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関西弁の精霊

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「何、これ?」

「これ?って何や!人をモノ扱いしよって!」

 いや人じゃないだろ、どう見ても。
 ふわふわと浮き上がり、白い塊は俺の鼻先でメンチを切った。「ガン飛ばす」という言葉はこのことなのだろうが、全く怖くない。どころかかわいいまである。だがそれを表情に出すと申し訳ないので、適当に気圧される振りをした。

「あはは、ゴメンゴメン」

「なーんかなぁ、適当にあしらったろーってのが表情に出とる」

「ギクッ」

 なかなかご慧眼なようで。
 じわりじわりと、疑わしきモノを見る眼差しで、鼻にくっつくくらい迫り来た。だが直ぐに諦めて離れた。モコモコしていたから別にくっついてもよかったのに。

「まぁええわ、兄ちゃんがこっから出してくれたんは変わりないんやからな、ありがとうな」

「お、おう」

「兄ちゃん名前何て言うん?」

「サツキだよ、山田サツキ」

「サツキ君いうんか、わしはコボ郎っていうんや、よろしくなぁ」

 でや、と言葉を続けつつ、白くて丸い体からちょこんと生えた手をこちらに合わせた。
「ごめんやねんけど、ワシを『精霊の森』まで返してくれんか?帰り道もわからんから、帰れんのや。こんな成りやから時間もかかってまうねん」

 コボ郎はへこへこと頭を下げている。1頭身だから頭しかないのだが、それでも頼み事をしていることは分かった。だが、

「そんなこと急に言われてもな、俺もここに来て間もないから、その『精霊の森』ってところ知らないし」

「お願い!このとおり!」と、白い玉から生えている小さな手と手をすりすりと上下させている。といってもなぁ、分からないものは分からないし、カレンなら知っているかも?

「せや、にいちゃんにプレゼントしたろ!それを前金しするのはどうや?マジで!ほんま頼む!」

「プレゼント?」

 小さい体からどうやってプレゼントを出すというのだろうか?ジロジロとコボ郎を見ながら彼の言動を怪しんだ。ドングリとかか?あれ寄生虫がいたりするから、子供が拾い食いしないように注意しないといけないんだよなぁ。
 じゃなくて、何渡されても俺一人じゃ無理なんだが。

「まぁ待っとき」

 そう言って、俺に関西のおばちゃんがやるように手を上下にパタパタさせてから、彼はおっさんに向き直った。瞬間のコボ郎の顔は、何やら考えがありそうな表情をしていた。

「なぁおっさん、そのクジの一等ってまだ出てへんのか?」

「お、おぉ、そう...だな、かなり高価な品だからな、そうとう確率が低くなってるんだ」

 コボ郎の言葉に、おっさんが狼狽えた。ははん、さては...と、俺の頭の中ではコボ郎が何をしようとしているのか、少しだけ予想がついてきた。

 おっさんの背後にある、クジの内訳表を指さし、コボ郎はおっさんの目を見ながら言った。

「虹色の玉が出たら、一等出たって事やねんな?」

「それがどうした?クジ引かねぇならさっさと帰れ!迷子なんだろ?案内してやろうか?」

 話を反らした。つまり続けたくない話だったということだ。これはビンゴかな?
 コボ郎が確信に満ちた笑顔で、ズバリ聞いた。

「でもおかしいなぁー!
 ワイが中におった時には!
 虹色どころか金色もなかったけどなぁー!!!」

 コロボの精は小さい割にかなり響く声で叫んだ。それを聞いておっさんがあわてて捕まえようとする。

「こら!デタラメ言ってるんじゃねぇぞチビ精霊!」

「誰がチビじゃボケ!なら開けてみーや!入ってるんならあるやろ!見せてみーや!なぁ!」

「うぐ、」

 コロボの精が押している。どうやらおっさんはこの福引の中に当たりを入れていなかったようだ。それを福引きのガラガラの中で見たコロボの精はそれで脅しているのだ。
 良くいるよねお祭りで。当たりがないクジを引かせる屋台。本当にたちが悪いったらない。だが、ひとつ気がかりなことがある。そしておっさんもそれを突いた。

「おい精霊!なら聞くが、お前、この真っ暗なクジ箱の中でどうやって玉の色を見たってんだ?あぁ?」

 そう、どうやって箱の中身を精査したのかだ。言いがかりだけならば、「私は透視能力がある」と言うこともできる。しかしそんなのでは説得力皆無。さて、ここからどう出る?


「わしらコロボの精霊は光るんや、文句あるか?ん?」

 あー、そういえばここ、白い玉も喋る異世界でしたね。その発想はなかったわ。
 腰?に手を当てて、コボ郎は体を発光させて見せた。確かにそれならば、真っ暗なクジ箱の中でも中身を確認できるだろう。
 おっさんは完敗したのだった。

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「おい兄ちゃん、こっちこい」

 と、おっさんが出店の裏に案内する。しょんぼりして肩を落としているが、拳はグググッと握られている。そうとう悔しかったのだろう。
 誘われるがままに行くと、濃い緑色の布を渡してくれた。なんだろうか?

「ほらよ、持ってけドロボー」

 と渡された布を捲ると、先ほどまでクジの景品としてかけられていたゴージャスロッドではないか!

「良いのか?」

「ええんやええんや!おっさんが『ご厚意』で譲るって言うんやから、なぁおっさん!」

 挑発やめて!
 上機嫌におっさんの肩をバシーン!と叩いた。いかん、おっさんのストレスがみるみるうちに、たまっていく、腕の血管がはち切れそうだ。

「ちっ、仕方がねぇだろ、商売は信頼が命なんだよ。ここで民衆の信頼を失う方が痛いんだ」

 あんたがそれを言うのかよ。
「おっさんがそれ言うんかいな、」

 とコロボの精が呆れて突っ込む。俺もそれには同意見だ。その言葉におっさんが流石にキレた!

「うるせぇよ!潰すぞ!精霊!」

「あー!この店はー」

「あーわかったから!悪かったよ!」

 と、コロボの精の声をかき消すようにおっさんが大声でまた叫んだ。

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 ふわふわと浮遊するコロボの精と共に、来ていた商店街の道を戻っていた。店の裏の部屋にいるであろうカレンに、コボ郎の故郷「精霊の森」について聞くためにだ。
 コボ郎は腰に手を当てて偉ぶった。

「ま、金色の景品は目をつぶってやっただけでもありがたいと思えってことや!」

「さて、こんなレアそうなもの、貰ってしまっても良いのか?」

「ええねんって、おっさんはバチが当たったってだけなんやから。その代わり帰るの手伝ーてや!」

「まぁ、それは良いんだがそっちではなく、」

 俺は自分が不幸であることを知っている。なのにこれは何処からどう見ても幸運ではなかろうか?もしかしてなけなしの運がここに皺寄せされてしまったばっかりに、明日死ぬなんてことにならないだろうか?そういった心配が頭をぐるぐると回っていた。

「とりあえず、カレン、っていう知り合いに話を聞いてみよう。さっきも言ったが、俺はこの世界に来たばかりだからまだ何もかも分からないんだ、そんな俺に色々と教えてくれた人だから、もしかしたら精霊の森のことも知っていると思うけど」

「そやったんか、そんな時に頼んで悪いなぁ、ま、ちゃんと礼は弾むから任せとき!」

 と、胸?に手をポンと当てて威張っていた。そうとうその「礼」というのに自信があるらしい。

「その『礼』って何なんだ?聞いてもいいか?」

「『ドングリ』や、あの森のドングリは旨いでぇ」

「ドングリかよ」

 もう無視しようかな、いやでも前もってゴージャスロッド貰ってしまったしなぁ。という気分で店の扉を開く。

「あらサッチャン!お帰り!福引きどうだった?
 あ、でも運が悪いから、小石だけ持って帰ってきちゃった?」

 数時間前と同じように圧力がすごい。今は店が繁盛しているせいか、ご飯の配膳の片手間で挨拶をしてくれた。
 問いかけに答える前に、俺が持っている杖を見て、メイちゃんが声をあげた。

「あ!それ一等じゃない!?本当は運が良いんじゃないの?
 あ、はいただいま待ってねぇ~!今すぐ行くわぁ~!
 カレンちゃんまだ寝てるから用があるなら後にしたらぁ~?」

 と言い残すとそそくさ注文を捌いていった。そうとう忙しいらしい。

 コボ郎が耳に近づき話す。
「あれイタズラして良いって振りとちゃうん?そのカレンちゃんに」

「え、いやいやいや、んー、いやぁ」

 寝顔くらいは見てみたい。
 いやでも流石にセクハラな気が、後で怒られたら怖そう、
 いや彼女の性格はアクティブだが、見た目はとても可愛らしい。
 いや気づかれたらめちゃ怖そう...
 いや見てみたい。見るか!見よう!うん!

 カレンの寝顔を見てみたい!
 下心が木霊した。
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