与えられた欠陥で、俺は神に復讐する

こへへい

文字の大きさ
26 / 40

ナメクジお化け

しおりを挟む
「痛みなく溶かしてあげる」

 まずい。非常にまずい。
 目の前にいる太った女が、体表に分厚い体液を纏って、鬼の形相でこちらを見ている。視線に貫かれそうだ。そして奴はこの国で秘密裏に転移者を誘拐しているスクミトライブの一人。人員で言えばこちらが三人と一匹、だが戦闘能力で言えば確実に相手の方が強い。

精霊の森で、ジニアとカレンという魔法使い二人に加えて俺、トウカの四人が居たのにも関わらず、それら全てを飲み込むことで場を制圧された。それほどの力を持っている三人の一人、ということだ。

 そして何よりまずいのが、今、食堂の出入り口に追い詰められているということ。食堂に入ってしまったが最後、袋のネズミだ。とてもじゃないが、こいつは出してはくれない。

 どうにかして道に出る必要がある。だがその方法を思案していると、後ろからケモノが腕を出し、食堂から出たところの右側を指差して鶴の一声を発した。

「あっ!クッコさん!」

「ひぃぃぃ!ごめんなさい!ごめんなさい!盗み食いはしてないんです!こいつらが悪くってぇ!」

 ものすごいスピードで、ナメクジお化けは何もない所に土下座。それに気づかれないよう、三人は彼女の後ろ側へテクテクと移動した。

 何も聞こえないことに違和感を覚えたのか、ガバッと頭を上げる。そして「誰もいないじゃない!」と誰もいない食堂の出入り口に向かって怒号を浴びせる。また誰もいないと分かると瞬時に90度回転し、やっと俺達の方へと視線が向いた。

 このちょろさ、上手くいけば転移者を誘拐している目的を聞き出せるかも知れない。
 俺は脱出に加えて、このことが気になっていた。そしてある仮説があったのだ。転移者を誘拐する理由だ。俺の予想が正しければ、この国は恐ろしいことをしている。

 その答え合わせも、目の前のナメクジお化けを打開しなければ始まらない。有力な話を聞けるはずなのだが、現状全く打開策が思い付かなかった。

「さっきからバカにして...許さない!もう消す!」

 体液で構成された大きな腕を横に振った。その時水しぶきがびちゃびちゃと飛んできた。やばい、この液体は溶けるやつだ!

三人で後ろに飛び、何とかしぶきを回避した。が、さっきまでの足下はしぶきによって溶かされ穴ぼこになっている。これが人体にかかったらと思うと恐ろしい。

逃げるべきか、いやでも情報がなぁ、

「早く逃げるぞ!何をぼーっと突っ立ってる!」

「いや待て、こいつを攻略しなければダメだ」

「...何か考えがあるのか?」とケモノは落ち着きを取り戻して聞き返した。

「この国の目的を知らなければいけない、転移者を誘拐している目的だ、そして今、その答えが目の前にある!」

 うねうねと動く巨大な軟体動物もどきを視界にとらえながらケモノに言い張った。

「ふむ...なるほどな、確かに気にはなる」ケモノはニヤリと笑いかけた。

「聞かないとわざわざ誘拐された甲斐がない...が、どうする...くっ!」

 また体液を振り回して攻撃する。だが最初に殺すだのなんだの言っている割には慎重な動きだ。もしかしたら、派手に動くと周囲に人を呼んでしまい、盗み食いがバレることを恐れているのか?だとすればこちらも考える時間を作れそうだ。

「うぅ、臭い」

 いち早く後方に逃げていたトウカが、何かの臭いを関知していた。

「奴の酸の臭いだろうな、我慢できるか?」

 トウカに尋ねたのだが、鼻を摘まんで首を左右に振った。

「違います...これは先ほどの...梅干しです」

 梅干し?そういや俺のポケットに...って
「梅干しないぞ?どーなってるんだ?落としたか?」
 辺りを見渡すがそれらしきモノはない。

「意外とすばしっこいのね、なら、これでどう?」

 ナメクジは身体中にあった体液を集約させると、薄くコーティングされる程度にまでその体積を減らした。そして右手の人差し指と中指を立てこちらに向ける。よく見ると指先に球体のように体液が集中していた。そしてここで嫌な予感が走った!

 まずい!見るからに体液を発射する感じだ!しかもこれは、

「さっさと死になさい!」

「屈め!!」

 叫んだ!トウカの耳がどうかという場合ではない。三人とも腰辺りで真っ二つにされる嫌な予感を見た!

 ズシャン!と、廊下に体液が線を作った。ナメクジお化けが高圧の体液を発射し、それを真横に払ったのだ!しかも廊下の壁が溶けている。これもやはり、酸の液体だった。

「あなた、厄介ね。まさか私の払い撃ちを初見で避けるなんて、いいえ『初見』じゃないわね、見てもいなかった」

 ヤバい、考えが甘かった、こんな遠距離に飛ばせるのかよ、国の目的とかを考えている暇なんてなかったんだ、逃げなければならない、しかし背中を見せて廊下の突き当たりまで、こいつが何もしないとは思えない、さっきの高圧の酸体液で貫かれるのが落ちだ。
どうする、隙がない。弱点が全く思い当たらない。

「やっぱり!こんな時に何してるの!?」

 後ろでトウカが鼻をつまみながら、もう片方の手をポケットに突っ込んだ。取り出されたのは、真っ赤な玉だった。梅干し?

「いやぁ、これ結構うまいで?酸っぱいけどそれがまた癖になるというかねムシャムシャ」

 コボ郎がトウカのポケットで梅干しを貪っていたのだ。だからあの時梅干しの臭いがしたらしい。
 こんな時に呑気にムシャムシャしてんじゃねーよ!
 目の前のナメクジお化けを見据えつつ、心が煮えたぎっていた。

と、ここでひょうきんな声がこな重い空気を切った。

「サツキ、悪いが僕は先に逃げようと思うんだが、どうだろう?」

「いや逃げようにもあの水圧が...って『先に』って何!?」

 急に聞き捨てならない単語を耳にした。「先に」?

「いやぁ、僕単独ならここからささっと逃げることも容易いということだよ、それに戦っても撃ち抜かれるだけだ。分かるだろ?」

 ケロッとケモノが笑顔だった。そこで牢屋で抱いた違和感の正体が何かはっきりした。こいつは人間を劣等種だと言っていた...最初から俺達を信頼していなかった、何故俺はそれに気づけなかった...!?
 そしてこの緊急時、俺の意識の矛先がケモノに向いた。

「そうかお前、自分が牢屋を出られないから、そこまで俺達を利用したんだな」

「君の『国の目的を知る』という気持ちは同じだよ、だがね、ここでこいつを打倒するのはとても難しいと思えないか?」

「逃がすわけないでしょ!」

 バシュン!と酸の水鉄砲がケモノに向けて放たれる。だがそれを警戒していたのだろう。素早く弾をかわし、トウカを見据えて不敵な笑みを浮かべた。

「自然動物は本来『生きること』が目的だ。生きるためなら何でも利用するし何でも使う。その点トウカの怪力や耳は役に立った。感謝するよ」

 鼻を摘まむトウカは、狐につままれた様な表情でケモノの笑顔を見ているしかなかった。
しおりを挟む
感想 3

あなたにおすすめの小説

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

私が王子との結婚式の日に、妹に毒を盛られ、公衆の面前で辱められた。でも今、私は時を戻し、運命を変えに来た。

MayonakaTsuki
恋愛
王子との結婚式の日、私は最も信頼していた人物――自分の妹――に裏切られた。毒を盛られ、公開の場で辱められ、未来の王に拒絶され、私の人生は血と侮辱の中でそこで終わったかのように思えた。しかし、死が私を迎えたとき、不可能なことが起きた――私は同じ回廊で、祭壇の前で目を覚まし、あらゆる涙、嘘、そして一撃の記憶をそのまま覚えていた。今、二度目のチャンスを得た私は、ただ一つの使命を持つ――真実を突き止め、奪われたものを取り戻し、私を破滅させた者たちにその代償を払わせる。もはや、何も以前のままではない。何も許されない。

冤罪で辺境に幽閉された第4王子

satomi
ファンタジー
主人公・アンドリュート=ラルラは冤罪で辺境に幽閉されることになったわけだが…。 「辺境に幽閉とは、辺境で生きている人間を何だと思っているんだ!辺境は不要な人間を送る場所じゃない!」と、辺境伯は怒っているし当然のことだろう。元から辺境で暮している方々は決して不要な方ではないし、‘辺境に幽閉’というのはなんとも辺境に暮らしている方々にしてみれば、喧嘩売ってんの?となる。 辺境伯の娘さんと婚約という話だから辺境伯の主人公へのあたりも結構なものだけど、娘さんは美人だから万事OK。

戦場帰りの俺が隠居しようとしたら、最強の美少女たちに囲まれて逃げ場がなくなった件

さん
ファンタジー
戦場で命を削り、帝国最強部隊を率いた男――ラル。 数々の激戦を生き抜き、任務を終えた彼は、 今は辺境の地に建てられた静かな屋敷で、 わずかな安寧を求めて暮らしている……はずだった。 彼のそばには、かつて命を懸けて彼を支えた、最強の少女たち。 それぞれの立場で戦い、支え、尽くしてきた――ただ、すべてはラルのために。 今では彼の屋敷に集い、仕え、そして溺愛している。   「ラルさまさえいれば、わたくしは他に何もいりませんわ!」 「ラル様…私だけを見ていてください。誰よりも、ずっとずっと……」 「ねぇラル君、その人の名前……まだ覚えてるの?」 「ラル、そんなに気にしなくていいよ!ミアがいるから大丈夫だよねっ!」   命がけの戦場より、ヒロインたちの“甘くて圧が強い愛情”のほうが数倍キケン!? 順番待ちの寝床争奪戦、過去の恋の追及、圧バトル修羅場―― ラルの平穏な日常は、最強で一途な彼女たちに包囲されて崩壊寸前。   これは―― 【過去の傷を背負い静かに生きようとする男】と 【彼を神のように慕う最強少女たち】が織りなす、 “甘くて逃げ場のない生活”の物語。   ――戦場よりも生き延びるのが難しいのは、愛されすぎる日常だった。 ※表紙のキャラはエリスのイメージ画です。

敵に貞操を奪われて癒しの力を失うはずだった聖女ですが、なぜか前より漲っています

藤谷 要
恋愛
サルサン国の聖女たちは、隣国に征服される際に自国の王の命で殺されそうになった。ところが、侵略軍将帥のマトルヘル侯爵に助けられた。それから聖女たちは侵略国に仕えるようになったが、一か月後に筆頭聖女だったルミネラは命の恩人の侯爵へ嫁ぐように国王から命じられる。 結婚披露宴では、陛下に側妃として嫁いだ旧サルサン国王女が出席していたが、彼女は侯爵に腕を絡めて「陛下の手がつかなかったら一年後に妻にしてほしい」と頼んでいた。しかも、侯爵はその手を振り払いもしない。 聖女は愛のない交わりで神の加護を失うとされているので、当然白い結婚だと思っていたが、初夜に侯爵のメイアスから体の関係を迫られる。彼は命の恩人だったので、ルミネラはそのまま彼を受け入れた。 侯爵がかつての恋人に似ていたとはいえ、侯爵と孤児だった彼は全く別人。愛のない交わりだったので、当然力を失うと思っていたが、なぜか以前よりも力が漲っていた。 ※全11話 2万字程度の話です。

つまらなかった乙女ゲームに転生しちゃったので、サクッと終わらすことにしました

蒼羽咲
ファンタジー
つまらなかった乙女ゲームに転生⁈ 絵に惚れ込み、一目惚れキャラのためにハードまで買ったが内容が超つまらなかった残念な乙女ゲームに転生してしまった。 絵は超好みだ。内容はご都合主義の聖女なお花畑主人公。攻略イケメンも顔は良いがちょろい対象ばかり。てこたぁ逆にめちゃくちゃ住み心地のいい場所になるのでは⁈と気づき、テンションが一気に上がる!! 聖女など面倒な事はする気はない!サクッと攻略終わらせてぐーたら生活をGETするぞ! ご都合主義ならチョロい!と、野望を胸に動き出す!! +++++ ・重複投稿・土曜配信 (たま~に水曜…不定期更新)

最低のEランクと追放されたけど、実はEXランクの無限増殖で最強でした。

みこみこP
ファンタジー
高校2年の夏。 高木華音【男】は夏休みに入る前日のホームルーム中にクラスメイトと共に異世界にある帝国【ゼロムス】に魔王討伐の為に集団転移させれた。 地球人が異世界転移すると必ずDランクからAランクの固有スキルという世界に1人しか持てないレアスキルを授かるのだが、華音だけはEランク・【ムゲン】という存在しない最低ランクの固有スキルを授かったと、帝国により死の森へ捨てられる。 しかし、華音の授かった固有スキルはEXランクの無限増殖という最強のスキルだったが、本人は弱いと思い込み、死の森を生き抜く為に無双する。

Sランク昇進を記念して追放された俺は、追放サイドの令嬢を助けたことがきっかけで、彼女が押しかけ女房のようになって困る!

仁徳
ファンタジー
シロウ・オルダーは、Sランク昇進をきっかけに赤いバラという冒険者チームから『スキル非所持の無能』とを侮蔑され、パーティーから追放される。 しかし彼は、異世界の知識を利用して新な魔法を生み出すスキル【魔学者】を使用できるが、彼はそのスキルを隠し、無能を演じていただけだった。 そうとは知らずに、彼を追放した赤いバラは、今までシロウのサポートのお陰で強くなっていたことを知らずに、ダンジョンに挑む。だが、初めての敗北を経験したり、その後借金を背負ったり地位と名声を失っていく。 一方自由になったシロウは、新な町での冒険者活動で活躍し、一目置かれる存在となりながら、追放したマリーを助けたことで惚れられてしまう。手料理を振る舞ったり、背中を流したり、それはまるで押しかけ女房だった! これは、チート能力を手に入れてしまったことで、無能を演じたシロウがパーティーを追放され、その後ソロとして活躍して無双すると、他のパーティーから追放されたエルフや魔族といった様々な追放少女が集まり、いつの間にかハーレムパーティーを結成している物語!

処理中です...