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作戦開始

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 暴れるには狭い廊下で、俺は三人の先陣を切る。立ちはだかるナメクジっぽい太った女性を打倒するために、あるモノが有用であると考えていた。それを手に入れるためには、この廊下を塞ぐほどのナメクジの背後に行かなければならない。

 ゼロ・ハピネスによって周囲の生物から運気を吸収し、更にラックボーナスによって上昇した運気によって魔力が上昇した今、溢れる魔力が身体中を輝かせている。そして魔力を行使できる状態にあった。

 その状態を見て臨戦態勢に入るナメクジお化け。遠距離攻撃のたに体表の水を縮小させていたのを拡大し、本格的にナメクジのような状態に。廊下とナメクジの隙間が更に狭まった。迎え撃つ気だ。
 こいつの体表にあるのは水だ、ならこれが有用なはず。右手と左手を右の腰辺りに動かし、そこに炎と風の魔力を集中させる。そう、かめ◯め波の体勢だ。
 イメージしろ、この集約している魔力が、炎となり風となり、目の前の水を吹き飛ばすイメージを。橙に光る両手を、目の前に一気に放出させる!

「食らえ!炎×風!爆破旋風!」

 両手のひらを前にかざす。そこから台風の如く渦巻く風が炎を帯び、目の前のナメクジに放った!

「はぁ!」

 体に纏っている水を前に寄せて防御。炎はナメクジの体(水面)を滑るように流れていきナメクジを覆う。
 数秒間爆風旋風が終わると、水蒸気の中からうねうねとしたナメクジお化けが余裕綽々でそこにいた。

「その程度の炎で蒸発すると思った?急に魔力が溢れている様に見えたけど、どうやらその程度のようねぇ」

 うねうねとニタニタとするナメクジお化け。

「ぬぁっつううううーっ!!!」

 熱すぎる!ヤバイヤバイヒールヒールヒール!火傷した手をすかさずヒールで治療する。自己治癒の力がみるみると焼けた皮膚を治してくれた。

 そうか、ジニアやカレンが杖を使っている理由がわかった気がする、自身の体から発した場合、このように巻き添えを食らってしまうのだ。マジかよ、次はもっと熱くなるっていうのに。
 だが、

「効果は、及第点ってところかな」

 ここでナメクジお化けの水をあらかた蒸発できるならそれでいい。しかしできないにしても、ある程度は蒸発してくれるはずだと。その実験が成功した。明らかに体積が減っている。1/4~5くらいは減っている。これ以上撃ちたいものだが、ナメクジお化けが無尽蔵に水を出せるかもしれないと考えるとそれも良くない。

 だから、この「一瞬だけ蒸発できること」が分かればそれで良かった。

 先程両手に集めた魔力を全身に纏う。炎と風をぐるぐると全身に循環させ、炎の鎧を作った。辺りの埃が巻き上げられ炎に触れてチリチリと燃やされている。
 だがそのままではまた手のように全身大火傷を負ってしまう。あまりにリスクが高すぎる。だから今度は炎の内側に熱を通さない為に、泡の鎧を纏った。これによって断熱効果が期待できる。

 うん、これならあんまり熱くない。

「よし、行くか!」

 炎を纏った状態で敵に向かって走り出す。それを見てナメクジお化けは全身から水を増やした。

 だがど真ん中に突っ込むことはせず、壁とナメクジお化けの左の隙間に軌道をずらす。それを察知してナメクジお化けも同じ方向に体を傾けた。
 瞬間、サッカーのフェイントの如く、左ではなく右に突っ込んだ!それも先程の突進よりも速く!炎の塊が右の壁に、そして壁を沿って食堂へと突っ込んだ!

 不意を突かれたナメクジお化けはあわてて水の触手を伸ばす。だが纏われた爆破旋風がその水を蒸発。捕まえる事ができない!
 そのままナメクジお化けの背後に行くことに成功した。

「後は任せたぞ二人とも!」

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「彼、あんなこともできたのか」

 サツキが炎を放ったりしている、まるでアニメのそれじゃないか。それを見て呆然としながら、僕とトウカさんはコボ郎が受け取っていたサツキからの伝言を共有していた。

「サツキくんは食堂に行ってなんかやるらしいから、食堂から出るまで、10秒くらいで良いからあのでっかいナメクジを引き付けとけ、やって」

「それで本当にあいつを捕まえられるのか?」

「どうやらナメクジの弱点を見つけらしいんやけど、詳しくは知らんわ」

 体を横に振るコボ郎を見て、苦い顔をする。迷っていた。この話に乗るべきか、はたまた逃げるか。逃げるのは簡単だ。だがそれだと僕は目的を果たせない。

 目の前にチャンスがあるかもしれない、僕がそれを掴めば、隙を作ってくれた「あいつら」の死に意味があったことになる。そしてあの方に報いることもできる。ならば、

 意を決し、僕はサツキの覚悟に乗ることにした。今にも特攻しようとしているサツキを見て、そこだけは信じるに値すると判断した。

「だが、10秒といっても、あの触れない水の塊をどうする...」

「あ、あの!」

「え?」

 悩むケモノの後ろで、おどおどと手を挙げている一人の女もまた、ケモノと同じ覚悟を持った目をしていた。

「手伝って...下さい!」

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 私はどうにかしたかった。確かに檻を壊すのには一役買ったかもしれない。逃走のために敵がいないかをサーチしたかもしれない。だが、目の前で、果敢にも敵に立ち向かっているサツキを見て、自分も守られているだけでは駄目だと感じていた。

 そこで思い至ったのが、あの時だ。
 精霊の森の奥にある洞窟。その更に奥にある祠で、私は怒りを露にした。だってサツキがジニアを侮辱する発言をしたから。その時全身の感覚を失っていた。何も見えず何も聞けず何も臭わず何も触れず何も味わえず。

 だがサツキを追いかけることができた。しかもその時にちゃんと意識があった。何かを追いかけている感覚、敵がいる感覚、それが自覚できていたのである。

 あの感覚があれば、このナメクジの足止めくらいはできるかもしれない...。足はないけれど。

「私が全力であのナメクジ前の空気を殴ります!その時もしかしたら何も見えないし聞こえないと思うので、私の腕の角度を調整してほしいんです」

「空気を!?まさか空気砲が出せるのか?」

 ケモノ君が怪訝に返事をした。だが負けじと迫り頭を下げる。

「分かりませんが、触れないならこれしかありません!お願いします!」

「実質ノープランじゃないか...そのチャレンジにかけろっていうのか?」

「せやけど、嬢ちゃんの力を支えるんやったら体ぶっ壊れるで?直接殴られたわいが保証したる!」

「じゃあ無理だろ...直接殴られた?君が?」

 コボ郎の言葉で廃案になったかと思いきや、コボ郎の何気ない一言にケモノはある閃きをした。

「そやけど?」

 コクっと体を傾げるコボ郎。それを見ながらケモノは考える。
 ため息をしながら頭をガシガシとかく。場の空気に乗せられそうになっている。自分がいることに苛立ちを覚えた。

「...あ!早くしないと!」

 サツキが自身に炎を纏い、食堂に突入しようとしている。もう悩んでいる時間はケモノにはなかった。

「はぁ、分かったやるよ!やればいいんだろう!」

 イライラしつつ投げやりに話に乗ることに。そしてケモノは手に入っているコボ郎に力を集中させる。するとコボ郎が輝き始めた。

「な、なんやこ...!!」

 ケモノがコボ郎を取り込み、白い体毛が服の上をも覆っていた。コボ郎とケモノが同化したのだ。苦々しい顔でケモノが言った。

「さぁ、やるぞ」
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