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第2章 モノクロの女
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金曜日の午後、ハチリ商事の経理課オフィスには、パソコンのキーボードを打つ音と、エアコンの微かな唸り声だけが響いていた。
浦部千夜は、背筋をわずかに丸めながらモニターに目を凝らしていた。
月末が近づき、経費処理の精査が山のように積まれている。
人手は足りていない。
だが、足りないからといって誰かが補ってくれるわけではなかった。
「千夜、ちょっといい?」
声をかけてきたのは、営業部の営業事務・白石由梨子だった。
同期に入社の、いわゆる“陽キャ”の代表格のような存在だ。
白石は、少し気まずそうに笑いながら封筒を差し出しだす。
経費精算の書類だった。
「これなんだけど、前に指摘されたところ直してきたつもりなんだけど……」
千夜は軽く眼鏡を押し上げて書類を受け取る。
中身を数ページめくり、数値と明細をざっと照合した。
「……ごめん、ここの交通費の記載、依然として領収書と整合してない。それから、飲食代も上限オーバーしてるわ」
「うそ……また?」
白石は露骨に顔をしかめた。
千夜は表情を変えず、淡々と説明を続けた。
「今日中に直して再提出してもらえれば、月内処理に間に合うから持ってきて」
「今日中? ごめん、今日、旦那と食事の予定があって……ねえ、お願い、月曜に延ばせない?」
千夜は小さくため息をつきたくなる衝動を抑え、口元だけで笑った。
「……じゃあ、月曜の朝一に持ってきて。なるべく早くね」
「助かるー! ありがとう、千夜、ほんっと感謝するわ!」
白石は明るく手を振って、弾むようにオフィスを出ていった。
その後ろ姿を見送りながら、千夜は静かに息を吐いた。
喜んで帰っていく彼女に、羨ましさが混じるのを否定できなかった。
席に戻ってデスクトップを開くと、課長から声がかかった。
「……浦部主任、ちょっと来てくれる?」
課長のデスクに向かっていくと、経費関連の資料作成を頼みたいということだった。
週明けの部会に使う資料だが、担当予定だった係長の子どもが熱を出して急遽早退したという事情かららしい。
「……君なら、大丈夫だろうと思って。頼めないかな?浦部主任」
課長は申し訳なさそうに言ったが、それでもやはり、千夜に頼む以外の選択肢はないようだった。
「わかりました」
即答するしかなかった。
自席に戻ると、新卒の部下・佐倉葵がスマホを見ながら何やらにやけていた。
「佐倉さん、ちょっといい? 今日、時間あるかな。資料の整理、少し手伝ってもらえると助かるんだけど」
顔を上げた葵は、きょとんとした後、苦笑いを浮かべた。
「すみません、今日合コンなんです。もう約束してて……」
「……そっか、無理言ってごめんね」
「いえいえ~。じゃあお先に失礼します!」
派手すぎないピンクのリップ、流行のセットアップ、丁寧に巻かれた髪。
去っていく彼女を見送る千夜の視線は、どこか空虚だった。
23時-
経理課はおろかビルに残るのは千夜ひとり。
よくあることだった。誰も悪くはない。
ただ、何かがずっと引っかかっていた。
デスクに戻り、千夜はゆっくりと姿勢を正した。
モニターの青白い光が、彼女の顔を淡く照らしている。
タスク一覧を確認し、作業の段取りを頭の中で組み直した。
――誰も代わってくれないなら、やるしかない。
それが千夜の選択肢だったし、これまでも、そしてこれからも、きっとそうだった。
静かなフロアに、キーボードの打鍵音が再び響き始めた。
浦部千夜は、背筋をわずかに丸めながらモニターに目を凝らしていた。
月末が近づき、経費処理の精査が山のように積まれている。
人手は足りていない。
だが、足りないからといって誰かが補ってくれるわけではなかった。
「千夜、ちょっといい?」
声をかけてきたのは、営業部の営業事務・白石由梨子だった。
同期に入社の、いわゆる“陽キャ”の代表格のような存在だ。
白石は、少し気まずそうに笑いながら封筒を差し出しだす。
経費精算の書類だった。
「これなんだけど、前に指摘されたところ直してきたつもりなんだけど……」
千夜は軽く眼鏡を押し上げて書類を受け取る。
中身を数ページめくり、数値と明細をざっと照合した。
「……ごめん、ここの交通費の記載、依然として領収書と整合してない。それから、飲食代も上限オーバーしてるわ」
「うそ……また?」
白石は露骨に顔をしかめた。
千夜は表情を変えず、淡々と説明を続けた。
「今日中に直して再提出してもらえれば、月内処理に間に合うから持ってきて」
「今日中? ごめん、今日、旦那と食事の予定があって……ねえ、お願い、月曜に延ばせない?」
千夜は小さくため息をつきたくなる衝動を抑え、口元だけで笑った。
「……じゃあ、月曜の朝一に持ってきて。なるべく早くね」
「助かるー! ありがとう、千夜、ほんっと感謝するわ!」
白石は明るく手を振って、弾むようにオフィスを出ていった。
その後ろ姿を見送りながら、千夜は静かに息を吐いた。
喜んで帰っていく彼女に、羨ましさが混じるのを否定できなかった。
席に戻ってデスクトップを開くと、課長から声がかかった。
「……浦部主任、ちょっと来てくれる?」
課長のデスクに向かっていくと、経費関連の資料作成を頼みたいということだった。
週明けの部会に使う資料だが、担当予定だった係長の子どもが熱を出して急遽早退したという事情かららしい。
「……君なら、大丈夫だろうと思って。頼めないかな?浦部主任」
課長は申し訳なさそうに言ったが、それでもやはり、千夜に頼む以外の選択肢はないようだった。
「わかりました」
即答するしかなかった。
自席に戻ると、新卒の部下・佐倉葵がスマホを見ながら何やらにやけていた。
「佐倉さん、ちょっといい? 今日、時間あるかな。資料の整理、少し手伝ってもらえると助かるんだけど」
顔を上げた葵は、きょとんとした後、苦笑いを浮かべた。
「すみません、今日合コンなんです。もう約束してて……」
「……そっか、無理言ってごめんね」
「いえいえ~。じゃあお先に失礼します!」
派手すぎないピンクのリップ、流行のセットアップ、丁寧に巻かれた髪。
去っていく彼女を見送る千夜の視線は、どこか空虚だった。
23時-
経理課はおろかビルに残るのは千夜ひとり。
よくあることだった。誰も悪くはない。
ただ、何かがずっと引っかかっていた。
デスクに戻り、千夜はゆっくりと姿勢を正した。
モニターの青白い光が、彼女の顔を淡く照らしている。
タスク一覧を確認し、作業の段取りを頭の中で組み直した。
――誰も代わってくれないなら、やるしかない。
それが千夜の選択肢だったし、これまでも、そしてこれからも、きっとそうだった。
静かなフロアに、キーボードの打鍵音が再び響き始めた。
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