何でも切れる勇者の剣を引き抜いたら右手から離れなくなりました(しかも逆手)

こへへい

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13話 母なる思い

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「ちっ、こんなところで死んでたまるか! ずらかるぞ!」

 カメオとその仲間たちは崩れ行く洞窟に飲み込まれる前に入り口へと去っていった。しかし最後、カメオが「君とはまた会うことになるだろう、トウマ!」という捨て台詞を聞いた気がしたけれど、トウマはそんなことに意識を向けるわけにはいかなかった。

「絶対に守るからな!」

「早く逃げろ死ぬぞ! のびのびスライムは諦めるんだ!」

「嫌だ! 折角産まれた命を、母ちゃんの前で死なせちゃダメなんだ!」

「ちくしょう目的が完全に変わってやがる!」

 一応トウマに物理的接触ができる勇者は力いっぱいトウマを洞窟の出入口へと引っ張ろうとするのだが、強情なトウマはのびのびスライムの魔力結晶へと近づこうとして聞かない。そんな時、大きな岩がのびのびスライムの頭上に落下しようとしていた。

 勇者を振り払い、トウマは右手の剣を構える。大きな岩の塊を軽々と切断し、魔力結晶への直撃を回避した。しかしモトツヨ洞窟で体を酷使してしまったせいか、全身に激痛が走った。嗚咽と共にトウマは崩れるように膝をつく。
 そんなトウマに休む暇を与えず、更に先ほどよりも大きな岩が無数に落ちてくるのが見て取れた。

「トウマ!」

 勇者は必死に叫ぶものの、軋む身体に鞭を打ちながらトウマは再び剣を構える。自分の身体は二の次で、その体が砕けることも厭わずに、岩が落ちてきたタイミングで剣を振り切ろうとしていた。
 だが、その岩々は落ちてくることが無かった。その岩々は空中に静止したのだ。さながら時が止まったかのような。

 否、それも誤りだった。

 天井から、浮いている岩々から水が見上げるトウマの頬に滴り落ちる。

「のびのびスライム?」

「久しぶりだった……これほど温かい心地になったのは」

 のびのびスライムは震える声を軋ませて、なんとかトウマに意思を伝えようとしていた。

「我の意思を尊重し、我の気持ちに愛情という言葉を受けた時、我はこの子を大事にしていたのだと自覚することができた」

 魔力結晶は滴る水で濡れながら、命の輝きを放っている。

「貴様には感謝をしているのだよ。人間への感情は恨みだけかと思っていた。だが、人間にもここまで穏やかな人間がいたことを、たった今思い出した」

 思い出した。その言葉に何か引っかかりを覚えたトウマだったが、それ以上思考を巡らせることはできなかった。

「だから我は、魔物としてではなく、己が心に従う。遺伝子の恨みのためではない、我が子を守るために、我は貴様に託す!」

 我が命を懸けて。
 そう言うと、のびのびスライムは体の液体全てを光らせる。その液体の体積は爆発的に増大し、魔力結晶ごとトウマは出入口へと押し流す。

「待て! のびのびスライム! あんたはどうするんだ! 子供を置いていくのか!?」

 トウマの悲痛な問いかけに答えはなかった。ただ流れる水が大量にモトツヨ洞窟を埋め尽くす。その勢いに呑まれながら、苦虫を噛みしめたような顔でトウマは魔力結晶を体で覆った。せめて、できるだけ傷つけないように。母なる思いを抱きしめた

 そしてこの日、モトツヨ洞窟は崩壊した。

 *****

「ということで、ほら、ちゃんと剣の刃を鞘に収納してきましたよ。なので改めて受けたい依頼があるんですけど」

「ということでって、どういうことですか!?」

 再び冒険者ギルドにやってきたトウマは、掲示板に貼られていた依頼の中である怪しいクエストを見つけたため、その受注のためにカウンターに顔を出していた。出入り禁止になりかけていた要因である出しっぱなしの剣の刃が収められているのを見せつけて。
 しかしその剣を収めているのは、うねうねと波打っている水色のスライムなのだが。受付嬢がゲテモノを見る目で剣に指をさす。

「それスライムですよね? 完全にスライムに剣食べさせてるだけですよね!?」

「違いますよ、これは立派な鞘です。だよね? サーヤ」

 トウマは剣のスライムに語り掛けると、プルプルと震えて音を発した。

「……マコトニ……イカン」

「それ嫌がってません? 今にも暴れ出したりしないですよね?」

「大丈夫ですって~、魔物テイマーみたいなもんですよ」

「いや貴方ソードマスターじゃないですか! 勝手に魔物テイマーにならないでくださいよ!」

 それから二言三言と言葉のドッヂボールを繰り返した結果、トウマは目的のクエストを受注することに成功した。最後は「ちゃんと面倒を見ますから! 絶対責任持ちますから!」というトウマの土下座が功を奏して何とか受付嬢を泣き脅しすることができた。
 一波乱がようやく終わり、ギルドの飲食スペースでトウマが渇いた笑みを漏らした。

「うん、なんとかなるもんだね」

「ああ、あの子の歪んだ顔も悪くない」

 勇者は勝手にご満悦のようだった。

「せめて突っ込んで? モトツヨ洞窟より体張った自信あるよマジで」

 モトツヨ洞窟の外に押し流されてからトウマは、しばらく気を失ってしまっていた。そして目が覚めると、胸の内にのびのびスライムの魔力結晶ではなく、水色のねばねばしたモノがくっついていたのだ。それがサーヤである。
 サーヤは魔力結晶から生まれた時、始めは外の世界に戸惑った。全てが全て初めてで、何を頼って良いのだか分からない。
 しかし倒れている人間がいて、その人間はある剣を持っていた。その剣からは何やら憎らしさを覚えたものの、同時に温かさも感じることができた。サーヤは自然とその身を剣に包ませていた。
 そしてトウマが目覚めた時には既に鞘となっていたのである。

「にしても不思議なんだよねぇ、お母さんと僕は対峙していた、その遺伝情報も伝わっているはずなのに、なんで勝手にサーヤがこの剣の鞘になったんだろう? 僕が気を失ってた時に何かあった?」

 モトツヨ洞窟とともに下敷きとなってしまったのびのびスライムの親を思い、悲しい表情を忍ばせながらトウマはそう尋ねるが、勇者は大げさに首を傾げてとぼけて見せた。

「いーや、何もなかったぜ? うん、何もなかった」

 *****

「オマエ、キライ」

「へぇ、俺が見えるのか」

 モトツヨ洞窟の外に流され出されてから。気を失って倒れるトウマが持つ勇者の剣に触れてその魔力を吸収したことで、サーヤと名付けられる前ののびのびスライムは勇者の姿を感知した。そして警戒心が先に立つ。その嫌悪も当然とばかりに勇者は薄い笑みを浮かべた。

「そりゃ嫌われるわな、俺はお前のご先祖様を殺したんだからよ」

 魔物に嫌われても当然とずっと思っていたが故に、勇者の心は揺るがなかった。しかし次の台詞に勇者の目が見開いた。

「デモ、ユルス」

「許す?」

「オマエ、ニガシタ。コロセタノニ、ニガシタ」

 そう言われて、ばつが悪そうに勇者は顔を歪ませた。そしてかつて戦った敵のことを思い出す。我が子を守りながら、周囲の人間に取り囲まれながらも、我が子を逃がしつつ己と戦ったあの魔物を。そしてその子を逃がすために、派手な攻撃で周囲の人間の視界に子の姿を映らないように戦っていたことを。
 その恨みがましい気持ちは、目の前ののびのびスライムを通して、遠い昔に戦った魔王軍四天王が一体、のびのびスライムのスティッキーに向けられていた。

「あいつ、死ぬ前に変な意思を遺伝子に刻みやがって」

 しかしぎゅっと剣を握るサーヤの姿を見て、そして隣で眠るトウマを見て口元を緩ませるのだった。

 *****
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