?」
「……入ってない」

「そ、そっか。なんか趣味とかは?」
「……別に」

会話終了。
なんか俺と話したくなさそー。

三上だって、こういう仕事……積極的にやるようなタイプじゃないよな?
なんで手伝うと言い出したのか、謎だ。
そうこうしているうちに三上が下絵を完成させた。

「こんな感じ?」
「えっ、すげぇえ!!」

下書きは、目を見張るような風景画になっていた。

「お前これ……!天才だろ!? こんなに絵上手いのかよ」

俺が興奮して言うと、三上は照れくさそうな顔をしながら言った。

「別に大したことじゃ……」
「いや、これは誇るべきだな!」

気まずい空気も忘れて俺はテンションが上がってしまった。

なるほど、絵が上手いから立候補してくれたのか!

「三上がいてよかった~」

たぶん俺1人だったら、クオリティが低いものが仕上がって終わっていただろう。

「隼人でいいよ」

そこからなんとなく、三上が心を開いてくれたような気がした。

「お、俺も!陽って呼んでくれ」
「うん」

俺がそう伝えた時、嬉しそうに笑う隼人。
イケメンって笑顔も眩しいんだな……。

それから、文化祭までの残りの日々。
俺たちは、少しずつ仲を縮めていった。

「陽、そこの色、違う」
「うわ、まじか。……サンキュ、隼人」

隼人の意外と手先が器用なところや、俺のテニス部のどうでもいい愚痴をちゃんと聞いてくれるところとか、クールに見えて、案外面倒見がいいところがあったり……。
隼人と一緒に作業をしている時間が一番好きな時間になっていった。

「……ここ、色が足りないな」
 「マジか。俺、切るわ」

俺たちは巨大なモザイクアートの作成に追われていた。

作業台代わりの机を挟んで向かい合い、黙々と色画用紙をちぎっては貼っていく地味な作業。
そんな作業も毎日続けば慣れてくるもので、俺たちはポツリポツリと言葉を交わしながら手を動かしていた。

「……あ、やべ」
「どうした?」

糊付けが甘かったのか、貼り付けたばかりの画用紙の端がペラリと浮いてきてしまった。

 「くそっ、またかよ……」

指で押さえつけようとしたその時だった。

「……貸して」
「えっ」

俺が返事をするより早く、向かいにいた隼人が身を乗り出してきた。
スッ、と俺の手の上に隼人の手が重なる。

「……っ!?」 

隼人の長い指が俺の指先ごと画用紙を押さえ込んだ。

距離、数センチ。
目の前に、隼人の整った顔がある。

伏せられた長いまつ毛や、通った鼻筋がありえない至近距離に迫っていた。

(ち、近っ……!)

心臓が、ドクンと大きく跳ねた。

隼人は俺の動揺なんて気づいていないのか、真剣な眼差して手元を見つめている。
ふわりと、制服の洗剤の匂いが鼻をかすめた。

イケメンっていい匂いもするのかよ……。

「……ここは、こうやって端から押さえないと剥がれる」

「あ……う、うん……」

重なった手から伝わる体温が妙に熱い。
なんか、ドキドキするんですけど!!

イケメンってやつは……女子も男子も関係なくドキドキさせる生き物なのか!?

「陽……どうした?」
「ああ、いや……なんでもないぞ!」

そして文化祭、前日。
最後の色紙が貼り付けられ、ついに巨大なモザイクアートが完成した。

放課後の教室で、クラスのみんなが「おーっ!」と拍手をする。

外枠とかチラシの作成は他のものはみんなにも頑張ってもらったけど、やっぱり隼人の絵のクオリティが高くて、完成度も高く感じた。

みんなが帰っていった後、俺たちはふたりで残ってまじまじとその絵を見ていた。

「……なんか、すげえな」
「……ああ」

「俺、最初ダルいとか思ってたけど。……隼人と一緒にやれて、良かったわ」

俺は、達成感でいっぱいで心の底からそう思った。
すると、隼人は静かに言う。

「俺も陽と一緒にやれてよかったと思ってる」
「おう!」

なんか照れくさいな。
なんて考えていると、隼人は気まずそうに顔を伏せながら言った。

「最終日の文化祭、一緒に周らないか?」
「えっ、でも……お前友達とか」

「陽と周りたいんだ」

──ドキ。
まっすぐにこちらを見てくる目に居心地の悪さを感じて俺はとっさに逸らした。

「お、おう……!もちろんいいぜ」

懐いてくれなかった犬が懐いてくれた時ってこんな感覚になるのかな?

俺は隼人の言葉が単純に嬉しかった。

そして、文化祭当日。
クラスのモザイクアートはかなりの大盛況であった。

俺は朝から呼び込みをしたり、受付をしたりして忙しかったが、最終日の昼過ぎになり、ようやく自分の時間をもらうことが出来た。

ええっと、隼人のやつ……どこにいるんだ?
あたりをキョロキョロ探していた時。

「……陽」
「うわっ!?」

 背後から、不意に声をかけられて飛び上がる。
 振り返ると、隼人がいつもの制服姿で立っていた。

「これ、買って来たよ」

そうやって渡してくれたのは、屋台のたこ焼きや焼きそばだった。

「おおお……!お前神!」

隼人は人の気持ちに敏感でよく気づく。
きっと午前中ずっと受付をしていた俺がお腹を空かせてると思って買って来てくれたんだろう。

「いただきます!!」

残った時間は数時間で、俺たちは屋台を回ったり隣のクラスの劇をみたりして過ごした。

なんかあっという間に終わっちまったな……。

『──まもなく、後夜祭の花火が、グラウンドにて打ち上げられます』

放送が流れる。 
そっか……そういや花火で締めるって言ってたな。

「見てく?つっても、男2人だけど」

俺が笑いながら言うと、隼人は俺の腕を掴んだ。

 「……こっち」

隼人は、人の流れとは逆方向。
グラウンドから一番遠い、旧校舎の階段を上っていく。 

まっ、男2人で見てもしゃーないしそうなるよな。
そんなことを考えながら、隼人が連れてきたのは一番端の誰も使っていない視聴覚室だった。

「……なんでここ?」 

中は、埃っぽくて古い機材の匂いがした。 
でも、一番奥の窓はグラウンドを真正面から見下ろせる完璧な特等席だった。

「も、もしかして!?」
「そうここから花火が見える」

「すげぇ!よく気づいたな」
「……デザイン画、描いてる時に見つけた」

窓枠に二人で並んで腰掛ける。
遠くでグラウンドのざわめきが聞こえる。 

「こんなにいいところ見つけて……俺とで良かったのかよ?もっと可愛い女の子と見た方が良かったんじゃないか?」

当日隼人と過ごしたかった人は多かっただろう。
その証拠にクラスの女子は隼人くんはどこに行った?って探し回ってたしな……。

隼人は変装までして逃げてたくらいだし……。

俺がそう伝えると、隼人は遠くを見つめながら言った。

「女子と見るより、陽と見た方が絶対に楽しいよ」
「そ、そうか……?」

なんかそんなことまっすぐ伝えられると照れくさいつーか。
意外と隼人ってストレートに物事伝えてくるんだよなあ。

それがなんかドキドキするつーか……。
イケメンは罪っていう言葉はあながち間違いではないのかもしれない。

「まっ、俺ら頑張ったわけだし……花火をいい席で見る特権はあるわな」

そんなことをいいながら俺たちは花火を待っていた。
すると。

『──それでは、フィナーレの花火です!』

校内放送が響き渡る。
ヒュルルルルと音が聞こえ、俺は顔を上げた。

「あ……」

ドオォォン!!

「……すげぇ」

夜空に大きな花火が咲いた。
赤、青、緑。次々と打ち上がる極彩色の光が、薄暗い教室と俺たちの顔を照らし出す。

「きれいだな……」

俺は光の粒が降り注ぐ夜空を見上げながら、今までのことを考えていた。

文化祭の準備、なんだかんだ楽しかったな……。
これが終わったら、きっと俺たちはまた元いた場所に戻るんだろうな。

明日になれば、隼人はまたクラスの中心でみんなに囲まれて、俺はそれを端っこで見るだけのその他大勢に戻る。
廊下ですれ違っても、もう今までみたいに笑い合って会話することもなくなるんだろうな。

いい思い出と言えば、そうなんだろうけど。

「……なんか、終わるって実感すると寂しく感じるな」

なんてこんな感情になるのは俺らしくないか。

ただのクラスメイトに戻るだけなのに。
胸の奥がキュッと締め付けられるような変な感覚。

今まで感じたことのない感情だった。
その時。

「……陽」

薄暗い教室と隼人の真剣な顔を照らし出す。
そんな中、隼人の唇が動いた。

「ずっと伝えようと思ってたんだけど、俺……陽のことが好きだ」

花火の音にかき消されそうな、でも、俺の耳には痛いほどハッキリと届いたその言葉。
俺は、空に咲く火花よりも眩しい隼人の瞳から、目を逸らすことができなかった。

その間にまた大きな花火が打ち上がる。

「なに、言って……」

ああ、それはいい友達としてって意味?
なんて言える言葉はたくさんあったはずなのに、まっすぐに見つめる隼人の顔がすごく真剣で、俺は何も言えなくなってしまった。

「前からずっと見てた。俺……陽がいたから立候補したんだ」

隼人が、俺のこと……好き?
あの隼人が前から俺を見ていた?

ウソだ……信じられない。

「こんなこと言ってごめん。でも……このまま伝えないでクラスメイトに戻ったら、後悔すると思ったから……」

ぎゅっと握りしめる手は熱くて、隼人は諦めるみたいに苦しそうに感情を吐き出していた。
それを冗談にすることなんて出来るはずもなかった。

「俺、男だけど……」
「知ってる」

「誰かと付き合った経験とかも無いし、男を好きになったこともない」
「うん……」

隼人は静かに返事をする。
うわあ……どうしたらいいんだ。

俺には用意してた言葉なんてない。
こんなこと想定もしていなかったんだから。

だからこそ、今思っている気持ちを素直に伝えるしかないのかもしれない。

「お……俺も、このまま他人みたいに戻るのは嫌かも」

ぽつりと吐き出すと、隼人の目が大きく見開かれた。

この告白をふってしまったら俺たちは、仲のいい友達に戻ることはできないだろう。

特別な関係になるか、他人に戻るかの2択。
だったら……。

「俺たち、付き合ってみる?」

──ヒュ~~!
──ドンッ!

この日一番大きな花火が夜空に打ち上がった。
視界いっぱいに広がる光の粒。

(ああ、きれいだな……)

この感情がちゃんと恋愛なのかとか、正しいものなのかとかは全く分からない。
でも思い出として終わらせたくないと思った。

それから俺たちは、付き合うことになった。
男と付き合うなんて初めてだし、そもそも誰かを好きになったのも初めてで、俺にとっては分からないことだらけのスタートだった。

お互い手探り状態ではじまったお付き合い。

「……陽、ノート貸して」
「おう、いいぞ」

教室でのやり取りは、ただの友達。
でも、誰も見ていない瞬間に。

「陽……手」
「……うん」

机の下でこっそり指先が触れ合ったり、帰り道に人のいないところで手を繋いでみたり……。

それだけで心臓がドキドキ跳ねて、好きという感情が積み上がっていくのを実感していた。

なんか俺……案外隼人のこと、ちゃんと好きなのかも。
試しになんて思っていたけれど、ちゃんと心が動くしドキドキいってる。

それに……。

「三上くーん、ここ教えて!」
「三上、部活の助っ人頼めない?」

相変わらず人気者の隼人の周りにはたくさんの人が集まる。
それを見て、ちょっとヤキモチを妬いたり……。

ああ、なんか。
俺の方が好きになってしまってる気がする。

案外うまくいってるんじゃね?
なんて思うほど俺は浮かれていたと思う。

そんな時、隼人のあるウワサを聞いてしまうことになる。

その日、俺はテニス部の友達と廊下で話していた。

「陽ー、次移動教室だぞ」
「おう、今行く!」

教材を取りに自分の教室へ戻ろうとした時、角を曲がったところにある給湯室の前で、隣のクラスの男子たちがたむろしているのが見えた。

「……それって三上の話し?」

三上?
隼人のことだ……。
どうせまた告白されたとかそういうウワサだろう。
俺の彼氏はモテモテなんだ。

俺も最初こそ、隼人が告白されるたびにヤキモチを焼いていたが、毎回誠実に断っているのを見て大丈夫だと思うようになった。
隼人が好きなのは俺だけだもんなー。
俺は少し鼻を高くして通り過ぎようとした。

「そうそう、ビックリだよね!モテるのは知ってたけどさ」

しかし。
次に聞こえてきた言葉に、俺の足は動かなくなった。

「なんか、何人落とせるか試して記録作ってるらしいぜ」
「はあ? なにそれ」

「モテるからね~。ただ付き合うだけじゃつまらなくなっちゃったんじゃない?」
「うわ、最低じゃん。ゲーム感覚かよ」

──ドクン。
心臓が嫌な音を立てる。

……は?
何人、落とせるか試してる?
いやいやそんなわけねぇだろ!

「女子は楽々だから、次は男もターゲットにしてるって聞いたぜ?」

男……。
それって俺のこと……?

「マジかよ、誰でもいいのかよあいつ……」
「難易度あげないとつまんねぇんじゃねー?」

ゲラゲラという下世話な笑い声が廊下に響く。

そんなわけない。
だって隼人はまっすぐに俺に気持ちを伝えてくれた。
あれがウソだったなんて思えない。

嫌なウワサが回っているだけだ。
俺はそう思ってその場を走り去った。

「信じていいんだよな……」

しかし、心の中にトゲが刺さるようにウワサのことを考えてしまった。

もともと隼人と接点のなかった俺。
居場所も違うし、隼人みたいに人が集まってくるタイプじゃなかった。

それでも隼人は俺を好きだと言った。
隼人は俺のどこが好きなんだ?
どこに魅力を感じてる……?

そんなところ、俺にあるか……?

急に不安になってしまった。

「……陽?」

放課後の誰もいない教室。
上の空で考え事をしていた俺の頬に温かい手が触れた。

俺はせっかく隼人とふたりきりの時間を過ごしていたのに、ぼーっとしていたみたいだ。

「え……」

顔を上げると、心配そうな隼人の顔があった。

「なんか今日、元気ないな」
「そ、そうか? 普通だろ」
「嘘つけ」

隼人は優しく笑うと、俺の顔を覗き込み、そっと唇を重ねてきた。

「……ん」

触れるだけの優しいキス。
唇から伝わる温度は、ウソをついているようには思えないほど温かった。

「はや、と……」
「ごめん。キス……しちゃった」

隼人は恥ずかしそうに頬を染めている。
こんな表情がウソだなんて到底思えない。

「嫌だったかな?」

隼人の言葉にぶんぶんと首を振った。

好き。
隼人が好きだ。

心臓がうるさすぎて、落ち着かない。

あんなの、ただの僻みだ。
誰かが変なウワサを流し出したに決まってる。

俺は隼人を信じる。
隼人のこの表情を。

そう心に決めた。

そして、翌日の昼休み。
4限終わりのチャイムが鳴り、俺は購買でパンを買って教室に戻ってきた。

……隼人、メシ食ったかな。
もしまだだったら一緒に食わねぇ?って誘うのもアリだよな。
基本隼人は一緒にいるグループと食べるが、俺が食わないかと誘えば必ず一緒に食べてくれる。

もともと一人で食べようとする性格もあってか、俺と人がいない場所でお昼を食べていても特に何も思われないらしい。

昨日のキスが、まだ唇に残っている気がして恥ずかしいが、誘ってみるか……。

俺はパンを片手に隼人の席へ向かおうとした。
教室の後ろのドアから入ると、窓際にある隼人の席に男子たちが数人集まって人だかりができていた。

どうやらスマホの画面を囲んで盛り上がっているらしい。

「はや……」

声をかけようと近づいたその時だった。 

「……で、どうなったんだよ?ついにアレ、落としたのかよ?」

友人の一人が画面を指差しながら隼人に尋ねた。
俺の足が止まる。
 
……落とした?
隼人はスマホの画面を操作しながら、気のない声で答えた。

 「ああ、楽勝だった」

『なんか、何人落とせるか試して記録作ってるらしいぜ』

嫌な言葉が蘇る。

「マジかよ! お前すげーな」
「だって相手、たしか~~の男だろ?」

隼人の友達が茶化すように言う。

男……。
それって昨日の話……。

いや俺は隼人を信じるって決めたじゃないか。
違う。絶対に違う。
隼人があんなこと言うはずがない……。
そうだよな、隼人……。

俺はぎゅうっと唇を噛みしめる。
しかし隼人は画面を見つめたまま、軽く笑って言い放った。

「やってみたら、案外簡単だったわ」

なっ……。
ガラガラと、俺の中で何かが崩れ落ちる音がした。

……ああ、そうか。隼人は俺をオトして楽しんでいたのか。

好きなんて気持ちはなくて、ただゲームを攻略するみたいに俺を落として楽しんでいたのか。

なんだよ……っ。なんなんだよ。
好きにさせて、攻略してただけでしたーって、そんなの酷すぎんだろうが……っ。

だったら告白してOKされたタイミングで言ってくれよ。
そしたら俺だって……本気にならないで済んだかもしれないのに。

「……っ」

俺は隼人に声をかけることもできず、踵を返した。

あいつらが振り返る前に、涙が溢れてくるのを堪えるように、俺はパンを握りしめたまま教室を走って逃げ出した。

それから俺は、露骨に隼人を避けるようになった。

「陽、帰ろうぜ」

放課後、隼人がいつものように俺の机に来ても、俺はカバンを掴んで立ち上がる。

「……悪い。今日、部活のミーティングあるから」
「え?今日オフだろ?」
「急に入ったんだよ」

目を合わせずに早口でまくしたて、俺は逃げるように教室を出る。
お昼に誘われても教室移動に誘われても、俺は徹底して理由を作って逃げた。

学校で視線を感じても気づかないフリをして、隼人がこっちに来そうになったらわざと別の友人の輪に入り込んで、隼人が入り込めないように壁を作る。

【陽、俺なにかした?】

そして送られてくるメッセージには返事をしなかった。

俺は隼人に真実を伝えられるのが怖かったのかもしれない。
こんなことしても意味ないと分かっているのに……俺は隼人から逃げることしか出来なかった。

そしてそのまま1週間が経った時。

「陽」

隼人は俺がひとりの隙を見て話しかけてきた。

「そろそろちゃんと話したい。こんな状態は嫌だよ」

隼人の言葉に胸が痛くなる。
ちゃんと話したいって……ちゃんと別れを告げたいってことかよ。

遊びだったんだ、だから終わりねって伝えるってことかよ。

俺が手をぎゅっと握り締めながら言った。

 「……悪い、今日も俺、用事が……」

いつものように言い訳を口にして背を向けようとした瞬間。

──パシッ!

「……っ」

俺の腕が強い力で掴まれた。

「隼人……?」

振り返ると、そこには今まで見たことがないほど真剣な表情の隼人がいた。

「今日は、もう逃がさないよ」
「……っ」 

有無を言わせない低い声。
俺は抵抗することもできず、そのまま腕を引かれ人気のない空き教室へと連れて行かれた。

もう、逃げられない……。

──ガラッ。
ドアが閉まる音がやけに大きく響く。

「…………」


気まずくて、どうしたらいいか分からない。
俺は俯いたまま、隼人の顔を見ることができなかった。

重苦しい沈黙が続く。
隼人の靴が、カツ、と床を鳴らして近づいてくる気配がした。
俺は身を強張らせて来るべき言葉を待った。

「陽……俺が怖い?」

びくりと肩を揺らす。
でもなにも答えられなかった。

すると隼人は息を吐くように言った。

「そっか……」

なんの「そっか」なんだ?
隼人がなにを聞きたいのかサッパリ分からない。
でもそれを聞くことも出来ない。

どうしてこうなっちまったんだろう。
隼人のこと信じてたのに……。
すると隼人はハッキリと俺に告げた。

「もう、無理かもな……」

心臓がドクンと嫌な音を立てた。
恐る恐る顔を上げると、隼人はどこか虚ろな目で窓の外を見ていた。
怒っているわけでも嘲笑っているわけでもない。
ただ諦めたような顔をしていた。

「別れよう」

時が止まった。
そうやって言われるかもしれないと、分かっていてもその言葉は刃のように心に突き刺さった。

ああ、こんなにもあっけなく終わるもんなのか……。
俺の初恋は遊ばれて終わるんだな。

俺たちの三ヶ月はあっけなく幕を閉じた。
それから、俺たちが言葉を交わすことは二度となかった。

同じ教室にいても、視線が交わることすらない。
俺だけが胸に空いた風穴を抱えたまま、息を潜めて過ごした。

そして春が来て、三年生への進級と共にクラス替えが行われた。
掲示板に張り出された名簿の中に隼人の名前を見つけて俺のクラスとは別だと知った瞬間、俺は心の底から安堵した。

……良かった。
これでもう、毎日顔を合わせて心をすり減らさなくて済む。
物理的な距離ができれば、きっとこの痛みも薄れていくはずだ。

そうして季節は巡り、卒業式を迎えた。
俺は隼人がどこの大学を受験したのかも、どんな進路を選んだのかも知らないまま高校を卒業した。

(もう、二度と会うこともない)

大学に進学して新しい生活が始まれば、きっと全部過去の笑い話になる。
初恋は実らないなんて言うし、ただちょっと相手が悪かっただけだ。

そうやって必死に自分に言い聞かせて、蓋をしたはずだった。
それなのに……。

『教育係の三上隼人です』

神様ってやつは本当に残酷だ──。
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