消された「プーア」さん

本歌取安

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第6話 黄色い影の駆除

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その朝、ミエン人民共和国の広報宣伝部は、かつてないほど静かだった。

静かというより、「張り詰めていた」と言う方が正確だろう。
無言でキーボードを叩く音。無言で受話器を取る音。
だが、すべての指先と視線の裏には、ひとつの言葉が渦巻いていた。

──「削除」命令。

部長室での指示は、簡潔だった。

「“プーア”を、人民の面前から消しなさい」

誰も、それに反論はしなかった。
できなかった。
心の中で子供の好きなキャラクターなのでやりたくないと思うものや、キャラクターくらいで目くじら立てなくてもと考える者もいたが、やらなければ自分が「消されて」しまう。


――ネット監視チーム

暗い部屋で、十数人の職員たちがモニターに向かって座っている。
一人ひとりのデスクには、最新式の監視用端末が並び、スクリーンにはSNSのタイムラインや動画サムネイルが流れ続けていた。

「“プーア”でキーワード検索、関連語に“かわいい”“似てる”“大統領”を追加」

「AI検出タグで類似画像を全部マーク。拡散数が一定を超えたら、即時削除指示」

「“風刺画”と分類されたら、ブラックタグ。IP記録」

部屋には緊張と疲労が漂い、誰一人、私語を交わす者はいなかった。

ふと、一人の若手職員が膨大な作業量にうんざりして、つい不用意なつぶやきをしてしまった。

「……これ、いくら削除しても、また次のが出てきますよ」

その言葉に、上司は聞こえなかった振りをして、黙々と自分の作業を行っていた。
部下に同情の念を感じながら。


――マスコミチーム

会議室では、担当官が新聞各社の“お抱えコラムニスト”に電話をかけていた。

「今朝の件ですが……ええ、あのキャラクターです。“プーア”に関する国家的憂慮が高まっています。自由主義陣営が文化侵略を仕掛けている、という方向でお願いします」

それは暗に、国際敵対勢力による“心理戦争”の演出を意味していた。

国営放送局への通達文書も準備されていた。

【速報用案】
「反国家的キャラクター“プーア”は、自由主義陣営による思想誘導の一環として拡散され…」

表情一つ変えず、女性職員が文案を整える。
赤ペンで「過激すぎるかも」と小さくメモを残しながら。
そして、ため息交じりに呟いた。

「好きだったんだけどな。プーアさん」


――街宣チーム

ミエン全国商工会議所の、本部会館。

会頭の前で、内務省の担当官が静かに告げる。

「……ご理解いただけますね? 人民の動揺を避けるための、必要な措置です」

「強く」要請されたのは、プーア関連商品の撤去、POPの削除、絵本の取り扱い停止、店頭映像の停止。

会頭は一度も“はい”とは言わなかった。
だが、すぐに店舗への一斉通達が行われた。

午後には、各地の店先から青いTシャツの虎のぬいぐるみが静かに消えていった。

広報宣伝部長は、報告書をまとめながら自らにも言い聞かせていた。

「これは仕事だ。これは保全だ。これは国家の正義だ」

そう、これはたった一つのキャラクターを消すだけの話。
……ただし、誰もが本音では知っていた。

それは「虎」を消すのではなく、
“見たくない何か”を見せられてしまった権力者の心の影を、他人の手で塗りつぶす行為であることを。

今、国家は黄色い虎を恐れていた。
子供たちが愛した、痩せた虎を。
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