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友達じゃない相手
しおりを挟む『ごめん。自分で言ったけど、やっぱり友達には戻れない』
その言葉を聞いた瞬間、俺の思考は真っ白になった。
俺は熱の残る自分の唇を手で覆うと、その場にへなへなと座り込んだ。
「な、何してんだよ、お前……」
声が震えた。
怒りよりも驚きと、どうしようもない動揺が胸を埋め尽くす。
友達に戻ろうって言われて、恋人だった期間のことを無かったことに出来るって思ったのに、なんでこんなぶっ壊すようなことするんだよ。
隼人は苦しそうに顔を歪めたまま、俺から視線を逸らさなかった。
「……ごめん」
「ごめんで済む問題じゃ、ないだろ!」
俺は強い口調で言った。
こんなの期待してしまう。
また好きになってもいいんじゃないかって勘違いしてしまう。
俺が潤んだ目で睨むと隼人は視線を彷徨わせ、そしてボソリと言った。
「……陽だって、悪い」
「……はぁ?」
俺は耳を疑った。
こいつ、今なんて言った?
「お前、なに人のせいにしてんだよ!」
「だって……人の家で、あんな無防備に寝て……」
「はあ!?」
「名前呼んでも起きないし……そんな隙だらけなのが悪いんだろ」
「……っ、お前は寝てるやつみたら全員にキスすんのかよ……!」
俺が言い返すと、隼人は否定するように強く首を振った。
「違う!違う、けど……」
そして隼人は言葉を詰まらせた。
部屋に響くのは、お互いの荒い呼吸音だけ。
心臓が痛いくらいに脈打っている。
俺が何か言おうと口を開きかけた、その時だった。
「……ごめん」
隼人の声から、不意に力が抜けた。
あいつは、痛みに耐えるような顔でぎゅっと強く拳を握りしめていた。
「……絶対、俺が悪い。分かってるんだ」
「……隼人」
「でも……やっぱり無理だ」
隼人が顔を上げ、濡れたような瞳で俺を射抜く。
「陽のこと、友達なんて……思えない」
ドクン、ドクンと心臓がうるさい。
なにかが始まってしまいそうで、この状況から逃げたくなる。
「か、帰る!」
逃げようと俺が背中を向けた時。
「待って!」
隼人は俺の手をとった。
「は、放せよ」
ダメだ。
これ以上話を聞いたらダメだ。
止まっていた時間が……記憶が思い出されてしまう。
「俺は……もう一回、チャンスが欲しい」
「……は?」
隼人の瞳には熱宿っていた。
さっきまでの弱気な色は消え、獲物を狙うような鋭い視線が俺を射抜く。
「諦められない……俺、もう一度陽に好きになってもらえるように頑張るから」
隼人は一歩、俺に近づいた。
至近距離で隼人が俺を見下ろす。
なにを言ってるんだ……。
これじゃあ隼人が俺を好きみたいじゃねぇか。
隼人は俺の手首を掴んでいた手を離し、代わりに俺の頬にそっと触れた。
……なんなんだよ、これ。
俺の頭の中はパニックだった。
高校の時のウワサが頭をよぎる。
また俺を見つけて遊ぼうとしているのか?
そう疑おうとするのに、目の前の隼人の目は、怖いくらいに真剣で……触れられた頬の熱さが俺の心臓をどうしようもなく揺さぶっていた。
「……か、勝手にしろよ!」
俺は真っ赤な顔で隼人の手を振り払うと、荷物を掴んで逃げるように玄関へと走った。
『勝手にしろよ!』
昨晩、俺は真っ赤な顔でそう吐き捨てて逃げ帰ってしまった。
大学へ向かう道すがら、俺は頭を抱えた。
「ああ、もう!」
……勝手にしろって、なんだよ!
それじゃまるで、「好きに口説いていいぞ」って許可を出したみたいじゃねぇか!
昨日は色々と選択を間違えた。
いや、つーかそもそもアピールするってなんだよ。
隼人の方がおかしいだろ!
俺のこと、散々遊んでおいて振ったクセに今度はチャンスが欲しいって!
チャンスなんかねぇんだ!
俺たちは終わった関係。
友達に戻れないつーならもう、他人となるしかないんだよ!
「ああああ”……」
俺は頭をくしゃくしゃとかいた。
でも、今日……バイトあるんだよなぁ……。
なんか気まずい時だけちゃんとバイト入ってね?
当然、隼人も来る予定だ。
そろそろ一人で回せるようになって来たし、隼人と被らないシフトを組んで欲しいって言おうかな……。
なんか俺、隼人と近くにいるからダメになってる気がする。
そして夕方。
重い足取りでバイト先に向かう。
バックヤードに入ると、隼人はすでに着替えを終えていた。
「……はよ」
気まずい。
隼人はどんな態度で来るんだ?
ちらちらと気にしながらも更衣室に入る。
「おはよう」
しかし、隼人はめちゃくちゃ普通だった。
コイツ……!
いや、なんか意識されてるのもやりずれーけどさ!
全く普通ってなんだよ?
やっぱり俺が遊ばれてただけじゃねぇか!
もう知らねぇ。
隼人のことは考えないことにする。
「よし、じゃあ今日の配置決めるねー」
朝礼の時間。
店長がシフト表を見ながら言った。
「今日は週末でかなり混む予想だから……三上くんは裏をお願いできる?裏方がパンクすると困るし、今日は他の子にレジ経験させたいから」
だが、隼人は間髪入れずに口を開いた。
「いえ。今日は、俺と陽でカウンター回させてください」
「え?」
俺と店長の声が重なる。
隼人は淡々と、しかし有無を言わせない説得力で続けた。
「このメンバーで一番オーダーを捌けるのは俺です。それに、陽となら連携が取れるので、ピーク時の提供スピードを落とさずに回せます。裏方は手が空いた時に俺がフォローするので」
「うーん……まあ、確かに三上くんと広瀬くんのペアなら安心だし……分かった、じゃあ今日はそのペアに任せるか!」
店長は隼人の言葉に折れた。
お、おいおいおい……!
なんで俺が隼人と一緒にやらなきゃなんねぇんだよ!
隼人は俺の方を見て、ふわりと嬉しそうに笑った。
「……よろしくな、陽」
コイツ……!やりやがったな。
しかし、決まってしまったからには、やるしかない。
いざピークタイムが始まると、猛烈に忙しかった。
次々と入るオーダー。鳴り止まないレジの音。
うおお……ついていくのがやっとだ。
「陽、アイスラテ2、ホット1」
「了解」
「その間に俺がフラペチーノ回すから、陽はショット落として」
「はい!」
目の前の作業に必死になる。
あ、やべ……ミルク切れた……。
俺が冷蔵庫に手を伸ばそうと振り返った時、トンと手元に新しいミルクパックが置かれる。
「これ、だろ?」
隼人は俺の方を見ずに、エスプレッソを抽出しながらそれだけ言った。
「あ……サンキュ!」
すげぇ……。
悔しいけど、隼人と入るとめちゃくちゃ仕事がやりやすいんだよな。
俺が何かを言わなくても、欲しいタイミングでそこに置いてくれる。
こうしてなんとか今日のバイトが終わった。
「……ふぅ、終わった……」
更衣室を出て、裏口の重いドアを開ける。
夜風が火照った体に心地いい。
俺が伸びをしていると、横にある自販機の取り出し口から、ガコン、と音がした。
「はい」
「え?」
冷たい缶が俺の頬にピタリと当てられる。
「……お疲れ、陽」
隼人がスポーツドリンクを俺に差し出していた。
「あ……サンキュ」
俺はそれを受け取り、プルタブを開けて一気に喉に流し込んだ。
乾いた体に水分が染み渡る。
「……だんだん、陽も早くなってきたね」
隣で同じドリンクを飲みながら隼人がぽつりと言った。
「さっきのオーダー捌くスピード。前より無駄な動きがなくなってる」
「本当か!?」
隼人に追いつくのはまだまだとは思ってだけど、案外俺も成長してるんだな。
このまま完全にひとり立ち出来れば、隼人と一緒に入らなくて済むし……!
よし、この調子で頑張るぞ!
なんて思っていると、隼人はどこか言いにくそうに視線を逸らしながら言った。
「……あのさ。この後……もし時間あるならご飯でもいかない?」
上目遣いで恐る恐るこちらの反応を窺ってくる隼人。
その姿を見て、俺は息を呑んだ。
なっ……。
これはどういう意味で誘ってるんだ?
何か意味があるのか?それとも普通に友達として?
バイト仲間として?
昨日の今日だよな。
何度だって口説くとかアピールするとか言われたのは……。
俺が警戒して黙り込んでいると、隼人はバツが悪そうに頭をかいた。
「俺、家帰っても何もないし……一人で食うのもなーと思って。陽も一人暮らしだし、飯まだだろ?」
あっ、なんだ。
普通に飯誘ってきたってことか。
隼人の拍子抜けするくらい普通のトーンに、俺の張り詰めていた気が抜けた。
いやいや俺も考えすぎだよなー。
だって昨日は深夜のテンションつーか、お互いに忙しくておかしかったんだ。
変に身構えていた自分が恥ずかしい。
「……じゃあ行くか」
「やった!」
俺が言うと隼人はパァッと顔を輝かせた。
「ここの近くにラーメン屋があるんだ」
「ラーメンいいな」
こうして俺たちは近くのラーメン屋に向かった。
「あ~~食った食った!」
けっきょく替え玉までしてお腹いっぱいになるまで食べてしまった。
ラーメン屋を出ると、夜風が少し強くなっていた。
バイト頑張った後のラーメンはやっぱり染みるな。
俺がそんなことを考えながら歩道を歩いたいた時。
──チリンチリン!!
「っ!?」
背後から猛スピードの自転車が歩道を突っ走ってきた。
なっ……どんなスピードだよ!
避けなくちゃ!
そう思った瞬間、体が強い力で引かれた。
「……っ、わ」
グイッと腕を引いたのは隼人だった。
「……大丈夫か?」
気がつくと、俺は隼人の胸の中に抱き留められていた。
「あ、お、おう……! サンキュ……」
なんか隼人に抱きしめられてるんですけど……!
「悪いな」
俺は隼人から離れようとした。
しかし、隼人の腕は俺の腰を抱いたまま離れない。
「……ちょっ、隼人?もう大丈夫だから」
俺が戸惑って名前を呼ぶと、ふいに首筋に温かいものが触れた。
隼人が俺の肩口に自分の頭を預けてくる。
至近距離で感じるあいつの体温と少し乱れた呼吸。
「隼人、人通りあるし……離れろって」
俺が焦って身じろぎすると、俺の服をぎゅっと握りしめた。
「ごめん、もう少しだけ。このままでいさせて」
弱々しいようなでも甘えるようなその声。
ドクン、ドクンと心臓がうるさく音を立てて止まらない。
な、なんでこうなってるんだ……?
「ねぇ、陽」
「んだよ!」
「どうしたら……また、俺のこと好きになってくれる?」
「……は?」
あまりにも直球な問いに俺は言葉を失った。
「……っ、し、知らねーよ!」
俺は顔から火が出そうなのを隠すように隼人の体をドンと突き飛ばす。
だいたいなんだよ。
なんで俺のこと好きにさせようとすんだよ!それがおかしいだろ。
また俺のこと落として友達に自慢するのか?
何度も騙されたって言って笑うのか。
そんなの絶対に嫌だ……。
「か、帰る!」
俺が一歩、踏み出した時。
──ガシッ!
「……っ!?」
後ろから伸びてきた手に腕を強く掴まれた。
「昨日の言葉……俺は、本気だから。しっかり考えてみてほしい」
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