バイト先に元カレがいるんだが、どうすりゃいい?

cheeery

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初給料の使い道

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「……入ってる!」

講義の合間、スマホの銀行アプリを開いた俺は、画面の前で小さくガッツポーズをした。
通知された残高の数字が、いつもの悲惨な桁数とは違う。

記念すべき、人生初のバイト代の振り込み。
俺は労働の対価という重みを噛み締めながら、学食へと向かった。

「おばちゃん! スペシャルハンバーグ定食、大盛りで!」 
「はいよ!」 

いつもは素通りしていた高額メニューを、今日は堂々と注文する。
トレイに乗ったジューシーなハンバーグを見ながら、俺はニヤニヤが止まらなかった。

(へへ……この金、何に使おうかな) 

ずっと欲しかったスニーカーを買うか、ちょっといい服を買うか。
金に余裕があると、心にも余裕ができるって本当だな。

「お、陽。今日、機嫌いいじゃん」 

向かいの席に篠原がドカッと座った。

「分かるか? 俺もついに稼ぐ男になったんでね」 

「ウザ。だいたい給料日は大きい顔すんだよみんな。その代わり給料日前は地獄だからな~甘い蜜を吸った人間はもう……昔には戻れない」

篠原は目をつぶりながらそんなことをしみじみと言う。
いいだろ~給料日くらい浮かれたってさ。

「……一口くれ」
「ああっ!お前……俺のハンバーグ……!」

「今日はいいだろ?お金持ち陽くん」

この野郎……。
篠原の給料日の日は絶対におかず一個取ってやる!

「そういやさ、お前最近サークルの飲み来ないじゃん」 

唐揚げを頬張りながら篠原が言う。

 「あー……」

金欠だったから、最近は全部断ってたんだよな。
バイトの日数も増やしてたからサークル自体もなかなか行けてなかったし……。

「今日も夕方から飲みあるけど、どうする?」 
「今日か……」 

金は入ったことだし、たまには参加するか。
顔見せておかないと居場所がなくなりそうだしな。

「……じゃあ行くわ!」
「オッケー!決定な」

飲み会の参加を決めた俺は、ふとあることを思い出した。 

(……そういえば、隼人にお礼しねぇとな)

あの日、俺たちの長年の誤解はようやく解けた。

解けたのはいいのだが……その日以来、堰を切ったように隼人からは毎日連絡が届く。

おはようとか、今日は何するの?とか空いてる日ある?
とか……。

好きだって遠慮なく伝えられるとか言ってたけど、正直少しくらいはセーブしてほしい。

なんにせよ、俺は隼人のことが好きだって言ってないんだからな!

急にこういうこと言われても正直戸惑う。
もう少しゆっくり自分の気持ちを考えていきたいんだ、俺は!

とはいえ仕事教えてもらったり、なんだかんだ助けてもらってるし……お礼した方がいいよな。
でもなにをあげたらいいのかサッパリ分からない。

「なぁ、篠原」
「ん?」

「バイトの先輩にお礼を書いたいんだけど、お礼の品って、どんなのがいいかな?」

篠原は面倒くさそうに首を傾げた。

「俺、詳しくないんだよなーそういうの。肉とかでいいんじゃね?」
「肉って……おかしいだろ」

やっぱりこいつに聞いたのが間違いだった!

「あ、陽くん!久しぶり~!」

その時、後ろから明るい声がした。
テニスサークルの同期、桜ちゃんだ。

「おー、桜ちゃん」

「陽くん久しぶりに見たぁ~!もうサークル来なさすぎ!久しぶりに飲もうよ~」

「今日は行くつもりなんだ」
「やった!」

すると篠原が、思いついたように桜ちゃんに話を振った。

「なぁ桜。コイツ、バイトの先輩にお礼の品、何か買っていきたいみたいなんだけど、いいのない?」

「え、プレゼント? 先輩って甘いものとか食べる?」

そういや、従業員が差し入れに買ってきたシュークリーム、隼人食ってたよな?

「食うかも! 」

「それならいいお店知ってるよ!飲み行く前に一緒に買いに行こっ」

「マジで?めっちゃ助かる!」
授業が終わり、俺は桜ちゃんと待ち合わせをした。

「よっしゃ~レッツゴー!」

桜ちゃんは俺と腕を組みながら、ご機嫌に洋菓子屋に案内をした。

桜ちゃんは、いい意味でも悪い意味でも人との距離が近い女の子だ。

最初こそ驚いたものの、もうその距離感にも慣れてしまった。

「ここだよ」

扉を開けた瞬間、バターとバニラの香りがふわりと漂ってくる。
店内はアンティーク調のオシャレな内装で、ショーケースにはケーキやら美味しそうなものがたくさん並んでいた。

(男一人じゃ絶対入れねぇな……)

桜ちゃんについてきてもらって正解だった。

「コーヒー飲む人なら合うものがいいよね?日持ちもするしたぶん焼き菓子がいいよ! ここのクッキー、すごく美味しいんだ」

桜ちゃんが指差したのは、シックな缶に入ったクッキーの詰め合わせだった。

「なるほど、クッキーか。これなら休憩中に少しずつ食えるしな」

甘さも控えめな種類が入っているらしい。これなら隼人も食べてくれるだろう。

「よし、これにするわ」
「うんうん、いいと思う!」

俺は店員さんに頼んで、落ち着いた色のリボンでラッピングしてもらった。
可愛い紙袋を受け取ると、なんだか少し気恥ずかしいような、でも早く渡したいようなむず痒い気持ちになった。

(隼人……喜ぶかな)

べ、別に楽しみにしてるわけじゃねぇぞ?
でもあいつの嬉しそうな顔見れたら俺も嬉しいっていうか……。
次のバイトの時に渡すとするか。

「いいの買えてよかったね!」
「サンキュな桜ちゃん。マジで桜ちゃんのお陰だ」
「いえいえ」
俺たちはその足でサークルの飲み会会場である居酒屋へと向かった。

「お疲れーっす!」

個室の襖を開けると、すでに熱気とアルコールの匂いが充満していた。

「お、陽。やっと来たかー!」

先輩が声をかけてくれる。

「桜ちゃんもお疲れ~! こっち空いてるよ!」

桜ちゃんは仲のいい女子の中に入っていった。
篠原が俺を見つけて手を振る。

「おせーよ陽! もう始まってんぞ」
「悪い悪い」

俺は靴を脱いで上がろうとして、ふと部屋の奥を見て足が止まった。

「……あれ?」

上座の方に見慣れない集団が座っている。

「ああ、今日はOBの先輩たちも来てるんだよ」

篠原が小声で教えてくれた。

「就職した先輩たちが、たまに顔出してくれるんだと。就活の話とか聞けるからって、先輩たちが呼んだみたい」
「へぇ……そうなんだ」

なんかよりによって大規模の飲みに来ちまった~。
ちょこっと参加して帰るつもりだったのに、ミスった?
「そこの君!今来た可愛らしい新入生くん!」

──ビクッ。
甲高い声が飛んできたかと思うと、俺の腕は掴まれていた。

「こっち来て~」
「えっ!?」

抵抗する間もなく、上座の席へと引きずり込まれる。
そこは既に出来上がったOBの女性の先輩たちがたくさんいた。

「ちょ、待っ……」
「お気に入り見つけた~」

「あーあ、香織がお気に入りホールドしちゃった。てか香織タイプ変わった?」

「そりゃそう、昔はカッコイイ人が好きだったけど、社会人になってからこういう癒し系の子が好きになったの」

ぎゅうっと抱きつかれ、酒と香水の混じった匂いが鼻をつく。

「ちょっ、離してください……っ」
「キミなに君?」

「広瀬ですけど」
「広瀬くん可愛い~肌すべすべ~」

四方八方から手が伸びてきて、俺の頬や髪を撫で回す。
まるで動物のような扱いだ。

もみくちゃにされながら、俺は遠くの篠原に視線を送る。

(助けてくれ……)

涙目で訴えるが、彼も社会人の男の先輩に捕まっていて動けなかった。
なんでこうなるんだよ~泣。

「ほら、これ飲んで愚痴聞いてよ!」

ジョッキを突きつけられる。
これってお酒じゃ……。

「お、俺まだ未成年なんで……」

俺は必死に首を振った。

「硬いこと言わないの。もうすぐ二十歳になるでしょ?」

酔いで据わった目の女先輩が強引に距離を詰めてくる。

「先輩の言うことが聞けないっていうの?」
「だ、だめですってそういうのは……」

やっぱりくるんじゃなかった……。

「いいから飲みなさいよ!」

グラスの縁が唇に触れそうになったその時だ。
女先輩の手首を誰かの大きな手がガシリと掴んだ。

「んえ?」
「未成年に飲ませたらダメですよ」

よく通る声。
振り返ると、そこにいたのは隼人であった。

「は、隼人……?どうしてここに?」

見上げると、見慣れた美貌。
隼人は氷のような視線で先輩を見下ろしている。

「酔いすぎです。それに強要するのはよくないと思いますけど」

「そ、それもそうね……」

先輩は焦ったように俺から距離をとった。

ほっとしたのも束の間、隼人はすぐさま俺の腕を掴んで言う。

「じゃあ俺たち抜けるんで」

えっ、えっ!?
抜ける!?

隼人は俺の手を掴んで立ち上がらせた。
後ろからは先輩たちの声が聞こえてくる。

「なにあの子超イケメン……」
「うちのサークルの子?」

違うんですけどおおお!!
隼人のやつ……早速話題になってやがる。

つーかどこ行くんだよ!
無言のまま、俺は強引に腕を引かれそのまま店の外へとやってきた。

「……おい、隼人!」

そりゃ助けてくれたのはありがたいけど、なんであそこにいたのかとか説明があってもいいだろ?

さらに先に進む隼人は店の灯りが届かない路地裏でようやく足を止めた。

こんなところまで黙々と歩いてきて……まだ先輩たちに挨拶もしないで出てきちまったんだからよ。

「大丈夫だった?」

隼人は心配そうに俺に尋ねる。

「ああ、まあ……ちょっと強引だったけど。悪い人ではないと思うから……それで、隼人はなんでここにいたんだ?」

「俺もインカレで別の部屋で飲んでたんだ」
「ふぅん」

俺が頭の後ろで手を組みながら言うと、隼人は言う。

「あのさ、陽……あんまりああいう飲み方はしない方がいいと思う」
「は?」

大した言葉じゃない。
でもその時はなんだか虫の居所が悪くてカチンと来た。

「陽は嫌ってハッキリ言えないタイプだし、流れそうになってるのを見てると正直不安になるんだ」

まるで俺が全然断れなくて、隼人がいないとダメみたいな言い方。
俺にだって断ることも、なんとなく抜けようとすることだって出来る!

「それに、あんな風に女子に囲まれてて……ちょっと嬉しそうな姿とか見たら俺、いい気しないっていうか……」

隼人はいいにくそうに伝える。
嬉しそうな顔してたか!?
俺は全然嬉しくなかったつーの!

それに、どうして隼人にいい気にさせないといけないんだよ!
そんなのおかしいだろ。

「あのさ、勘違いしてるみたいだけど俺たち付き合ってるわけじゃないからな」

売り言葉に買い言葉だった。
でも、口に出した瞬間、その言葉は予想以上に鋭い刃物になって空気を切り裂いた。

「……っ」

隼人の動きがピタリと止まる。
そして静かにこちらを見据えた。

な、なんだよ。
別に間違ったこと言ってるわけじゃないだろ?

俺の中でちょっと焦った気持ちがあり、俺は空気を変えるためにカバンから隼人に買ったクッキーの箱を取り出した。

「……ほら、これ。今までのお礼っていうの?買ってきたから食えば?」

本気で渡すとキモくなりそうだからあくまでもライトに隼人に渡す。
すると隼人は、俺の手にあるものを一瞥してハッキリと告げた。

「いらない」

温度のない声に差し出した手が空中で止まる。

「は……?」

俺は隼人の顔を見た。

「友達から聞いた。陽が女の子と手を組んでどこかに行ってたって。どうせケーキ食べたついでに買ってきただけでしょ?そんなのいらない」

コイツ……!ケンカ売ってんのか!
これは!お前のために!わざわざ!買ったものだぞ!?

それをいらないだなんて……さすがに怒るぞ!

「あーそう、じゃあ俺がひとりで食べるんで結構ですよ!お前になんかあげねぇから!つーかなにイライラしてんだか?付き合ってもないのに彼氏素振りですかー?」

俺がわざとらしくそう問いかけると、隼人の表情が変わった。

あ、やべ……。
さすがにこれは、いいすぎたかも。

隼人の目が鋭く俺を捉える。

ち、違うぞ。
本当はそういうの言いたかったわけじゃなくて……お前がせっかく選んだプレゼント受け取らないから……。

俺がたじろいで一歩下がると、隼人は逃がさないとばかりに一歩踏み込んできた。


「……っ」

──ドンッ!
背中が冷たいコンクリートの壁にぶつかる。
逃げ場がなくなった俺の顔の横に隼人の手が叩きつけられた。

「……あのさ」

そして低く這うような声が耳元で響く。

「俺の気持ち知ってて振り回すのは違うだろ」

──ドクン。

はじめて聞いた隼人の低い声。
今までこんなに怒ったところを俺は見たことがない。

心臓がバクバクと音を立てる。

「好きじゃないならちゃんとフってよ。保留にされて、中途半端に期待させられて……いつまでも待てるほど俺、大人じゃないから」

 
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