「かぼちゃ」の演説

本歌取安

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第10話 かぼちゃの演説

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上院議員選挙から年が明けた1月末
フラワー連邦共和国・首都ハミルトン特別市

その中心に建つ上院議事堂は、朝から喧騒に包まれていた。

正面に掲げられた州の数だけ花があしらわれた国旗の下、多数の報道陣が詰めかけている。

本日、上程される法案の名は「偉大な祖国復興法案」

一定以上の資産、学歴がない移民の制限、「多様性」推進の廃止、官僚の数を大幅に制限する官僚機構の抜本的な見直し、大統領権限の強化と議会・裁判所の権限の縮小など――

フラワー党の目玉法案であり、上院の過半数をフラワー党が握っていることから通過は確実とみなされていた。

与党議員の一人、上院議員デネブ・フォスターは、議場中央の席に着いていた。

タブレットを見下ろすふりをしながら、心は落ち着かなかった。

──行くのか、デネブ?
──迷いはある。けれど、もう戻れない。

議長が槌を打つ音が響く。

「フラワー党提出、“偉大な祖国復興法案”について、本議場にて討議を開始いたします。初めに、ネオグラッドストン州選出・フォスター議員より、所信表明を願います」

その名が読み上げられると、議場の視線が彼女に集中する。

フラワー党強硬派議員たちは当然のように笑みを浮かべて頷いていた。
彼女が、自分たちの「象徴」として賛同のスピーチを始めることを、誰も疑っていなかった。

デネブは静かに立ち上がった。

そして、議場中央の演壇に向かって歩き始めた。
ヒールの音が高く、静かなホールに響く。

マイクの前に立つと、一拍の間を置いて、深く息を吸い込んだ。

「本日は、私が初めてこの議場に立ち、演説の機会をいただいたことに感謝します」

まずはお決まりの前置き。

だが、そのあとの言葉が、誰も予想しなかった方向へ流れ出す。

「私は、夢を見ました。草原の中の庭園で、かつてローマに生きたある政治家に出会う夢です。彼は不器用で、歯が曲がっており、かつて“かぼちゃ”と嘲笑されていました。けれど、私はその男から演説を教わり、政治の本来の意味を教わりました」

議場がざわつく。

フラワー党の幹部の一人が、不機嫌そうにメモを見直す。

「彼は、こう言いました。『ローマはなぜ繁栄したのか』と。それは、“寛容”であったからと。異なる出自を持つ民を排除せず、彼らの能力を尊重し、市民として迎え入れ同朋とした。ローマは、血ではなくその理念で国を作ったのです」

彼女の声は、徐々に強くなっていった。

「自身も「移民」である建国の父たちは、それを知っていた。だからこそ、建国の理念として、自由、平等、民主主義というこの国の“理念”に賛同する者を受け入れる国と定めました。移民であっても、出自が異なっても、共にこの国を築けると信じたからです」

聴衆の空気が変わる。
デモス党議員の一部が顔を上げ、何人かは前傾姿勢になった。

「ところが、いま我々がこの法案でやろうとしていることは何か?移民を過度に締め出し、多様性を極端に恐れ、理念ではなく出自を問う――それはギリシャ諸都市がたどった道であり、繁栄を失った者たちの道です。これが、偉大な祖国の“復興”なのでしょうか?」

一瞬、議場は凍りついたように静まり返る。

「デモス党政権の一連の政策は、それに懸念を表明した者ですら道徳的でないと責め立て、市民に分断をもたらしました。これはローマにおいて100年の混乱と停滞を招いた轍を踏むものです。フラワーを愛する者として、デモス党政権の行った政策には反対です」

「一方、この法案も極端すぎるところがあり、分断を一層もたらしかねない。再度言いますが分断は混乱と停滞への道で国家として避けるべきことです。今我々がすべきは、この国の理念に照らし必要な施策を精査し、その実施方法について熟慮し、デモス党政権がもたらした分断を修復すべきと考えます」

一端言葉を切り、勢いをつけてデネブは全身全霊で信念をぶつける。

「……私はかつての大国を繁栄に導いた寛容の精神を皆が持ち、この国を築いた“自由・平等・民主主義”の理念が今も生き続けていることを信じています。そして、国を愛する全ての人々がこの国を繁栄に導く可能性を信じます。
よって――私は本法案に、反対いたします!」

沈黙。

フラワー党の議員たちは目を見開き、言葉を失った。

──そして、最初に立ち上がったのは、対立するデモス党の議員だった。

ゆっくりと、しかし確固たる意思を持って拍手を始める。

一人、また一人。
議場の左側から、波のように拍手が広がる。

そしてついには、全てのデモス党議員が総立ちとなり、喝采が議場にこだまする。

さらには、強硬派の影響力により影を潜めていたフラワー党の穏健派議員も総立ちとなり、その声に加わる。

議場の取材をしていた記者達は慌ただしく入口へ駆けていく。

デネブは、静かに演壇から降りた。

フラワー党の強硬派の議員達は口を開けたまま彼女を見送っていた。

彼女の歩みは、まるで全員に「この国の根本とは何か?」と問いかけているようだった。

議場の外に出たとき、朝の太陽が差し込んできた。

その光の中で、彼女はひとつ、心の中でささやいた。

──クラウディウス。
──私は、あなたがいた未来で生きてる。
──そして、国民に、何よりあなたに恥じないような政治家になれるように歩いていくわ。
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