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はじめてのデート
しおりを挟む週末の駅前広場。
「……変じゃ、ないよな?」
俺は隼人のことを待っていた。
今日は……隼人と付き合い直して、初めてのデートだ。
お互い家に行ってもいいんだが、待ち合わせがしたいとか隼人が変なことを言うので駅前で待っている。
こうやって改まるとめっちゃドキドキしちまうんだけど!
普通に、いつも通りだぞ。俺……。
俺はそわそわと落ち着きなく動いていると。
「……あ」
向こう側から隼人がやってきた。
シンプルな白いTシャツに、薄手のジャケットを羽織った姿。
ただ歩いているだけなのに、周りの人がちらちらと隼人の方を振り返っているのが分かる。
(やば……やっぱ俺の彼氏……カッコいい)
なんて思ってしまうくらいには俺も浮かれている。
隼人が俺を見つける。
その瞬間、隼人の表情がふわりと柔らかく崩れた。
「陽」
「……お、おう。はよ」
「おはよう。……待った?」
「い、いや! 俺も今来たとこ!」
隼人は俺の服を上から下まで見ると、嬉しそうに目を細めた。
「陽……その服、似合ってるね」
「……っ! そ、そうか?」
ああ、クッソ……。
もう普通に出来てねぇじゃんか。
俺たちは並んで歩き出し、駅ビルに入っている映画館へと向かった。
映画館のロビーは、週末ということもあってカップルや家族連れで賑わっていた。
俺たちはチケットを発行するとも、薄暗いシアター内へと足を踏み入れた。
席は、後ろから二列目の中央。
隣り合って座るだけで、隼人の体温が伝わってくるようで落ち着かない。
照明がゆっくりと落ち、館内が闇に包まれる。
その時、ひじ掛けに置いていた俺の右手にそっと手が触れた。
「……っ」
横目で確認すると、隼人の長い指がぎゅっ、と指を絡められる。
(えっ、ちょ……!)
「は、隼人……っ!」
こんなとこで、急に手なんか繋いでくるなんて反則だろ!俺は顔が熱くなるのを感じて、助けを求めるように隣を見た。
すると俺の視線に気づいたのか、隼人は俺の真っ赤になっているだろう顔を見て口角を上げた。
そして。 繋いでいない方の手の人差し指を、すっと自分の唇に当てて微笑む。
(……っ!!)
その仕草があまりにも色っぽくて、俺は息が止まりそうになった。 このイケメンムーブ……俺、心臓持たないかもしれねぇ。
ようやく映画が終わったが、ドキドキしすぎて内容がもうこれっぽっちも頭に入ってこなかった。
(お前のせいだからな!)
「楽しかったね、陽」
それから俺たちはご飯を食べてから解散することになった。
駅とは反対方向の静かな道を歩く。
あたりはすっかり暗くなっていて人気も少ない。
俺たちは近くの公園で少し寄り道することにした。
すると、ふと、隼人が空を見上げながら言った。
「なんかさ……高校の時を思い出すね」
「えっ」
「あの時もこうやって、映画の後に並んで歩いたことあっただろ」
そういえば、そうだったな。
あの時の俺たちは、どこかぎこちなくて、俺は周りの目ばっかり気にしちまうし……自信もないし、本当に隼人の隣にいていいのかって思うことばっかりだったな。
「……高校生の頃は、陽に嫌だって思われないように気を付けないとってばっかり考えてた」
「えっ、隼人が……?」
「そうだよ。だって告白したの俺だし……距離感間違えて無理って言われたらどうしようとかばっかり考えてた」
意外だった。
余裕たっぷりに見えていた隼人がそんなことを考えていたなんて。
お互いにあったんだろうな。
自信のないところ。不安なこと。伝えられずにモヤモヤしていたこと。
それを吐き出すことなく進んでしまって俺たちは別れることになった。
「でも、もう間違えない」
隼人が顔を上げ、強い眼差しでこちらを見つめる。
「今は包み隠さず全部、俺の気持ち伝えるつもりでいるから」
──ドキン。
「包み隠さずってどういう……」
「それ聞いちゃう?ズルいな、陽は……」
すると隼人は俺の手を引いた。
目の前には、真剣な顔をした隼人。
「……陽」
名前を呼ばれただけで、これから何が起こるのか分かってしまった。
「好き」
あいつの顔がゆっくりと近づいてくる。
いつもならもっと色々考えたと思う。
誰に見られるか分からないとか、ここは外だぞ!?とか……。
でも俺は吸い寄せられるように、そっと瞼を閉じた。
「んっ……」
唇に柔らかくて温かい感触が重なる。
唇が離れると、吐息がかかる距離で視線が絡み合う。
「今の、陽が誘ったんだから」
「だって俺だって好きだし」
ずっと隼人からのアクションに動揺してるばっかりじゃない。
「……陽、キスいやじゃない?」
不安そうに、でも確認するように問いかけてくる低い声。
俺は熱い頬を隠すこともせず、隼人の瞳を見つめ返した。
「……嫌じゃないよ」
言葉にすると、想いが溢れて止まらなくなりそうだった。
それは隼人も同じだったようで、ぱっと俺から目を逸らして言う。
「これ以上は抑えとく」
隼人が目を逸らしながら言う。
その仕草になんだか勝った気になってしまって俺はにニヤリと言った。
「ふぅん、抑えるんだ?」
煽るように言うと、隼人はまっすぐに俺を見つめて言った。
「あんまり煽ると、痛い目見るよ?」
「……っ」
や、やべ。
隼人にはたぶん一生叶いそうもない。
とって食われないうちに俺は隼人から距離をとった。
公園を出ると、俺たちは少しだけ距離を空けて駅への道を歩き出した。
隣を歩く隼人の横顔を盗み見る。
どこか楽しそうで、そんなアイツを見ていると俺も嬉しくなる。
その時だった。
「あ……三上さん!?」
駅前のロータリーに差し掛かったところで、よく知った声に呼び止められた。
「……え」
振り返ると、そこにはバイトの後輩である服部さんが立っていた。
「あっ、広瀬さんもいたんですね!」
服部さんは、私服姿で手には小さな紙袋を持っている。
「こんばんは!ちょうど良かった……!今バイト先に行ってきたんです。三上さんいないかなって」
隼人に用事?
さっきまで満たされていた心が一瞬にしてモヤモヤに変わってしまう。
嫌だな……。
すると服部さんは、持っていた紙袋を隼人に差し出した。
「あの、三上さん。これ……!」
「……なに?」
「バイトの時たくさん教えてもらったお礼です。家で作ったクッキーなんですけど……よかったら、受け取ってください!」
可愛らしいリボンでラッピングされた小さな包み。
誰がどう見ても、ただのお礼ではない。
俺は思わず息を呑んだ。
服部さんが隼人のことを気になっているのは知っていた。
休憩中に好きな食べ物を聞かれたり、目で追っていたりしたから。
でも、まさかこんなタイミングで遭遇してしまうなんて。
受け取って欲しくない。
でも俺にそれを止める権利なんかない。
ぎゅっと唇を噛みしめた時、隼人は静かに首を横に振った。
「……ごめん。受け取れない」
「えっ……あ、あの、お礼なので……」
「お礼は大丈夫。仕事でやってるだけだから」
「でもせっかく三上さんのために作ったので……!」
「……俺、大事にしたい人がいるんだ」
「……え」
駅前の雑踏の音が一瞬遠のいた気がした。
隼人はまっすぐに服部さんを見て、ハッキリと告げた。
「その子に勘違いされたくないから、手作りとか受け取れない。ごめん」
「…………」
服部さんの顔がみるみる赤くなり、大きな瞳にじわりと涙が溜まっていくのが見えた。
「あ……す、すみません……っ! 私……」
「服部さん……」
彼女の気持ちは知ってる。
隼人のことが好きでその気持ちを伝えたくてきっと一生懸命作ったんだろう。
「し、失礼しますっ!」
彼女は震える声でそう言うと、逃げるように改札の方へと走っていってしまった。
人混みの中に消えていく小さな背中。
気まずい沈黙が流れる。
「……行こうか」
隼人は何事もなかったかのように歩き出した。
隼人の誠実さは嬉しかった。
俺のために、あそこまでハッキリ断ってくれたんだって分かるから。
でも……それ以上に、どうしようもない罪悪感が俺の胸を押しつぶしそうだった。
みんな誠実なのに……。
俺、最低だ。
服部さんの泣きそうな顔が、頭から離れない。
俺は隼人と付き合っている。 恋人同士になったんだ。 それなのに、応援するフリをして……影で付き合ってるなんて。 そんなの、人の気持ちをもてあそぶのと一緒じゃないか。
(……ちゃんと言わなきゃ)
このまま協力するフリなんて続けられない。
俺はぎゅっと拳を握りしめた。
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