消された「プーア」さん

本歌取安

文字の大きさ
4 / 14

第4話 虎の影

しおりを挟む
夜の帳が、都市の輪郭を曖昧にしていた。

ミエン人民共和国の大統領官邸、その奥にある書斎の窓からは、かすかなネオンの光すら遮断されている。

カーテンは閉じられ、外界との接点は切られていた。
それでもリューの胸中には、外の喧騒がじわじわと染み込んでくるような感覚があった。

彼はいつものように、専用回線のパソコンを立ち上げた。
起動音が部屋の静寂を破る。

最初に開いたのは、やはり検索エンジンだった。
エゴサーチ──その行為は、今や彼の習慣であり、嗜癖に近かった。

だが、今夜は様子が違った。

画面のほとんどを、あの虎が埋め尽くしていた。

──青いTシャツ。痩せた体。笑ったような目。
──“プーア”だった。

静かに、ゆっくりとスクロールする。
SNS「センドゥ」は、もはや“プーア祭り”と化していた。

プーアの顔が、至る所に貼られていた。

──プーア in 人民服。「ニュー社会大改革を実施せよ!」
──プーア on 戦車。「草食系でも戦える(?)」
──プーアがマイクを握り「汚職撲滅と言えばプーアです!」と叫ぶコラ画像。
──「プーアは私腹を肥やしている」「プーアが経済を壊した」「ミエン・ドリームって、プーアの夢オチでしょ?草」

さらに、リューの顔写真とプーアを合成した画像まで現れはじめていた。

──「似てるとか言ったやつ、マジ天才!」
──「違いがわかんないw」

リューは無言で画面を見つめた。
指先は、マウスを掴んだまま震えている。

怒りではない。
冷たい不安が、血の代わりに彼の中を流れていた。

誰かが、意図的にこのキャラクターを使って彼を風刺している。
それは単なる偶然の一致でも、子どもの冗談でもない。

──これは、攻撃だ。

情報戦。
認知戦。
風刺という名の心理操作。
プーアは今や、**“無害の皮をかぶった弾丸”**となって彼を撃ち抜こうとしていた。

リューは、口元をピクリと動かしながら画面を閉じた。

代わりにスマートフォンを取り出し、広報宣伝部長と内務長官の番号を並べて入力する。

明朝、執務室に来なさい。
お話があります。

命令は、声ではなく無言のメッセージアプリで行われた。

画面を暗転させ、リューはしばし書斎の天井を見つめていた。

国家を愛する指導者の心が、なぜこんなにも軽んじられるのか。
民はなぜ、プーアという名の虎の背に乗って、人民の父を笑おうとするのか。

「……でしたら」

低く、かすれた声でリューは呟いた。

「消すしかないですね」

虎を。
その愛嬌を。
そして、その背後にある嘲りと風刺の文化を。

今夜、リューの中で明確な決意が形を取った。

プーアは“かわいい”だけでは済まされなくなった。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

姫様、国を買う〜亡国の姫は己の拳で金を稼ぐ〜

アジカンナイト
ファンタジー
魔物の襲撃で滅んだベルタ王国。 襲撃から生き延びたベルタ王国の姫カリーナが選んだ祖国再興の手段は、「なんでも屋」の開業だった! 旅の途中で出会った、ギャンブル狂いの元騎士の盗賊、人語を話すオーク、龍人族の剣士という一癖も二癖もある野郎共を従えて、亡国の姫による祖国再建の物語が始まる。 「報酬は、国一つ分くらい弾んでもらうわよ?」 カリーナは今日も依頼に奔走する。 完結まで書き切っています。 カクヨム様でも投稿しております。    

王女と2人の誘拐犯~囚われのセリーナ~

Masa&G
ファンタジー
王女セリーナが連れ去られた。犯人は、貧しい村出身の二人の男。だが、彼らの瞳にあったのは憎しみではなく――痛みだった。 閉ざされた小屋で、セリーナは知る。彼らが抱える“事情”と、王国が見落としてきた現実に。 恐怖、怒り、そして理解。交わるはずのなかった三人の心が、やがて静かに溶け合っていく。 「助けてあげて」。母の残した言葉を胸に、セリーナは自らの“選択”を迫られる。 ――これは、王女として生きる前に、人としての答えを、彼女は見つけにいく。

冤罪で辺境に幽閉された第4王子

satomi
恋愛
主人公・アンドリュート=ラルラは冤罪で辺境に幽閉されることになったわけだが…。 「辺境に幽閉とは、辺境で生きている人間を何だと思っているんだ!辺境は不要な人間を送る場所じゃない!」と、辺境伯は怒っているし当然のことだろう。元から辺境で暮している方々は決して不要な方ではないし、‘辺境に幽閉’というのはなんとも辺境に暮らしている方々にしてみれば、喧嘩売ってんの?となる。 辺境伯の娘さんと婚約という話だから辺境伯の主人公へのあたりも結構なものだけど、娘さんは美人だから万事OK。

異世界からの召喚者《完結》

アーエル
恋愛
中央神殿の敷地にある聖なる森に一筋の光が差し込んだ。 それは【異世界の扉】と呼ばれるもので、この世界の神に選ばれた使者が降臨されるという。 今回、招かれたのは若い女性だった。 ☆他社でも公開

三十年後に届いた白い手紙

RyuChoukan
ファンタジー
三十年前、帝国は一人の少年を裏切り者として処刑した。 彼は最後まで、何も語らなかった。 その罪の真相を知る者は、ただ一人の女性だけだった。 戴冠舞踏会の夜。 公爵令嬢は、一通の白い手紙を手に、皇帝の前に立つ。 それは復讐でも、告発でもない。 三十年間、辺境の郵便局で待ち続けられていた、 「渡されなかった約束」のための手紙だった。 沈黙のまま命を捨てた男と、 三十年、ただ待ち続けた女。 そして、すべてを知った上で扉を開く、次の世代。 これは、 遅れて届いた手紙が、 人生と運命を静かに書き換えていく物語。

落ちこぼれの【無属性】魔術師、実は属性そのものを定義する「概念魔法」の創始者だった

風船色
ファンタジー
「魔法とは才能(血筋)ではなく、記述されるべき論理(ロジック)である」 王立魔導学院で「万年最下位」の烙印を押された少年、アリスティア・レイロード。属性至上主義のこの世界で、火すら出せない彼は「無属性のゴミ」と蔑まれ、ついに卒業試験で不合格となり国外追放を言い渡される。 しかし、彼を嘲笑う者たちは知らなかった。アリスティアが、既存の属性魔法など比較にならないほど高次の真理――世界の現象を数式として捉え、前提条件から書き換える『概念魔法(コンセプト・マジック)』の使い手であることを。 追放の道中、彼は石ころに「硬度:無限」の概念を付与し、デコピン一つで武装集団を粉砕。呪われた最果ての森を「快適な居住空間」へと再定義し、封印されていた銀嶺竜の少女・ルナを助手にして、悠々自適な研究生活をスタートさせる。 一方、彼を捨てた王国は、属性魔法が通用しない未知の兵器を操る帝国の侵攻に直面していた。「助けてくれ」と膝をつくかつての同級生や国王たちに対し、アリスティアは冷淡に告げる。 「君たちの誇りは、僕の昼寝より価値があるのか?」 これは、感情に流されない徹底した合理主義者が、己の知的好奇心のために世界の理を再構築していく、痛快な魔導ファンタジー。

戦闘開始前に、敵が土下座してくる

チー牛Y
ファンタジー
魔王討伐に来たら、戦う前に土下座された

エレンディア王国記

火燈スズ
ファンタジー
不慮の事故で命を落とした小学校教師・大河は、 「選ばれた魂」として、奇妙な小部屋で目を覚ます。 導かれるように辿り着いたのは、 魔法と貴族が支配する、どこか現実とは異なる世界。 王家の十八男として生まれ、誰からも期待されず辺境送り―― だが、彼は諦めない。かつての教え子たちに向けて語った言葉を胸に。 「なんとかなるさ。生きてればな」 手にしたのは、心を視る目と、なかなか花開かぬ“器”。 教師として、王子として、そして何者かとして。 これは、“教える者”が世界を変えていく物語。

処理中です...